- 1二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:11:09
内容を言うと、もしも燐羽がプロデューサーの妹だったら、極月には行かずSyngUp!とも仲が良いままだったのでは…? っていう妄想を最近ずっとしてるから書くねって話。
いくよ。
※妹概念賀陽燐羽の話書いてもいい?|あにまん掲示板内容を言うと学Pの妹が燐羽だったら多分燐羽は極月学園に転学しないし手毬と美鈴とも仲良いまんまだったんじゃね?って思ったから勝手に具現化するねって話。いくよ。※学Pは敬語だったりタメだったりします。賀陽…bbs.animanch.com↑このスレの続き…というか続編になります。結構長いので全部じゃなくてエピローグ部分のSyngUp!再結成パートだけでも読んでくれれば作中キャラの距離感など掴めると思います。
- 2二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:12:27
夜勤明けで眠いので今回は一話だけの更新になります。
時計の針が夜の二十二時を指した頃。
俺は自室のモニターと相対し、明日のスケジュールの最終調整を行っていた。
しかし、静寂に包まれていた空間は乱暴に扉が押し開けられる音によって唐突に破られる。 - 3二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:13:40
「ちょっと、ポンコツ兄貴」
そこに立っていたのはダボダボのスウェット姿で我が家の絶対君主として君臨する妹、燐羽だった。
燐羽は躊躇いなく歩み寄ると、キャスター付きの椅子に座る俺の背中へ自らの体重を容赦なく預けてくる。
背中にのしかかる柔らかな重みと共に、スウェットの緩い襟元から覗く無防備な白い肌と甘いラベンダーの香りが至近距離で鼻腔を掠める。 - 4二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:15:10
「アイス食べたい。駅前のコンビニに売ってる、期間限定のチョコミントのやつ。今すぐ買ってきて」
さも当然の権利であるかのように、絶対的な命令が下される。
「おいおい、外はもう真っ暗だぞ」
「だから何? さっきまでポンコツ兄貴の汚部屋をピカピカにして、ご飯まで作ってあげた命の恩人に向かって口答えするわけ?」 - 5二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:16:40
正論という名の逃げ場のない刃が突きつけられる。
我が家において家事の全権を握る燐羽に逆らうことは死を意味していた。
逆らえば容赦のない物理攻撃が飛んでくることは火を見るよりも明らかだった。
「……わかったよ。お前ひとりで夜道は危ないしな、俺が行ってくる」
「……ふん。溶けたら許さないから、早く行ってきて」 - 6二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:18:07
呆れたような声。
深夜の買い出しなど本来なら真っ平御免だが、己の平穏な生活と身体の安全を守るためには大人しく従うほかに道はない。
「すぐ戻る。帰ってきたら、ふくらはぎでも揉むか?」
「当然でしょ。……さっさと行きなさいよ、おばか」
背中に浴びる冷ややかな罵倒に深くため息をこぼし、俺は深夜のチョコミント探索へと仕方なく重い足を引きずるのだった。 - 7二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:19:56
月のない夜は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
コンビニの白い光に吸い込まれ、お目当てのチョコミントアイスを無事に確保する。
溶けたら許さないという燐羽の命令を思い出し、少し早足で家路につこうとしたその時だった。
「まあ、お兄さんじゃないですか。こんな時間に奇遇ですね」 - 8二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:21:07
街路灯の淡い光の下、自動販売機の横で缶入りのココアを両手で包み込んでいる少女がいた。
ふわふわとした柔らかい空気を纏ったその姿。
秦谷美鈴だった。
「美鈴か。こんな時間にどうしたんだ、夜風に当たるには少し遅い時間だぞ」
「ふふ、ちょっとお散歩です。それより、お兄さんのその袋……もしかして、りんちゃんに頼まれたんですか?」 - 9二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:22:26
美鈴は小首を傾げて俺の手元にあるビニール袋を覗き込んできた。
「察しがいいな。期間限定のチョコミントアイスだ。二十二時を過ぎてからの理不尽な命令だよ。行かないならどうなっても知らないと脅されてな」
俺がやれやれと首を振ってみせると、美鈴はのんびりとした春の陽だまりのような微笑みを浮かべた。 - 10二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:24:11
「相変わらずりんちゃんは、お兄さんの前だと甘えん坊の王女様ですね。外ではあんなに完璧なアイドルなのに」
「甘えん坊っていうか、ただの暴君だけどな。昔から俺の扱いはパシリ兼人間座椅子だよ」
「外では見せない姿を見せられるのが、お兄さんだけなんです。……それに、あの子、明日の大事な収録を前にして、きっと心が落ち着かなかったんだと思います。最近ずっと、どこか張り詰めていましたから」
美鈴の言葉に俺は小さく息を呑んだ。
缶ココアを見つめる彼女の横顔には、かつて中等部で共に戦った仲間への深い理解と優しさが滲んでいた。 - 11二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:25:26
「あの子は強がりで完璧主義ですから、誰にも弱音を見せられないんです。だから、お兄さんに我儘を言って、少しだけいつもの日常を確かめたかったのかもしれませんね」
「日常、か……」
「はい。ですからお兄さん、あんまり甘やかしすぎないようにしてください。でも、しっかり傍にいてあげてくださいね」
美鈴はそう言うと、残りのココアを飲み干しておっとりとした動作で手を振った。
「アイス、溶けちゃいますよ。早く帰ってあげてください」
「ああ、そうだった。じゃあな、美鈴。夜道は気をつけて帰れよ」 - 12二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:26:53
美鈴のふわふわとした歩みを見送りながら、俺は再び歩き出す。
単なる理不尽なワガママだと思っていた燐羽の行動の裏側。
その輪郭にほんの少しだけ触れたような気がして、胸の奥がじんわりと熱を帯びていくのを感じていた。 - 13二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:28:09
玄関の扉を静かに閉め、俺は自室へと足を踏み入れた。
部屋の中は薄暗く、点けっぱなしのモニターが放つ青白い光だけが夜の静寂を四角く切り取っている。
そして、その僅かな光の先に見慣れた小さな影があった。 - 14二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:30:01
燐羽は俺のベッドの上で毛布にくるまり、小さく身を丸めていた。
外で見せる絶対君主としての威圧感はどこにもなく、そこにあるのはただの年相応の、痛いほど無防備な少女の姿だ。
起こさないように足音を殺して近付き、ベッドの縁に静かに腰を下ろす。
その僅かなマットレスの沈み込みで目を覚ましたのか、背後に衣擦れの音が響く。
直後、俺の背中に柔らかな重みがのしかかってきた。 - 15二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:32:56
「……遅い」
微かに掠れた、微睡みの淵にある声。
燐羽は俺の背中に額を押し当てたまま、ごく自然な動作で俺の服の裾を握りしめて深く寄りかかってくる。
「悪かった。ほら、溶けないうちに食べろ」 - 16二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:34:16
背中に感じる確かな熱と重みを受け止めながら、俺は買ってきたチョコミントアイスの蓋を開けてスプーンを添えて肩越しに手渡した。
燐羽は無言のままそれを受け取ると、スプーンの先で一口だけすくい、ゆっくりと口に運ぶ。
しかし、二口目に手が伸びることはなかった。
「……もういい。なんか、寒くなっちゃった」 - 17二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:35:41
ぽつりと呟き、燐羽は半分以上残ったアイスをサイドテーブルへと押しやる。
そして、再び俺の背中へと身を預けてまるで寒さを凌ぐ子猫のように顔を埋めてきた。
普段であれば「せっかく買ってきたのにふざけるな」と文句のひとつでも返すところだ。
だが、背中越しに伝わってくる微かな震えと、先ほど夜道で交わした美鈴の言葉が俺の中で静かに結びついていく。
燐羽はチョコミントアイスが食べたかったわけではないのだ。 - 18二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:36:46
明日に控えた大事な仕事へのプレッシャー。
完璧なアイドルでいなければならないという逃げ場のない重圧。
それに押し潰されそうになり、ひとりで静かな夜を過ごすのが不安でたまらなかったのだろう。 - 19二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:38:06
だからこんな時間に理不尽なパシリを命じたのだ。
ただ、俺に起きていてほしくて。
俺という都合のいい存在を、すぐ傍に置いておきたくて。
不器用で、強がりで、どうしようもなく寂しがり屋な妹が吐いた、あまりにもいじらしい嘘。
その真実に触れた瞬間、俺の胸の奥で途方もない愛おしさが静かに、けれど確かに溢れ出していた。 - 20二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:40:52
俺は食べかけのアイスについて何も追及することはしなかった。
燐羽が望むなら、このまま朝までだってただの無言の座椅子に徹するつもりだった。
窓の外から、遠くを走る車の微かな走行音が聞こえてくる。
その静寂の中で、背中に伝わる不規則だった呼吸が少しずつ穏やかなものへと変わっていくのを感じていた。 - 21二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:42:49
「明日の収録、楽しみにしてるからな」
静かな夜の空気に溶け込ませるように、ぽつりと告げる。
プロデューサーとしての激励でもなく、ただの兄としての無責任な言葉でもない。
燐羽の絶対的な味方であるという、不器用な誓いだった。 - 22二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:44:06
しばらくの沈黙。
やがて、背中に預けられた重みがわずかに動き、俺の服の裾を握る指先にさらに強い力が込められた。
「……こんな時間に理不尽な命令を聞くなんて、本当に」
背中越しに響く、くぐもった声。
それは外の世界では決して見せない、素直になれない妹の輪郭をしていた。 - 23二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:45:10
「……おばか」
罵倒の形を借りた、最上級の照れ隠し。
そのたった三文字の破壊力に、俺の心臓はあっけなく限界を迎え、先ほどまでの静かな感傷など宇宙の彼方へ吹き飛んでしまった。 - 24二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 06:47:24
背中に感じる愛おしい熱と、確かな重み。
燐羽が一番星として完璧なステージで笑うためなら、俺は喜んでこの滑稽で最高な特等席の下敷きになり続けよう。
溶けかけのチョコミントアイスの傍らで、俺は静かに、けれどひたすらに強く心にそう誓った。
今回の更新はこれで終わりです。
SyngUp!メンバーとの絡みも書きたいのでネタリクエスト募集中です! - 25二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 07:32:50
至高最高桃源郷
SyngUp!といえばジェラシーだと思うので、手毬のダイエットに積極的に付き合うPにジェラる燐羽なんていかがでしょう。
疲れ果てて倒れ込むように転んだ手毬を心配して駆け寄ったPのことを、気になって尾行してた燐羽が見てしまい耐えきれなくなって飛び出しちゃう…っていう。
思い切りで飛び出したもんだから慌てて苦しい言い訳を羅列してしまい、そんな自分に怒るりんちゃんは多分いると思います、いやいます。 - 26二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 08:59:14
燐羽におバカと罵られたいよな…
