日下部篤也は暇が好き
まだ付き合ってないけど距離が異様に近い日下部さんと日車さんです。日車さんが呪術師もやってます。日下部さんの良くある一日を書きたかったので書きました。細々オリジナル設定があります(日下部さんの年齢とか)。三十路男性が意味もなくイチャイチャしてる様子が好きです。
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『日下部さん暇ですか』
そう補助監督から電話がかかってきたのは日曜の昼だった。
「暇だけど暇じゃねえよ」
暇というのは一般的に望まれないものだ。だが日下部は暇を欲していたし愛している。暇だから仕事をしろ、と言われるのは不本意だった。だがそれを見通した上で補助監督はにべもなかった。
『暇なんじゃないですか。任務です』
「その言い方からして緊急性がなくて面倒なやつだろ?俺、嫌だよ」
そう告げた数時間後。結局日下部は都内某所の現場にいた。一級としての義務というやつである。
日下部の予想は当たっていた。任務に緊急性はないものの面倒な呪霊祓除は三十路の腰につらい。
最後の呪霊をあぶりだすために駆けずり回り、もうへとへとだ。
ぐったりした表情で現場から抜け出し、補助監督に祓除完了を告げる。
「お疲れさまでした。日下部一級術師」
「お疲れだよ。せっかくの日曜だってのに」
「すぐ高専に戻られますか?」
日下部は車をちらっと見てから手を振り否定した。
「いや、今日はもう歩いて帰る。報告書、火曜でいいだろ?」
日下部はそう言うなりお辞儀をする補助監督を置いて歩き出した。
現場は行きつけの商店街が近い。なにかすぐ食べられる物を買って帰ろうと思ったのだ。
下町風情溢れる商店街には手ごろで美味い物があふれている。
日下部は肉屋でコロッケと、総菜屋で酢豚をひとパック買って帰ることにした。
日下部はとある安アパートに住んでいる。
若いころには既に安かった上に、今年なぜかさらに家賃が下がった。
四級のころから住んでいるそのアパートは絵にかいたような安普請だが、それなりに自由で住み心地がいい。なにより引っ越すのが面倒で一級になり金銭的に楽になっても日下部はそこに住み続ける事を選んだ。
敷地入口で愛想のいいおばあちゃんに声をかけられた。
「日下部さん。丁度良かった、これ持って行って」
愛想のいいおばあちゃんは大家だ。日下部が若いころからなにかと面倒を見てくれている。
なぜか日下部をバツイチの苦労人だと思っているが、日下部も特に弁解するつもりはない。
手渡されたビニール袋にには蜜柑が六つ入っていた。そういえばいつか愛媛出身だと言っていたか。
「いつもすみません、あの」
「いいのいいの。せめて健康には恵まれないとねえ」
やはりまだ誤解しているようだ。日下部は「はあどうも」と何度か頭を下げて自宅にに引っ込んだ。
靴を脱ぐ。
「遅いじゃないか」
おかえりの代わりに声がかけられた。
「留守にするなら一声かけたまえ」
声の主は日車だった。どういうわけかこの男は日下部の家によく来る。気が付いた時には合鍵までとられていたが、日下部も咎めはしない。なぜかは今は考えない事にしている。
「来るなら電話下さいよ日車サン」
だが日車は話を聞かない。コタツに入ったまま文句を言った。
「腹が減ってな。なにかあるかと思えば冷蔵庫はカラだ。さすがにビールだけで腹を膨らませる気にはならん。なにか買ってきたか?」
日下部は黙ってコタツの上にビニール袋を置いた。
「お、コロッケか。酢豚もあるじゃないか。でかしたぞ」
日車はコタツから身を乗り出し袋を覗き込むと笑みをこぼした。日下部は日車のこういう顔が嫌いではない。似てないはずなのに、今は亡き甥っ子を思い出すのだ。
夕飯にコロッケと酢豚とビールを貪り、三十路男性二人がコタツにごろ寝する。
「どうして隣に来るんですか」
「テレビが見えないだろう?」
「狭くないですか」
「気にならん」
「そうですか」
コタツは若干大きめのものだが、大の男二人が隣り合っている様子は一般的には珍しい。
しかし日車は気にする様子もなく蜜柑を剥いていた。
日車はいつもそうだ。飲み会などでも気が付けば日下部の隣に座っている事が多い。当たり前のように傍にいられるようになってどのくらい経っただろうか。
弁護士兼呪術師という奇妙な二足の草鞋を易々とこなし、いつのまにか日下部の懐に入ってしまった。
暇さえあればこうして日下部の家にいて、食べ、その辺で共に雑魚寝する。
(どういうつもりなのか)
気にならない訳がないが、言及するのも気が引けた。咎めたいわけではないからだ。
「あんた暇なのか?」
数秒思案した末にそんな言葉が零れた。日車は真顔で答える。
「暇でいたいとは思っている」
「なんだそれ」
「暇が好きなんだ。こうしてお前の家でゴロゴロしていると暇をより良く味わえる。効率がいい」
そう言うと日車はテレビのチャンネルをいくつか変えてから「アイスが食べたい」と宣った。この男、世間ではエリートかもしれないがここでは自由すぎる。
「買いに行けってか?」
「そこまでは言っていない。一緒にコンビニに行こう」
図々しい客人が立ち上がるのを見て日下部は諦めてコタツから抜け出した。
日車が靴を履きながら言った。
「ファミリーパック買っていいか?」
日下部は答える。
「好きにしたらいいだろ」
玄関は日下部が締めた。
日下部は暇が好きだ。隙間を作っておけば入り込んでくる者がいるから。
今はその意味を考えないが、その内二人で煮詰めるのも悪くないだろう。
日下部は年上だか年下だかわからん不思議な隣人の隣でそう思った。