基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

毎年恒例の早川書房の夏のKindle本セールが来たので、SFとコミックとノンフィクションを中心におすすめを紹介する!

毎年夏に恒例となっている早川書房の電子書籍最大50%割引のセールがきているので、今回も「前回から今回にかけて、新しくセール対象になった作品」を中心に紹介していこうかと。この夏のセールが作品点数的には年間を通して最大になるので、気になるものがあるなら次回を待つよりも今回おさえておくことがオススメされる。
amzn.to
僕がセール記事をサボっていたのもあって、セール自体はやっていたものの僕の記事自体はまるっと一年空いてしまったが、その分ガッツリと今回は紹介していこう。今回注目の要素としては早川書房が新しくはじめたコミック作品もセールになっているところ。早川書房のコミックは早川らしく、レムの『ソラリス』や『そして誰もいなくなった』などの古典の定番作品から、『同志少女よ、敵を撃て』といった早川書房刊行作品、匙田洋平オリジナルの『夜のロボット』など、実は意外と幅広い。

この記事ではほぼ2025年の新刊を対象としている。コミック、SF、ノンフィクションの順番で、ざっと紹介してみよう。

コミック

最初に紹介したいのは、森泉岳土による『ソラリス(上・下)』。伝説的なレムの同名長篇のコミック化で、正直言って普通にとりかかったら漫画にすることは困難なこの挑戦を、森泉岳土は見事に達成している。言葉にすることが困難なソラリスの海、その情景を堪能できるのは、漫画ならではだ。続いて紹介したいのは、匙田洋平による『夜のロボット』。朝、ふと目が覚めるとふみ子の頭には父親によってネジが埋め込まれている。少し痛む上に、そもそもなぜ父にネジを埋め込まれねばならないのか? まるで意味不明だが、夜になるとその意味が少し判明する──父は世界滅亡を企む悪の〝組織〟に追われており、ネジは一定年齢以下の人間しか操ることが出来ない一種のコントローラであり、ロボットを動かす敵を打ち倒すのだ! と──めちゃくちゃな話だが死ぬほどテンポがよく夜の表現も秀逸。とにかくこれは一話を読んでもらうのがはやいと思う。
hayacomic.jp
『そして誰もいなくなった』は老人の作画から美しい女性の作画まで柔軟にこなす二階堂彩の作画がよく、『同志少女よ、敵を撃て』は『隠の王』の鎌谷悠希による漫画で、冒頭から戦争の地獄が現出するハードな展開だが見事な出来栄えだ。

SF

SFで今回の目玉といえるのは、NHK100年特集ドラマの原作にあたる、小川哲の『火星の女王』だ。ドラマ版は単純に良いとは言いがたい内容だったが、小川哲の原作を読めばもともとの意図がどのようなものであったのかが理解できるはず。

火星に人が入植し定着した未来を舞台に、「火星の探査ドローンの資源の取得結果がズレている。」といった地味な情景・設定描写からはじまり、なんてことのない発見だと思われたそれが火星と地球の関係を一変させる──と、非常に大きなスケールで物語が展開していく。地球外生命体や超光速通信というド真ん中のSF的テーマを扱いながらスマートにまとまっているが、もう少し長い分量で(せめて上下巻ぐらいで)、世界を十分に描き尽くしてほしかった作品でもある。

