「歌のうまさ」の評価軸
「タクさんの思う、上手いボーカリストの基準を教えてください」
そう聞かれることがよくある。でも、これは実はかなり難しい質問だ。ボーカリストのうまさには、色々な種類があるからだ。例えば、忌野清志郎さんはなぜ素晴らしいシンガーだと言われるのか。彼の歌声には、人の心を動かす力がある。何十年経っても色褪せない説得力がある。魂、と言えばいいのか。これは音程やテクニックを超えた、説明できないうまさだ。そもそも、歌うジャンルによっても評価の仕方は変わっていく。
つまり「うまい」には、最初から複数の種類がある。人によって好みもある。そして実は、その「うまさ」の基準自体も時代とともに変化してきた。
その変化の話だ。
僕は世代的に、ボーカル表現の大きな変化をリアルタイムで見ることができた。特に10代から20代にかけて、世界のポップミュージックにおけるボーカル表現は大きく進化した。そして面白いことに、その変化はテクノロジーの進化とほぼ同時に起きている。
80年代のアメリカでは、今の日本人がイメージする「歌が上手い」が、そのまま主流だった。大きな声。高音。ロングトーン。迫力。すなわち歌い上げる発声方法がいかに目立つか。
Aretha FranklinやWhitney Houstonのようなシンガーたちがそうだ。もちろん彼女たちは繊細な表現も持っていた。しかし当時のメインストリームで彼女たちが高く評価されていたのは、「歌い上げる」能力だった。
日本で言えば、MISIAさんや安室奈美恵さんが持っていた系譜に近い。彼女たちもAretha同様で歌い上げるところが評価されている。その技術は本当に素晴らしい。否定する気は全くない。むしろ彼女たちは日本の音楽史において非常に重要な存在だ。先人たちが道を切り開いてくれたからこそ、今の世代が存在している。僕もその一人だ。
ただ、ここで一つ気づいてほしいことがある。日本で「歌が上手い」と言うとき、多くの人が思い浮かべる基準は、今もこの一本だけだ。大きな声、高音、ロングトーン、歌い上げ。世界のポップスでは、これは「数ある表現の一つ」でしかない。問題は、この技術そのものではない。物差しが一本しかないことだ。
その物差しが増え始めたのは、90年代だった。R&Bがメインストリームに入り始める。
Faith Evans。Aaliyah。Brandy。その後のD'Angelo。
彼らが広げたのは、歌唱力の定義そのものだった。息が混ざったAiryボイス、エッジボイス、リフ。これらは、聞き慣れない言葉かもしれない。後で一つずつ説明する。
それまでの「どれだけ大きく歌えるか」という評価軸に加えて、「どれだけ細かく声をコントロールして表現できるか」という評価軸が加わった。
物差しが、二本目以降を持った瞬間だ。
そして、その変化を後押ししたのがテクノロジーだった。マイクの性能が向上し、レコーディング技術が進化し、デジタル録音が普及した。昔なら録れなかった小さな息遣いのニュアンス。ほんの少しだけ混ぜたエッジボイス。声帯の擦れる音。そういった繊細な情報まで、作品の中に残せるようになった。R&Bの現場でSONY C-800Gというマイクが好まれたのもそこにある。
するとボーカリストたちは、その新しい表現を磨き始める。つまり、歌唱力が変わったというより、歌唱力の評価軸が増えたのだ。
そして、この変化は海外だけの話ではない。日本でも、その新しい表現をいち早く取り入れた人たちがいる。
僕の感覚では、日本でその変化を早い段階から体現していたのが宇多田ヒカルさんやm-floのLISA、Crystal Kay、『Let Go』を歌ったYoshikaだった。彼女たちは歌い上げだけではない。息を混ぜる、声を抜く、グルーヴで歌う。そういった海外のR&Bシーンで発展していた表現を、自然にJ-POPへ持ち込んだ。
当時はそれをうまく言語化できる人が少なかった。でも今振り返ると、日本のボーカル表現が大きく広がった瞬間だったと思う。
そして今の若い世代にも、この技術を当たり前に使うシンガーが増えてきている。未来の話ではない。もう、起きている。
近代ボーカルでよく使われる技術
現代ボーカルでよく使われる技術を、一つずつ見ていく。名前を聞いたことがなくても大丈夫だ。実際の音を聴けば、すぐに分かる。
Airy(エアリー)ボイス
Airyボイスとは、息を多く混ぜた歌い方のことだ。ほかの人はBreathyボイスともいう。大きな声で遠くへ飛ばすより、耳元で歌いかけるようなニュアンスを作る。強さではなく、近さを表現する技術と言える。90年代以降のR&Bや現代ポップスでは、非常に重要な表現方法になっている。宇多田ヒカルの『First Love』の「誰を想ってるんだろう」の「ろう」の部分がそれに当たる。
