10代の若者を中心に深刻化する市販薬のオーバードーズ(過剰摂取=OD)。厚労省による薬物乱用の実態調査で研究者代表を務めた国立精神・神経医療研究センターの嶋根卓也さんがこのほど、国立成育医療研究センターが主催する『第16回成育こどもシンクタンクセミナー』で講演を行った。嶋根さんは、若者を巡るODの実情を伝えるとともに、背景に切実な生きづらさがあるとして、理解と支援を呼び掛けている。
「レタスで追い炊き」「明治20t食べる」――。X(旧ツイッター)をはじめSNS上で散見される、「ODレポート」と呼ばれる投稿の言葉だ。嶋根さんによれば、レタスは『レスタミン』という抗アレルギー薬、明治は『メジコン』という咳(せき)止め薬を指し、処方箋がなくてもドラッグストアなどで購入可能な市販薬。「追い炊き」とは、血中濃度を維持するため薬を追加して飲むことを言う。いずれもネット用語として、ODを行う若者の間で定着している。
厚労省研究班が7月に発表した初の実態調査では、咳止め薬や鎮痛剤などの市販薬を過去1年間に乱用目的で使った経験がある15~64歳は推計で約65万人。世代別に見ると10代が推計約8万5000人で、最多を占める状況だ。さらに全日制の公立高校を対象にした『薬物使用と生活に関する全国高校生調査2021』では、高校生の約60人に1人が「この1年間に乱用目的で市販薬を使用した経験がある」と回答している。嶋根さんは、「つまり2クラスに1人か2人はODの経験があるということ。私立や定時制高校、高校中退者も含めると、実際の人数はもっと多くなるだろう」と見ている。
薬物乱用というと、覚醒剤や大麻などの違法薬物が一般的にイメージされるところだ。しかし、若者の実態は異なっていると嶋根さんは話し、「覚醒剤の使用に関しては頭打ちで、減少の傾向。『覚醒剤を使うことはダサい』という意識が若者にはある。日大の事件があったので大麻の使用も増えているように見られがちだが、処方薬と市販薬を乱用する患者が中心になりつつある」と懸念する。
なぜ若者たちは市販薬のODに陥るのか。嶋根さんは新宿・歌舞伎町の新宿東宝ビル周辺に集う「トー横キッズ」に聞き取りを行っている。このうち1人の少女は「気分が落ち込んでいるときや何も考えたくないとき、みんなパキっている(ハイになるためODをしている)から、やろうと思った」と話したという。また別の女子高生は、離婚をきっかけに始まった母親の虐待から逃れ、「精神を安定させるため」ODを繰り返してきた。つらさのあまり家出をし、その過程で酒やたばこ、薬物の乱用を覚えた。「ママと仲良くしたいんだけど、うまくいかない」と嘆き、薬に頼る一方で、嶋根さんに「やめたい気持ちもある」と揺れる心情を打ち明けたそうだ。
薬物を乱用する若者の特徴として、嶋根さんは「社会的孤立」の問題を挙げる。前出の高校生調査によれば、学校生活の特徴として「学校が楽しくない」「楽しく遊べる友人や相談できる友人がいない」との回答が多かった。生活習慣では「睡眠時間が少ない」「インターネット使用時間が長い」傾向が目立つ。親が不在のため長時間にわたり子どもだけで過ごしている家庭や、悩み事があっても親になかなか相談できないケースも少なくない。
トー横キッズの少女も、家出を繰り返す女子高生も、ODを繰り返す若者たちは「困っている人たち」と嶋根さんは言う。苦痛や不安、生きづらさを緩和させることが乱用の大きな動機になっているからだ。「世間ではODなどの困った薬の飲み方に注目しがちだが、そうしてしまうぐらい、本人は困っている状態にあるということを知ってほしい」と強調した。
ODが一時的に苦痛を緩和させたとしても、長期的に見れば「死のリスク」は高まっていく。急性中毒や薬物依存に陥る危険性があるほか、「自殺を後押しする道具として使われているのではないか」と嶋根さんは懸念する。例えば、メジコンは大量服薬することで死への恐怖心が低下し、衝動性の高い行動をとるリスクが指摘されている。嶋根さんは「自殺リスクの評価指標でみると、実際にODは非常にリスクが高い。自殺問題の一環として見ていく必要がある」と警鐘を鳴らす。
実態とかけ離れた「脅しの教育」ではODから若者を守れない
ODを繰り返す若者に、教育現場はどう対応すべきか。嶋根さんは「予防の上で教育は重要。中でも中3ぐらいまでがカギ」と話す。高校になじめず中退した少年たちは統計上、ODのリスクが高いとされているため、「教育機関につながっている間に、学内にどんなリソースがあるのか、学外にはどんな専門家がいるのか伝えておくことが重要」だという。
ところが、現在行われている教育は「薬物乱用の実態に追い付いていない」と嶋根さんは批判する。学習指導要領に基づき、保健体育の授業で薬物乱用の問題を扱っているものの、「違法薬物を中心とした予防教育で、教科書にODの話が一切登場しない。しかし実際には、10代の間では違法薬物より市販薬乱用の経験率の方が10倍以上も高い」。加えて、「違法薬物を使うとゾンビのような状態になるという『ダメ、絶対』を強調する『脅しの教育』は効果がないと、さまざまな研究で証明されている」と強調した。
一方で嶋根さんは、「ソーシャルスキルに着目した、グループワークやロールプレイなどの『参加型の教育』が薬物乱用の防止に役立つのではないか」と期待を込める。さまざまなテーマについて調べて発表し、話し合うことで、情報を読み解いたりコミュニケーションをとったり、問題を解決する力を身に付けることが可能になる。薬物乱用から子どもを守るには「そうした力が役に立つ」と言う。
支援にあたっては「薬を使ってしまった」と、若者自身が正直に言える関係性が重要だと強調した。薬物乱用の回復はゆっくり進むのが通常だとして、「過酷な境遇を生き延びるため乱用する人たちから薬物を取り上げると、死にたい気持ちがさらに高まる。伴走してくれるような支援者に早い段階でつながることができたらいいと思う。学校の先生も伴走者になることは可能」と話す。
その上で、「薬物乱用の患者が口をそろえていうのが『寂しい』という言葉。寂しさを直す薬はないので、居場所が重要になる。学校には行けないけれど、居場所だったら行けるという患者もいる」と話し、教育現場にODに対する理解を呼び掛けた。