第13話 迷宮にも予算というものがある

 さて、近い将来ここにやってくるであろうヤクザに対する方針は決定した。


 最悪、暴力に訴えてくる可能性もある。というより、かなり高い確率で最終的にはそちらへ寄るだろう。だが、そこはあとでコアちゃんと二人で詰めることにしよう。


 とにもかくにも、相手を呼び込むには、今の草原のままではまずい。なんせ、二時間歩いても果てがない地平線の続く世界である。隠れる場所なし。逃げ込める場所なし。加えて、出入口はここにしかないため、ここを押さえられたら詰む。


 欲望を具現化して餌を見せるにしても、即座に奪われる危険がある。コアちゃんや鐘々を襲われてもアウトだ。


 こちらのジョブは、元役場職員無職、金の亡者無職迷宮核無職である。


 決して、戦闘向けの布陣ではない。誰かクリスタルの欠片をわけてほしい。


「とりあえず、ここを改装するか」


 俺がそう言うと、鐘々は草原を見渡してから、当然のように頷いた。


「そういえばここ、何もないもんね。オークションルームでも作る?」


「何をオークションにかけるつもりだ。何を」


「主よ。やはり、無限に落ちる落とし穴は必要かのう?」


「殺人はなしだと……いや、あった方がいいのか? いや、そもそも俺たちが落ちたら……そういえば確認してなかったな」


「確認?」


「コアちゃんができることだ。まだ検証の途中だったんだ」


 そう。コアちゃんは、欲望さえあれば基本的には何でもできる。できるはずなのだが、疑問もある。


 例えば、色々と物を作ってもらった時だ。俺の欲望を叶えて物を作り、その報酬としてコアちゃんが元気になる。そういう話のはずだった。


 だが、実際に検証で椅子や机や保存箱を作っていた時、明らかにコアちゃんは消耗していた。


 リソースは俺の欲望のはずだ。


 俺の欲望を食われたからといって、俺の中の欲が尽きているようにも感じない。借金は消えていないし、金は欲しいし、誰にも奪われない生活だって相変わらず欲しい。


 なら、何が減っているのだろうか?


「コアちゃん。物を作る時って、俺の欲望を使うんだよな?」


「そうじゃよ。主のものでなくても構わぬが」


「じゃあ、なんでコアちゃんが疲れてたんだ?」


 コアちゃんは、不思議そうに俺を見た。


「……主よ。妾を機械か何かと勘違いしておらぬか?」


「……あっ」


 そこで、ようやく腑に落ちた。


 コアちゃんは、欲望を食べると言っていた。そう、食事だ。


 そして、さっき鐘々の欲を味見と称して食べていた時、コアちゃんは何かを作ったか。


 否。


 何も作っていない。ただ、食べていただけだ。


「もしかして、欲望って食べるだけでよくて、そもそも物に変えるルールがオマケなのか?」


「食べ物を貰ったら、礼を渡すのは基本じゃろ」


 ダンジョンにマナーを教えられてしまった。


「つまり、欲を通貨にしたお店ってことかな?」


 鐘々が言語化してくれた。


 そうか。理解した。


 俺たち人間も仕事をして、給与をもらい、その給与の中から生活費を捻出し、残りを貯蓄や娯楽に消費する。


 ダンジョンも同じなのだ。


 欲望をもらう。その対価として、相手に商品を渡す。そして、受け取った欲望の中から、自分自身を維持するためのリソースを捻出する。


 つまり、あのときコアちゃんが疲れていた理由は単純だった。


 そう、商品を出しすぎたのだ。俺が願ったから椅子を作る。机を作る。箱を作る。寝床を作る。照明を作る。


 そのたびに、コアちゃんは俺の欲望を受け取り、そこから対価として物を返した。だが、返しすぎれば、手元に残るものが減る。売上は立っている――しかし、原価が高すぎる場合。結果として、利益が残らない。


