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非常口はこちらです/Novel by 00/ついった内活動中

非常口はこちらです

25,747 character(s)51 mins

グレたくなった元天才弁護士がベテラン中堅俳優を相棒にして怪物的才能を発揮していく現代俳優パロ篤寛 超俺得設定 所々ひぐるまさんがキャラ崩壊してても許せる人向け 飽きるまで続ける予定

追記:『非常口はこちらです』『閑話①』『もう元には戻れません』『閑話②』を収録した再録本『非常口 前編』の委託販売を開始しました https://shimeken.com/print/consignment/72texv62

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黒い革靴が渇いた音を鳴らす。白く静かで無機質な廊下を無言で進んでゆく。出口が何処に通じているのかも分からない道筋をただ、不可思議な偶然に導かれるかのように歩んでいる。運命なんて、大それたものではない。言ってみれば逃避でしかない。扉の前に到達する。予約済みの会議室の扉が目前にある。軽く息を吸い込み、緩慢に吐き出す。ドアに手をかけ、押し開く。視界が開ける。長方形を描くように並べられた長机と奥に設置された可動式ホワイトボード。壁際に立っていた黒スーツと黒縁眼鏡の少々やつれた男がすぐにこちらに接近してくる。そして、椅子に深々と腰かけ両脚をテーブル上に投げ出している、姿勢の悪い男の背中も見える。男は横顔だけこちらへ振り向かせる。決して品性方向とは言い難い、ぶっきら棒を絵に描いたような目つきでこちらを睨め付ける男の口元から細い棒が伸びている。禁煙区画で喫煙か、とも思ったが、よく見れば火が付いていない。キャンディ棒のように見える。
「初めまして。私はマネージャーの伊地知と申します、どうぞお見知りおきを」
「ああ、丁寧にどうも。日車だ、宜しく頼む」
理想的な所作で名刺を差し出してきたマネージャーに対し礼をする。生憎弁護士用の名刺しか持ち合わせていなかったので仕方なくそれで返した。気怠そうに椅子から立ち上がった男はこちらに歩み寄ると、伊地知の手から雑に名刺を奪い取った。
「はー……何かの冗談であって欲しかったんだがなぁ。此処は弁護士先生がお遊びで来るような場所じゃねぇんですがねぇ?」
「弁護士は休業中だ。本業の役者である君らにとっては納得し難い話ではあるだろうが、そこは目を瞑ってくれ」
「はいはいそーかい。たっく……主演候補が薬物所持で捕まって、なんで企画がポシャらねーんだよ……おかげで余計に面倒臭ぇ流れになっちまったじゃねーか」
後半は単なる独白であったが、その声色からも、表情からも、日下部篤也が日車寛見という男を全く歓迎していないことは明白であった。それもそのはず。企画されていた連続ドラマの主演役が覚醒剤所持で逮捕され、誰も見聞きしたことのない得体の知れない男がその代役として大抜擢されたというのだから。撮影開始一週間前に、である。通常なら有り得ない話である。主演の不祥事の所為で撮影そのものが白紙に戻りしばらく楽な生活が出来ると期待していた日下部にとってこれ以上とないバッドニュースだ。日下部自身ももう一人の主演であるというのにとんでもないやる気の無さである。
「全体の読み合わせはとっくに終わってんだ、後は自力でどーにかしやがれ。役者歴二ヶ月の新参者だから親切にしてもらえるだろうなんて甘えはさっさと捨てろ」
「正確には二週間だ。二ヶ月というのは誤報だな」
「………………」
後頭部を掻きながら淡々と零されていた日下部の声がぴたりと止まる。
「それって、どの時点から二週間って意味?」
「ドラマのエキストラとして出演した時からだ。撮影現場の近くを通っていたら通行人として協力してくれないかと偶然声をかけられてな」
「……で、その後は?」
「その三日後に別の撮影で喫茶店のウェイターになってくれと頼まれた。台詞も二言くらいだったんだが、そこで今回の代役を依頼された。俺からも質問したいんだが、こういうケースは業界内では有り得る話なのか?」
