“消滅時効”でも被告に損害賠償請求したのはなぜかーー名古屋主婦殺人事件の夫の思い
1999年11月に起きた名古屋市西区主婦殺人事件。長く加害者が不明だったが、昨年10月ある女が警察に出頭、今春殺人罪で起訴され、被害者遺族側は女に対して損害賠償請求の民事訴訟を起こした。ただ、この裁判には「壁」が存在する。民法には「不法行為に基づく損害賠償」の請求権は20年という期限があり、本件では事件発生から約27年が過ぎているためだ。それでも遺族が訴えたのはなぜか。また、こうした訴訟に類例はないのか。遺族や法曹関係者を取材した。(文・写真:ノンフィクションライター・藤井誠二/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
27年前にアパートに残された血痕
愛知県名古屋市西区にあるアパートの2階。玄関を開けると、土間を覆うようにかぶせられたグレーのビニールシートが目に入る。高羽悟さん(69)がそれをめくると、赤黒い何かがむき出しになった。27年前にできた血痕だ。 1999年11月13日、この場所で高羽さんの妻、奈美子さん(当時32)が何者かに襲われ、死亡した。首などが鋭利な刃物で複数回刺されていた。加害者も傷を負ったようで、玄関の土間には加害者の血もあったという。部屋を案内しながら、高羽さんが言う。 「ダイニングテーブルの上に、見覚えのない乳酸菌飲料の飲みかけの容器があった。警察によると、加害者はおそらく乳酸菌飲料の販売員を装って侵入したとのことでした」
鑑識捜査の結果、加害者の血液型はB型。靴のサイズは24センチと判明。捜査本部は当時5千人以上の関係者から数百人まで絞り込んだ。だが、加害者にたどり着くことはできなかった。 事件後、高羽さんと長男は引っ越したが、事件現場となったアパートは解約せず、借り続けた。加害者を突き止める捜査の助けになると思っていたためだ。 26年後の2025年10月30日午後、愛知県警西署に一人の女が出頭してきた。安福久美子(69)。高羽さんの高校の同級生だった。前年から進められた再捜査で、関係者一同がDNA鑑定を受けたあとのことだった。高羽さんは安福とほとんどしゃべったことがないと言う。 「26年間、殺害現場となったアパートの家賃を払い続け、保存してきたかいがあり、現場検証はスムーズにいきました。突然の逮捕から数カ月が経ち、今は肩の荷が下りた感じで、借り続けていたアパートの家賃の振り込みも忘れそうになるぐらいです」 今年3月5日、名古屋地方検察庁は安福を殺人罪で起訴した。それに続いて、同月下旬、高羽さんは慰謝料や逸失利益など安福被告に対して損害賠償(請求額は非公表)を求め、名古屋地裁に提訴した。