この入り、声を張らずに息で寄ってくる感覚がそれだ。パッと聴きでは熱唱だが、実はファルセットと地声の中間の声に息を混ぜている。これを知ると、「声が小さい」と「近い」は別物だと分かるようになる。
エッジボイス
エッジボイスとは、声帯を少しだけ擦らせて出すザラっとした声のことだ。歌い始めに入れることで、切なさや色っぽさ、親密さが生まれる。単に声が枯れているわけではない。意図的にコントロールして使う技術だ。藤井風の『優しさ』の冒頭の「あなたの夢を見た」の「あ」の部分。
入口のザラっとした質感。ここを意識して聴いてほしい。これを知ると、歌い始めの「枯れた声」が下手ではなく演出だと分かるようになる。エッジボイスを入れることによって、柔らかいソフトな音にアタックがついて、輪郭がパキッとする効果もある。数々の海外作品をカバーしまくった藤井風さんならではの表現方法だ。
リフ
リフとは、一つの音をまっすぐ伸ばす代わりに、その中で細かく音階を動かす技術のことだ。R&Bやゴスペルの影響を受けたシンガーによく見られる。Crystal Kayの『Girl's Night』はリフの宝庫だ。彼女はいたるところで、さらっとリフを入れている。分かりやすいのは1番の「What we can do」の「do」の部分だ。
一音を伸ばさず、声が階段を駆け上がる瞬間。これがリフだ。これを知ると、「歌い回しが細かい」の正体が見えるようになる。
さらに、本当に上手い人ほど、リフがリフに聞こえない。「メイクアップキラキラにして」の「し」の部分に、さらっと音階を足している。Crystalはいたるところで、こういったリフを自然に入れている。オーソドックスな日本の歌は、一つのひらがなに一つの音階を当てるのだが、ちょっとした音階を足すことによって、感情の伝わり方が大きく変わる。欧米の人の評価軸はここに集中してる傾向にもある。
これらの技術は、昔の歌唱力を否定するために生まれたものではない。歌唱力の選択肢を増やすものだ。この技が増えることによって、歌詞の聴こえ方に様々な感情を入れることができる。
モノマネ/声マネの重要性
そして、うまくなる極意。それはモノマネだ。これを言うとバラエティ番組を思い出して、僕が血迷ったことを言っているように聞こえるかもしれない。でも実は、モノマネは歌がうまくなるのにとても重要な練習方法だ。大事なのは1フレーズずつ。1音1音すべて拾っていくことだ。
幸運なことに、僕は数多くの技術力の高いシンガーのレコーディングをしてきた。彼らに共通するのは、全員モノマネがすごくうまいことだ。Crystal KayやAI(アイ)にモノマネをしてもらった時、スタジオが爆笑するくらいうまかった。
うまいシンガーたちに「どうやってうまくなったのか」と尋ねた時、口を揃えて、好きな曲を一字一句拾って、それができるまで練習したと言っていた。
歌声を高く評価されているeillもそうだ。本人いわく、昔は歌があまり上手く歌えなかったらしい。でも好きな曲の細部を一つずつ拾って練習するうちに、さまざまな表現力を身につけていったそうだ。
モノマネは耳が良くないとできない。歌っている人の細部を聞き取り、それを自分の喉、口、舌の位置で再現する。この練習方法で、耳も、発声表現の引き出しも、ものすごく増える。素晴らしいアーティストは、それらの技を習得して、自分のものにしている。逆をいえば、真剣にモノマネを練習するシンガーは、耳も表現力も、両方が鍛えられている。
そして今、これらの技術を学ぶ環境は、かつてないほど整っている。配信だ。昔は、海外のR&Bを聴くこと自体が簡単ではなかった。輸入盤を探す、人づてに教えてもらう。研究の対象に出会うまでが、まず大変だった。でも今は違う。配信によって世界中の音楽が、手のひらの中にある。あらゆる国の、あらゆる歌い方が、いつでも聴ける。研究対象が、爆発的に増えた。
オートチューンが変えたもの
さっき、録音技術の進化が新しい表現を残せるようにしたと書いた。技術が変えたのは、それだけではない。録音技術は「録れる」ものを増やしたが、もう一つ、「直せる」ものも増やした。その象徴が、オートチューンやメロダインなどの音程修正技術だ。
オートチューンが登場する前、音程の正確さは今以上に重要だった。なぜなら、一度録音した音程を修正することが難しかったからだ。しかし現在は違う。音程もタイミングも、ある程度修正できる。つまり、昔より「修正できる部分」が増えた。するとレコーディング現場で重視されるものも変わっていく。