海外SFの方の注目作は、ヒューゴー賞受賞作の『宙の復讐者』。物語の舞台は、人類が異星種族連合から地球ごと滅ぼされてしまった未来。生き残ったわずかな残党は岩石小惑星内の〈ガイア〉で復讐の時を待っており、そこでは打倒異星種族連合を掲げて狂信的に訓練を続けている。そこで暮らす17歳のキアが主人公だが、彼女は過酷な訓練を周りに強制し産み育てる〈ナーサリー〉の女性たちを見下している典型的な〝嫌な奴〟。しかし彼女が配属されたのはまさに〈ナーサリー〉で──と、物語冒頭のあらすじだけ読むとミリタリーSF・ディストピアSFにしかみえないが、物語はその後、主人公がガイアを脱出し真実に気がついてから急展開を迎える。本格宇宙SFとして、また途中からは時間SFとしても秀逸な作品だ。英語圏向けの中国SFアンソロジー『宇宙墓碑』もすばらしい一冊。セーブポイントを設定することで、その時間まで自分の時間を巻き戻す(ただし世界線は分岐する)ことができる世界を描いた顧適「最後のアーカイブ」。知性のアップデートに伴う諸問題を描き出す王晋康「アダムの回帰」。人類の多くがゾンビ化するも、人々の意識はそのまま遺されていて──と、ゾンビ目線で終末が描き出されていく個人的な年間ベスト短篇の阿缺「彼岸花」など、非常におもしろい短篇が揃っている。アンソロジーとしては、早川書房から定期的に刊行されている日本SF作家クラブ編のテーマ・アンソロジーシリーズの中でも、「ホラー」がテーマの『恐怖とSF』も良い。怪談作家として多岐に渡る活躍をしている、梨の初のSF作品にして幽霊をみる機械がテーマの「#」。坂永雄一の「ロトカ=ヴォルテラの獣」は、病気で一ヶ月以上休んでいた中学生の犬塚シノが復帰以来様子がおかしく、超人的な身体能力を発揮するようになり──というところから〝犬塚はもう人間じゃない〟と結論づけた友人らが家に閉じ込めようと画策する、SFアクションホラーですばらしい出来。『惑星語書店』は『わたしたちが光の速さで進めないなら』などで知られるキム・チョヨプの掌篇小説集。銀河系の数万の言語が自動翻訳される世界で、特殊な処理を施して自動翻訳を拒絶する本屋を描き出す表題作。物に触れることで苦痛を味わう〝接触症候群〟に苦しむ人物のもとにやってきたお手伝いロボットの愛と痛みの物語「サボテンを抱く」。サイボーグ当事者のもとにサイボーグ市場を率いる企業からのPR案件がくるが、その辛さも苦しみも知っているからこそ安易にPRできない苦悩を描き出す「#cyborg_positive」など、割り切れない悲哀を描き出していく。『もしロシアがウクライナに勝ったら』は軍事・安全保障のエキスパートであるカルロ・マサラが描き出す、「ロシアがウクライナに勝利した後、何が起こるのか」というシミュレーションだ。現実に基づいた軍事シミュレーションだが、各国大統領などのセリフがある小説形式で語られていくのでSFとしてのおもしろさもある。

本シナリオでは、2028年、北大西洋条約機構(NATO)に加盟しているエストニアの都市を攻撃する場面から幕を開ける。NATOには集団的自衛権に関する第5条が存在し、加盟国が攻撃を受けた場合、共同で対抗措置をとることを定めている。ロシアの攻撃は明確にこの条項の引き金になりうるものだが、NATOはどのような決断をくだすのか。またロシアはどのような戦略的判断でこの攻撃を行っているのか。28年のプーチンの後継者は誰なのかといったことが、解き明かすように描き出されている。

エドワード・アシュトン『ミッキー7 反物質ブルース』はポン・ジュノ監督による映画『ミッキー17』の原作『ミッキー7』の直接的な続篇になる。前作は、氷の惑星でのコロニー建設のため、記憶をアップロードした後に「使い捨て人間(エクスペンダブル)」として扱われた哀れなミッキー(7人目)の奮闘を描き出したサスペンスフルな良作だった。それに続く本作では、前作でこの惑星の先住宇宙生物のムカデの巣に置いてきた反物質爆弾の回収を命じられることになってしまう。今度は死んだら終わりにもかかわらず、あいもかわらずミッキーの冒険は計画性がないドタバタ珍道中でコメディ要素は前作以上。ただし最後はほろっとくる展開もあり──と、「こういうのがいいんだよ」と言いたくなる、軽い読み味のSFアドベンチャーだ。ミッキー7に劣らないテンポで楽しませてくれるのが、A・J・ライアン『レッドリバー・セブン:ワン・ミッション』。きりの中に浮かぶボートの上にいる7人の男女。彼らが目を覚ますとなぜかみな記憶を喪っているが、医療や軍事など各々の専門的知識から何らかの理由で彼らがここに集められたことがわかってきて──と、記憶喪失状態からグッと物語が加速していくサバイバルSFだ。『カウンターウェイト』は、韓国のSFはデュナ以前と以後に分けられると言われるほどの作家・デュナによるSF謀略サスペンス。軌道エレベーターを舞台としながら、財閥の後継者争いや悲恋といったいかにも韓国ドラマにありそうな要素がてんこ盛りになっている。200ページちょっとの作品でサクッと読めるのもありがたい。最後に、映画も公開されたばかりの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は文庫版がさらに40パーセントオフになっているから、今が一番買いやすいはず。