燐羽のワガママで疲れてた学Pをお世話して燐羽を揶揄ってみませんか美鈴さん? - 27二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 10:02:51
隠れ家的なカフェでPと待ち合わせ中の3人
カロリーの高そうな物に葛藤する手毬や遠慮なく爆睡しようとする美鈴を相手に上機嫌に過ごしていた
そこへ幼馴染の男と待ち合わせ中らしきしゅみたん?ぽいのギャルを道案内したPが楽しげに談笑しながら一緒に店に入ってくる
それが見えた瞬間3人が「は?」って一気に不機嫌になる話をお願いします
細かい部分は表現しやすいよう変えてもらって結構です - 28二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:17:43
いきます。一話のみの更新となります。続きは明日朝以降です。
SyngUp!の再結成からしばらく経ち、彼女たちの活動は少しずつ、けれど着実に熱を帯び始めていた。
圧倒的なパフォーマンスを維持するためには基礎体力の向上が不可欠だ。
とりわけ、体重管理とスタミナ面に課題を抱える手毬にとって日々のランニングは避けて通れない試練だった。
- 29二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:19:05
目を離せばすぐに買い食いの誘惑に負け、己の限界も省みずに無茶なペース配分をしてしまう不器用な少女。
そんな手毬を支えるため、俺はプロデューサーとして毎夕の伴走を日課としていた。
彼女たちが一番星として輝くためなら、俺自身の労力などどれだけ削っても構わない。
俺はあいつらの夢を本気で背負っているのだから。
だが、その日課を快く思っていない人物が我が家にはひとり存在していた。 - 30二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:20:08
「……どこ行くのよ」
玄関で靴紐を結んでいた俺の背中に、絶対零度の声が突き刺さった。
振り返ると、スウェット姿の燐羽が腕を組みながら不機嫌そうに壁によりかかっている。
「手毬のランニングに付き合ってくる。あいつ、ひとりにするとすぐ無茶をするからな」 - 31二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:22:22
俺が努めて穏やかに答えると、燐羽はこれ見よがしに深くため息を吐き出した。
「ふうん。私の専属パシリを他の女に貸し出してる覚えはないんだけど。だいたい、私がこれから紅茶を淹れろって命令したらどうするつもり?」
「帰ってきてから淹れてやるよ。温度もお前の好みに合わせるから」
「今すぐ飲みたいの。……手毬の体力作りなんて、放っておけばいいじゃない」 - 32二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:23:33
尖った言葉の裏側に隠されているのは不器用な独占欲だ。
それは手毬の悪癖を非難しているのではなく、自分の兄が自分以外のメンバーのために時間を割いている事実への幼い嫉妬の表れだった。
俺はゆっくりと立ち上がり、不機嫌な妹の頭へ無造作に手を置いた。
「やめなさいよ、髪が乱れる」
口では文句を言いながらも、燐羽は俺の手を強く振り払おうとはしない。 - 33二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:25:42
「三人で最高のステージを作るためだ。手毬の努力も、美鈴の頑張りも、俺がちゃんと見ててやらないとな。……でも、俺にとって一番心配で、一番大事なのはお前だからな、燐羽」
「……っ、調子のいいことばっかり言って。ポンコツのくせに」
俺の言葉に燐羽はぷいと顔を背けて視線を逸らした。
文句を言うその声は微かに上擦っており、耳の先がうっすらと朱に染まっているのは決して窓から差し込む夕陽のせいだけではないだろう。 - 34二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:29:24
「すぐ戻る。大人しく待っててくれ」
照れ隠しの悪態を背中に受けながら俺は愛おしい妹の待つ家を後にし、手毬との待ち合わせ場所である夕暮れの河川敷へと向かうのだった。
茜色に染まる夕暮れの河川敷。
長く伸びた影をアスファルトに落としながら、手毬は乱れた呼吸を整えることもせずただひたすらに前を見据えて足を動かし続けていた。 - 35二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:30:34
「ペースが落ちてるぞ。きつい時こそ腕を振れ。限界を超えてこそ、ステージを最後まで走り切る体力がつくんだ」
伴走する自転車の上から俺はプロデューサーとしてあえて厳しいトーンで指示を飛ばす。
「わかってる……。これくらい、私にとっては準備運動みたいなもの……だから」
強がる言葉とは裏腹に、その足取りから限界が近いことは明らかだった。
それでも決して妥協を許さない手毬の不器用で真っ直ぐな情熱を、俺は深く頼もしく思っていた。
俺が背負うと決めた、誇り高きアイドルの姿がそこにあった。 - 36二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:31:37
だが、手毬のペース配分に気を配りながらふと後ろを振り返った時。
俺の視界の端に、河川敷の土手に沿って一定の距離を保ちながらこちらへ凍てつくような視線を送る不審な影が映り込んだ。
目深に被った帽子で顔を隠し、電柱や茂みに身を潜めるようにして尾行を続けているその不器用なストーカーは――間違いなく先ほど家に置いてきたはずの燐羽だった。 - 37二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:32:43
本人は完璧に隠れられているつもりなのだろう。
だが、長年パシリを務めてきた俺にはその苛立ちを含んだ足取りだけで彼女の思考が手に取るようにわかってしまう。
きっと帽子の下で、『ただの体重管理に、なんでアイツが付きっきりになる必要があるのよ』とでも文句を垂れているに違いない。
これがプロデューサーとしての正当な業務であり、自分たちが完璧なステージを作るために不可欠なプロセスなのだということくらい、頭のいい燐羽なら百も承知のはずだ。 - 38二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:33:46
頭ではわかっていても、自分だけに向いていたはずの兄の視線と時間が他の誰かのために消費されているという事実が、あの不器用な王女様にはどうしようもなく許せないのだろう。
もし今ここで捕まえれば、『勘違いしないで。私はリーダーとして、手毬が途中でサボらないか厳しく監視してあげてるだけなんだから』と、顔を真っ赤にして苦しい言い訳を並べ立てる姿が目に浮かぶ。
冷たい川風が吹き抜ける土手の上。
自身の不器用すぎる独占欲を持て余すように肩を強張らせている妹の姿に俺は気付かないふりを続けながら、呆れとどうしようもない愛おしさを密かに噛み締めていた。 - 39二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:35:01
夕闇が濃さを増し、街灯がひとつ、またひとつと点り始める頃。
限界を超えてなお足を動かし続けていた手毬の身体がふいに大きく傾いた。
もつれた足は限界の悲鳴を上げ、手毬は受け身すら取れないまま、硬いアスファルトへと崩れ落ちてしまう。
「手毬!」
俺は慌てて自転車を放り出して手毬の元へと駆け寄った。
膝をつき、倒れ込んだ手毬の細い肩を抱き起こす。 - 40二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:37:59
「大丈夫か? どこか打たなかったか? 足首は……」
額に滲む汗を拭うことも忘れ、俺は手毬の顔を覗き込んだ。
擦りむいた掌から血が滲んでいないか、捻挫をしていないかと、ただ無我夢中で手毬の無事を確認する。
彼女たちの夢を背負うプロデューサーとして。
そして、大切な妹の隣で笑ってくれる少女を預かる者としての偽りない焦燥だった。 - 41二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:39:06
だが、その光景を遠くの茂みの陰から見つめていた燐羽にとって、それは全く別の意味を持って網膜に焼き付いた。
息を呑み、立ち尽くす燐羽の視界の先。
夕暮れの淡い光に照らされた兄の横顔は、家の中で自分だけに見せる「都合のいいパシリ」の顔ではなかった。
ひとりの少女を庇護し、痛いほどに心配し、誰よりも頼もしく寄り添う、ひとりの男の顔だった。 - 42二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:40:06
胸の奥で、見えない糸が張り詰めて切れるような錯覚。
自分だけに向けられるはずの絶対的な熱量が今、目の前で他の誰かに注がれている。
自分の居場所が、たったひとつの特等席が、根こそぎ奪われてしまうような焼け焦げるような焦燥感。 - 43二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:41:17
完璧なアイドルとしての理性も、単なる監視役だという苦しい言い訳も、その瞬間にすべてが瓦解する。
止めどなく溢れ出す不器用な独占欲に背中を突き飛ばされるようにして、燐羽は隠れていた場所から衝動的に足を踏み出していた。
「……ちょっと、何やってんのよ!」
濃紺に染まる静かな夕暮れの河川敷に鋭く響き渡った。 - 44二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:42:20
「燐羽!? なんでこんなところに……」
突如として現れた燐羽の姿に、手毬は目を丸くして振り返った。
衝動のままに飛び出してしまった燐羽は俺たちからの視線を一身に浴びて、自身の行動の異常さにようやく気付いたようだった。
みるみるうちに顔に熱を集め、視線を泳がせながら必死に言葉を紡ぎ出す。 - 45二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:43:30
「わ、私はただの自主練! たまたまコースが被っただけ! アンタたちが道の真ん中で倒れ込んでて邪魔だから、注意してあげようと思ったの!」
誰が聞いても破綻している苦し紛れの言い訳。
早口で言葉を重ねれば重ねるほど、自身の抱いた見苦しい嫉妬心と余裕のなさが浮き彫りになっていく。 - 46二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:45:05
完璧であるはずの燐羽のプライドが音を立てて崩れ落ちていく感覚。
それに耐えきれなくなったのか、燐羽は自ら紡いだ言い訳の惨めさに唇を強く噛み締め、俯いて肩を小刻みに震わせ始めた。
限界まで張り詰めた強がりと、その裏側に隠された深すぎる独占欲。
面倒極まりない妹の思考回路など長年傍でパシリを務めてきた俺には痛いほどに理解できていた。 - 47二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:46:57
手毬が怪我なく自力で立ち上がれるのを確認してから、俺はゆっくりと身を起こして俯く燐羽の元へと歩み寄る。
そして、深く被った帽子のその上から無造作に手を置いた。
「……道を塞いで悪かったな。手毬の足も限界みたいだし、今日のランニングはここまでにしよう」
俺は不器用な尾行をからかうことも、嫉妬の理由を追及することも一切しない。
ただ、燐羽が一番安心できる「都合のいい兄」の顔を作って、穏やかに告げる。 - 48二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:48:37
「帰るぞ、燐羽。家に着いたらお兄ちゃんが紅茶を淹れてやるから。……それで、少しは機嫌を直してくれ」
すべてを見透かしたような俺の言葉に燐羽はさらに顔を赤く染め上げる。
帽子越しに置かれた俺の手を振り払うことはせず、ただ細い指先で俺の胸元を軽く押し返してきた。
そして、前髪の隙間から涙ぐんだ瞳を覗かせて精一杯の強がりと自己嫌悪、そして隠しきれない不器用な愛情を込めて、吐き捨てるように呟いた。 - 49二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 13:50:21
「……私の気も知らないで、本当に……おばか」
暮れなずむ空の下。
俺は素直になれない妹のあまりの不器用さに小さく苦笑いを浮かべ、彼女たちの輝かしい未来を支える覚悟を新たにしながらその愛おしい背中と共に家路につくのだった。
二作目終わり - 50二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 14:19:27
嫉妬する燐羽可愛い…♡
- 51二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 14:21:03
学校でたまたま花海姉妹の「お姉ちゃあああああん!!!!!」を目撃し、興味が湧いた持った燐羽が、たまたま見かけたPに対して実践。
素っ頓狂な声を上げ驚く姿に満足するも他の2人に目撃されて…?
