[篤寛]昼間の居酒屋あつや。・6・温泉旅行編[現パロ]
2024/05/14:誤字脱字など修正済。
照れながらも名前呼びが慣れ始めてきた二人が存在しない場所へ一泊二日の温泉旅行に行くお話。これ思いついた当初春の初めだったので季節が今とズレています。細かいこと気にしないでサラッと読み流してください。誤字脱字は後日訂正しにきます。
以前も書いたかも知れませんがこのシリーズの二人でえろ書く予定は皆無です。書いてもちゅーしたりお手手繋いだりハグしたりする程度です。それだけで満足してしまう二人です。書いても事後の匂わせ程度です。期待しないで下さい。
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半ば自棄と嫉妬と見栄の為に宣った言葉が実現した。
今、日車は日下部と共に温泉旅館へ一泊二日の旅行中である。
早朝、レンタルで手頃な自動車を借りての小旅行は、渋滞に巻き込まれることもなく、道中穏やかにドライブが楽しめた。
休憩の為に一度遅い朝飯も兼ねてドライブインにも立ち寄り、ご当地ラーメンを食べて、その後はお土産コーナーや直売所を冷やかしてその地のものを楽しんだ。
運転は日下部で、日車がいくら代わろうと言っても「疲れてないから大丈夫」とカラリと笑って結局旅館に着いてしまう。
申し訳ない気もしたものの、頼もしく感じたのも事実だ。
男らしいなと思いつつ、いや自分も男だからこんなことを思うのはおかしいかと首を捻っていたら、日車は日下部に心配される羽目となった。
チェックインを済ますと二つ鍵を渡された。これだとどちらかが部屋にいなくても部屋に戻れるので、温泉を楽しみにきた二人としては大いに助かる。
何せ両思いなのだ。
互いに相手の生まれたままの姿を見ても正気でいられる自信がない。
こんな時、性欲がまだまだ現役であり、自分も捨てたものではないと思うと同時に、少々の、いやかなりの年甲斐のなさを突きつけられる。
全知全能の十四歳でもあるまいし、恥ずかしいことこの上ない。
欲情して万一相手を襲った場合今まで築いてきた関係が脆く儚く崩れてしまいそうで恐ろしくさえある。
好き過ぎて最早二人とも相手を神聖視するほどだ。
その神聖視する相手に対して……と考えるだけで目眩と頭痛がしてくる。精神的にも落ち込む。
それはともかく、と二人は気持ちを切り替え案内された「燕の巣」という部屋に着くなり、案外疲れていたらしく脱力して良い香りのする手入れが行き届いた畳敷の部屋でゴロリと横になった。
並んで横になったので、当然横向きになれば、或いは顔を横に向けるだけでで、相手の顔が間近に見える。
お互いここまでの疲れはあるものの、この旅行を楽しみにしてきての今日ということで、自然と笑んでいた。
疲れの見えるその笑みにどこか艶めいたものを見つけて、互いにどきりとする。
はぐらかす為に顔を天井に向け、わざとらしく咳などをしてみれば、それが同時だったものだから、困ったものだと互いにどうしようもないとクツクツと笑い合った。
それから少しして、部屋の様子を見ることにする。
雪見窓があり、そこから山が見え緑が萌えてその下に川が流れているのが見えた。
外へ出れば部屋の貸切で掛け流しの露天風呂があり、いつでも入れるようになっている。
ここは源泉をそのまま引き込んでいて、それを真水で薄めて熱さを調節していると旅館の女将が言っていた。
たまの贅沢も良いなと日車は心の中で独りごちる。
日下部と共にであればどこでも楽しめる自信はあったものの、やはり良いものは良い。
それは日下部も同じで、日車さえ共にあればどこでも楽しいがそれでも良いものは良いなと思いながら、用意されていた浴衣とタオルを二人分持って、「温泉行きます?」と日車へ伺う。
すると、日車はあーだのうーだの言いながら、とりあえず自分に用意された浴衣とタオルを受け取り、「一緒に行くのか?」と若干不安げな様子で伺うように日下部を見た。
すると日下部は少し悩むそぶりを見せた後、苦笑いしてから、「それじゃあ、じゃんけんでどっちが先か決めましょうかねぇ」と眉尻を下げて笑う。
そうして三回戦して三回戦とも勝った日車が先に一階にある大浴場に行き、旅館だというのにホテル並みに厳重にオートロックなドアを閉めて鍵を持って出て行ったのだった。
日下部は部屋の露天風呂を暫し満喫し、春は春だがまだ薄ら寒いなとゆっくりと湯に浸かり、日頃の疲れを労ってやる。
肩こりや腰痛などは無いが、やはり疲れが普段から知らず知らずのうちに溜まっていたのか、存外癒され風呂から出る頃には気分爽快で心も身体もスッキリしていた。
そして、ちょうど浴衣を着ている時に鍵を開ける音がして、日車が大浴場から帰ってきたのが分かる。
日下部は何のけなしに振り向き日車の方を見た途端、固まって一瞬思考停止した。
えろすぎない?!
