中田満帆さんの「kaze-bungaku」への批評文


『kaze-bungaku』作詞・作曲:中田満帆


 悪態の果て みずからを抱き

 黙りこくって 見送った車窓

 見知らぬ背中 降り立った駅が

 遠くかのひとの おもざしを見せる


 相づちもなくさまようがままの

 溶けだしていく 輪郭はちかい

 便りはぜんぶ 破られてしまえ

 きみらになにもわかってたまるかと


  冬の外気 たちむかうはずも

  冬の外気 あっさりと打たれ

  首をふった、屈辱の果ての

  そこにはなにもない


 二月のかぜの文学はいつも

 過ぎ去ってったひとみたく淡く

 二月のかぜの文学はいずれ

 孤立のなかの手のひらに溶ける


 鴎が飛んだ 質問の一羽

 回答もせずに見送っただけさ

 右へ左へと飛ばされるたびに

 ぶ厚いかぜの壁を蹴りあげる


  アベローネ、もはや、きみのことを

  アベローネ、ぼくは書きはしない

  手をふった、むこうにはだれも

  むこうにはだれもない

(歌詞は中田満帆さんのnoteから引用させていただいております。以下批評文)

最初、この歌を歌詞だけで読んでいました。私は怒りの歌だと思いました。わかってたまるか、という言葉や、悪態という言葉ばかりが目についたからです。しかし、目を閉じて歌を何度か繰り返し聴いているうちに、その印象は少しずつ変わっていきました。今思えば、この歌は怒りそのものではなく、怒りの後に残る時間について歌っているように思います。

1番で特に印象に残ったのは、間奏です。私はそこに深呼吸を感じました。怒りが過ぎ去ったあと、自分自身を抱き直すような深呼吸です。私はこれまで、誰かと言い合いになったあと、逃げるようにその場を立ち去ってしまうことが多かったように思います。きちんと見送った経験があまりありません。

だからこの歌のなかで、黙りこくって 見送るという行為が、妙に胸に残りました。見知らぬ背中から過ぎ去った誰かのおもざしが立ち上がるのは、ちゃんと見送ったからではないかと思いました。怒りに負けて自分から相手を残して立ち去ってしまった瞬間から、相手の顔は、ぼんやりしていてなかなか思い出せません。

便りは二月のかぜの文学によって破られ、二月のかぜの文学によって、空を舞う便りの紙片を思い浮かべました。ただ、その紙片はどこかずっと遠くへは飛んでいってくれないイメージを持ちました。破られたはずなのに、一切れだけは心に貼り付いているような。忘れたと思った頃に思い出す記憶のように残り続けます。私にとっては少しトラウマのような。

私は最近人に期待をしなくなりました。期待した相手に相手にされなくなることを何度も経験して、人に期待することを少しずつ諦めました。

しかし諦めたつもりでも、自分のこころの芯の部分は子供のころから変わりません。時々また期待してしまいます。そして言葉には出さなくても、孤独に傷つきます。

だからこの歌のなかの拒絶の言葉は、他人を突き放すためではなく、自分を守るための言葉に聴こえました。そう考えると、便りが破られて空を舞う景色も、どこかぼんやりと眺めていられる余裕が持てるような気がします。

「相づちもなく」という部分。最初は相手が相づちを打たないのだと思っていました。しかし目を閉じて歌を聴き返しているうちに、相づちもなくさまよっているのは話者の方なのではないかとも思えてきました。ここは今でもわかりません。けれど、わからないままでいいような気もしています。近いのにわからないことがある。人間関係にはそういう時間があります。

本当に話を聞いている人は相づちを打たないことがあります。しかし顔を見れば伝わるものもあります。目を見ればわかることもあります。ところが電話やネットのやりとりではそれが見えません。近いと思っていたものの輪郭が溶けていく感じ。近いとはいったい何なのか。