 これは、商売としてはかなり危険な状態だ。


「……つまり、俺が頼んだ物の原価が高すぎたのか」


「原価、大事だよ」


 鐘々が真顔で言った。


「売上があっても、原価と維持費で飛んだら赤字だからね。お店なら潰れる。ダンジョンなら……えーと、枯れる?」


「縁起でもないことを言うな」


「でも、たぶんそういうことでしょ?」


 コアちゃんは、少しだけ不満そうに頬を膨らませた。


「妾は店ではないぞ。迷宮じゃ」


「でも、今の説明だとだいぶ店だぞ」


「妾は、主らの欲を食べる。食べた分で身体を保つ。望まれたものを返すには、さらに力を使う。それだけじゃ」


「それを人間社会では、だいたい商売って言うんだよ」


「主らの社会は面倒じゃな」


「面倒な社会で生きてきたからな」


 俺は、改めて草原を見渡した。これだけなら、維持できる――だが、ここをヤクザ相手の交渉場所に作り替えるとなると、話は別だ。


 改装するには、きっと、それ相応のリソースが必要になる。


「つまり、改装するにしても、どこまでなら黒字で作れるかを考えないと駄目ってことか」


「いいね、駆。だんだん経営者っぽくなってきた」


「なりたくてなってるわけじゃない」


「でも、必要だよ。迷宮経営」


「嫌すぎる言葉を生み出すな」


 コアちゃんが、ぽつりと繰り返した。


「迷宮経営」


「覚えなくていい」


「大事そうじゃ」


「大事だから嫌なんだよ」


 俺はため息をついた。だが、これは避けては通れない。

 

 ダンジョンは、生き物である。生き物である以上、腹が減る。腹が減るなら、食べ物を渡さなければいけない。


 しかし、受け取ったものを全部商品に変えて客へ返していたら、こいつは自分が食べるものがなくて死んでしまう――迷宮にも、利益が必要なのだ。


 その事実が、俺の胃にじわじわと重くのしかかってきた。


 ただ、まだ分からないことがある。


「コアちゃんは、俺の欲望を食べてるって言うけどさ」


「うむ」


「俺の中の欲、尽きる様子がないんだけど、なんで?」


 俺は自分の胸元を指差した。


 俺の中の欲――借金を返したい――金が欲しい――安全な家が欲しい――誰にも奪われない生活が欲しい――仕事に潰されず、まともに寝て、飯を食って、税金に怯えず暮らしたい。


 それらは、コアちゃんに食われたからといって消えていない。むしろ、目の前にダンジョンという可能性が現れたせいで、増えている気すらする。


 コアちゃんは、さも当然のように言った。


「主の欲がでかすぎるだけじゃ」


「人を強欲の化身みたいに言うな」


「え、それじゃあ私の欲望は? 比べてみてどう?」


 鐘々が自分を指差した。金の亡者が、自分の欲望評価に興味津々である。


 コアちゃんは少し考え。


「主と比べると……そうじゃな。鐘々が百人いても、主の量には足りぬな」


「強欲の化身様じゃん……こわぁ」


「やめろ。俺を拝むな」


 どうやら俺は強欲の化身だったらしい。


 いや、何で?


 俺は別に世界征服がしたいわけではないし、ハーレムを作りたいわけでもない。金銀財宝を山ほど積み上げて悦に入りたいわけでもなければ、、札束の風呂に入りたいわけでも――いや、札束風呂は少し興味がある。


 俺は、ただ借金を返して、家を守って、税金と役所とヤクザに怯えず、まともな生活を送りたいだけである。


 ……だけ、の範囲が広いのかもしれない。


「それなら、俺の欲望を食べまくれば何でも作れるんじゃないのか? わざわざ物にしなくていいから、安定するまで食べろよ。ほら、遠慮するな」


「いくら量が多くても、出てくる量には限りがあるから、それは無理じゃ」


「出てくる量?」


「大きな箱の中に食べ物があっても、それを取り出す口が小さければ一度に取り出せる量には限りがあるじゃろう?」


「なるほど……」


 少しずつ分かってきた。


 俺の欲望は、言い換えれば料理の材料だ。だが、倉庫いっぱいに材料があっても、料理人は一人しかいない。料理人が一人しかいないのならば、いくら材料があっても一度に出せる料理の数は限られる。


