ホラー短編小説「木目」Part.12

第12話「絶望」


引き裂かれた遮光カーテンの隙間から、
夜明けの白々とした光が差し込んできた。

外の豪雨はいつの間にか上がり、
遠くで始発の電車が走る微かな音が聞こえる。

光に照らされた部屋は、
常軌を逸した惨状だった。

壁紙は剥がれ落ち、
シーツは引き裂かれ、
無数の「傷跡」が折り重なって、
部屋全体が
巨大でグロテスクな模様の塊と化している。

「……朝だ」

山田は床にへたり込んだまま、窓の外を見た。

部屋の隅で丸くなっていた鈴木が、
ゆっくりと顔を上げた。

彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔に、
ひどく安心したような笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、山田さん。
あなたが一緒にいてくれたおかげで、助かりました。
……帰りましょう。」

山田の胸の奥底から、熱いものが込み上げてきた。

守り切った。

山田は涙を堪えきれず、鈴木の顔を覗き込んだ。

「ああ、帰ろう。一緒に――」

山田の言葉は、そこでピタリと止まった。

間近で覗き込んだ鈴木の瞳。

朝の光を受けた彼女の薄茶色の「虹彩」の中に、
血走った両目を極限まで見開き、
右手で何かを力強く振り下ろそうとしている
「狂人にしか見えない男の顔」が、
ハッキリと浮かび上がっていたのだ。

それは、今まさに彼女を見下ろしている山田自身の、
狂気に歪んだ顔だった。

『鈴木を殺す運命にあるのは、俺自身だ』

山田の頭の中で、
何かが音を立てて完全に壊れた。

見えた運命からは絶対に逃げられない。

自分が彼女を密室に閉じ込め、
刃物を握っているこの状況こそが、
予言を完成させるための舞台だったのだ。

抗えない運命の手のひらの上で
踊らされていたという圧倒的な絶望が、
山田の理性を焼き切った。

「ふふっ……あははははっ!!」

山田の口から乾いた笑い声が漏れる。

彼は笑いながら、
床に落ちていたカッターナイフを拾い上げた。

カチカチカチッ、と
刃が限界まで長く突き出される。

山田の顔が、鈴木の瞳の模様の中で見た
「狂人の顔」と完全に同じ形に歪んでいく。

「帰ろう、鈴木。
日常へ……!」

狂気に染まった山田が、
鋭利な刃を高く振り上げた。

鈴木は逃げ場のないベッドの上にいる。

振り下ろせば、予言は完成する。

しかし、鈴木は悲鳴を上げなかった。

逃げようともしなかった。

彼女は、真っ直ぐに振り下ろされようとする刃を恐れることなく、
山田の胸の中に力強く飛び込み、
その背中に両腕を回して強く抱きしめたのだ。

「え……?」

虚を突かれた山田の腕が、
空中でピタリと止まる。

「山田さん、ありがとう」

鈴木の震える声が、山田の胸元で響いた。

「私を守るために、こんなになるまで……。
でも、もう大丈夫。
あなたは私を殺さない。絶対に殺さない」

鈴木の温かい体温が、
ずぶ濡れで冷え切っていた山田の体に
じんわりと伝わってくる。

彼女の力強い鼓動が、
山田の狂った心拍数に重なり、
強制的に落ち着かせていく。

「でも、俺は……模様が……予言が……」

「見て、山田さん」

鈴木は山田の胸から顔を上げ、
至近距離で彼を見つめ返した。

彼女の瞳からは、
ポロポロと大粒の涙が溢れ出していた。

涙の膜が光を乱反射し、
さっきまで山田の網膜を支配していた「狂人の顔の模様」は、
水に溶けるように完全に形を崩して消え去っていた。

ただ、泣きながら微笑む、
鈴木の純粋な瞳だけがそこにあった。

『……あ、ああ……』

山田の脳を縛り付けていた絶対的な「呪縛」が、
音を立てて崩れ落ちた。

見えた運命は絶対ではない。

人間の意志と温もりが、
冷酷な運命の強制力を上回ったのだ。

カラン……。

山田の手からカッターナイフが滑り落ち、
床に乾いた音を立てた。

山田は、堰を切ったようにボロボロと涙をこぼし、
鈴木の小さな背中を両腕で強く抱きしめ返した。

「ごめん……ごめん、鈴木……!」

「もう大丈夫です。帰りましょう。」

真っ白だった部屋は、
無数の傷と引き裂かれた布で
めちゃくちゃになっている。

しかし、朝の光に包まれて抱き合う二人の姿だけは、
どんな「木目」や「模様」にも歪められない、
確かな現実としてそこにあった。

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コメント

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小ぶりなプログラムを試しに作っているんですが、 ここではその説明書きをしていこうと思います。 こういう機能をつけてみてほしいだとか要望、 コメント欄か、Xのリプライ欄に書いてみて下さい。 ひまをみて対応します。 (未管理著作物裁定制度に定められた問い合わせも受付中。)
ホラー短編小説「木目」Part.12|古井和雄
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