博物館資料の安易な廃棄に歯止めを 除籍・処分に関する「基本理念」と 「民具編」を公表
博物館資料の除籍・処分に関する基本理念
博物館コレクション管理研究会
1.博物館資料の社会的使命
博物館は、資料の収集・保管・調査研究・展示・教育への活用を通じて、文化・自然遺産を現在および将来の世代に伝える公共的使命を担う機関である。博物館資料は、その使命のもとに社会から託された社会全体の財産であり、博物館はその管理について社会に対する説明責任を負っている。とりわけ地域の生活や文化の中から収集・寄贈された資料は、地域社会から将来に伝えることを前提として託されたものであり、その取り扱いには社会的・倫理的責任が伴う。
2.除籍・処分とは
除籍・処分を行う場合には、それが館の設置目的や使命に沿わないもので、かつ将来的な活用の可能性について十分な検討を行った上で、なお保有し続けることが適切でないと判断されたものでなければならない。コレクションとしての質と一貫性を維持するためにのみ行われるべきであり、収蔵スペースの確保を目的として行われてはならない。
3.用語の整理
ここで用語を整理しておく。除籍とは、資料を博物館の台帳(登録)から抹消する文書上の手続きをいう。除籍後も記録は永続的に保存される。処分とは、除籍された資料の具体的な行き先を決定する行為であり、移管・譲渡・長期貸出・返還・売却・廃棄等を含む。廃棄は処分の一形態にすぎず、処分と廃棄は同義ではない。
4.除籍・処分の手続き要件
博物館が収集・保管する資料は、館の設置目的や使命に照らして適切に管理されるべきである。除籍・処分を検討するにあたっては、まず館の設置目的や使命を明文化した資料収集方針および管理方針が整備されていることが前提となる。また、除籍・処分を実施するためには、その手続きを定めた処分規程を事前に策定しておくことが不可欠である。次に、担当学芸員による資料の再整理・再評価が行われなければならない。館の使命や目的に照らした判断は、この再整理・再評価を経て初めて可能となるからである。その上で、館と設置者、外部の専門家を交えた組織的な検討を経て、除籍・処分の対象となりうる資料を特定する。
5.所有権・権利関係の確認
除籍・処分の検討に際しては、まず当該資料の所有権を含む権利関係を確認しなければならない。資料の受入時に付随した特別な条件や寄贈者との取り決めについても精査が必要である。また、再整理・再評価の結果、来歴・用途・所有関係等が不明のまま残る資料は、原則として除籍・処分の対象とすることができない。学術的な判断が確定できないこと、旧所有者との権利関係がクリアされていないこと、およびそれに伴う訴訟リスクを回避することがその理由である。
6.透明性と説明責任
除籍・処分の対象として特定された資料については、その理由および関連情報を広く公開しなければならない。処分の決定は担当職員個人が負うものではなく、館の経営母体による組織決定がなされるべきであり、第三者による点検・監査が可能な体制を整えることが求められる。また、処分を実行するにあたっては、登録博物館・博物館指定施設をはじめとする公的機関への移管を最優先とし、広く移管先を求めるために多様な媒体への告知を行うことが求められる。さらに、市民・寄贈者・関係機関をはじめとするステークホルダーに対して、処分の方針・理由・経緯を公開するとともに、意見を表明する機会を保障しなければならない。除籍・処分の実施までには、これらのステークホルダーへの十分な周知期間を確保することが必要である。こうした透明性の確保こそが、博物館の社会的説明責任の根幹をなす。除籍・処分はこれらすべての手続きを経て初めて認められる行為である。
7.廃棄は最終手段
処分の方法には段階がある。移管・譲渡・長期貸出・返還・売却等、資料の存続を前提とする処分と、廃棄とは、根本的に次元が異なる。廃棄は本質的に不可逆的な行為であり、一度失われた資料は原則として回復することができない。なお、実物資料をデジタル化して記録することは、収集・保存を補完する有効な手段であるが、資料保存の代替とはなりえない。デジタル記録は、記録した時点での技術水準や記録者の関心によって制約されるものであり、実物資料が内包する情報のすべてを捉えることはできない。将来の技術的・学術的発展によって初めて引き出される情報が実物には備えられており、実物を失うことはその芽を摘むことを意味する。廃棄は、他のあらゆる処分方法が検討し尽くされた後に、なお不可避と判断される場合にのみ許容される最終手段である。
