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氷渡香名江がプロデューサーにチョコを送る話#1/Novel by ねこくま

氷渡香名江がプロデューサーにチョコを送る話#1

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 女性が男性にチョコレートを贈る日をご存じでしょうか? そうです、バレンタインデーでございます。
 プロデューサーに日頃の感謝を伝える為もとい、好意を伝える為に皆さん。
 千奈お嬢様も含め担当アイドルの方たちがプロデューサーに渡すもはや戦争のような状況。
 あの方の甲斐性の無さには呆れてしまいますが、あの方だからこそ慕われているのでしょう。
 千奈お嬢様の前ではプロデューサーに対してあのような態度を取ってしまっていますが、実際私もあの方を好意的に想っています。

 べ、別に好きとかではなく……あくまで好意的に想っているだけです。
 ですから、好意的に想っているのならチョコだって渡してもいいはず……。
 ただ最初に試すような事を言っておきながら、手作りのチョコを渡すのは正直恥ずかしい所です。
 かと言って市販品と言うのは感謝の気持ちが籠っていない、なにより私のプライドが許せません。
 
 あ、メイドなのに市販品を渡てくると言う事は料理できないのかなこの人? メイドなのに。

 なんて思われるのだけは許せません。
 考えただけでイライラしてきました。
 いけませんね。想像とは言えこのままでは右ストレートをかました後、ボディーブローを決めてしまう所でした。
 一旦深呼吸でもして落ち着きましょうか。
 
 しかし、手作りは距離が近い気も……。
 いえ、よく考えたら皆様もやっているから真似をしただけという事にすればいいのでは?

「どうしましょう……」

 そもそも今日がバレンタイン当日なのに何も用意できていません。
 と言うか、異性に渡すのが初めてどころか親しい間柄になった初めての異性かもしれません。
 そう思うと急に恥ずかしくなってきました。

「考えていても仕方ありませんね……」
 
 渡すことは決まっています。
 問題はどのようなチョコを渡すかですね。
 単純にチョコと言っても甘い物から苦みの強いもの、さらに色々な形状のものがあるわけです。
 あの人は甘いものを頻繁に食べる人ではないと聞いています。
 
 つまり苦めのチョコで、着飾らずシンプルな物……形状は四角い正方形の方が良いでしょうか?
 いや、チロルチョコですかねこれだと……。
 一個数十円のチロルチョコを渡すのはダメでしょうか?

 私たちの関係性なら大丈夫だと思いますが。
 そう考えているうちに千奈お嬢様の迎えの時間が近づいてきてしまいます。
 とりあえず、作ってから考えますか。

 〇   〇   〇

「千奈お嬢様、お迎えに上がりました」
「香名江ありがとうございます!」
「いえいえ、お嬢様がお呼していただけましたら。この香名江どこへでも行きます」
 
 それが私の生きる意味であり、やりたいございます。
 それはそれとして、渡すものは渡しておかないとですね。

「すいません。プロデューサーちょっとお時間頂けますか?」
「大丈夫ですよ」
「すいません。千奈お嬢様すこしプロデューサーと話して来ますね」
「わかりましたわ」

 送迎用の車から離れ私はプロデューサーにチョコを渡します。

「これをどうぞ」
「これは……キットカットですか?」
「それ以外の何に見えるんですか?」
「いえ、何にも見えないですね」

 あれだけ考えた結果こうなってしまいましたが、私の最大限の気持ちの表現でもあります。
 それにしても……。

「こんなものでも嬉しいんですね」
「嬉しそうに見えましたか?」
「だらしないぐらい頬が緩んでいましたから」
「……そこまでですか」
「それにそんなキットカット一個で何故そこまで喜べるのですか? 担当アイドルの皆さんからも貰っているはずです」

