豊臣秀吉&秀長の天下人への道をすごろく形式で観ていく歴史探偵コラボスペシャル | えびけんの積読・乱読、できれば精読 & ウイスキー

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大河ドラマ『豊臣兄弟!』が始まりました。歴史探偵でも新春コラボスペシャルが放映されたので、その内容メモと感想についてです。

 TODAY'S
 
かなり巻いて巻いての豊臣秀吉・秀長の豊臣兄弟の天下人への道をゆく

(NHK 歴史探偵『豊臣兄弟!新春コラボスペシャル』より)

 

  内容や感想について

2026年のお正月に放映された歴史探偵についてです。「戦国下剋上すごろく」という形で、二人の生まれから、織田信長に仕え、本能寺の変後は天下人へと道を歩み、”天下の名城”大坂城で天下人となるまでをかなり端折りながら見ていくものでした。

(NHK 歴史探偵『豊臣兄弟!新春コラボスペシャル』より)

秀吉・秀長の生まれについて

二人は、尾張国の中村(名古屋市中村)で生まれ育ちます。秀吉が建てたと言われる太閤山常泉寺には、豊太閤産湯の井戸というものがあり、今も水がわき続けているそうです。今年はここをお参りする人が一気に増えると思います。

秀吉兄弟は百姓の家に生まれます。母は天瑞院(大政所・なか)で、継父は筑阿弥(竹阿弥)はよく分からないそうです。

 

織田信長に仕える秀吉

秀吉は、清州城に本拠を構える織田信長に仕えます。河合敦先生によると、清州は美濃国と尾張国の中間点で、街道も走る交通の要衝、室町時代には「守護所(今でいう県庁)」があったところでした。

 

ここで秀吉は奉公人として働き、そのサクセスストーリーが始まります。

ちなみに、信長と秀吉と言えば、草履取りのエピソードですが、河合先生によると、江戸時代半ばに書かれた秀吉の伝記に登場したそうで、史実ではないとのこと。

 

清洲城の城壁が100間(約180m)も崩れる事件が起きます。信長はこの修復を命じますが全然進みません。そこで秀吉が自分なら3日で完成させるといい、信長に任されて1日で完成させてしまいます。

『太閤記』によると、修復する城壁を10に分けて、それぞれ職人をチームで配置させ、早く終わったチームには褒章を出すとして、競わせる形で一気に終わらせたということです。

(NHK 歴史探偵『豊臣兄弟!新春コラボスペシャル』より)
こういった働きや、ワークライフバランスなど関係なく早朝でも夜でも信長の命を受けると必死に働き、自らもアピールして仕事をつかんでこなすことにより、奉公人から足軽に昇進。
 
その後も、実力主義の信長のもとで他の家臣たちと共に出世競争に励んでいくことになります。
その最大の壁として、柴田勝家が紹介され、他には鉄砲の名人の滝川一益、殿が得意な佐久間信盛、丹羽長秀、前田利家らが紹介されました。

 

弟・秀長も仕えはじめ、兄弟で出世競争に挑む

兄・秀吉が信長に仕えて15年くらい経過したところで、秀長も信長に仕えます。河合先生によると秀長の人物評は、「優秀、文武両道。権威がありながら威張らない」んだそうです。母のなかとも大変仲が良く、のちに秀長は大和国の大和郡山城を本拠にしますが、そこになかがよくやってきて、一緒になら見物に行くような仲だったんだそうです。

 

朝倉義景と浅井長政との戦い。信長が窮地に追い込まれた金ヶ崎の退き口で秀吉は殿を見事に勤め、その後、朝倉氏・浅井氏を滅ぼします。秀吉はこの一連の功績で浅井氏旧領を与えられ、長浜城主にまで出世します。

 

ついには、方面軍の対象に抜擢されます。相手は中国地方の雄・毛利輝元でした。豊臣兄弟は対決の最前線の播磨国に派遣されます。

(NHK 歴史探偵『豊臣兄弟!新春コラボスペシャル』より)
秀長は、但馬国の”天空の城”竹田城を拠点に平定を進めます。敵方の有子山城を日本海に向かって流れる円山川の流れを使って攻めます。ただ、このとき秀長方には兵・物資を輸送する船がありませんでした。
(NHK 歴史探偵『豊臣兄弟!新春コラボスペシャル』より)
これを解決するために、川でアユ漁をしている漁師に秀長は税金を免除する書状を出して味方につけることで船を確保し、1580(天正8)年に有子山城を落とします。
 
その後、1582(天正10)年、主君・織田信長が家臣・明智光秀に討たれます(本能寺の変)。ここから豊臣兄弟の天下人に向けて進んでいきます。ただ、その過程の話は今回はすべてなしで、天下人となった秀吉・秀長の話に飛びます。
※明智光秀は、お風呂が大好きなんだそうです。戦国時代のお風呂は蒸し風呂。湯船につかる習慣は江戸時代になってから本格化するんだそうです。

天下統一 豊臣兄弟のおもてなし

関白となった秀吉とその弟・秀長の二人のおもてなしが紹介されました。

まずは、兄・秀吉のおもてなし。”黄金の茶室”

(NHK 歴史探偵『豊臣兄弟!新春コラボスペシャル』より)
大阪城天守閣研究主幹の跡部信さんによると、
「関白と言えど、秀吉は低い身分の出身で軽く見られている部分があったから、新しい統治者として権力と財力を見せつけ、新たな天下人として認めてもらう意図で作った」
と解説されていました。
 
九州の大名・大友宗麟はここで秀吉からお茶のおもてなしを受け、すべてが黄金でできていて度肝を抜かれたことを記録しています。
 
この黄金の茶室は組み立て式で、いろいろなところに持っていくことで秀吉の権威を見せつけるものとして機能していたようです。
 
次に、弟・秀長のおもてなし。
毛利輝元をおもてなししたときのエピソードが紹介されました。
秀長は、毛利輝元が秀長の本拠・大和郡山城に来た時には、直接出迎えます。加えて、猿沢池・興福寺・若草山・東大寺・春日大社などの名所案内も行います。
(NHK 歴史探偵『豊臣兄弟!新春コラボスペシャル』より)
毛利輝元は秀長の心配りを大変感謝しています。
 
秀吉の権威を見せつける圧倒するようなおもてなしと秀長の真心籠った丁寧なおもてなし
この両輪がうまくかみ合って豊臣政権が運営されていたことが分かる対比だったと思います。
 
はしょりすぎ感いっぱいですが、隙間部分は大河で埋めながら楽しもうということでいいかなと思いました。
 

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