ひとつ聞いていいか
二人が付き合って初めてのキスをするお話。
※日車さんが高専の教員になったif話です。ふんわりお読みください。
二人の初キスが、好きな気持ち+緊張+恥ずかしさ+お互いへの欲、で出来てるといいな…と、どうしても書きたくて書きました。
三十五過ぎても、付き合えばいろんな初めてがあるわけで…そう考えたらにこにこが止まりませんね。
ご感想など、お気軽に頂けると嬉しいです。
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「…ひとつ聞いていいか」
日車が発した言葉に、俺はぴたりと動きを止めた。今更なんだと言う顔で、俺は日車を見る。何故なら、俺と日車は今まさにキスをしようとして俺が日車の肩を掴み、顔を近づけようとしていたところだったからだ。
「ンだよ」
ここにきて待てを食らわせられている気分になる。というか実際、食らわされているよなこれは。悪いが俺はもう一秒も待てねぇんだよ。だがコイツのことだ、可能性はゼロじゃない。
もしステイを言い渡されても今の俺は聞かねえぞ、という気持ちを前面に出しながら俺はじいっと日車を見る。
もともとキスをしようとしていた距離だ。互いの鼻先はまだくっついていないが、それぞれが少しでも前に身を出せば、鼻先は容易く触れ合うだろう。
「…その、目は瞑ったほうがいいか」
「…………はい??」
一呼吸置いて日車から返ってきた返事が俺の想像の斜め上過ぎて、そのあまりの予想外さにクエスチョンマークをガッツリと口に出してしまう。なんなら気の抜けた間抜けな顔すらしたかもしれない。そんな俺に、日車はご丁寧にも先程の台詞をもう一度繰り返した。
「だから、目は瞑ったほうがいいか、と聞いているんだ」
日車自身、その質問を真正面から何度も俺に聞くのは恥ずかしいのだろう。二度目は伏し目がちに俺から目を逸らした。
付き合いたての恋人が、耳を赤らめて今からキスをするのに目を瞑るべきかと聞く。正直、今すぐ壁に押し付けて深いキスをしてやりたい衝動にかられたが、それは残る理性を掻き集めて、ぐっと堪えた。これはこれで見ていてクるものがある。かわいすぎだろ。
はっきり言って正解なんてものは無い。こういう場合、例えば王道の少女漫画ならヒロインがぎゅっと目を瞑り、彼氏の唇を待ったりするものかもしれないが、生憎俺たちはどちらも三十五を超えたオジサンに片足突っ込み始めた野郎だ。唯一、そういう漫画でありそうなシチュエーションっぽいことといえば、俺たちが今、付き合って初めてのキスをしようとしているところ、だろうか。
俺が日車に告白したのは、日車が呪術高専で教員をすることになったタイミングだった。その前から日車のことは意識していたが、告白となるとタイミングを計りかねていた。だからチャンスだと思った。それに、日車が俺に向ける視線にも気が付いていた。そんなわけで、いざ告白して日車から「俺も、実は君のことを考える時間が増えていた」なんて返事を貰ったときは「知ってたぜ、顔に出てた」とかスカして返した割に、俺の内心は嬉しさでガッツポーズしていたことはアイツには内緒だ。
と、そこまでは順調で、これで一緒に過ごす時間も増えるはず、というのが俺の脳内の理想だったのだが。そう上手くはいかないのが現実である。
術師としての実力があっても実際の任務経験の浅い日車は、職務よりも早々に外の任務に駆り出され、連絡は取り合えても擦れ違って、まともに会えない日が続いた。
三日目にしてようやっとこうして顔を合わせることができたわけで、我慢できなくなった俺が空き教室に誘い込んで今に至る。
「アンタはどうなの、目ぇ開けてたいの」
日車の好きにしてくれていいと思ったが、単に好きにしていいぜ、と言って返すのは簡単なので、敢えて聞き返してみることにする。それに、コイツの気持ちが知れるならもっと色々と聞いてみたかった。
「いや、」
そういうわけでは、と慣れないシチュエーションで普段じゃなかなかお目にかかれないしどろもどろな日車がかわいくて、俺は耳元で囁いてやる。
「いいんだぜ?目を合わせながらキスしても。…けど、目を瞑ってキスしたとしても、俺の唇の感触がよく分かってそれはそれでアンタが興奮するかもな?」
ぴくりと耳朶を震わせる日車に、三日振りの俺はいよいよ制御が効かず、つい口を開けて耳の軟骨に軽く舌を這わせてしまう。
「っぁ!?」
大袈裟なくらいに聞いたことのない日車の上擦った声に、ぞわりと自分の中の欲が滾るのが分かった。
「…っアンタもそんな声出せんだな」
一気に興奮したせいで声が詰まる。生唾を飲み込む俺に、日車は恥ずかしがりながらも、ふ、と口元を緩めて小さく笑った。
「っ…はは」
「なんだよ」
「君のほうこそ。そんな興奮した声を出して、余裕がなさそうじゃないか」
「…そりゃアンタのエロい声のせいなんだがな」
「…っ…言っておくがそうさせたのは君だ。君自身の行動の所為で君の余裕が無くなったことに対しては、俺は何も悪くはないぞ」
エロい声、という俺のストレートな表現に日車は何かモノ申したそうだったが、否定はしなかった。だから俺も日車から言われた自身の行動を否定せずに、自分でも感じるくらいの熱い息を口から吐き出しながら、日車の視線を逃がさないように見る。