的な話をリクエストしたいです - 52二次元好きの匿名さん26/06/12(金) 21:29:46
保守
- 53二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 01:05:02
保守しておこう
- 54二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:28:00
>>26 いきます。
貴重な完全オフの休日。
窓から差し込むうららかな陽射しとは裏腹に、俺の身体は深い泥の底に沈み込んだかのように重く、指一本動かす気力すら残されていなかった。
原因は明白だ。
我が家に君臨する王女にして、愛おしい妹である燐羽の終わりの見えないワガママの連続である。
- 55二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:30:47
朝一番に「窓枠の埃が気になる」という理由で下された大掃除の号令に始まり、駅前のパティスリーへの買い出し、カロリー計算を完璧にこなしたランチの調理。
そして極めつけは、昨日までの過酷なレッスンで張ったというふくらはぎの入念なマッサージだった。
「もうちょっと右。……力加減が絶妙に下手なのよ、ポンコツ」
「文句を言うならプロのマッサージ師でも呼んでくれ。俺の腕はとっくに限界だ」
「私が直々に専属パシリの仕事を与えてあげてるんだから、光栄に思いなさい」 - 56二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:31:56
ソファの上にふんぞり返る燐羽は完璧なアイドルとしてのオーラを欠片も残さず、ただの傍若無人な妹の顔で俺を顎で使っていた。
手毬や美鈴と共に一番星を目指すための努力を間近で見ているからこそ、家の中くらいではとことん甘やかしてやりたいとは思っている。
だが、それにしても今日の要求は度を越していた。
そんな地獄のような奉仕活動が数時間続き、俺の体力が完全に底を尽きかけた頃。
燐羽はようやく満足したのかふらりと立ち上がった。 - 57二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:33:24
「ちょっと駅前のサロンに行ってくるわ。夕方には戻るから、それまでにシーツの洗濯と夕食の下ごしらえを終わらせておくこと。いいわね?」
「……いってらっしゃい。道中、気をつけてな」
反論する余力もなく俺はただ曖昧に頷き、燐羽を見送ることしかできなかった。
重い玄関の扉が閉まり、静寂が我が家のリビングに舞い戻ってくる。
俺は糸の切れた操り人形のようにふかふかのラグの上へと力なく倒れ込んだ。 - 58二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:34:48
プロデューサーとして、SyngUp!の三人を高みへと導く覚悟はとうに決まっている。
だが、防音扉の外側、このプライベートな空間において、今の俺はどうしようもなく限界を迎えたただのパシリでしかない。
冷ややかなフローリングの感触とラグの柔らかさだけが、今の俺を労ってくれる唯一の存在だった。 - 59二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:36:11
誰でもいい。
この終わらない過酷な労働から俺を救い出してくれないだろうか。
虚空を見つめながら俺は深い深い溜め息を天井へと吐き出した。 - 60二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:37:19
そんな静かな空間に、来客を知らせる無機質な電子音が響いた。
鉛のように重い身体を引きずり玄関の扉を開ける。
そこには、ふわりとした春の陽だまりのような空気を纏った美鈴が立っていた。
手には綺麗に包装された焼き菓子の箱が提げられている。 - 61二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:39:04
「りんちゃんに借りていた本を返しにきたんですけれど……」
言葉を区切り、俺の顔を見上げた美鈴は不思議そうに小首を傾げた。
「お兄さん、なんだか酷く干からびてますね?」
「……まあ、色々とあってな。あいにく燐羽は外出中なんだ。夕方まで戻らないぞ」
「そうですか。では、少しだけお邪魔してもいいですか?」 - 62二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:40:16
燐羽が不在であるにも関わらず、美鈴は当然のように靴を脱いで静かな足取りでリビングへと足を踏み入れた。
俺は美鈴を制止する気力すら湧かず、その後ろ姿をただ見守ることしかできない。
リビングの中央、先程まで俺が倒れ込んでいたラグの上へ美鈴は優雅に腰を下ろす。 - 63二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:41:52
「いつもりんちゃんのお世話をして、わたしたちのプロデュースまで……お兄さんは毎日、頑張りすぎです」
ふわりと、甘いベビーパウダーの香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「りんちゃんがいないなら、ちょうどいいですね。今日はわたしが、お兄さんをめいっぱい甘やかしてあげます」
美鈴は慈愛に満ちた微笑みを浮かべると、自身の柔らかな太ももをそっと叩いてみせた。 - 64二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:43:47
「さあ、お兄さん。こちらへどうぞ」
「いや、流石に担当アイドルにそんな真似はさせられない……」
「プロデューサーの休息も、わたしたちにとっては大切なお仕事ですよ? お兄さんに倒れられては、みんな悲しみますから」 - 65二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:44:53
それは悪魔の囁きよりも甘く、抗いがたい天使の提案だった。
日々の過酷なパシリ業務で完全に摩耗しきっていた俺の理性は、その柔らかで絶対的な肯定の前に呆気なく白旗を上げる。
頭の片隅で警鐘を鳴らすプロデューサーとしての矜持よりも、極限まで達した疲労感が勝ってしまったのだ。 - 66二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:46:04
「……少しだけ、だからな」
気が付けば、俺の身体は重力に引かれるまま美鈴の膝の上へと深く沈み込んでいた。
後頭部を雲のように柔らかな感触が包み込む。 - 67二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:47:15
「ふふっ。お兄さんの髪、少し硬くて、でもなんだか安心します」
美鈴の細くしなやかな指先が俺の髪を梳くようにゆっくりと撫でていく。
甘い香りが鼻腔を満たし、張り詰めていた全身の筋肉から急速に力が抜け落ちていくのがわかった。 - 68二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:48:25
「毎日、わたしたちのために悩んで、りんちゃんのワガママにも付き合って……お兄さんは本当に偉いです。でも、苦しい時は無理をしないで、わたしも頼ってくださいね」
耳元に落ちる声はひどく甘く、どこまでも穏やかだった。
それは日々のパシリ業務とアイドルのプロデュースという二重生活で荒みきっていた俺の心に染み渡る、全肯定のシャワーのようだ。
プロデューサーとしての矜持も、兄としての威厳も、この絶対的な母性の前では無意味に等しい。 - 69二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:49:42
俺は心地よい微睡みの淵で完全に理性を溶かされ、だらしなく腑抜けた呼吸を繰り返していた。
このまま世界が終わってしまっても構わないと、本気で願うほどに。
――しかし、かりそめの天国というものはいつだって唐突に終わりを告げるようにできている。 - 70二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:50:49
不意に、玄関の扉が開く重い音が静寂に包まれた家の中に響き渡った。
「ただいま。……ちょっと、玄関に美鈴の靴があるんだけど」
続く足音と共にリビングの扉が無遠慮に開かれる。
俺は睡魔に絡め取られた身体をすぐに起こすことができず、美鈴の膝の上に頭を預けたまま、焦点の定まらない目でそちらへ視線を向けた。
そこに立っていたのは予定よりも随分と早くサロンから帰還した我が家の王女、燐羽だった。 - 71二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:51:57
燐羽の視界に飛び込んだのは言うまでもない。
自分の定位置であるはずのリビングの中心で、よりにもよって自分のユニットメンバーの膝に頭を預け、この世のすべてから解放されたようなだらしない顔を晒している自らの専属パシリの姿である。
ピタリと、燐羽の歩みが止まった。 - 72二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:52:58
「あ、りんちゃん。おかえりなさい。今、お兄さんの充電をしているところです」
美鈴の悪びれもしないマイペースな声が静止した空間に響く。
直後。
リビングの空気が物理的に凍りつくのを俺は確かに肌で感じ取った。 - 73二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:54:01
完璧にセットされた髪。
洗練された私服。
だが、その隙のないアイドルの出で立ちの奥から、底冷えのするような怒気と独占欲が凄まじい勢いで膨れ上がっていくのを、長年パシリを務めてきた俺の生存本能が強烈に察知していた。 - 74二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:55:04
「……アンタたち、何やってるの?」
地を這うような、感情の温度を完全に削ぎ落とした声だった。
事態の深刻さに気付き、俺は慌てて美鈴の膝から跳ね起きようとする。
しかし、それよりも早く距離を詰めてきた燐羽の手が俺の襟首を乱暴に掴み上げた。 - 75二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:56:40
「ちょっと目を離した隙に他の女に甘えてるなんて、どういう神経してるの!?」
俺を美鈴から引き剥がすように睨みつけてくるその顔に、照れや誤魔化しは一切なかった。
あるのは純度百パーセントの怒りと、絶対的な所有権を侵された強烈な独占欲だけ。
真っ赤に染まった顔から覗かせる青い瞳には、俺に対する明確な殺意すら宿っている。 - 76二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:58:02
「誤解だ、燐羽。俺はただ、あまりの疲労に抗えなくて……」
「言い訳なんて聞きたくない! アンタは私のパシリでしょ! 私以外の女に頭撫でられてだらしなく笑うなんて、絶対に許さないわよ!」
有無を言わさぬ怒声と共に、燐羽の空いた手がソファのクッションを鷲掴みにする。
そして、なおも弁明を試みようとする俺の顔面に向かって容赦のないフルスイングでそれを叩きつけてきた。 - 77二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 05:59:15
「誰が他の女に甘えていいって言ったのよ! この……おばか!!」
