ホラー短編小説「木目」Part.7
第7話「隔離」
「山田さん、どこに行くんですか!?
腕、痛いです……!」
土砂降りの雨の中、
山田は鈴木の手首を強く掴んだまま、
オフィス街の夜道を足早に歩いていた。
傘を差す余裕もなく、
二人のスーツは
すでに冷たい雨にずぶ濡れになっていた。
「いいから黙ってついてきてくれ。
君を一人にはできない」
山田の目は完全に血走っていた。
振り向くたびに、
濡れたアスファルトの反射や、
街灯に照らされた水たまりの波紋が
「鈴木の死顔」の形に歪みそうになる。
山田は目を細め、
視界を極限まで狭めながら、
大通りでタクシーを拾った。
タクシーの後部座席に鈴木を押し込み、
山田は運転手に告げた。
「駅前の、
先月できたばかりのビジネスホテルへ。
一番新しくて、綺麗なところだ」
車内は気まずい沈黙に包まれた。
鈴木は濡れた髪をハンカチで拭いながら、
隣で小刻みに震えている山田を、
怯えたような、それでいて
ひどく心配そうな目で見つめていた。
彼女からすれば、
山田は完全に正気を失っているように見えるだろう。
佐藤と高橋の連続死によるショックで、
精神が崩壊してしまったのだと。
十五分後、
二人は真新しいビジネスホテルの
ツインルームにいた。
部屋のドアが閉まった瞬間、
山田は狂ったように
部屋中のチェックを始めた。
壁紙に柄はないか。
床のカーペットに複雑な模様はないか。
天井のボードにシミはないか。
家具はすべて
無機質な白いプラスチックと
スチールで統一されており、
木目調の装飾は一切ない。
バスルームのタイルも、
汚れ一つない純白だ。
山田はテレビの電源コードを引き抜き、
真っ黒なモニターを
バスタオルで完全に覆い隠した。
「……よし。木目はない。
シミもない。
複雑な模様はどこにもない」
山田は荒い息を吐きながら、
部屋の中央で立ち尽くした。
視覚的なノイズが一切存在しない、
徹底的に無機質で清潔な空間。
ここなら「予言」が結像することはない。
そして、危険な階段も、
ガラスの自動ドアも、重機もない。
「ここは安全だ。
絶対に、君を死なせはしない」
山田が振り返ると、
ベッドの端に座った鈴木が、
両手で顔を覆って小さく震えていた。
「山田さん……
もう、やめにしましょう。
怖いです」
鈴木の声は震えていた。
「佐藤くんが死んで、
高橋さんまで亡くなって……
山田さんがおかしくなってしまうのも分かります。
でも、こんなの異常ですよ。
私が死ぬって、どういうことですか」
山田は鈴木の前に膝をつき、
彼女の両肩を真っ直ぐに掴んだ。
「異常なのは俺じゃない。
この世界の方なんだ」
山田の真剣すぎる眼差しに、
鈴木は息を飲んだ。
「佐藤が死ぬ前日、
俺は古い家の木目で、
あいつの死顔を見た。
高橋さんが転落する直前にも、
俺の部屋のドアに
首の折れた高橋さんの顔が浮かんだ。
錯覚なんかじゃない。
模様が、次に死ぬ人間の
『最期の顔』を教えてくるんだ」
「そんな……オカルトみたいな……」
「さっき、オフィスの窓ガラスを流れる雨水が、
顔の右半分を赤く染めて死んでいる君の顔になったんだ。
嘘じゃない!」
山田の叫びに、
鈴木は言葉を失った。
山田の目が、
絶対に嘘をついていない人間の
それだったからだ。
「だから、ここに連れてきた。
ここには君を殺す要因が何一つない。
模様もないから、
これ以上不吉な未来を見ることもない。
朝が来るまで、絶対にここから出ない。
そうすれば、運命はやり過ごせる」
山田は必死に言い聞かせた。
半分は鈴木へ、
もう半分は自分自身へ。
鈴木は怯えた表情のまま、
ゆっくりと頷いた。
彼女もまた、
連日の死の連鎖に
極限まで精神をすり減らしていた。
山田の狂気じみた行動の中に、
すがるような「安心感」を
見出してしまったのかもしれない。
「……わかりました。
山田さんがそこまで言うなら、
朝までここにいます」
鈴木の言葉に、
山田は深く安堵の息を吐き、
ドアの鍵とチェーンをしっかりと掛けた。
これで密室は完成した。
外からの脅威も、不気味な気配も、
ここには絶対に入り込めない。
だが山田は気づいていなかった。
世界からすべての「模様」を排除した
真っ白な部屋の中で、
鈴木の顔の右側に落ちた「山田自身の影」が、
どこか不気味な形に歪み始めていることに。


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