元祖一式を始めてから3週間が経った。
3週目は何だか体感短かったな。
思考停止してるからか記憶も曖昧だし、だんだんと自分が生きている感覚や、現実の曖昧さがぼんやりと感覚として分かり出してる。
あまり分かる分からないで語りたくないんだけど、まぁどっちでもいいか。
・私は思考ではないし、思考は私ではない。
・潜在意識は完璧。
この二つを基本として、ただひたすら実践してきた。
思考し続けたり、うにゃうにゃ考えてる時間が勿体無いという心持ちで実践の日々。
一日のうち、思考停止がデフォルトになるように思考に気づいて、切り離して、止めるの繰り返し。
私は元祖一式を始めたきっかけが、希死念慮からの脱却的な感じだったから、もうなりふり構ってなどいられなかった。
それが強いエネルギー、原動力となった。
日常生活を取り戻し、前より人との交流が増えたり、外出の機会も増えたけど、基本的に思考停止で生きている。
ここからは思考停止の定義によって、解釈が変わる話なのだが、私個人の感覚としては自転車に乗っている時や人と会話している時も思考停止は割と可能だと思う。
自転車の乗り方は知っているし、声の出し方も言語もわかっている。
後は全てオートマティックにこなすのみ。
自分という感覚、自我を頭の奥の方、後ろの方へとしまって、無になる。
後は体が勝手に動いてくれる感じ。
潜在意識は完璧だと安心し切って、自分で何をしゃべるのかすらも決めなくていい。
そうしていると、人との会話が楽しくなった。
それに、自分から楽しいことに進んで向かって行けるようになった気がする。
何も考慮せず、こうしよう・こうしたいと思ったことに忠実に取り組める。
良いも悪いもなく、ただ淡々と生きる。
何も願わず、理想を捨て、現実をぼかす。
全ては完璧なのだから、何をしてもいいし、何もしなくていい。
数日前に初めて詭弁さんのまとめを読んだ。
達人さんの行き着くところは同じというセオリーを確かめたかったのだ。
力強いレスの数々に改めて実践あるのみという気持ちを固めることができた。
その中から一部引用:
夢を考えてほしい。夢の中の全ては「あなた」が作っており、その中の感情や思考、行動は、「あなた」が作り出したものに対するただの「反応」だろ?あなたは夢の中の一部の「反応」という存在ではないだろ?夢という主体性・全体性・存在そのものだろ。
少し言葉を変えて、もう一度いう。
現実を考えて欲しい。現実の中の全ては「あなた」が作っており、その中の感情や思考、行動は、「あなた」が作り出したものに対するただの「反応」だろ?あなたは夢の中の一部の「反応」という存在ではないだろ?現実という主体性・全体性・存在そのものだろ。
ー 詭弁さん
このレスに震えた。
うわぁ...えぇ...。
その通り過ぎて、何も言葉が出てこない。
それと同時に、今ここにあると思っていた現実の全てが、この世界がぼやけて白んで、意識だけの感覚になったのだ。
「空白の海」
それだけ。
私という個はどこにも存在しない。
急激にエゴが小さくなった。
それが少し続いて、また戻ってきたけど、あの感覚は結構楽しかったな。
私は思考ではない。
あの感覚が少しでも長く続いていくといいなー。
という願望も丸投げ。
叶うべきことなら叶うから。
一旦、眠くなったので、また明日書こうっと。
完璧完璧♪
何があっても関係ない♪
潜在意識よ、後は頼んだ。