頬も唇も赤く染まっていて、目も心なしが潤んでおり髪の毛は垂れていつもよりも幼い顔つきななっている。
その上脱がしやすそうな浴衣が少し広めに襟元が緩み、慣れないのか足捌きのせいで、どこがとは言わないが、ギリ見えない程度になっていてあられもない姿を無防備に狼の前に晒していた。
え? なに? 食って良いの? 据え膳?
日下部は固まったまま混乱した。
頭だけが理性を働かせろと忙しなく身体へ働きかけるのだが、うっかり正直な腕が伸びて日車の手をとってしまった。
そうしてそのまま引き寄せた日車は胸の内に収まり、互いの早くなった鼓動を伝えてきて体制を崩した日車がゆるゆると日下部を見上げてくる。
顔と顔との距離が縮まりあわやというとき、ノックの音と中居らしきおっとりとした中にもきびきびした声が耳に響いて、二人とも我に帰って相手から飛び退いて恥ずかしさと甘酸っぱい気持ちの止まらない動悸を抑え込んだ。
日下部が中居さんに応答し、ドアを開けば夕食の支度が出来たという。
直ぐにでも食べられるがもう少しずらすかと聞かれ二人は顔を見合わせたが、双方の腹の虫が不満を訴えた為にまたも日下部が「今お願いします」と応答した。
それから互いに顔を合わせて笑い合えば、どことなく変な雰囲気だったことも忘れる。
セー……ッフ!!!
と言ってもこんなことを思う程度にはお互い焦ってはいたのだが。
やがて次々とお盆に乗せられた食事が運ばれてくる。
二人ともアレルギーといえば日車の漬物くらいで、それを聞いた時日下部は寒い地方の出だというのによく生きてこれたなと思った、今回は特別なかったので安心できた。
これで妊婦さんなど生魚が食べられない人ならば、折角の旅行で刺身の盛り合わせでなく代替えでこんにゃくの盛り合わせ……などという事態になりかねない。
まあその分食事代が安くなるし、こんにゃくはこんにゃくで美味いし、トントンかもしれないが、やはり旅行に来たのだから美味いものを食べたい。
そんなこんなで出されたのは、この地で取れるものばかりで、よくありがちな、海のものと山のものが入り混じっているものとは別格に見えた。
ふきのとうとタラの芽とゼンマイの天ぷらに、長芋と枝豆のかき揚げ、それに川エビの素揚げに、おろしと塩と出汁つゆと柚子胡椒が添えられている。
それ以外にはアマゴの塩焼きや何やら白い丸みのあるものが入った汁物に、和牛のステーキ、それにおかわり自由の筍ご飯がずらっとテーブルいっぱいに並べれれていて、どれも美味しそうで二人はいただきますをしても目移りして箸が定まらない。
行儀が悪いことだが、それだけ美味そうなのだ。
結局二人は山菜の天ぷらから手をつけていき、そのほろ苦さと旨みを噛み締め、添えられた調味料で味に変化を付けながら充分楽しむ。
そしてひとしきりそれらを食べてから、アマゴの塩焼きにとりかかった。
「アマゴは川魚の女王と呼ばれてるんですよ」
「ほお、篤也さんも釣って食べたりするのか?」
「ええ。淡白ですが甘みがあって臭みも川魚にしてはそれほどなくて美味いでしょう? 人によってはアマゴが川魚の中で一番美味いと言ってますし」
「なるほど確かに美味いな。…今度休みが取れたら釣りに連れて行ってくれないか?」
「良いですねぇ。川にします? それとも海? 釣り堀って手もありますねぇ」
「ん。君に任せる」
「こりゃ責任重大だ」
「ふふ」
「ハハ」
アマゴの塩焼きを味わいながら、二人は向かい合わせで笑い合う。
何気ない会話が楽しくて、次を約束できることが嬉しくて、幸せすぎて怖いほどだ。
次は……と二人は筍ご飯に手を伸ばす。
とは言っても、この間日下部が作るものを食べたばかりだ。日車は期待していない。
しかし、一口口に入れた途端、日下部が作ったものとはまた違う味わいなのが分かった。
「ああ、俺のは混ぜご飯ですが、これは炊き込みご飯だからでしょうねぇ」
「こんなにも味が変わるものなのか……。奥が深いな」
「因みにどっちが寛見さんの好みで?」
それに表情を変えることもなく、日車は「君の作るものに決まっているだろう」と答えたものだから、日下部は顔に熱が集まるのを感じて慌てて顔を俯かせて汁物を飲んだ。
とろりととろみがあり、中に入っているもちもちした物体を食べれば、それが鶏そぼろの入った芋もちだと分かる。
「寛見さん、これも美味いですよ」
「これは……なんだ?」
「芋もち。芋の澱粉質で作ったもので、これは中に鶏そぼろが入ってて美味い」
「ああ、確かに。けれども篤也さんの……」
「ああもうちょ! 勘弁してくださいよぉ……。照れるじゃないですか。ったく。これだから寛見さんには敵わない」
「本当のことを言っているだけなのだが……」
あーもぅまたそんなこと言って!!!