顔面に直撃した痛烈な一撃と共に攻撃力に極振りされた罵倒がリビングに響き渡る。
荒い呼吸を繰り返す燐羽の瞳には怒りだけでなく、自分がいない間に他人に隙を見せたことへのどうしようもない苛立ちと不器用な悔しさが滲んでいた。 - 78二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 06:01:01
「……ふふっ。りんちゃんは、本当にお兄さんのことが大好きですね」
修羅場と化した空間の中心で、この状況を作り出した張本人である美鈴だけが相変わらずの陽だまりのような微笑みを浮かべている。
激怒する暴君と、マイペースに微笑む天使。
顔面の痛みに悶絶しながら俺は静かに悟っていた。
あの激しすぎる嫉妬の裏に隠された痛いほどの独占欲に気付いてしまった以上、俺は一生、この理不尽で不器用な妹の呪縛から逃れることはできないのだろう。
背後に残してきたかりそめの天国に僅かな未練を残しつつ、俺は限界プロデューサーとしての過酷で愛おしい日常へと、降伏するように身を投じるのだった。
三作目終わり。 - 79二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 06:30:52
ワイも美鈴に過充電して貰いたい
- 80二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 11:33:09
ほっし
- 81二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:31:32
- 82二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:39:03
その奥に位置する特等席で、賀陽燐羽は優雅にハーブティーのカップを傾けていた。
「あのポンコツ、遅刻の詫びに何を奢ってくれるのかしらね」
呆れたような言葉とは裏腹に彼女の機嫌はすこぶる良かった。
窓から差し込む柔らかな光を浴びるその横顔には、我が家の絶対君主としての余裕と、専属パシリである兄の到着を待ちわびる隠しきれない期待が滲んでいる。
対面の席では、月村手毬が手元のメニュー表を親の仇のように睨みつけていた。 - 83二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:40:17
呆れたような言葉とは裏腹に彼女の機嫌はすこぶる良かった。
窓から差し込む柔らかな光を浴びるその横顔には、我が家の絶対君主としての余裕と、専属パシリである兄の到着を待ちわびる隠しきれない期待が滲んでいる。
対面の席では、月村手毬が手元のメニュー表を親の仇のように睨みつけていた。
「……食べない。私は絶賛体重管理中……。こんな砂糖と脂質の塊に屈するわけには……」 - 84二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:41:32
彼女の視線の先にあるのは『季節限定・特製モンブランパンケーキ』という、魅惑的で暴力的な文字の羅列である。
悲痛な声で己の欲望と戦い続ける手毬の姿は不器用で、どこかいじらしい。
そしてその隣では、秦谷美鈴がふかふかのソファに深く沈み込み、すでに心地よい微睡みの世界へと半分旅立っていた。
規則正しい静かな呼吸を繰り返し、彼女は完全にこの空間の穏やかな空気に溶け込んでいる。 - 85二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:42:48
仕事が長引き待ち合わせに遅れているプロデューサー。
きっと今頃、申し訳なさそうな顔をしてこの店へ向かって急ぎ足で歩いていることだろう。
息を切らして駆け込んでくるであろう彼をどうやって労い、そしていかにして一番高いケーキを要求してやろうか。
カップの中で揺れる琥珀色の液体を見つめながら、燐羽は口元に微かな笑みを浮かべていた。 - 86二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:43:57
「三人で分ければ、実質的な摂取カロリーは三分の一……いや、消化器官を動かすエネルギー消費を考えれば、これは限りなくゼロに近い……?」
メニュー表を両手で強く握りしめたまま、手毬が唐突に歪んだ理論を展開し始めた。
飢餓状態に陥った思考回路が生み出した哀れなまでの現実逃避である。
「アンタのその謎のカロリー理論、いい加減に封印しなさい。砂糖と脂質の塊を胃袋に流し込めば、それは等しく肉になるわ。トップアイドルを目指す自覚があるなら、現実から目を逸らさないことね」 - 87二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:46:21
燐羽は一切の容赦を持たない正論の刃で手毬の脆い希望を真っ向から切り捨てた。
致命傷を負い、手毬が絶望と共にテーブルへ突っ伏したまさにその時だった。
「……ふふっ。それなら、お兄さんが来たら『遅刻した罰です』って言って、半分無理やり食べさせちゃえばいいんですよ。そうすれば、まりちゃんも罪悪感なく美味しく食べられます」
半分夢の世界にいたはずの美鈴が目を閉じたまま悪魔のような提案を口にする。
一切の悪意を持たないその柔らかな声に手毬が弾かれたように顔を上げ、燐羽も思わず呆れたような吐息をこぼした。 - 88二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:48:52
まったく、手のかかる不器用なメンバーたちだ。
けれど、そんな他愛のないやり取りすら今の燐羽にとっては心地よい時間だった。
その時。
カフェの重厚な木製の扉が押し開かれ、真鍮の控えめな鐘の音が店内に響き渡った。 - 89二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:50:34
燐羽はハーブティーのカップを静かに置き、視線を扉の方へと向ける。
ようやく待ちわびた専属パシリが到着したんだろうか。
息を切らしてやってきたであろう彼をたっぷりと問い詰めて困ったような顔で謝罪を引き出した後、この店で一番高価なケーキを要求してやろう。
そんな優雅な罰を思い描きながら、燐羽は待ち人の姿を捉えるべく、僅かな笑みを湛えた瞳を入り口へと向けた。 - 90二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:51:49
扉を開けて店内に足を踏み入れた俺は、隣を歩く洗練された装いの女性へ向かって軽く会釈を返していた。
「ご親切にここまで案内していただいて、本当に助かりました」
「いえ、俺も同じ店で待ち合わせをしていましたから。お気をつけて」
駅前で道に迷っていた彼女を不憫に思い、親切心からここまで連れ立って歩いてきただけだった。
ほんの数秒、労いの言葉を交わして彼女がこちらへ向けて親しげな微笑みを向けてくれた、ただそれだけのありふれた日常のひとコマ。
だが、指定された奥の特等席へ視線を向けた瞬間、俺の背筋を暴力的なまでの悪寒が駆け抜けた。 - 91二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:53:12
先ほどまで温かなコーヒーの香りと穏やかなジャズの旋律に満たされていたはずの空間は、一瞬にして氷点下まで急降下していた。
手毬はメニュー表を握りしめる手を止めてまるで獲物の急所を狙う肉食獣のような、鋭く冷たい視線を真っ直ぐにこちらへ突き刺している。
深くソファに沈み込んでいたはずの美鈴は完全に目を開いていたが、その瞳からは一切の光が失われており、底知れぬ静かな圧力がその場を完全に支配していた。
そして、誰よりも凄まじい冷気を放っていたのは燐羽だった。
燐羽は手元のティーカップを硬質な音を立てて乱暴にソーサーへと打ち据える。
血の気が引くほど強く噛み締められた唇。
そして、そのアイスブルーの瞳の中で燃え盛っていたのは、自分の絶対的な特等席を土足で踏みにじられたような、理不尽で強烈な怒りと嫉妬の炎だった。 - 92二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:54:45
仕事が長引いた末の遅刻。
そして、見知らぬ女性との親しげな会話。
ただの親切心による道案内が、燐羽たちの目には「自分たちを待たせておいて、他の女と逢引きを楽しんできた裏切り」として映ってしまったのだと、俺の生存本能が絶望と共に警鐘を鳴らしていた。
足取りを重くしながら、俺は冷気が渦巻く地獄のテーブルへと歩み寄った。
「悪かった、待たせ……」
「……さっきの女、誰?」 - 93二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:55:46
挨拶を遮るように放たれた燐羽の声は感情の温度を完全に削ぎ落としていた。
俺は慌てて事の顛末を説明する。
仕事が長引いてしまったことと、駅前で道に迷っていた女性を親切心から案内しただけで他意は一切ないこと。
だが、そんな真実など今の燐羽たちにとっては何の価値も持たなかった。 - 94二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:57:07
「……言い訳なんて聞きたくありません。私たちはここで、ずっと待っていたんだから」
手毬が冷徹な声で宣告する。
「お兄さんは、道端の女の人にまで愛想を振りまく浮気性だったんですね。……少し、お仕置きが必要です」
美鈴はいつものように微笑みながらも、その瞳には一切の光を宿していなかった。
そして何より、我が妹の怒りは頂点に達していた。
たとえそれが単なる親切心だったとしても、自分を待たせているその時間を他の女のために時間を割き、あまつさえ愛想良く笑いかけていたという事実。
それが、不器用でプライドの高い燐羽にはどうしても許せなかったのだ。 - 95二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:58:28
椅子を激しく引いて立ち上がった燐羽が俺の目の前まで詰め寄る。
そして有無を言わさぬ勢いで俺の胸元の服を両手で強く掴み上げた。
至近距離で俺を見据える燐羽の顔には、もはや一切の熱が宿っていなかった。
感情の温度を完全に削ぎ落とした、絶対零度の瞳。
だが、その氷の底でどろりと渦巻いているのは、自分の専属パシリの視線が他人に向けられたことに対する、恐ろしいほど重い冷酷な独占欲だった。 - 96二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 12:59:38
「……遅刻した上に、他の女に鼻の下伸ばすなんて最悪」
俺の胸元の服を掴んだまま、燐羽は底冷えのする声で淡々と告げる。
そして、逃げ道を塞ぐように俺の耳元へと顔を寄せて氷の刃をゆっくりと突き立てるように囁いた。
「今すぐ一番高いケーキ全員分注文しなさいよ、……おばか」 - 97二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 13:00:38
凍てつくような審問と、高額な支払いを押し付けられた痛手。
だが、その絶対零度の怒りの裏側に隠された「私だけを見ていなさい」という呪いのような愛情に気付いてしまった俺は、もはや抵抗する気力すら失っていた。
「……わかったよ。好きなだけ頼んでくれ」
冷え切った己の運命に小さくため息をつきながら、俺は静かに、このどうしようもなく不器用で恐ろしい王女様の要求へと降伏するのだった。
4作目終わり。 - 98二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 13:50:23
まりちゃんが季節限定・特製モンブランパンケーキを気兼ねなく食べれたのでこれはパーフェクトコミュ二ケーションだな!
