ホラー短編小説「木目」Part.3

第3話「次の顔」


佐藤の葬儀が終わるまでの数日間、
山田はどうやって息をしていたのか
自分でもよく覚えていない。

警察の事情聴取、
泣き崩れる佐藤の両親、
パニックに陥ったオフィス。

そのすべてが、
分厚いガラス越しに見ているような
現実感のない出来事だった。

ただ一つ、
山田の脳裏に焼き付いて離れないものがある。

あの大理石の床に転がっていた、佐藤の死顔だ。

そして、その前日に押し入れの木目の中で見た、
全く同じ表情の佐藤。

「偶然だ……あんなの、
偶然に決まってる……」

金曜日の深夜。

自宅のアパートに戻った山田は、
暗いリビングのソファに沈み込み、
缶ビールを呷った。

アルコールで脳を麻痺させなければ、
狂ってしまいそうだった。

予知? 予言?
そんなオカルトじみたことがあるはずがない。

ただの悪質で、残酷な偶然の一致だ。

木目が偶然顔に見えて、
たまたまその顔が、
事故死した時の佐藤の顔に似ていただけだ。

山田は自分にそう言い聞かせ続けた。

そうしなければ、
日常が足元から崩れ落ちてしまう気がした。

時計の針が午前二時を回った頃、
膀胱の圧迫感で山田はふと我に返った。

ため息をつき、重い体をソファから起こす。

部屋の電気をつけるのも億劫で、
山田は薄暗い廊下を歩いてトイレへ向かった。

アパートは静まり返っている。

冷蔵庫のモーター音だけが低く響いていた。

トイレに入り、用を足す。

換気扇の回る音が
やけに大きく聞こえた。

手を洗い、タオルで拭きながら、
山田は無意識に目の前の
トイレのドアを見つめた。

木目調のプリントが施された、
ごくありふれた薄いドアだ。

縦に流れるような茶色い縞模様が、
間接照明の薄暗い光を受けて
ぼんやりと浮かんでいる。

見てはいけない。

理屈ではない直感が、
山田の脳内に警報を鳴らした。

目を逸らせ。

今すぐドアを開けて、
明るいリビングに戻れ。

だが、山田の視線は
ドアの表面に縫い付けられたように
動かなくなっていた。

木目が、蠢いているように見えた。

いや、実際に動いているわけではない。

山田の目が、脳が、
模様の中から「意味のある形」を
無意識に探し出そうとしてしまっているのだ。

縦に走る木目の筋が、
首筋のラインに見える。

その上の、丸く渦巻いた節(ふし)の跡が、
大きく開かれた口に見える。

さらに上の、歪んだ二つのシミが――。

「ひっ……!」

山田の喉から、
ひきつけを起こしたような
短い悲鳴が漏れた。

浮かび上がった。

結像してしまった。

ドアの木目の上に、人間の顔が、
ハッキリとこちらを向いて浮かんでいた。

大きく見開かれ、
恐怖に白目を剥いた両目。

顎が外れるほど開かれた口からは、
今にも絶望の悲鳴が聞こえてきそうだ。

そして何より異常だったのは、
その顔の「角度」だった。

顔全体が、首の付け根から真横に、
九十度以上あり得ない方向に
グロテスクに折れ曲がっている。

それは、職場の先輩である高橋の顔だった。

「嘘だろ……高橋さん……」

山田は後ずさり、
洗面台に背中を打ち付けた。

木目の中に浮かぶ高橋の顔は、
苦痛に歪んだまま、
山田をじっと見つめている。

幻覚じゃない。錯覚でもない。
山田は確信した。

あの古い家の押し入れで見たものが、
単なる見間違いではなかったことを。

これは「予言」だ。

次に死ぬのは高橋だ。

しかも、首を真横にへし折られるような、
むごたらしい死に方で。

山田はガタガタと震える手で
トイレのドアノブを掴み、
外へ飛び出した。

リビングの電気をすべてつけ、
部屋中の明るい光の中で、
山田は激しく嘔吐した。

恐怖で胃袋が痙攣していた。

逃げられない。

もし、高橋が本当に死んだら。

もし、自分が見てしまったこの模様が、
絶対に避けられない死の宣告なのだとしたら。

山田は床にうずくまりながら、
スマートフォンを握りしめた。

時計の表示は午前二時半。

非常識な時間だが関係ない。

山田は高橋の番号をタップした。

コール音が、深夜の部屋に虚しく響き続ける。

出ない。

「死ぬな……死ぬなよ、高橋さん……」

山田は泣きそうな声で祈りながら、
朝が来るのをひたすら待ち続けた。

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