[閉店の記録]特殊すぎる旗艦店舗 ダイエー西台店(1978.5~2026.02.22)
今回は、東京都北部は板橋区にある都営三田線・西台駅からお届け。
ここ西台駅は、都営三田線の終点・西高島平駅の数駅手前に位置していながら、地味に乗務員交替が実施される主要駅でもあります。記録自体は随分前なのでもう時効ですが、気さくな運転手さんが話しかけてくださり、5分程度いろいろな苦労話を聞かせてもらいました。
今回は鉄道ネタではないので話はこのくらいにして、本題に入ります。ここ西台の駅前には、関東に最後まで残ったダイエーの主力店舗が存在しています。それが…?
駅前大通の東側に位置するダイエー西台店です。関東のダイエーは、2026年の上半期で既にマックスバリュ関東との統合が決定されており、全店が一度閉店の上で、イオンフードスタイルへの転換が確定済みなので、この姿で拝めるのもあと僅かです。
そんな西台店は一見するとちょっと大きめのGMSくらいで、何も面白みは感じない店舗のように思えますが、裏手に回ると…。
だいぶ話が変わってきたぞ。高度経済成長期に増築された市立の小中学校の如く、裏手に回ると連絡通路が現れました。勘の良い読者の方は、もうお気付きでしょう。実はダイエー西台店は、数少ない関東のダイエーの生き残りにして、最盛期でも貴重だった二館体制でいまもなお現存する店舗です。
家電・衣服・雑貨など
まずは先程写っていた立派な建物側の「駅前館」。こちらがダイエーのメインの売り場かと思いきや、駅前館の方に専門店を入居させているようです。家電のノジマ・服飾のパシオス田原屋・100均のダイソーなどが入居していますが、これひょっとして最盛期はほぼ全部自前フロアだったとかあり得る?
サイゼリヤなど
食品館の方にいわゆる一般的に"ダイエー"と言われて想像するフロアが存在。ニトリデコホーム・西松屋・サイゼリヤなどもこちらの建物に入っているようです。確かにミラノ風ドリア食べるもんな。ベビーカーは食べ…。
若干余白が多いように思えますが、よく見るとかなり埋まっています。食品館だけは地下フロアが用意されており、駅前館にのみ5階があるという特殊構造。先程の連絡通路は3Fにあるようです。事実上の1・3F接続。
設置者は「板橋運送」で昭和50年9月。
手持ちのスーパーマーケット回転年月日の資料では、1978年開店となっていましたが、大店法プレートベースでは1975年のようです。多少大店法の方が早めに出ることが多いですが、3年もラグがあります。こんな差がある店舗ってあんま見ない気がする? そうでもない?
あるべき姿を未だ探しているモラトリアム。ついぞ見つからなかった私の身にもなれ。
スピーカーが結構古そう
昔はこういうとこにOMCカードの告知が載ってたんですけどね…。長らく切り株だったモッくんもとうに伐根作業が済み、いまはiAEONです。
ダイソーのロゴがいい具合に順路誘導っぽさ出してます。
飲酒・ごろ寝…。さすがに自分もそこまで潰れてる人は朝6時の川崎と溝の口でしか見たこと無いですね…。お声がけも憚られますが…。
いまとなっては余計なお世話なエレベーター注意書き
「ご利用階のボタンを押してください」「ドアーを開けたい時には開ボタンを押してください」「押しボタンをいたずらしないで下さい」「インターホーンを押して下さい」…。単語や助詞のチョイスも、言い回し一つ取っても良いですね。下手すると開店初期から付いてそうな代物です。
エレベーターのメーカーを見忘れましたが、飛び飛びの丸灯でフロアを示してるあたり、三菱エレペットですかね? あんま詳しくないので有識者はぜひコメント欄に来たれ。
閉店時間は結構控えめで22:30
いまの企業ロゴって単色ベタ塗りに白抜きが基本なんですかね?ってくらい、すごい整然とした主要テナント表示看板です。イオン傘下入り後、旗艦店が一瞬にしてイオンに編入されていく中で、なかなか面白い店舗が最後まで残ってくれていました。イオンスタイル化後でも末永いご活躍に期待したいものです。
西台の雑居ビルのテナントに入居している不二家の看板が、あまりにも古そうで褪色も激しかったので気になって撮影。洋菓子以外に何を扱ってたんだ?と気になるくらいの伏せ字の情報量。こちらは昭和のおじさま方に解読をお願いするとして、今回の記事は以上となります。
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