「そうだな、アンタは悪くない。俺がアンタに欲情してるからそう思っちまうんだ」
すると日車は、少し黙ってから「安心してくれ」と言った。
「……それは君だけじゃない」
そう日車は付け加え、俺を見つめ返す。その目には確かに熱が宿っていた。俺は後頭部をがりがりと掻いた。そうやって隠しきれない熱と欲を少しずつ俺に見せるのが、俺には堪らなく耐えられないんですがお分かりですかね日車サン。
「あー…さっきのアンタの質問なんだけどよ。…目、瞑ったほうがいいか、ってやつ」
「ああ、すまない。それならもう気にしないでく」
「目ぇ開けててくんねぇ?」
日車の台詞に被せるように食い気味に俺がそう言うと、日車は、何故だ?と言いたげな顔を俺に向ける。
「…俺がどんだけアンタに興奮してキスしてるか、見ててくれよ」
自分で言ってて滅茶苦茶に恥ずかしい台詞だったが、日車には効果はあったようだ。頬まで赤く染め、一瞬反応に困っていたが、ゆっくりと頷いた。
「…わかった」
と返事をしたものの、改めていざキスされるとなると緊張するのか、日車は視線を俺に定まらせることがなかなか出来ない。うろうろと視線を彷徨わせていて、俺はその視線を縫い付けるように日車の目を捕える。
肩を掴み直し、顔を近付けて日車の唇に自分を唇を合わせた。日車の少し乾いた唇は、思ったより柔らかくなかった。体温をそこまで感じるわけでもない。なのに、日車の唇というだけで、俺は興奮が止まらない。
角度を変えて、二、三度キスを繰り返し、無中になるうちに俺は日車から視線を外していたことに気付く。少し首を傾げてキスをした際に日車の目を見ると、日車はぎゅっと目を瞑っていた。俺は、思わず唇を離す。
「おいおい、目ぇ瞑ってんじゃねえかよ」
「!ち、違う」
すると日車は、はっと目を開け慌てて弁解する。
「始めはちゃんと目は開けていた!今は瞑ってしまっていたが…」
「なんだよ、やっぱり恥ずかしくなったとか?まあそれはそれでかわいいけどよ」
「そうじゃない。いや、それもあるが……君を見ていたら、あまりにも、その、君が眉根を寄せて興奮を抑えるようにキスをするものだから…」
君のその顔に耐えられなくなったんだ、と絞り出すように日車は言った。
「…そのまま見てたら、息が止まりそうになって、目を瞑ってしまった…」
「……いや、あのさ、マジでアンタかわいすぎるんですけど」
「は?……い、一応聞くが、今の台詞のどこにそんな要素が入っていたんだ?」
「全部」
「全部…!?」
間髪入れずに即答する俺に、さっぱり理解できずに赤らめたままの顔で困惑する日車を、俺は強く抱き締めた。
「…く、日下部?」
「はー…やっぱ好きだわ……。もうさ、全然足りてなかったわけよ、アンタが。いくらスマホで連絡取り合ってたって、告白して早々離れ離れとか、そんなもん若いとか若くねえとか関係無くて、寂しいもんは寂しいわけ」
「…」
「抱き締めてえし、キスもしてえし、何よりアンタの顔が見たいわけ」
言いたいことを言い出したら溢れて止まらない。日車を抱き締めたまま肩口に顔を置き、一方的に気持ちを言い続けていると、日車が俺の肩を掴み、自身から引き剥がすと、今度は日車のほうから俺に唇を合わせた。俺は出かかっていた次の言葉を呑み込んで「んぐっ」と変な声を出してしまう。
日車は唇を離し、「君ばかりずるいぞ」と言った。
「…君だけじゃないんだ。俺だって、君に会いたかった」
最強のダメ押しだった。俺はがばっと日車を抱き締め直し、日車の腰と後頭部を支え、何度もキスをした。
「んぅ…んん」
日車のくぐもった声を呑み込み、唇を重ねる。暫くして日車が俺の背中を叩き、俺はそこでやっと顔を離した。
「っはあ…やりすぎだ…」
「悪い、…息止めてたか?」
「…慣れないから、自然とそうなってしまうんだ」
不本意そうに見つめられて、これは俺が飛ばし過ぎたと反省する。
「すまん。わざとじゃなかった」
「…構わない。それに、今の君には配慮が出来ると思っていないからな」
「そりゃどーも、って褒められたわけじゃねえか」
「…いや、…君のそういうところは嫌いじゃない」
「そう言うならいっそ好きってはっきり言えよ」
なあ、と覗き込むように日車を見ると、照れたのか、ふい、と口元を手で隠してそっぽを向かれた。
「まあいいけどよ」
日車の頭から耳元にかけて優しく撫でる。
「…なあ、俺もひとつ聞いていいか」
「?」
日車が目線だけを俺に向ける。
「今度キスするとき、舌入れていい?」
「…!そ、れは」
思ってもいなかったであろう質問の内容に、動揺した日車の肩が小さく跳ねた気がしたが、俺はすぐに「いい、いい」と手を振って見せた。
「今返事貰おうってんじゃねえの」
「…?」
「次またキスするときに改めて聞くからよ」
俺の意図が掴めない顔の日車に、俺は笑って言ってやった。
「それまでに返事用意して、アンタの中に持っといてくれや」
そんな質問なんて、意味の無いものだと考えれば直ぐに分かる。日車の返事がイエスでもノーでも、流れに任せて強引にやろうと思えばやれるんだから。でも日車はその真面目な頭で考えるだろう。イエスと言ったときの俺、ノーと言ったときの俺が、どんな顔をするか。どんな反応を見せるか。
そうやって俺をもっと意識して。
もっと好きになっていいんだぜ。