- 99二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 15:28:24
ありがとうございます!執着りんちゃんから心の栄養を摂取しています
- 100二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 18:58:54
燐羽と2人でホラー映画を家で見て、その時はそんなにビビってなかったけど、夜寝ようとした時に燐羽が部屋に訪れて、"情けなく怖がってないか心配だから来てあげた"とか言いながら、実は怖くて眠れないのは燐羽の方で、それに気づきつつも一緒に寝る話を見たいです
- 101二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 19:52:26
- 102二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 19:54:39
「お姉ちゃあぁぁあぁぁん!!」
その場に不釣り合いな、しかし一点の曇りもない、爆発的な愛情を込めた叫び声。
声の主は花海佑芽だった。
彼女は一直線に、姉である花海咲季へと向かって猛烈な勢いで地面を蹴る。
まるでロケットか何かのように。 - 103二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 19:55:42
「ちょっと、佑芽……っ!」
咲季が制止する間もなかった。
佑芽の身体は、勢いそのままに姉の胸元へと叩きつけられる。
鈍い衝撃が走ったはずだが、咲季の身体は微動だにしない。
しっかりと地面を踏み締め、妹の全てをその華奢な身体で受け止めている。 - 104二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 19:56:44
「もう……。廊下で飛びつくなって、いつも言ってるでしょ」
「えへへ、だって、お姉ちゃんに会いたかったんだもん」
文句を言いながらも、咲季の手は妹の背中を優しく撫でている。
その顔には隠しきれない愛情が滲んでいた。
俺はその光景を少し離れた場所から眺めていた。
あんな風に躊躇なく全力で愛情を表現できる姉妹の姿は、どこか眩しく、そして尊い。 - 105二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 19:58:05
隣に立つ燐羽は、その光景を呆れたように眺めている。
「……信じられないわ。廊下であんな犬みたいに飛びつくなんて」
冷ややかに吐き捨てる燐羽だが、我が家でも『お兄ちゃん』という単語自体は日常的に飛び交っている。
ただしそれは、「お兄ちゃん、喉渇いたから駅前の限定フラペチーノ買ってきて」といった具合に、俺を都合のいいパシリとして顎で使うための呼び名としてだが。 - 106二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 19:59:33
ふと、燐羽の視線が俺へと向けられた。
その青い瞳の奥で『いつものパシリのノリであんな風に全力で突撃したら、こいつはどういう情けない反応をするのかしら』という、理不尽で悪戯っぽい好奇心が急速に膨らみ始めてい ることに、俺はこの時気付くべきだった。 - 107二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:01:17
――数十分後。
人気の少ない渡り廊下で、窓際でひとり資料に目を通していた俺の背後にドタドタという不自然に勢いのある足音が迫ってきた。
「お、お兄ちゃ……っ!!」
背後から響いたのは、いつものようにパシリを命じる時のあの絶妙に尊大な声。
俺が驚いて振り返るよりも早く、燐羽が背中へと飛びかかってくる気配がした。 - 108二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:02:23
だが、いざ俺の背中に両手を回し、全体重を預けて『抱き着く』という物理的な接触を伴う直前――燐羽の思考回路の中で、何かが決定的にショートしたらしかった。
ただパシリをからかって驚かせてやろうという軽いイタズラ心だったはずが、いざ『お兄ちゃん』と呼びながら自ら兄の背中に抱き着きにいくという行為の異常なまでの気恥ずかしさに、空中で突如として気付いてしまったのだろう。
「(えっ、ちょっと待って、これすごく恥ずかし……っ!)」
しかし、一度トップスピードに乗って宙に浮いた体は止まらない。
俺の背中に激突するほんのコンマ数秒前、燐羽は顔を限界まで真っ赤に染め上げ、悲鳴のような、激しい後悔のような、ひどく素っ頓狂な声を上げたのだった。 - 109二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:03:24
背中に、凄まじい質量と衝撃が叩きつけられた。
「ぐわぁっ!?」
肺から空気が押し出され、俺の口から到底プロデューサーとは思えない、蛙が潰れたような情けない悲鳴が漏れる。
そのまま前方の床へダイブしかけたものの、そこは長年パシリとして鍛え上げられた体幹と、兄としての悲しき防衛本能だった。
俺は咄嗟に足を踏ん張り、背中にしがみついてきた燐羽の太ももの裏に手を回して、なんとかその場に持ち堪えることに成功する。 - 110二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:04:59
「……お前、いきなり何やって――」
「ち、ちがっ……! これは違うのよ! ちょっと勢い余ったというか、その!」
背中越しに響く燐羽の声は、いつもの冷ややかさなど微塵もなく、完全に裏返っていた。
俺の背中に顔を押し付けているせいで燐羽がどんな表情をしているかは見えない。
だが、密着した体から伝わってくる尋常ではない心拍数と、衣服を握りしめる小刻みに震える指先が、燐羽の精神のキャパシティがすでに限界を突破していることを雄弁に物語っている。 - 111二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:06:00
普段は「お兄ちゃん、これ買ってきて」と息をするように尊大に呼びつけるくせに、いざ花海姉妹のような物理的なスキンシップを自ら実行してみた結果、己の行動のあまりの恥ずかしさに耐えきれなくなって自滅したらしい。
不器用すぎる暴君の空回りっぷりに、俺は呆れを通り越して深く息を吐き出した。 - 112二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:07:49
「あのなぁ。お前がパシリの耐久テストをしたいのは勝手だが、少しは場所と勢いを考えろ。もし俺が受け止め損ねていたら、二人揃って保健室送りだったんだぞ」
「う、うるさいわね……! パシリのくせに生意気に説教しないで。アンタは黙って、私を落とさないようにしっかり支えていればいいの!」
精一杯の強がりを口にしているものの、俺の背中をポカポカと叩くその拳にはまったく力がこもっていない。
それどころか、羞恥心から逃避するように俺の背中へぎゅっと顔を埋めてコアラのようにさらに強くしがみついてくる始末だ。 - 113二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:09:09
夕暮れの陽射しが長く伸びる渡り廊下。
完全に顔を真っ赤に染めているであろう妹を背負ったまま、俺はやれやれと首を振る。
だが、背中に張り付く不器用な温もりと、絶対に自分を落とさないと信じ切って体重を預けてくる妹の存在を、俺は決して満更でもない気持ちで受け止めていた。 - 114二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:10:41
――しかし、そんな呆れつつも穏やかな兄妹の時間は予期せぬ闖入者たちによって無惨にも打ち砕かれることになる。
「……へえ」
静かな空間に、冷ややかで面白がるような声が響き渡った。
声のした方へ視線を向けるとそこには手毬と美鈴が連れ立って立っていた。
二人の視線は俺の顔ではなく、俺の背中にコアラのようにしがみついているSyngUp!のリーダーへと真っ直ぐに突き刺さっている。 - 115二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:11:48
その瞬間、俺の背中に密着していた柔らかな温もりが文字通り石のように硬直するのがわかった。
「っ……!? ち、違う……! これは、その……!」
完璧なアイドルとしての威厳が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
燐羽は弾かれたように俺の背中から飛び降り、慌てて距離を取る。
しかし、乱れた衣服と極限まで朱に染まった顔面がいかなる言い訳も無力化していた。 - 116二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:13:04
手毬は、普段燐羽から浴びせられている正論をそっくりそのまま返すように薄く笑みを浮かべて言い放つ。
「へえ、燐羽って学園内でもプロデューサーに甘えるほどのお兄ちゃんっ子だったんだ。まるで、大好きな飼い主に全力で甘える子犬みたい」
「だ、誰が子犬よ! これはただのポンコツ兄貴の耐久値の抜き打ちチェックで、決して甘えてるわけじゃ……!」
早口で捲し立てる燐羽だが、その声は悲痛なまでに震えていて説得力は皆無だ。
しかし、燐羽にとっての本当の地獄はここからだった。 - 117二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:14:27
「ふふっ。りんちゃんは、本当にお兄さんのことが大好きなんですね」
隣に立つ美鈴が慈愛に満ちた完璧な笑顔で致命的な追撃を放つ。
「いつもわたしたちには『アイドルたるもの隙を見せるな』って厳しいのに、お兄さんの前だとあんなに無防備になっちゃうなんて。……ええ、とっても可愛らしいです」
一切の悪意を持たない、完全な善意と微笑み。
だからこそ、それは不器用な暴君の薄っぺらいプライドを粉砕するには十分すぎる、最も回避困難な言葉の刃だった。 - 118二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:15:31
必死に弁明を重ねるものの、手毬の面白がるような視線と、美鈴の生温かい微笑みの前ではもはや何を言っても逆効果だった。
完全にキャパシティを超え、今にも泣き出しそうになっている不器用な妹を見かねて、俺はたまらず二人の前へと進み出た。
「……そのへんにしてやってくれ。こいつは最近、レッスンを頑張りすぎてるんだ。疲労が溜まって、少し頭が回ってないだけだから」
兄としての、そしてプロデューサーとしての精一杯のフォローだった。
だが、その言葉を口にした直後、俺は自身の致命的なミスに気付く。 - 119二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:16:40
「へえ……。なるほど、疲れて甘えん坊になっている妹を、優しいお兄ちゃんが必死に庇ってあげているわけね」
「りんちゃん、お疲れなんですね。後でわたしたちからも、たっぷり甘やかしてあげます」
庇ったつもりが、完全に『疲れて甘えん坊になっている事実』を全肯定する形になってしまった。
手毬と美鈴の視線はもはや隠す気もないほどに優しく、そして底意地が悪い。
羞恥心と居たたまれなさがついに臨界点を突破した燐羽はわななく両手で自身の顔を覆った後――一切の躊躇なく、俺の背中を全力で殴りつけた。 - 120二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:17:51
「痛っ!?」
「誰が頭回ってないよ! 誰が甘えん坊よ! パシリのくせに余計なフォローばっかりして……本当に最悪!!」
真っ赤な顔に涙を浮かべて燐羽は俺を力一杯睨みつける。
そして、逃げ場のない羞恥心と不器用すぎる愛情をすべてひとつの言葉に込めて、夕暮れの渡り廊下に響き渡る声で叫んだ。 - 121二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 20:19:01
「アンタなんて知らない! 余計なこと言ってんじゃないわよ、このおばか!!」
痛烈な捨て台詞と共に、我が妹は脱兎のごとく廊下の奥へと走り去っていく。
残された俺は、殴られた背中の痛みに顔をしかめながら、その小さくなっていく背中を見送ることしかできなかった。
「……愛されてますね、お兄さん」という美鈴のトドメの言葉に、俺はもう否定する気力すら湧かず、ただ夕暮れの空に向かって深く、どうしようもない溜め息を吐き出すのだった。
五作目終わり。 多分今日の更新はこれで最後です。 - 122二次元好きの匿名さん26/06/13(土) 22:39:10
甘えたがりんは可愛すぎ
- 123二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 03:05:23
Pに隠し事の気配を感じるが直接聞くとはぐらかされそうなので遠回しに聞いたり手毬や美鈴経由で探ろうとするも成果なし
こっそりPの私物を探るとプロデュース科への報告書からSyngUp!解散前から厄介ファンだった人物による新たな嫌がらせへの対処(解決済み)の記録が見つかる
自分達のための気遣いを隠し通そうとするPに優しくおばかと言って差し上げるような燐羽様のストーリーが見てみたいです - 124二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 09:52:29
- 125二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 13:54:50
ほしっ
- 126二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 20:10:29
保守
- 127二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:05:49
>>100 いきます。
休日前の深夜。
リビングの照明は落とされ、大型テレビの放つ青白い光だけが室内を薄暗く照らし出していた。
画面の向こうでは、現在大ヒット中だというホラー映画がクライマックスを迎えている。
- 128二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:06:49
不気味なノイズと共にポルターガイスト現象によって家具が宙を舞い、血まみれの怨霊が這い寄ってくる最恐のシーン。
