【元祖一式】感情は思考から生まれる / 感じきっても感情は消えない
思考と感情っていうと「感情は思考より先に発動する」と思うけど・・・
実は、感情って「思考の後に発生するもの」
「カッとなる」とかは、まだ感情になってない「感覚」のレベル。
痛っ!熱い!と同じで、刺激や恐怖に対して「脊髄反射的な防御反応」が働いただけ。
「思考が感覚に名前をつけた時」はじめて感情になります
例えば、他人の言動に動揺したとき
「ムカつく」と名前をつけたら、怒りと嫌悪の感情になります。
「指摘してくれた」と名前をつければ、感謝の感情になります。
名前をつけなければ「動揺」が発生しただけなので「ちょっと違和感」にとどまります。
感情は思考から生まれるんですね。
感覚➡︎思考➡︎感情 の順番です。
「感情は感じきれば自然と消える」はウソ
抑圧感情をそのまま全部感じきれば、スーッと消えますよってよく言うけど、その方法では消えません(少なくとも私は)
感情を感じてる(認識してる)と言うことは、思考が止まってないんです
名前をつけて、感情を生み出し続けてるんです。
つまり、感情を落ち着かせたいなら
まず、顕在意識(エゴ)の思考を停止する必要があります。
エゴ思考が一生懸命に考えて、どうにかしなきゃ〜と思考してる内は、感情はガンガン無限に生成される。
痛みに向き合えば向き合うほど痛みが増すだけ。
「痛みを消すために思考を停止しよう」「感情を落ち着かせるために思考停止しなきゃ」とリキまずに、ただ思考停止する。
感情を無視するなら抑圧と同じ?
抑圧は「思考を別の思考で上書きして、元の思考をかき消そうとヤッキになってる状態」なのね。
思考停止は「あらゆる思考を停止する」から全然違うんだ。
そこにある感覚に名前をつけず、ただ感覚のまま放置しとくと、存在を維持できないので消えていく。
これが本当の「感情を解放する方法」なのね。
名前をつけて存在を結晶化させないと、元のモヤみたいなエネルギー状態に戻らざるを得ない。
モヤ状態は「無限の可能性の領域」で、潜在意識はそこを通して、最短距離で光を送ってくる。
端的に言えば「潜在意識は常にベストな流れを与えてくれてる」
そこでエゴ思考が主導権にぎろうと前にでて、あれこれ稚拙に言語化すると、結晶が光を捻じ曲げるから、光が遠回りになったり明後日の方向に曲げられたりしちゃうわけね。
思考という雲が、太陽を遮ってしまってる感じ。雲さえ消えれば太陽の光はすぐさま差し込んでくる。だってずっと太陽はそこにあったから。
今、思考停止状態で自動書記みたいに書いてるから、文章まとまってるかわかんないけど伝わるかな〜?
感情を感情で、思考を思考で、感情を思考で、思考を感情で、なんとかしようと頑張っても不毛なだけ。
アンサーは「無になること」
無になろうとすると初め自我=エゴ思考=左脳がすんごい抵抗して、なんとか思考させようとしてくるけど、慣れないうちは以下を参考にしてみてね。




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