おつかれっしたー、お疲れ様ー、じゃまた来週。
職場の慰労会を終えた皆が、様々な挨拶を交わしながら、店の前でバラけていく。
「おい、センセ。ちょっと飲みなおさねぇか」
棒付き飴を咥えた日下部が、日車を呼び止める。
歩き出そうとしていた日車が立ち止まり、下唇を突き出した仏頂面で少し考え、応える。
「…いいですが、どこで」
「ここからうち、近いんだわ。宅飲みでどうだい」
日車が了承し、二人で歩き出す。
二人ともネクタイを緩め、上着は小脇に抱えて鞄と一緒に下げている。
弁護士を辞め、同じ職場に転職してきた変わり者に、日下部は興味がある。
飄々とした態度。倫理観の塊でありながら時折見せる激しさ。じと、と人を見つめる時の、見透かそうとする目の奥。
対した日車も、日下部に興味がある。
のらりくらりと仕事を避けながら、自分の職はキープし、指南もこなす。普段実力を隠している理由はなんだ。
この男は、何を持ち合わせているのか。
その考えのみが、現在の二人の共通点だ。
日下部の住むアパートの近く、深夜営業しているスーパーで酒を買うことにして、入店する。
「あー…先に言っとくが、うちの冷蔵庫、ビールと水しかねぇからな。つまみもねぇ」
「自炊はしないんですか」
「めんどくせぇ」
はぁ、と小さくため息をつき、日車がカゴへすぐ食べれるような食材を放り込んでいく。
後ろからはビール缶のセットを抱えた、日下部がついていく。
日下部の部屋は、六畳一間の畳敷だった。
敷きっぱなしだった布団をたたみ、まぁ座れと日車を促す。…意外と床に埃はなく、部屋は最低限片付いている。真ん中には小さな丸テーブル。
買ってきたビールを二本を残して冷蔵庫にしまった日下部に、日車が皿はないかと聞く。
差し出された丸く白い皿を受け取り、買ってきたいぶりがっこを雑に並べると、クリームチーズを割り箸で千切って乗せた。
「へぇ。センセ、料理するんだ」
「そんな大層なものじゃない」
日車の口の端が、微かに上がる。
缶ビールを開け、二人だけの追い飲みだ。
酒を飲み、いぶりがっこをつまみ、話をする。
何度目かの『センセ』に、その呼び方はやめてくれ、と日車が訂正を入れる。
共に三本目が空く頃、日下部が切り出した。
「なんで弁護士、辞めちまったんだ」
「そこに正義がなかったからだ。…あなたはどうして、そんなにのらりくらりと逃げるんだ」
「面倒くせぇ。楽して給料が手に入るなら、それに越した事ぁねぇよ」
お互いに聞きたいことを問い、答えを聞き、ビールと一緒に腹へ飲み込んで反芻する。
まだ相手の底が見えない。
ああ、この男と飲むのは、楽しい。
「…あー、日車すまん、ビール終わったわ。焼酎ならあるけど、あんた飲めるか」
「飲めるぞ。何があるんだ、芋か」
「芋だ。…意外とイケるね」
「日下部さんこそ」
ははは、と日下部が笑い、ふふっ、と日車が小さく笑う。
飲み仲間ぐらいにはなれそうだ。
大人二人がお互いに新しい友を得て、夜が楽しく更けていった。
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- 多華子May 15th