スピーカーから響き渡る主人公の絶叫に、俺はソファの端で思わず身を固くした。
だが、隣に座る我が妹燐羽はひどく涼しい顔でティーカップを傾けていた。 - 129二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:08:03
「……非論理的ね。霊体がこれほどの物理干渉を引き起こすなら、それに伴うエネルギー保存の法則が完全に破綻しているわ。大体、どうしてこの主人公はわざわざひとりで真っ暗な地下室へ降りていくの? 愚かとしか言いようがないわね」
悲鳴が飛び交う画面を真っ直ぐに見つめながら、燐羽の口から飛び出すのはホラー映画の根本を覆すようなマジレスの連発だった。
完璧なアイドルにして、俺を顎で使う不遜な妹。
その強靭すぎるメンタルに人並みにホラー映画で肝を冷やしていた俺は呆れると同時に妙な感心を覚えていた。 - 130二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:09:17
「お前、こういうの本当に平気なんだな」
「当たり前でしょ。所詮は作られたフィクションよ。こんなものでいちいち怯えるなんて、パシリのアンタくらいなものね」
ふん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らして燐羽は優雅に最後の紅茶を飲み干す。
やがてエンドロールが流れ始め、凄惨な物語は幕を閉じた。
「さて、いい時間だし私はもう寝るわ。明日の朝食はフレンチトーストがいいから、ちゃんと早起きして準備しておくことね。おやすみ」 - 131二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:10:43
一切の隙を見せないまま燐羽はソファから立ち上がり、自室へと向かっていく。
「はいはい、おやすみ」
俺は薄暗いリビングにひとり残され、まだ少しだけ高鳴っている心拍を落ち着かせながらテレビの電源を落とした。
まさかこの数十分後、あの威風堂々とした王女様の姿が跡形もなく崩れ去ることになるとは、この時の俺は知る由もなかった。 - 132二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:11:52
自室のベッドに横たわりスマートフォンの画面を眺めていた。
デジタル時計の数字はすでに午前二時を回っている。
リビングでのホラー映画の興奮も冷め、そろそろ眠気が限界を迎えようとしていた、その時だった。 - 133二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:13:27
コン、コン。
静まり返った家の中に、いつになく控えめで、どこか躊躇いがちなノックの音が響いた。
この時間に部屋を訪ねてくる人物などひとりしかいない。
俺は怪訝に思いながらもベッドから這い出しドアのノブを回した。 - 134二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:14:47
「……燐羽?」
開いた扉の先に立っていたのは案の定燐羽だった。
だが、その姿はリビングでの優雅な王女とは程遠いものだった。
普段から愛用している大きめの枕を両手でしっかりと抱きしめてお気に入りの毛布をずるずると引きずっている。
前髪の間から覗く青い瞳は心なしか潤んでおり、その顔には明らかな動揺が浮かんでいた。 - 135二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:15:50
けれど俺と目が合った瞬間、燐羽はハッと我に返ったように顎を引き、いつもの傲慢な態度を取り繕ってみせた。
「……アンタ、さっきの映画で相当ビビってたでしょ。情けなく震えて眠れないポンコツ兄貴の様子を、わざわざ監視しに来てあげたのよ。感謝しなさい」
早口で捲し立てられた、あまりにも苦しすぎる言い訳。
本人は完璧に強がれているつもりなのだろう。
だが、長年燐羽の傍にいる俺の目を欺くことなどできるはずがなかった。 - 136二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:17:09
胸元で枕を抱きしめる燐羽の細い指先は白くなるほどに力が入っており、小刻みに震えている。
自室のベッドに入り、部屋が暗くなった途端、先ほどの映画の凄惨なシーンがフラッシュバックして眠れなくなったのだということは一目見れば一瞬で気付くことができた。
ひとりで暗闇と恐怖に耐えきれなくなり、最終的に兄の温もりを求めてここまでやってきたのだろう。 - 137二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:18:34
頭ではそんな妹の不器用なプライドをからかってやりたいという意地悪な気持ちも少しだけ湧いた。
だが、必死に涙目を堪えながら必死に「お兄ちゃん」としての俺の存在を必要としている妹の姿を見てしまうと、これ以上意地を張る気にはなれなかった。
俺は小さく息を吐き出すと、燐羽の薄っぺらいプライドを傷つけるような野暮な真似は封印することにした。
長年パシリを務めてきた兄としてのささやかな温情である。 - 138二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:20:08
「……ああ、実はそうなんだ。お前が自室に戻った後から、なんだか急にあの映画が怖くなって眠れなかった。朝まで監視してくれるなら、すごく助かる」
あえて燐羽の苦しい嘘に全面降伏の形で乗っかってやると、強張っていた燐羽の肩からふっと安堵したように力が抜けるのがわかった。
「……ふん。やっぱり、ポンコツ兄貴は私がいないとダメね。仕方ないから、特別に朝まで隣で見張っててあげるわ」 - 139二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:22:02
満足げに鼻を鳴らすと燐羽は当然のような顔をして部屋へと上がり込み、一直線に俺のベッドへと向かっていく。
そして、抱えてきた愛用の枕と毛布を定位置にセットし、そそくさと布団の中へと潜り込んだ。
やれやれと首を振りながら、俺も燐羽の隣へと身を横たえる。
「電気、消すぞ」
「ええ。さっさと寝なさい」 - 140二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:23:36
手元のスイッチを切ると、部屋は完全な暗闇と静寂に包まれた。
だが、光が失われた途端、燐羽の呼吸が微かに浅くなったのが隣から伝わってくる。
視界が塞がれたことで、先ほどの凄惨なホラー映画の記憶が鮮明にフラッシュバックしてしまったのだろう。
ベッドシーツの擦れる音さえも恐ろしいのか、隣で横たわる燐羽の体は文字通り石のように不自然に硬直していた。
そんな妹の様子に気付きつつも、俺はあえて口を出さず、ただ静かに目を閉じていた。 - 141二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:24:45
どれほどの時間が経っただろうか。
重い沈黙が部屋を満たしていたその時、不意に窓の外で冷たい夜風が吹き荒れ、ガタッ! と窓ガラスが大きく揺れる音が鳴った。
「ひっ……!」
暗闇の中で、小さく、けれど切実な悲鳴が上がる。
直後、俺の胸元のあたりに凄まじい勢いで何かが衝突してギュッと強くしがみついてきた。 - 142二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:26:06
それは恐怖の限界を迎えてパニックに陥り、なりふり構わず兄の温もりへと飛びついてきた燐羽の震える体だった。
俺のパジャマの生地を力一杯握りしめる燐羽の指先はやけに冷たくて、そしてどうしようもなく不器用な必死さに満ちていた。
俺は驚いたふりも、からかうような真似も一切しなかった。
ただ静かに腕を回して俺の胸に顔を押し付けて震える妹の背中を、一定のリズムで優しく叩き始める。 - 143二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:27:42
「……大丈夫だ。俺がいるぞ」
暗闇と恐怖に怯える幼い子どもをあやすような、低くて穏やかな声。
俺の一定の心音と背中を叩く手のひらの温もりに包まれるうちに、燐羽の体から少しずつ強張りが抜けていくのがわかった。 - 144二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:29:01
だが、恐怖が和らぐと同時に、燐羽の賢い頭脳はひとつの恥ずかしい真実に気付いてしまったはずだ。
最初から、自分の見え透いた強がりなどすべて見透かされていたという事実に。
そして、わざと騙されたふりをして、こうして自分を甘やかしてくれた兄の不器用な優しさに。 - 145二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:30:57
素直に「怖いから一緒にいて」と言えなかった自分と、それすらも丸ごと包み込んでくれた俺に対する、居たたまれないほどの照れ隠し。
燐羽は俺のパジャマの胸元にさらに深く顔を埋めると、真っ赤に染まった顔を隠すようにして、か細くくぐもった声で呟いた。
「……全部わかってるくせに、変に気を使わないで。……おばか」 - 146二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 22:32:05
それは文句の形を借りた燐羽なりの、最大限の甘えだった。
「はいはい。悪かったよ」
悪態をつきながらも、俺の服を握りしめるその細い腕の力は決して緩めようとはしない。
そんな不器用でどうしようもなく愛おしい妹の体温を腕の中に感じながら、俺は静かな安堵と共に、深く穏やかな眠りへと落ちていくのだった。
六作目終わり。 - 147二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:17:15
書いてくれてありがとうございます!よわよわりんちゃんもとってもかわち
- 148二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:42:46
>>123 いきます。
放課後のレッスンルーム。
鏡張りの室内には心地よい疲労と微かな熱気が漂っていた。
休憩に入り、手毬と美鈴がそれぞれ水分補給やストレッチに勤しむ中、俺は部屋の隅のパイプ椅子に腰掛けてスマートフォンの画面と睨めっこを続けていた。
- 149二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:44:50
「……随分と熱心に画面を見つめているじゃない。ポンコツプロデューサーの分際で、仕事中に女の子と連絡でも取ってるわけ?」
不意に頭上から降ってきたのは温度を感じさせない冷ややかな声だった。
顔を上げると、タオルを首にかけた燐羽が腕を組んでこちらを見下ろしている。 - 150二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:46:37
「人聞きの悪いことを言うな。今後のレッスンスケジュールの調整と、関係各所へのメール返信だ」
俺はスマートフォンを自然な動作でポケットにしまい、完璧なプロデューサーとしての、そして余裕のある兄としての笑みを浮かべてみせた。
「少し見ない間に目元に隈ができてるわよ。夜遊びでもしてるんじゃないでしょうね」
「お前たちの最高のステージを作るために、少し夜更かししただけだ。もしかして心配してくれるのか?」
「……っ、誰がアンタなんかの心配を……! 自分の体調管理もできないポンコツじゃ、私たちのプロデュースなんて任せられないって言ってるだけよ」 - 151二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:49:40
燐羽はわずかに言葉を詰まらせた後、ふいと視線を逸らして自席へと戻っていった。
表面上はいつもの他愛のないやり取りだ。
俺はうまく誤魔化せた安堵と共に、再び手元の厄介な業務へと密かに意識を戻した。 - 152二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:50:57
☆
――あのポンコツは、私がまんまと誤魔化されたと本気で思っているらしい。
パイプ椅子に座りながら、私は内心で呆れと苛立ちを噛み殺していた。
目元の僅かな疲労の色。
ここ数日、やけに頻繁にスマートフォンの通知を気にしている微細な所作。
長年アイツを専属パシリとして使っている私からそんな隠し事を誤魔化し通せるはずがない。 - 153二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:52:16
スケジュール調整で忙しいだなんて、見え透いた嘘だ。
アイツはどんなに激務であろうと私の前では絶対に疲労を表に出さない。
それなのに、あんな警戒するような手つきで画面を隠すなんて異常事態以外の何物でもない。 - 154二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:54:41
真正面から問い詰めたところで、あの不器用で傲慢な兄貴は適当な理由をつけて絶対に本当のことを口にしないだろう。
昔からそうだ。
自分ひとりで泥を被り、涼しい顔で「隠し事なんてない」と笑って見せるに決まっている。 - 155二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:56:02
直接聞くのは悪手だ。
ならば、別の角度から堀り崩すしかない。 - 156二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:57:11
私の視線は部屋の奥でスポーツドリンクを飲んでいる手毬と床に座り込んでうとうとしている美鈴へと向かった。
私が動くと警戒される。
なら、あの二人を動かしてボロを出させるまでだ。
完璧な防御網を敷いているつもりの兄貴をよそに、私は秘密を暴くための密かな捜査計画を静かに始動させた。 - 157二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:58:54
翌日の放課後。
私は早速、二人の捜査官を現場へと派遣した。 - 158二次元好きの匿名さん26/06/14(日) 23:59:57
まずは手毬。
物陰から様子を窺っていると、手毬は腕を組んでアイツの前に立ち塞がり、不自然なほど大仰な態度で切り出した。
「……プロデューサー、……何か私生活でトラブルでも抱えてるんですか?」
……バカなの?
