倉本家で行われた今日の打ち合わせは新曲のイメージについて話し合うというものだった。
「千奈お嬢様。長時間の打ち合わせ、お疲れ様でした。」
まるで打ち合わせの終了時刻を予測していたかのように、氷渡香名江がティーワゴンを押しながら千奈の部屋に入ってきた。
「まぁ!ちょうど喉が乾いていたところですの!」
ティータイムの時間だ。
千奈には紅茶を、プロデューサーにはコーヒーを。
「プロデューサー、コーヒーには砂糖はお入れしますか?」
「あぁいえ、ブラックで構いませんよ。」
そんなやりとりをして、プロデューサーは出されたコーヒーに口をつける。
それは、塩の味がした。
「ん''ん''……!!」
プロデューサーは、塩味の衝撃と熱さを喉の奥でねじ伏せ、無様にむせるのを必死に堪えた。担当アイドルの前で、そしてしてやったりという顔のメイドの前で、醜態を晒すわけにはいかない。
「お口に合いましたか?プロデューサー。」
香名江が口の端を上げながら、プロデューサーに尋ねた。
「ええ….とても、ユニークな味でしたよ。
相変わらず、あなたの『おもてなし』はすばらしい。」
プロデューサーは笑顔で言う。もちろん目は笑っていない。カップをソーサーに戻すとき、カタカタと音が鳴った。
「それはなによりで」
香名江は優雅に会釈し、粛々と勝利宣言を放った
「貴方のために、特別なブレンドをご用意いたしました。お気に召して頂けたのなら幸いです。」
一般的には可愛らしい笑顔というのだろうが、プロデューサーにはそうは見えなかった。
雑談をして少し時間が経った。
あれ以降、プロデューサーはコーヒー(塩入)を口にしていない。
だが、不自然にならないように一応飲むふりはしなければいけない。
その度に浸透圧で唇の水分が抜けていく。
(くそっ……。このメイドめ、まさかこんなところまで計算しているのか?)
唇が 張り付くような感覚が残る。プロデューサーは、千奈に悟られないよう、自然な動作で唇を舐めた。
そして……
「ねぇ先生。私も先生のを飲んでみたいですわ!」
「「えっ」」
プロデューサーと香名江の声が、ぴったりと重なった。
「や、やめておきましょう倉本さん。前にもチャレンジしましたし、無理に飲む必要はありませんよ。」
「その、なんといいますか…。またあの苦味を味わってみたいのですわ。」
「で、でしたら私が新しく入れ直します。」
「洗い物を増やしてしまうのは申し訳ありませんわ。先生のを一口、頂くだけでいいですの。」
彼女の純粋な優しさで窮地が深まると同時に、香名江には「関節キスを阻止する」という任務が発生した。
「お嬢様、少々下をお向きなさってください。髪にゴミがついております。」
(わかるよな?)と香名江から視線を送られたプロデューサーは意図を理解し、そのコーヒーを流し込んだ。塩分爆弾が咥内と喉を襲う。
カップは完全に空になった。
顔を上げた千奈はカップをみて目を丸くした。
「あぁ!いつの間にか先生のコーヒーがなくなってますわ〜!?」
「……申し訳ありません。氷渡さんの入れてくれたものがとても美味しいので止まらないんです。
喫茶店出せますね。」
数分後
「うぅぅ…、やっぱり苦いですわ〜。」
苦笑しながらプロデューサーも淹れ直されたコーヒーをすする。
「(いや普通に美味いんかい!!)」