「………………」
無表情かつ無言になってしまった日下部が手振りで伊地知を呼ぶ。マネージャーの肩を引っ掴みながら部屋の隅に移動し小声で緊急会議を始める。
「イジチー……っ! どうなってんだよこれはー……っ!」
「さ、さぁ……私にも、何が何やら……」
「二週間ってなんだ、逆に何が出来るのかさっぱり分かんねぇー……っ! あいつをスカウトしたの誰なんだよー……っ!」
「……五条、さん、です……」
滝汗を流していた日下部がついにその場で頭を抱えしゃがみ込んでしまった。どのような会話が繰り広げられているのか何となく察しつつも、日車はその光景を無言で見守っていた。気を取り直した日下部が平静を取り繕いつつ戻ってくるまでは。
「アレだよな? 昔どっかで演劇やってました系なんだろ?」
「弁護士しかしたことがない」
「うん……そうか。自分の役柄は流石に分かってるよな?」
「台本の内容は一通り頭に入れてある」
ついに言及を諦めた日下部は最大の問題点に着手を始める。
「俺とお前は新しくコンビを組まされた刑事だ。犯人役との取っ組み合いもある。おい伊地知、俺の面を殴ってみろ」
「えっ、私がですか!?」
「いいから、遠慮すんな」
「は、はい、では……えいっ」
伊地知が真横に放った拳が普通に日下部の左頬に直撃した。
「マジで当ててくる奴がいるかバカヤロー! フリだフリ! 文脈で分かるだろーが!」
「ええっ!? だって遠慮するなって……!」
「お前何年マネージャーやってんだぁ!」
気を取り直して。日下部の鼻先に触れる寸前の位置で伊地知が拳を振るうと、まるで本当に殴られたかのように日下部の身体が大きく傾いた。よろめいて、バランスを崩しかけ、数歩かけて後退りながら体勢を持ち直す。
「これくらいは出来ないと話にならねぇぞ。二日かけて出来なけりゃ諦めろ」
「了解した」
「ほらよ」
何の合図もなく拳を振ったのは日下部なりの意地悪のつもりであった。しかし日車は、ジャストのタイミングで全身を傾かせた。日下部が見せた手本とほぼ同じように頬を押えながらよろめいてみせたのである。本当に殴られてしまったと、横から見ていた伊地知が錯覚する程に。日下部が両眼を大きく開いて瞬かせている。
「……演劇部入ってた?」
「入ったことはないし今のアクションも初挑戦だが」
「なんっだこいつー!? はぁー!? 気持ち悪ぅ!」
日車の異常性をようやく認識した日下部はそれはもう大いに絶叫した。全身が鳥肌塗れになってしまいそうだ。
「二週間前まで弁護士しかやったことありませんって奴が出来ていい動きじゃないでしょーがぁ!」
「手本が綺麗だったからな、動き方は感覚で理解出来た」
「感覚ってなぁ……あーもういい、じゃあ冒頭のシーンだけ通してやってみろ」
困惑した顔色のまま日下部が椅子を移動させ、主演二人が初めて会話を交わす場面と類似した状況を作り出す。どかりと日下部が腰を下ろし両脚を長く前方に投げ出す。そして無表情のまま日車が敬礼を行う。
「本日より一課に配属となりました“海藤”と申します。宜しくお願い致します」
「コーヒーはどれが一番美味いと思う?」
「はぁ……それは、業務と何か関係が?」
「覚えとけ新入り。お前が気を付けなきゃならねぇのは、俺がコーヒーっつったら必ずボスのブラックを買ってくることと、俺の足を引っ張らねぇことだ。それ以外の余計な事は一切するな。俺の命令は絶対だ。分かったか」
日車の口から深々と溜息が零れる。
「噂通りの身勝手さですね……生憎ですが、私の中では狭い世界の下らない上下関係よりも、職務の真っ当が第一です。非効率であれば貴方の命令だろうと知りません、信用に足らないと分かれば私の独断で動かせて頂く」
「調子に乗るなよ、現場も知らねぇエリート風情が」
「私の態度が気に入らないのであればご自身の有能性を私に見せて下さい。口だけの無能に従うつもりは毛頭ありませんから。大体、缶コーヒーくらい自分で買いにいったらどうです? 子供じゃないんだから」
高慢と不快感を同時に含みながら、僅かに口端を歪ませる。不自然さの無い、絶妙な加減で。