遠回しに探れとあれほど言ったのに、あんな直球を投げてどうするのよ。 - 159二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:01:31
案の定、アイツは一切の動揺を見せることなく涼しい顔で手毬の言葉を躱してみせた。
「急にどうした? 手毬こそ、体重管理のストレスで変な夢でも見たんじゃないか? 無理な減量はパフォーマンスに響くぞ」
「なっ……! 私は別に、プロデューサーを心配して言ったわけじゃ……」
痛いところを突かれたのか、手毬は顔を赤くして言葉を詰まらせてあっさりと撃沈した。
まったく、使い物にならないわね。 - 160二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:02:43
続いては美鈴の出番だ。
美鈴は特有のふわふわとした足取りでアイツに近付くと、甘えるようにその袖を軽く引っ張った。
「お兄さん。何か隠してることがあるなら、わたしにだけこっそりと教えてくれませんか?」
持ち前の母性で絡めとる作戦。
方向性としては悪くはない。
だが、相手は長年私の専属パシリとして理不尽に耐え抜いてきた、無駄に鉄壁な男だ。 - 161二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:04:38
「隠し事なんてないさ。いつも通り、お前たちが一番輝けるステージのことだけを考えてるよ」
アイツが微塵の嘘も感じさせない声で美鈴の頭を撫でると、美鈴は「えへへ……お兄さんの手、温かいです」とだらしなく頬を緩ませてそのまま完全に任務を忘却してしまった。 - 162二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:05:39
……信じられない。
どいつもこいつも、少し頭を撫でられただけでこれなんだから。
結局、メンバーを経由した捜査は完全に徒労に終わった。
アイツの防壁は思いのほか高く、これ以上、兄貴の隠し事に気付かないふりをしてやり過ごすなんて私のプライドが許さなかった。 - 163二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:06:43
苛立ちばかりが募っていく中、数日後の昼休み、ついに好機が訪れた。
アイツが急な会議で席を外し、誰もいないレッスンルームに使い込まれた黒い仕事用の鞄がポツンと残されたのだ。
私はゆっくりと、その鞄へと近付いた。 - 164二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:08:06
「(別に、やましいことなんてないわ。主が専属パシリの持ち物を検閲するなんて、ごく自然な権利行使に過ぎないもの)」
我ながらひどく苦しい言い訳を心の中で反芻しながら、誰にも見られていないことを確認して静かにその鞄の留め具へと手を伸ばした。
鞄の口を開き、整然と並べられた資料の中に手を差し入れる。
その中で、ひとつの分厚いクリアファイルが指先に触れた。
表紙に印字された『トラブル報告書および対処完了通知』という仰々しいタイトルが私の視線を強く引き付ける。 - 165二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:10:09
プロデュース科へ提出する直前のものだろう。
躊躇いを捨ててページをめくった私の目は、そこに記載されていた報告内容に釘付けになった。 - 166二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:11:39
瞬時に顔から血の気が引いていくのがわかる。
書類に記されていたのは、かつてSyngUp!が解散の危機に瀕していた時期に、執拗な粘着行為を繰り返していた悪質な厄介ファンの名前だった。
そいつが最近になって再び不穏な動きを見せ、私たちへの接触を試みようとしていたという事実が淡々とした文面で綴られている。 - 167二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:13:02
しかし、私が本当に言葉を失ったのはその先だった。
法的機関への相談記録。
学園の警備部門との連携。
対象者に対する接近禁止措置の通達と、その後の監視体制。 - 168二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:14:19
私たちがのんきにレッスンに励み、アイツをパシリにして笑い合っていたこの数週間の裏で、アイツはたったひとりで水面下の対応に奔走していたのだ。
報告書の末尾には、兄貴のサインと共に「本件は解決済みとする」という冷徹な一文が添えられていた。
目元の隈。
やけに頻繁に気にしていたスマートフォンの通知。
点と点が繋がり、すべての真相に気付いてしまった私の胸をどうしようもない痛みが締め付ける。 - 169二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:15:30
「……隠し事なんてない、だなんて。本当によく言うわ」
怒りなんて、もう微塵も湧いてこなかった。
私たちには一切の不安を与えず、ただステージの上で輝くことだけを考えさせようとする、傲慢なまでの徹底した庇護。 - 170二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:16:51
自分ひとりで泥を被り、私たちがいる光の当たる場所からは決して見えない暗がりで、誰にも気付かれることなく孤独な戦いを完遂してみせた不器用な男。
手にした報告書が、微かに震えていた。
私は、お兄ちゃんの底知れぬ献身と優しさに守られていた日常の重さを、ただ立ち尽くしたまま痛いほどに噛み締めていた。 - 171二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:18:11
☆
会議を終えてレッスンルームの扉を開けると、そこには分厚いクリアファイルを手に立ち尽くす燐羽の姿があった。
その表紙に印字されたタイトルを見た瞬間、俺はすべてを悟った。
三人に一切の不安を与えまいと水面下で処理し、完璧に隠し通していたはずの泥臭い記録が、最も知られたくない相手に露見してしまったらしい。 - 172二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:19:17
「……勝手に見て、悪かったわね」
顔を伏せたまま、燐羽がぽつりと呟く。
いつものように「隠し事をするなんて万死に値するわ」と怒鳴り散らされる覚悟を決めていた俺は、その弱々しい声に不意を突かれた。 - 173二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:20:23
「いや……隠し通せなかった俺も、プロデューサー失格だな」
自嘲気味に笑いながら、俺はゆっくりと燐羽に近付いた。
怒られるなら甘んじて受けよう。
そう思って立ち止まった俺に対し、燐羽は理不尽に胸ぐらを掴むことも、冷たい言葉の刃を突き立てることもしなかった。 - 174二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:21:23
燐羽は静かに一歩を踏み出して、こつんと俺の胸元にそっと額を押し当ててきた。
「どうして、自分ひとりで抱え込もうとするのよ」
胸元から響く声は微かに震えていた。
「私たちを守るのがアンタの仕事だとしても……アンタが削れていくのを見ている方が、よっぽど辛いのに」 - 175二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:22:26
そのまま、燐羽の細い腕が俺の背中にそっと回される。
いつもの絶対零度の怒りとは正反対の、どうしようもなく甘くて、張り裂けそうなほどの愛おしさと申し訳なさが入り混じった不器用な抱擁だった。
「次からは、ちゃんと私たちも頼りなさい。……ひとりで全部背負い込もうとするなんて、本当に……おばか」 - 176二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:24:05
俺のシャツをきゅっと握り締めながら放たれたその言葉は今まで聞いたどんな罵倒よりも優しく、俺の胸の奥を締め付けた。
三人に不安を与えまいとひとりで立ち向かったつもりが、結果的に一番近くにいるこの不器用な妹を悲しませてしまっていた。
自身の傲慢なまでの庇護欲を痛感し、俺は小さく息を吐き出した。 - 177二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 00:27:10
「ああ……悪かった。次からは気を付けるよ」
燐羽の不器用で優しすぎる言葉と、胸に伝わる確かな温もりを真っ向から受け止めながら。
俺は静かに微笑み、震える妹の細い背中へとゆっくり腕を回すのだった。
七話目終わり。
リクエスト、受けられて後ひとつくらいですかね?