特に留意すべきは、収蔵スペースの不足や管理上の都合を理由として廃棄を行うことは許されない。そうした課題に対しては、まず施設の拡充・外部収蔵施設の活用・移管先の確保など、廃棄以外の方法による解決が図られるべきである。博物館資料は社会全体から将来世代に向けて預けられた財産であり、収蔵上の課題をもって廃棄の根拠とすることは、その社会的使命に反する。
8.おわりに
本博物館コレクション管理研究会は、博物館学および関連諸分野の専門的知見に基づき、拙速な廃棄や恣意的な処分を防ぎ、博物館資料の適切な保存と継承を図るため、資料種別ごとの除籍・処分に関する基本的考え方を順次示すよう努めるものである。
本見解はその第一として、ここに有形の民俗資料(民具)について以下の通り取りまとめるものである。
博物館コレクション管理研究会 2026年6月
有形の民俗資料(民具)の除籍・処分に関する基本的考え方
1.趣旨
有形の民俗資料の多くは、高度経済成長期における急速な生活環境の変化に対する危機感を背景に、生活文化の記録・保存を目的として全国各地で収集されたものである。その保存・活用をめぐっては、近年、収蔵スペースの制約や管理負担の増大等を背景として、資料の除籍・処分に関する判断が各地で求められている。しかしながら、民俗資料はその他の文化財とは様々な点において異なる特質を持っており、その除籍・処分にあたっては、民俗資料としての特性を踏まえた慎重な検討が必要である。
本考え方は、民俗資料の除籍・処分に際して留意すべき基本理念を示し、特性に基づいた慎重な判断を促すことを目的とするものである。
なお、本考え方は、登録博物館等に限らず、地方公共団体その他の機関が保管する民俗資料についても、広く参照されることを想定するものである。
2.基本原則
民俗資料の除籍・処分にあたっては、以下の原則に基づき判断するものとする。
(1)民俗資料は、収集時から体系的なコレクションとして存在するものではなく、収集・整理・調査・記録・比較等を通じて、資料相互の関係性を見出しながらコレクションを形成することで、価値を創造し、向上させていく性質を持つものであること
(2)民俗資料は単体ではなく、関係性の中で理解されるものであり、コレクション内の資料同士、体系化されたコレクション同士、あるいは地域・時代を超えた同種の資料同士を比較することによってはじめて、その特性や意味が明らかとなるものであること
(3)民俗資料は多様な観点から評価されうる性質をもち、社会状況の変化や調査・研究の進展に応じて、新たな価値が見出されるものであること
(4)民俗資料は、その形態・状態のみならず、素材・構造・機能・製作・流通・使用・修理・改造・転用等に関わる多様かつ多層的な情報を備えており、これらは写真や三次元データ等によって代替できるものではないこと
(5)民俗資料は、地域社会の生活の中で用いられ、収集を通じて将来に伝えることを前提として社会から託されたものであり、その取扱いには社会的・倫理的責任が伴う。これを除籍・処分することは、地域社会からの信頼を損ない、その関係性を毀損する行為となりうること
(6)民俗資料は、固有の素材・人々の営み・技の蓄積によって生み出された生活資料であり、伝統的な生活環境が失われつつある現代においては、その多くは再収集が困難である。このため、不可逆的な処分は、地域社会が自らの歴史や文化を学び、継承する基盤を損なうとともに、将来の研究可能性をも失う行為であること
これらの特性を踏まえ、専門的知見に基づく十分な再整理・再評価を行い、慎重に資料の価値を評価する必要がある。除籍・処分の検討は、その評価を踏まえてもなお、保存・活用が困難である場合に限り、地域社会に対する十分な説明および情報公開を行ったうえで実施することが重要である。
3.特に慎重な判断を要する資料
以下に掲げる資料は除籍・処分の対象と見なされることがあるが、民俗資料の特性上、その資料的意義を現時点で十分に判断できない場合が少なくないことから、特に慎重な検討を要する。
(1)重複するとみなされがちな資料
一般的に同一とみなされ、類似の形態・用途を有すると判断されがちな資料であっても、使用方法や素材、製作技法、使用痕等にみられる個体差や微細な差異により、地域性や時代性、技術の変遷を読み取ることができる。民俗資料は、地域や時代のスケールを様々に設定し、多様な視点から多数の資料を比較することによってはじめて、その特性や意味が明らかとなる性質を持つものであり、どの差異が重要な意味を持つかは、収集時点や整理時点で必ずしも確定できるものではない。したがって可能な限り複数資料を保持し、将来にわたって比較・検証する可能性を維持すること自体に重要な意義があり、資料群としてのまとまりを損なう除籍・処分は、地域文化の理解と継承に支障を及ぼすものである。
(2)来歴や用途等が不明な資料
