辺野古転覆事故から3か月…武石知華さん遺族が語る「全容解明を」【キキコミ】
なぜ、生徒の声があったにもかかわらずプログラムは漫然と続けられたのか。zeroが同志社国際高校に質問を投げかけると書面で回答がありました。
○同志社国際高校の回答
「辺野古のプログラム内容について、教職員会議等で疑問が呈されなかったのは前例踏襲が背景にあったと考えており、校長の責任で止めることがなかったことについては、ガバナンスの不備であったと認識しております」
知華さんと同じく同志社国際高校に通っていた姉は。
○武石知華さんの姉
「私が沖縄行けなかったのもあって研修旅行はコロナでなくなった代だった『ねぇねの分まで楽しんでくるからね』って言って出て行ったのが最後。すごい大好きですごい誇れるこんな事故起こす学校だと思っていなかった」
なぜ、事故は防げなかったのか。zeroは、もう一方の当事者、「ヘリ基地反対協議会」に話を聞くため、沖縄に向かいました。
○zeroディレクター
「日本テレビです」
直接、取材することは叶いませんでしたが、団体の代理人弁護士から書面で回答がありました。
○ヘリ基地反対協議会 代理人弁護士
「『辺野古見学』に関わる一切の運用につきましては亡くなった金井創氏個人が行っていたものであります。代表らは今般の事故が発生するまで、金井氏が個人的に修学旅行生等の受け入れを行っていた事実およびその具体的な運航内容について知らされておりませんでした」
今後「家族に直接謝罪をしたい」とした上で。
○ヘリ基地反対協議会 代理人弁護士
「当協議会としての海上における一切の活動につきましては当面の間、全面的に自粛(休止)することといたしております」
事故当時、辺野古区長は波浪注意報が出た海を見ていたといいます。
○辺野古区 德田 真一区長
「結構白波が立っていた。『ニンガチカジマーイ』という言葉があって突然突風が吹いたりする。特にうねりがすごくて(漁師らが)避けて通る場所。辺野古の海を知っている方は近づかないと思う」