ふ、ふつーに出来てるー……っ!

日下部は険しい渋面に大量の汗を流しながら愕然としていた。

いやだから、二週間前まで演技齧ったことのねぇド素人がしていいヤツじゃねーんだよ……! なんで自然に台詞流せてんだよ、素人っぽく棒読みだったりぎこちなかったりしてみろよぉ……! ていうかそもそも何でさっきからこいつこんな堂々としてんの……? 俺一応芸歴二十年ちょいの中堅ベテラン俳優なんだけどなぁー……!

「……なんで弁護士休業したの?」
「色々と疲れ果ててしまってな……色々なことが下らなく思えてきて、この年になってグレてしまいたくなった。同時期にちょうどエキストラの依頼があって、気晴らしになるかと思って承諾した。まさかこんな流れになるとは思ってもいなかったが、台本の中ではいくら器物破損しようが罪を犯そうが法に触れないというのが実に素晴らしく思えたし、他人の人生を模倣して現実から逃避するのもまぁ悪くないと感じてな」
「学歴は」
「T大卒だ」
「現役合格?」
「ああ」
「司法試験何回受けた?」
「ストレートで通過した」
「あーハイハイよーく分かった。お前確実に嫌われるタイプだわ」
飴玉を咥えたまま日下部がびしりと指差す。それ本人に直接言っちゃう? と言わんばかりに静かに見守っていた伊地知の表情が強張る。
「能力も才能もあってこれまで何の挫折も無いままなーんか上手くいってた奴が気紛れで業界に足踏み入れてきて二週間で主役まで大昇格しやがった癖に前向きな理由を一つも語れねぇとかふざけんなって話だ、クソが」
「俺の人生はそんな大それたものじゃない」
「うるせぇよ。本業で役者やってる奴が聞いたら全員ムカつくって言うわ。実際俺もすげぇムカついてるし既にお前のこと嫌いだわ」
「そうか」
「そんなお前にとっての最重要事項を教えといてやる」
椅子から立ち上がると、再び力強い勢いで日車の顔面を指差す日下部。
「報道陣とSNSからの誹謗中傷をなるっべく最小限に抑える方法だ!」
「もっと大事なことが他にあるのでは……!」
「黙ってろマネージャー!」
部屋の奥からホワイトボードを引っ張り出してきながら日下部は非常に真剣な気持ちで講義を繰り広げていた。
「演技の話はもういい! つーかこれ以上クオリティを上げられると俺が困るんだよ! いいかよく聞いとけ、役者ってのは普通に無難に演技出来る奴と顔だけの大根野郎となんかもう別次元のヤベー奴に大きく分類される。一番上の層にはガチで訳分からんレベルの化け物しかいねぇ。うちの事務所でいうと五条悟っていうクソ野郎がここに該当する」
ホワイトボードにピラミッドを描きながら説明していくのを、日車はとりあえず着席しながら、不思議なものを見るような眼差しで観察していた。
「最上層はこの世の地獄といって過言じゃねぇ。二十四時間パパラッチに私生活を監視されるし知らん女と歩いてるだけで熱愛報道されたり事実無根の妄想を色んな所で書かれまくる。なんで結婚とか離婚とかわざわざ国民に報告しなきゃならねぇんだよ面倒くせーわ! みたいな理不尽に人生丸ごと支配される、という訳で! 俺がいるのはここ!」
日下部がペン先で真ん中の層を強く叩く。
「仕事に忙殺されなーい程度に、食いっぱぐれない程度に、そんなにしんどくないし出番もそこまで多くない脇役俳優っていう便利な地位を保ってきたんだよ俺は! 今回の仕事だって何番煎じかも分からんセオリー通りの刑事コンビもので、ネット配信しかされないマイナー系だし、一挙配信型だから撮影スケジュールも緩い! そうでもなけりゃ主演なんてやってられっかぁ! 目立ちたくねーんだもん! 後からクソ面倒臭ぇことになるからぁ!」
「目立ちたくないなら芸能界やめたらいいんじゃないか?」
「という訳で、俺がお前に望むのはただ一つ、とにかく目立つな! 超エリート弁護士で芸歴一ヶ月未満の主演俳優とか、ただでさえ目立つ要素しかねぇんだからマジで余計なことすんな! これ以上凄いことをするな! 俺の平穏を乱すんじゃねぇ! あと大前提として問題を起こすな、犯罪は論外として一ミリでもセクハラに掠りそうな発言もするな! あいつらはワンフレーズを山のように盛りまくって無理矢理問題発言に仕立てあげてきやがる!」
ホワイトボードを反転させ、真っ白な裏面を手の平でバンと強く叩きつける。
「演技のノウハウよりも盗聴器の探し方とかパパラッチの撒き方とかハニトラの回避法の方がよっぽど役に立つ! 俺がこれから最低限のことを教えてやっからその優秀な脳に叩き込め! 分かったか日車ぁ!」
「あのぉ、私もう帰っていいですか……?」
「まずはオッサンなら誰でも知ってる初級編! 電車に乗る時絶対気を付けることは!?」
「両手で吊り革を持つ?」
「正解! はい二問目ー!」
結局台本の内容には一切触れないまま三時間程度講義は続いた。

Series
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Comments

  • もったり馬

    一話のなかにこれほどの感情の揺さぶりや変化、2人の関係性の進め方を書ききる。キャラクターの動かし方を含めて尊敬しかないです!素晴らしすぎる!好きすぎて何度も読むのを中断して「すきい!」と悶えていました。まだ1話しか読んでいないのですが、続きがあることがうれしすぎます!

    March 23, 2025
  • コメント失礼致します。読んでいる間時間の感覚を忘れてしまうほど鮮烈な作品でした。作中での登場人物の心情、挙動に心臓が鷲掴みにされる感覚を覚えるほど深く感動しました。「読む」を超えて「観て」いるのではないかと思うような体験でした。すばらしい作品を本当にありがとうございました!

    January 3, 2025
  • zmm
    March 29, 2024
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