ホラー短編小説「木目」Part.5
第5話「殺意の予兆」
高橋の死は、
警察によって
「停電時のパニックによる
不慮の転落死」
として処理された。
だが、山田だけは真実を知っている。
高橋は、あの木目の予言に殺されたのだ。
数日後、
山田は出社したが、
精神はすでに限界を迎えていた。
デスクの間仕切り。
床のタイルカーペット。
壁紙の微細な凹凸。
視界の端に映る
あらゆる不規則な模様が、
山田の網膜を
チカチカと刺激してくる。
どれも、いつ顔を結ぶかわからない。
「見たくない。
もう、何も見たくない」
山田は自分のデスクの表面に、
無地の白いコピー用紙を何枚も、
隙間なくテープで貼りつけた。
パソコンの画面も
無地のグレーに変え、
視界からひとつでも多くの模様を
排除しようとした。
「山田さん……
大丈夫ですか?」
異常な行動を繰り返す山田を見かねて、
隣の席の鈴木が声をかけてきた。
そしてそっと、
温かいお茶の入ったマグカップを
山田のデスクに置く。
柑橘の香りと、
服越しに伝わる微かな体温。
その生々しい生命の感触が、
死の模様に呑まれかけていた山田の脳に、
つかの間の安らぎをもたらした。
「……ありがとう、鈴木。
君も無理しないで、早く帰れよ」
「山田さんが帰るまで、私も残ります」
山田はマグカップに手を伸ばし、
茶を一口飲んだ。
張り詰めていた神経が、
ほんの少しだけ緩む。
その時だった。
ふと、山田の視線が、
オフィスの大きな窓ガラスに向いてしまった。
夜の闇を背景にした窓ガラスには、
叩きつける雨粒が、
無数の複雑な水流を作って流れ落ちている。
ピカッ。
窓の外で強烈な稲妻が夜空を裂き、
青白い閃光が、
窓ガラスの表面を
一瞬だけ鮮明に照らし出した。
結像した。
水滴と汚れが作り出したその模様は――
顔の右半分が赤黒く染まり、
虚ろに見開いた目から、
一筋の血の涙を流している、
鈴木の顔だった。
「ああっ」
山田は弾かれたように立ち上がり、
手元のマグカップを床に叩き落とした。
ガチャンと陶器の割れる音とともに、
熱いお茶が床に飛び散る。
「山田さん⁉
どうしたんですか」
鈴木が驚いて駆け寄ってくる。
その瞬間、
山田の目に、
彼女の真上――
天井の雨漏りのシミが、
ぐにゃりと、
不気味な顔の形に歪むのが見えた。
バチィンッ。
鈴木の頭上、
巨大な蛍光灯ユニットの金具が、
突如として弾け飛んだ。
「危ない!」
山田は猛烈なタックルで
鈴木を突き飛ばし、
床を転がった。
その直後、
凄まじい轟音とともに、
数十キロはある蛍光灯ユニットが、
たった今まで鈴木の頭があった辺りの
床の上へ落下した。
「……雷の振動で、
金具が外れたんでしょうか。
山田さん、
ありがとうございます」
鈴木はひどく怯えていたが、
それでもまだ、
これをただの老朽化による事故だと
信じようとしていた。
当たり前だ。
そうでなければ、立っていられない。
だが、山田は確信していた。
死の運命が、
今度は物理的な「殺意」を持って、
鈴木に牙を剥き始めたのだ。



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