沖縄県名護市辺野古沖の転覆事故から3カ月。その牧師の存在がなければ、抗議船への乗船プログラムもなかった。牧師を辺野古の海にいざなった背景を探る。
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辺野古で逝った金井創船長の半生 北海道生まれの銀行員が見つけた「反権力牧師」の道
沖縄県名護市辺野古沖の船の転覆事故で死亡した金井創(はじめ)牧師(71)の著作『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』シリーズ(みなも書房)は、金井氏が「西が丘教会」(京都府大山崎町)に書き送った「沖縄からの便り」がベースになっているという。
同教会を含む日本基督教団の京都教区は、そのホームページ(HP)で示した宣教方針・方策で「沖縄・辺野古の米軍新基地建設に反対する」と、反基地のスタンスを明確にしている。
辺野古の転覆事故で生徒が死亡した同志社国際高(京都府京田辺市)について、京都教区は「関連諸団体」としてHPに一時掲載していたが、同校は文部科学省の調査に「許諾なく掲載された」とし、教区の牧師でもある教員が在籍しているものの、「関連団体ではない」と否定した。
金井氏と同校の接点はどこにあったのか。学校関係者によれば、明治学院のチャプレン(非教会付きの牧師)だった平成16年に、同志社系列高の「宗教週間」の講師として招聘(しょうへい)。そこから10年以上を経て、27年の宗教週間にも招いた、という。