 つまり、俺の欲望そのものは巨大でも、コアちゃんが一度に摂取し、消化し、迷宮の維持や生成へ回せる量には上限がある。


「なるほど。毎ターン必ずもらえるコストでやりくりするタイプのストラテジーってことだな……」


「急にゲームで例えるじゃん」


「ゲームで例えた方が理解しやすい時もある」


「主のたとえは、たまによく分からぬ」


「大丈夫だ。俺もたまに自分で何言ってるか分からない」


 とはいえ、考え方は固まった。


 俺の欲望は、総量としては多い。だが、ターンごとの供給量には限界がある。


 そして、そのターンごとの供給量を、維持、改装、生成、偽装、罠、全部に割り振らなければならない――これは、想像以上にシビアだ。


「なら、まずは俺の欲望が回復できる範囲で、常に何かを作り続けていくのが一番コスパがいいかな」


「待って」


 鐘々が、そこで手を上げた。


「何だ?」


「欲望って、食べられすぎるとどうなるの?」


 その問いに、空気が少しだけ冷えた。


 俺も、鐘々も、コアちゃんを見る。


 コアちゃんは、何でもないことのように答えた。


「回復できる範囲なら問題はない」


 また怖い単語が出てきた。


「つまり、回復できないくらい食べ続けると?」


「その場で何もしないで、朽ちていく生き物になるのう」


 さらりと言うな。


「……やったことあるのか?」


 俺が聞くと、コアちゃんは少しだけ黙った。


 草原を渡る風が、青い髪を揺らす。


 彼女の表情から、いつもの無邪気な笑みが消えていた。


「やらねば、主には出会えなかった」


 その一言で、俺は理解した。


 このダンジョンは、飢えていた。


 草原にはほとんど何もなかった。


 魔物もほとんどいなかった。


 残された少ない魔物たちには、生存するための本能ともいえる欲が残されていた。


 コアちゃんは、それを食べていたのだ。


 生き延びるために。


 俺と出会うところまで、自分を保つために。


「……魔物の欲を食べきったのか」


「食べきったわけではない。じゃが、食べられるものは、ほとんど食べた。妾も飢えておったからの」


 コアちゃんの声は、少しだけ静かだった。


 責める気にはなれなかった。


 彼女は人間ではない。ダンジョンだ――だが、生き物なのだ。


 生き物である以上、腹が減れば食う。だが、それで中に棲むものが弱り、さらに欲が減り、そのダンジョンはもっと飢える。


 そうして、この場所は枯れかけた――広い草原と、わずかな虫と、痩せた魔物だけを残して。


 人知れず消えていく小さなダンジョン。その理由が、分かった気がする。


「……完全に悪循環だな」


「そうだね」


 鐘々が珍しく、軽口なしで頷いた。


「資産を維持するために元本を削って、元本が減ったから収益も減って、さらに元本を削るやつだ。破綻直前の財布みたい」


「嫌な例えだが、分かりやすい」


「つまり、ここは破産寸前のダンジョンだね」


「言い方」


「でも、そうでしょ?」


 俺は否定できなかった。


 このダンジョンは、単なる宝の山ではない。


 むしろ逆だ。


 現時点では、飢えて死にかけた生き物であり、維持費がかかる空間であり、利益を生むには初期投資が必要な事業体である。


 俺たちは今、夢の異界財産を手に入れたのではない――破産寸前の事業を相続したようなものだ。


「……相続したボロ家の倉庫から、破産寸前の生き物が生えてきたのか」


「言い方が悪いぞ、主」


「事実だろ」


「妾はこれから育つのじゃ」


「育てるには飯がいる」


「うむ」


「飯は欲望」


「うむ」


「欲望を食いすぎると、相手が朽ちる」


「うむ」


「物を作りすぎると、コアちゃんが疲れる」


「うむ」


「……経営難じゃないか」


 コアちゃんが、きょとんとした顔で言った。


「主がいるではないか」


「俺を無限財源扱いするな」


「強欲の化身様だしね」


「鐘々、あとで覚えてろ」


「慰謝料請求しまーす」


「お前、その一言で大体の攻撃を封じられると思うなよ」


 軽口を挟まないと、少し重すぎる。だが、整理はできた。


 俺の欲望は大きい。鐘々の金銭欲も濃い――それでも、一度に取り出せる量には限界がある。


 さらに、欲望は食いすぎれば、相手を削る。


 そして、ダンジョンが物や空間として返すには、原価がかかる。


 つまり、今の俺たちがやるべきことは明白だ。


 このダンジョンを、黒字になるまで無駄遣いしないこと。


 欲望を食べれば何でも作れる、などと考えてはいけない。作るたびにコアちゃんは腹を満たすと同時に、自分の体力を削って商品を返している。なら、必要ないものは作らない。作るなら、目的を絞る。長く維持しない。使い終わったら畳む。


 そして何より、燃料源を増やす。


 ここまで考えたところで、俺はもう一度、何もない草原を見渡した。


 改装するにしても、豪華なオークションルームなど論外だ。


 まずは最低限……ヤクザ相手に、必要な言葉を引き出せるだけの、安い罠。


 それで十分だ――というより、それ以上は払えない。


 迷宮にも予算がある。


 そして、今の予算は――かなり少ない。

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