例えば、あるテイクの音程が少し外れていたとする。でも、その瞬間にしか出ない感情が入っている。声が震えている。息遣いが素晴らしい。言葉の説得力がある。そんな時、現場ではそのテイクが採用されることが少なくない。
なぜなら音程は後で直せる。でも、発声のニュアンス、すなわち感情は二度と再現できないからだ。
もちろん、音程が悪くていいという話ではない。音程は良い方がいいし、リズムも良い方がいい。ただ、現代のレコーディング現場では、「音程が合っていること」以上に、声のニュアンスが重要視されるようになった。
極端な言い方をすると、カラオケ採点機のような「どれだけ正確に音程が合っているか」という評価軸だけでは、現代のボーカルの価値を測れなくなっている。ゲームとしては楽しいが、この採点システムは基準軸から、かなりかけ離れていて、大事なことを見失ってしまう。
僕の評価軸
では、僕は何を評価しているのか。
まず大前提として、僕は技術をとても重視している。音程も、リズムも、声量も、エッジボイスも、リフも、グルーヴも見る。歌い上げる瞬間も大切だ。そういった技術は、ボーカリストにとって大切な武器だからだ。
ただ、その技術を「何のために使っているのか」も、同じくらい重要だと思っている。歌い上げだから伝わる感情がある。Airyな声だから伝わる感情がある。エッジボイスだから伝わる感情がある。リフだから伝わる感情がある。
技術に優劣があるわけではない。大切なのは、自分が伝えたい感情に対して、どの技術を選ぶことだ。歌の感情は言語を超える。英語が分からなくても感動する歌がある。日本語が分からなくても涙が出る歌がある。それは声そのものが感情を運んでいるからだ。
評価基準が狭いと、何が起きるか。
せっかく新しい技術を習得したシンガーがいても、評価されない。「歌い上げてないから、なんか地味だね」で終わってしまう。その地味さの中に、世界水準の技術が詰まっているのに。狭い物差しは、新しい才能を測れない。測れないものは、評価されない。評価されないものは、育たない。
これが、僕が物差しを増やしたい本当の理由だ。
誰かの好みを否定したいわけではない。歌い上げが好きな人は、これからも歌い上げを愛していい。僕自身も、歌い上げはほかの技術と同じくらい重要な表現方法だと思っている。ただ、物差しが一本しかないと、こぼれ落ちてしまう才能がある。それが、もったいない。
日本人シンガーにとって重要な「勝負する軸」
日本の音楽が、世界の市場と戦える時代が来た。その舞台には、歌い上げだけでは伝わらない感情がある。日本人が世界のシンガーと比較された時、声量や迫力だけで勝負すると、苦しく見える場面もある。でも、現代のポップスはそこだけを評価する時代ではなくなった。
だとすれば、勝負する軸を変えればいい。スポーツと一緒だ。
エッジボイス、Airyボイス、リフ、グルーヴ。これらの技術は、声の大きさで殴る技術ではない。息の混ぜ方、声の抜き方、マイクとの距離、リズムの乗り方。どれも、声量や迫力だけに頼らなくても習得できる。世界のトップシンガーたちは、歌い上げもAiryもエッジもリフも、全部使い分けている。そこに歌い上げのベルトボイスを足せば、緩急がつく。選択肢が多いほど、戦い方は増える。
つまり物差しを増やすことは、日本人シンガーにとって「不利な土俵を降りる」話ではない。「戦える土俵を増やす」話だ。だから僕が若いシンガーたちに伝えたいのは、「今までのやり方を捨てろ」ではない。「選択肢を増やそう」だ。選択肢が増えることは、誰かを否定することではない。
色々な音楽を聴いてほしい。色々な歌い方を知ってほしい。色々な表現方法を学んでほしい。その上で、自分はどんな感情を届けたいのか、自分はどんなシンガーになりたいのかを選んでほしい。歌唱力の定義は、昔より広がっている。だからこそ、正解は一つではない。大切なのは、自分にとっての正解を見つけることだと思う。
もう一度言う。歌の感情は言語を超える。
だからこそ、伝え方の選択肢は、多い方がいい。



取り上げられた観点を意識的に取り入れている歌唱力が高い今時のアーティストにボカロ系出身者が比較的多いのって 逆説的にボカロ歌唱と生身の勝負というフィジカルが求められている点があるのでしょうかね? 生身である意義を意識的にしてるアーティストが増えた気がします
面白い視点です。 ボカロP出身のシンガーやアーティストが、意識的に「ボカロ歌唱 vs 生身の歌唱」を考えているかは僕にはわかりません。 ただ、ボカロPが作るメロディは本当に美しいと思います。 一方で、その多くは元々、人間の身体を前提に作られたメロディではありませんでした。 ボカ…
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