民俗資料は、資料の収集と同時にその情報がすべて把握されるものではなく、調査・記録・比較等を通じて、用途、地域性、製作技術等に関する知見を積み重ねていく性質を持つ。また、民俗資料に対する理解は、個々の資料の検討のみならず、資料相互の比較やコレクション全体の分析を通じて深められるものであることから、現時点で来歴や用途等に関する情報が不足していることのみを理由として、その資料的価値を否定すべきではない。したがって、調査・研究の継続によってその価値が明らかになる可能性を考慮し、保存と調査の継続を原則とすべきである。
(3)破損・劣化した資料、部分・断片資料
民俗資料は、人々の生活の中で実際に使用されてきた実物資料である。このため、破損や劣化は単なる欠損ではなく、使用状況や修理の履歴を示す重要な情報を含むものであり、製作・使用状況を復元することにより、生活史や技術史を読み解く上で重要な手がかりとなる場合がある。また、部分資料や断片資料であっても、構造理解、素材分析、製作技法の検討、他資料との比較等において重要な意味を持つ場合があることから、完全な形を欠くことのみを理由として、安易に除籍・処分を検討すべきではない。
(4)「ありふれた」資料
類似資料が数多く収集されている場合、それらは地域社会における生活の「典型」を示す資料であることが多く、比較研究や基準設定を行う上で重要な意味を持つ。また、ある地域においてはありふれた資料であっても、地域・時代を超えた比較によってはじめて、その地域的特性や稀少性が明らかになる場合も多い。このため、「一般的である」ことのみを理由として、その資料的価値を否定すべきではない。
4.おわりに
民俗資料の保存と活用は、地域の歴史や生活文化を理解し、継承していくうえで欠かせないものであり、地域づくりや地域学習の基盤となるものである。
民俗資料は、日常生活の中で用いられてきた身近な道具であるがゆえに、その価値が見過ごされやすく、十分な検討を経ないまま除籍・処分の対象となる危険性を常に内包している。民俗資料の保存・活用にあたっては、本考え方を踏まえ、専門的知見を活用しつつ、その価値を十分に評価することが求められる。その上で、最終判断として除籍・処分を検討する場合には、組織として慎重かつ透明性のある判断を行うとともに、その過程や理由について適切な情報公開及び説明責任に努めることが求められる。
博物館コレクション管理研究会 2026年6月
博物館における除籍・処分規程 策定のポイント
博物館コレクション管理研究会「博物館資料の除籍・処分に関する基本理念」に基づく
【前提】規程策定の大前提
☐ 除籍・処分は、館の設置目的や使命にそぐわず、将来的な活用の見込みもなく、保有継続が適切でないと判断された資料に限り行うものであることを明記する
☐ 収蔵スペースの確保を目的とした除籍・処分は行わないことを明記する
※ 「収蔵庫が満杯だから廃棄できる」という解釈は、博物館の社会的使命に反します
【STEP 1】整備すべき規程・方針
☐ 資料収集方針(館の設置目的・使命・収集範囲を明文化)
☐ 資料管理方針(保管・調査・活用の基本方針)
☐ 除籍・処分規程(手続き・判断基準・承認フロー)
※ これらが整備されていない段階では、除籍・処分の検討を開始することはできません
【STEP 2】除籍・処分の手続き要件
☐ 担当学芸員による資料の再整理・再評価を実施する
☐ 所有権・権利関係(寄贈条件・旧所有者との取り決め)を確認する
☐ 来歴・用途・所有関係が不明な資料は、原則として除籍・処分の対象としない
☐ 館と設置者・外部専門家を交えた組織的な検討を経て対象資料を特定する
【STEP 3】透明性と説明責任
☐ 処分の理由・関連情報を広く公開し、ステークホルダーへの十分な周知期間を確保する
☐ 処分の決定は担当職員(学芸員等)個人ではなく、経営母体による組織決定とし、第三者による点検・監査が可能な体制を整える
☐ 市民・寄贈者・関係機関が意見を表明できる機会を保障する
【STEP 4】処分方法の優先順位
☐ 登録博物館等の公的機関への移管を最優先とし、広く移管先を求める
☐ 移管・譲渡・長期貸出・返還・売却等、資料の存続を前提とする処分を廃棄より優先する
☐ 廃棄は、他のあらゆる処分方法を検討し尽くした後に、なお不可避と判断される場合にのみ許容される最終手段であることを規程に明記する
※ デジタル化は収集・保存を補完する手段であり、実物資料の廃棄の代替にはなりません
博物館コレクション管理研究会 2026年6月


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