ノンフィクション

続いてノンフィクションに移ろう。最初に紹介したいのは、脳神経内科医の古谷博和による『幽霊の脳科学』。著者は長年病院で脳神経内科医として勤務するうちに、幽霊のようなものを見たと訴える患者を診察してきたという。そして、幻覚をみる人々の脳にたいして高次脳機能の検査を行ってみると、物の実際の位置と頭の中で認識する物体の空間的な位置がズレてしまう「バリント症候群」という障害があって──と、幽霊譚と脳科学のかかわりを、金縛りなど様々なテーマで考察していく。未来に期待される夢の技術を5つ答えろと走らされたらまずは「核融合!」と答える人が多いだろうが、アーサー・タレルによる『「夢のエネルギー」核融合の最終解答』はそもそも核融合とは何なのか。何が良いのか。また、現在はどこまで研究とビジネス両面で開発が進んでいて、何がネックになっているのかを解き明かしていく一冊だ。核分裂と核融合の違いさえも世間的には伝わっていないと思うので、こういう基礎からしっかり解説してくれる本が出てくるのはありがたい。近年、植物にスゴい知性があるのではないかと研究が盛り上がっているが、ゾーイ・シュランガー『記憶するチューリップ、譲りあうヒマワリ』は、植物がどのように物事を判断し行動を起こしているのかを描き出す、植物行動学という分野について書かれた一冊だ。たとえば、シダ植物は進化の歴史において被子植物よりもはるかに古い。種子という概念すら生まれる前なので、彼らは種子を作らない。その代わりに、胞子や精子を放出し、それが雨の後地面に溜まった水を泳いで雌性配偶体の卵を探し、受精が行われる。シダ同士は争うこともあり、ホルモンを放出して他の精子の動きを遅らせることもあるという──と、植物観が一変するであろう一冊だ。貧しい労働者階級の家庭に生まれ、ドラッグの密売で高校を退学させられた少年が、数学と人読みの才能を活かしてシティ・バンクのトレーダーにのし上がる自伝『トレーディング・ゲーム』もおもしろい。週給12ポンドの新聞配達少年が、初年度ボーナス39万ポンドを叩き出す成り上がり実録記としてまず一級品だが、真骨頂はその先にある。リーマンショックや東日本大震災──人々の生活が崩壊するたびに大金を賭けて勝ち続けた彼が、「その勝利は正しいのか」という問いに向き合うことになる。『相手の本音を引き出す会話の正解』はビジネス書みたいな体裁だが実際には会話やコミュニケーションについての科学的な研究が論のベースとなっていておもしろい一冊だ。たとえば、コミュニケーションの成功は、話し手と聞き手が神経的にどのくらい連動しているかで予測できるという。どんな時でも他人と心を通じ合わせるのが上手い人がいるが、彼らは他の人の10倍から20倍も質問をする傾向があり、話が行き詰まると新しい話題を持ち出したり、沈黙でぎこちなくなると冗談を言ったりする。で、具体的にそれはどのような会話技法なのか──というのを、本書では深堀りしていくことになる。仕事以前に、人生に役立つ一冊だ。小林昌樹『立ち読みの歴史』は「立ち読みの歴史を知って何がおもしろいのだろうか?」と疑問に思っていたが、読み始めたらこれがおもしろい。まず、江戸時代の人たちは本を読む場合音読がデフォルトだったから、立ち読みとはなじまない。そもそも立ち読みが発生するためには書店が今のような陳列棚にならないといけないがこれはいつからなのか。立ち読みの歴史を解き明かすことはこういった出版・読書史を解き明かすことであり、そりゃおもしろいはずだ。ドーキンスの『遺伝子は不滅である』も半額セール中。歳をとってからのドーキンスの著作には昔からの繰り返しもあり惹かれない部分も多いのだが、この本は豊富なカラーイラストや写真に支えられ、美しい良い本であった。

おわりに

ざっと紹介してきたがいかがだろうか。SFでもノンフィクションでもないもので言うと、気功の使い手たちによるトンデモバトルが楽しめる映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』の原作にあたる『九龍城砦1  囲城』なんかもセール中。

最近本当に本が高くなってきた(早川書房は海外が強い版元だけに特に……)から、こういうセールはありがたい。一方紙書籍の文化は取次の苦境などもあり難しくなっているが……。と、世知辛い話はこれぐらいにして、締めとしよう。