何か書いてほしいシチュがあった場合先着ひとつだけ書きます。 - 178二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 03:13:56
仕事の都合で手毬(or美鈴)と2人で出張することになって最初は強気に行ってらっしゃいと見送るものの、時間が経つにつれて焦燥感を募らせて電話を掛けたりして、帰ってくる頃には妙に素直になって手毬(or美鈴)に煽られる感じのストーリーが見て見たいです。
- 179二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 10:29:07
保守
- 180二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 18:16:08
保守
- 181二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:19:27
- 182二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:21:06
「ふん。ポンコツ兄貴が一日いなくなるくらい、我が家が清々して丁度良いわ。せいぜい向こうで足手まといにならないことね」
わざわざ見送りに来ておきながら、放たれる言葉は相変わらずの絶対零度だ。
燐羽は俺を一瞥した後、隣でキャリーケースを握りしめている手毬へと視線を向けた。
「手毬。このおばかが向こうで粗相をしないように、アンタがしっかり監視しておきなさい」
「なっ……! べ、別に私が監視役なんてしなくても……っ!」 - 183二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:24:19
急に話を振られた手毬は、顔をサッと赤らめて勢いよくそっぽを向いた。
「だいたい、プロデューサーなんだから自分の身の回りくらいひとりでどうにかしてよね。わ、私が世話を焼く筋合いなんてないし……。ただでさえ二人きりなんだから、変に気を使わせないで」
口ではツンケンしたことを言いながらも、手毬は不安と緊張を誤魔化すようにキャリーケースの持ち手をぎゅっと強く握り直している。
慣れない二人きりの遠征に対するドギマギとした感情が、その不器用で素直になれない態度からこれでもかと溢れ出ていた。 - 184二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:28:35
「はいはい。手毬には迷惑かけないように気を付けるよ。燐羽も、留守番頼んだぞ」
「言われるまでもないわ。……さっさと行ってきなさい」
俺が苦笑交じりに応えると、燐羽は最後まで堂々とした態度で顎をしゃくり、俺たちの背中を見送った。
完璧な絶対君主の振る舞い。俺はいつもと変わらないその姿に安心して留守を任せ、手毬と共に改札の奥へと歩を進めた。 - 185二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:31:00
その日の夜。
出張先のホテルでの仕事を終え、俺の部屋で手毬と翌日のスケジュール確認をしていた時のことだった。
テーブルを挟んで向かい側に座る手毬はさっきから妙に落ち着きがない。
視線をあちこちに泳がせながら、先ほどコンビニで買ってきたペットボトルのお茶を不自然なほど強く握りしめている。 - 186二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:32:27
「……プロデューサー。このお茶……どっちが私のだっけ」
「え? ああ、ラベルが同じだからわからなくなったな。どっちでもいいぞ」
「ど、どっちでもいいって……っ! 万が一、私が口をつけた方だったらどうする気?! か、間接キスじゃ……! べ、別に私が意識してるわけじゃないけどっ、アイドルとしてそういうのは……!」
顔を真っ赤にして早口で捲し立てる手毬。
相変わらずの不器用で素直になれない態度に俺が苦笑して返事をしようとしたその時――ポケットのスマートフォンがけたたましく振動した。
画面に表示された名前は『燐羽』。
俺は手毬を手で軽く制して通話ボタンを押した。 - 187二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:33:45
「もしもし、燐羽か? どうし――」
『ちょっと。明日の朝食用のイチゴジャムが切れてるんだけど。今すぐ買ってきなさい』
耳元に届いたのは、いつもの尊大さを保とうとしつつもどこか心細さを孕んだ静かな声だった。
「いや、今からって……俺は今、地方に出張中だぞ。家から何百キロ離れてると思ってるんだ」
『……パシリのくせに口答えしないで。アンタがいないせいで、家の中が無駄に静かで……なんか、すごく調子が狂うのよ。いいから、ジャムくらい走って買ってきなさい』
無茶苦茶な理不尽だ。
だが、長年燐羽の世話をしてきた俺の耳は、落ち着いた口調の裏で息遣いが微かに震えているのを確かに捉えていた。
ひとりの夜を優雅に満喫するはずが、俺がいない静かすぎる家に耐えきれなくなり、寂しさと不安を募らせた末の限界ギリギリの八つ当たりだった。 - 188二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:35:23
「わかったわかった。明日の帰り道で一番高いジャムを買っていくから。今日はもう鍵をかけて――」
俺が宥めようとしたその瞬間、横から手毬の不満げな声が割り込んできた。
「プロデューサー! 電話なんかしてないで早くどっちのお茶か選んで! わ、私が先に口をつけた方だったら、間接キスだったら……絶対に許さないんだから……っ!」
……しまった。
電話越しに今のやり取りが完全に筒抜けになっていた。
スピーカーの向こう側で燐羽が息を呑む気配がした。 - 189二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:36:58
『…………アンタ、手毬と一緒の部屋にいるの? しかも、間接キスがどうとか……』
「いや、これは明日の打ち合わせで――」
『最低! 妹をひとりで……っ、留守番させておいて、自分は呑気に手毬とイチャイチャしてるなんて!』
完全に誤解が臨界点を突破したらしい。
弁明する間も与えられず、電話越しに燐羽の悲痛な叫びが響き渡った。
『さっさと仕事終わらせて、明日は一秒でも早く帰ってきなさい! このおばか!!』
ツーツー、という無機質な電子音だけが残される。
俺は画面が暗くなったスマートフォンを見つめながら、明日の帰宅時に待ち受けているであろう我が家の王女の大激怒を想像して深々とため息を吐くしかなかった。 - 190二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:38:04
翌日の夕方。
すべての出張日程を終えた俺たちは、荷物の整理やお土産を渡すという名目で手毬を連れて我が家へと帰宅した。
しかし、玄関の扉を開ける俺の足取りは鉛のように重かった。
昨晩の電話の様子からして大激怒した燐羽が待ち構えているに違いない。
「遅いじゃないポンコツ!」と怒鳴られながら胸ぐらを掴まれるか、あるいはすねを蹴り飛ばされるか。
最悪の事態を覚悟して俺は恐る恐るリビングの先へと足を踏み入れた。 - 191二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:39:14
「……あ」
ソファに座っていた燐羽が俺たちの姿を認めて弾かれたように立ち上がる。
俺は咄嗟に身構えた。
だが、燐羽からいつもの冷ややかな怒声が飛んでくることはなかった。
俺の顔を見た瞬間、燐羽の青い瞳はじわりと涙で潤み、完全に毒気を抜かれたようなどうしようもなく安心したような表情へと変わる。
「燐羽、ただい――」
俺の言葉が終わるより早く、燐羽はパタパタと小走りでこちらへと駆け寄ってくる。
そして、怒りに任せて殴りかかってくる代わりに、無言で俺のシャツの袖をきゅっと強く握り締めた。 - 192二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:41:17
「……遅い」
俯いたまま紡がれたのは消え入りそうなほど小さな声だった。
強がる気力すらも尽き果ててしまったのか、ただひたすらに俺の帰還を待ちわびていた素直な妹の姿がそこにあった。
そのあまりにも意外な光景に俺が目を白黒させていると。
「……なんだ。ずいぶんと可愛い顔でのお出迎えだね」
隣から手毬の少し上ずった声が降ってきた。
見ると、手毬は腕を組みながら不自然なほど胸を張って燐羽を見下ろしていた。
ただその耳の先がほんのりと赤いことから、手毬なりの照れ隠しであることは明白だ。 - 193二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:43:41
出張先でのドギマギした感情や、電話越しに聞かれた気まずさを誤魔化すように手毬は不器用に煽りを入れる。
「普段は偉そうにふんぞり返ってるくせに。プロデューサーが一日いないだけで、寂しくて泣きそうだったの? ほんと、見かけによらず子どもなんだから」
「なっ……!」
手毬のからかいに燐羽の肩がビクッと跳ねる。
普段の燐羽なら、間髪入れずに正論と罵倒の嵐で手毬を完膚なきまでに叩きのめしているはずだ。
しかし、今の燐羽には言い返す余裕すら残っていなかった。
図星を突かれた羞恥と、俺が帰ってきた安堵感で胸がいっぱいになっている燐羽は反論する言葉を見つけられず、ただ顔を真っ赤にして俺の背中へと逃げ込むように身を隠してしまった。 - 194二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:44:42
俺の背中にぎゅっとしがみつく燐羽の細い腕から、その微かな震えが伝わってくる。
これ以上手毬に煽られるのは可哀想だと思い、俺は苦笑しながら手毬の頭にポンと軽く手を置いた。
「手毬も、慣れない出張でお疲れ様。よく頑張ったな」
「なっ……! こ、子ども扱いしないで! 私は別に、頑張ったとかそういうんじゃ……っ」
頭を撫でられた手毬はボンッと音がしそうなほど顔を真っ赤にして後ずさった。
出張中の気まずさと、俺からの不意打ちの労いが完全にキャパシティを超えたらしい。
「と、とにかく! 私はもう帰るから! これお土産! じゃあね!」
手毬はキャリーケースを乱暴に引っ張ると、逃げるように玄関を飛び出していった。
バタン、と勢いよく扉が閉まり、家の中には再び静寂が訪れる。 - 195二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:46:34
俺の背中にしがみついたままの燐羽は手毬が帰った後も一向に離れようとしなかった。
服越しに伝わる温もりと、顔を押し付けられている背中の感触。
俺はゆっくりと振り返り、俯いたままの小さな頭にそっと手を伸ばした。
「寂しい思いをさせて、悪かったな」
優しく髪を撫でると燐羽の肩が静かに揺れた。
燐羽は俺のシャツの胸元にさらに深く顔を埋めると、真っ赤に染まった顔を隠すように、いじけるようにくぐもった声で呟いた。
「……別に、寂しくなんてなかったわよ」
「そうか?」
「そうよ。ただ……アンタがいないと、無駄に静かで調子が狂うだけ」 - 196二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:47:56
強がっているつもりなのだろうが、俺のシャツを握りしめる手の力はまったく緩んでいない。
むしろ、もうどこにも行かせないと言わんばかりに必死にしがみついている。
「……おばか」
俺の胸に顔をグリグリと押し付けたまま、燐羽は深い安堵と隠しきれない愛情を込めて甘く震える声でそう呟いた。
いつものような冷たい絶対零度の怒りではなく、どうしようもなく甘くて、不器用な響き。
その言葉の裏にある「寂しかった、もうどこにも行かないで」という本音を痛いほどに感じ取りながら俺は小さく息を吐き出した。 - 197二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:49:16
「はいはい。これからは、ずっと一緒だ」
不器用で優しすぎるその温もりを受け止めながら。
俺は静かに微笑み、震える妹の背中へとゆっくり腕を回す。
静まり返った部屋の中に、二人の穏やかな息遣いだけがいつまでも心地よく溶け合っていた。 - 198二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:50:59
これで終わりになります。
ここまでお付き合いありがとうございました。
また何か書きたくなったら似たようなスレタイでss書くと思うので見かけたらその時はまたよろしくお願いしますねー。 - 199二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 22:52:09
乙。楽しかったです。次回は手毬幼馴染み概念見たいナーなんて…おばかっていう燐羽可愛かったです!
- 200二次元好きの匿名さん26/06/15(月) 23:27:24
こういうテーマ一つ持ってキャラの可愛さ出していく話大好き!今後も応援してるぜ!