 袋で貰ったならまだしも、たった一個のチョコ。
 しかも市販。
 他の方々と比べたら見劣りするものである事は間違いありません。

「駄目ですよ”そんな”なんて言わないでください」

 すこし真剣な表情にそして、優しそうな表情でチョコを見る。

「確かに俺は他の人たちにチョコを貰いました。大小さまざま、奇麗に作られているものから、少し焦げているものまで色々です」

 手作りなのでいろんな種類があったのでしょう。
 
「だからと言って、その気持ちに差があるわけでは決してありません。上手い下手、市販か手作りかそんなことはどうでもいいんです」

 あぁ……本当にこの方は。

「そこに相手を思いやる気持ち、好意を伝えようとしている。そこに上も下もないんですから嬉しいものは嬉しいんですよ」
「そういうものですか?」
「そういうものです」

 きっとこういう所なのでしょうね。
 皆様も担当プロデューサーだから慕っているのではなく、この方だから慕っているんでしょう。
 そんなことを思っていて気づきました。

「さっき好意って――」
「おっと、それ以上はだめですよ」

 プロデューサーは私の唇に人差し指を当てて、それ以上は言っては駄目ですと首を振る。
 つまりこの方は担当アイドルの好意に気づいている。
 しかし、気づいた上で気づいていないフリをしている。

「アイドルとプロデュサーと言う関係ですから、一線は引いておかなければなりません。ですからその先を言うのは野暮ですよ」
「でもならなんで!」

 チョコを受け取ったのか。

「今日はそういう日ですから。”今はまだ”これぐらいしか出来ませんが」
「…………」
「どうしましたか?」
「いえ、なんでもありません」

 危なかった。思ったことが口から出そうになってしまいました。

「それでは、私は行きますね。お嬢様も待っていますので」
「あ、待ってください俺からもコレを」
「チョコの詰め合わせ? ですか」
「あまり好みを把握していなかったので、色々なものを入れておきました。もしよければ食べてください」

 小さな包装に入った”市販のチョコ”。それを見て胸がチクリとします。
 先ほどは市販でも嬉しいとのことでしたが、もしかしたら本当は手作りを渡した方が良かったのではないでしょうか。
 少なくとも、私は寂しさを覚えます。
 来年はちゃんと手作りを渡しましょうか。

「それではこんどこそ、失礼いたします」
「はい、また明日」

 車に戻ってくると千奈お嬢様が手に持っている包装に気づきます。

「香名江も先生にチョコを貰ったのですね!」
「そうですね、不思議なことに貰えましたね」
「どんなチョコなんですの?」
「市販のチョコの詰め合わせです」

 その言葉を聞いてお嬢様は首をかしげます。

「私たちには手作りのチョコをくださったのに、先生ったらどうしたんでしょうか?」
「大丈夫です。私も市販のチョコを渡したので、これぐらいがちょうどいいのです」

 包装を開けチョコを一つ食べてみて違和感を感じる。
 チョコを頻繁に食べるわけではありませんが、こんな味でしたでしょうか?
 前食べた時はもっと固く、甘みが強めだった気が……まさか? いやそんなまさか。

 この疑問が正しいか確かめたくてもうひとつ食べてみます。

「やらましたね……」

 市販の物じゃないですねこれ……。
 側は市販の包ですが、中は手作りのチョコ。しかも十五個ありますが若干味が違う……?
 そして、この手法は私もやりました。
 あの渡したキットカットも実は中身は手作りのチョコ。

 読まれていたのか、偶々一緒なのか。
 奇しくもやったことが一緒になってしまいました。

「香名江どうしましたか? 嬉しそうですが」
「嬉しそう? 私が……?」
 
 車の窓に反射している私の顔は確かに頬が緩んでいます。

「すいません。なんでもありません」

 いけませんね、こんな顔は千奈お嬢様には見せられないです。
 戻らない緩んだ頬を隠しながら、さきほど、プロデューサーに言わなかった言葉を思い出します。

 私の一番は千奈お嬢様です。ですがもし、あなたが良いと言うのなら。
 アイドルではない私は、あなただけの”一番星”になれますか?

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