ホントに食っちまうぞ?!
などとは流石に言えずに日下部はギリギリと歯軋りしながら、脳内で日車の服を剥いて転がしてシーツの上に縫い留めて…とここまでして日車が胡乱な目で自分を見ているのに気づいて、引き攣り笑いをして誤魔化した。
誤魔化されたふりをしてくれた日車に心の中で五体投地して感謝しつつ、日下部は筍ご飯のおかわりをする。
日車に目をやれば「私も頼む」と一言だけで茶碗を渡してきた。
二人分筍ご飯を盛り終えると、またも互いに手を合わせて二度目のいただきますをする。
二杯目も難なく美味しくいただいたが、ここで調子に乗って三杯目までいくと翌日に響くと考え、二人はタッパーか何かでこの筍ご飯を持ち帰れないことを悔やみながら、最後に新鮮な刺身の盛り合わせを食べごちそうさまをしたのだった。
それからまた二人はじゃんけんをして、三回勝負で今度は日下部が勝ったが、日車が「寧ろ部屋の貸切露天風呂の方が良い」と負け犬の遠吠えか本当にそう思っているのか呟いたのを聞き、日下部は思わず笑ってしまった。
日車の恨めしそうな顔を尻目に、日下部は嬉々として浴衣を脱ぎ出した日車を見ないようにしながら部屋を出て、長風呂をし過ぎたかなと思いながら部屋に帰ると布団がやけに密着して並べられていて、自分の布団にちょこんと正座する日車に変な声が出る。
言葉にもならないそれは日車の自分のの隣に来いという無言の圧力に負けて言葉になるまでに成らず、日下部をふらふらと布団の方へ引き寄せた。
こんなことは結婚や恋人間の初夜か何かにしかあり得ないなどと世迷言を心の中で般若心経を共に唱えながら、寝転んで寝に入った日車に背を向ければ「あつやさん」とどこか甘ったるさが香る寝ぼけ掠れた声で呼ばれて身体がカッと熱を持つ。
「おやすみ、寛見さん」
「ん、おやすみ、あつやさん」
翌朝、旅館の泊まりあるあるの浴衣が乱れる事態に二人は泡を食いながら、慌てて私服に着替え直して朝は何故かパン食で、まあそれも一興と思いながらゆで卵を剥きつつ、帰り道で同僚などの知り合いに買うお土産のことを話し合って、朝食を終えた。
それから少ない荷物をまとめて鍵を返してチェックアウトすると、レンタカーに乗り込んで途中のドライブインに立ち寄り昼食を摂り各々のお土産を買って帰路に着く。
レンタカーを返してそこから徒歩数分で店と共にある日下部の家に着くと、二人はまだ仕舞えない炬燵の中に足を突っ込んで寝転がった。
いくら年の割に働き体を鍛えていての小旅行とはいえ、基本的に外仕事のない、日車は国選弁護人としてちょくちょく出かけるが、やはり三十代中盤男性にもなるとバス旅行などの泊まらない弾丸旅行並みにきついのだと思い知らされる二人である。
その日は日車も日下部の家にやっかいになり、翌朝は慌ただしいものの、日車は日下部に朝ごはんでもとしっかりスペシャルトーストを食べさせられて、歯磨き後軽く抱擁しあって二人とも照れ臭く思いつつも、日車は胸の高まりを覚えつつ日下部宅を出て、そのまま仕事場へと向かったのだった。
そんな、春も初めの頃のこと。