1番のサビの最後では
「そこにはなにもない」
2番のサビの最後では
「むこうにはだれも
  むこうにはだれもない」
という場所へたどり着きますが、この部分は聴いていてつらいところでした。私はいつも、どこか別の場所なら何かあるのではないかと思ってしまうからです。別の人なら。別の世界なら。別の共同体なら。しかしこの歌はそこで立ち止まります。そこにはなにもないのだと告げます。そして私は、その認識をなかなか受け入れられませんでした。

けれど、その後に流れるハーモニカの音が好きです。かぜのような音です。私はそこにステップしているようなリズムを感じます。最初は、なにもない場所で立ち尽くしているのだと思っていました。しかし何度か聴いているうちに、なにもないところから歩き出しているようにも感じるようになりました。ただ、その直後には少し絶望的な旋律が入り、無音になり、また最初の旋律が戻ってきます。これは希望の歌ではないのでしょう。歩き出したと思ったら、また同じ場所へ戻ってしまう。そんな循環があるように感じます。人が何度も同じ記憶や同じ感情へ戻ってしまうように。

「二月のかぜの文学」という言葉は、歌になると不思議な美しさを持ちます。「風」ではなく「かぜ」であることも大きいと思います。風景というより気配に近い。激しく吹きつけるものではなく、やわらかく漂うものです。私はそこでも、二月のかぜに吹かれて舞う便りの紙片を見ました。そして、その紙片は最後に手のひらへ落ちてきます。

孤立という言葉は閉じています。しかし手のひらは開いています。私はそのことが妙にうれしかった。破られたものは遠くで消えるのではなく、孤立のなかの手のひらに落ちて、そこで溶ける。私はそこに救いを感じました。

後半に現れる質問の一羽は、私にはメールやLINEの通知のようにも思えました。もう淡く消えたと思っていた誰かから、突然言葉が届くことがあります。しかもそれは、自分の傷がようやく薄れかけた頃にやって来るのです。スマホは、こちらの都合とは関係なく相手の言葉を表示します。開封するかどうかを決める前に、まず目に入ってしまう。私はそのことに、時々ひどく疲れてしまいます。まだPHSや固定電話が主流だった頃なら、こんなふうに不意打ちのように言葉が侵入してくることは少なかったのではないかと考えることがあります。

だからこの歌のなかの「質問の一羽」は、冬の空を飛ぶ鴎でありながら、私には突然届く通知のようにも見えました。忘れたと思っていたものが再び姿を現し、返答を求めてくる。しかしこの歌は問いに答えません。ただ見送ります。その態度が妙に好きでした。すべての問いに答えなくてもいいのだと教えられる気がしたからです。沈黙することもまた、一つの応答なのかもしれません。

そして最後に現れる「ぶ厚いかぜの壁」です。私はこの言葉にこれから何度も助けられるでしょう。不安はなくならない。風も吹き続けるでしょう。しかし風を壁として感じることができれば、蹴り返すこともできる。流されるだけではなく、自分で軌道修正することもできます。その発想は私にはなかったものだったので、これから生きていくうえで何とか自分を保つための言葉として心に残りました。

最後に残るのは、誰もいない場所ではなく、誰も「ない」場所でした。この違いは大きいと思います。「いない」ではなく「ない」。まるではじめから存在していなかったかのような空白です。だからこそ手を振れるのかもしれません。帰ってくることを期待しているわけではない。返事を待っているわけでもない。ただ手を振る。その静かな動作が、この歌の最後に置かれていることに強く心を動かされました。

私はこの歌を理解したとは思っていません。むしろ聴けば聴くほどわからなくなります。おそらく、明日聞けばまた違うことを思うかもしれません。しかし、わからないから、残る景色。聴くたびに景色が目の前に広がることが救いとなっています。悪態の果ての深呼吸。二月のかぜに舞う紙片。孤立のなかで開かれた手のひら。なにもない場所から始まるステップ。そして風の壁を蹴る鴎。今日は、それらの景色が私のなかを漂っています。そして、今日は、きちんと深呼吸ができています。

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