BitTorrent著作権侵害の損害賠償が認められた裁判例
「ソフトを削除したからもう関係ない」は通用しない──
東京簡易裁判所が、BitTorrent(ビットトレント)を使った動画の違法アップロードについて、権利者側の損害賠償請求を認めた判決(令和7年2月19日判決)を紹介します。
この事件には、BitTorrentによる著作権侵害をめぐってよく出される「反論」と、それがなぜ通らないのかが、コンパクトに表れています。発信者情報開示から損害賠償までの一連の流れを理解するうえでも参考になりますので、要点を解説します。
※ 被告は一個人であるため、本記事では氏名・住所等を伏せ、「被告」と表記します。
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1. どんな事件だったか
- 原告:アダルト動画の制作・販売を行う会社(著作権者)
- *被告:BitTorrent互換ソフトを利用していた個人
- 侵害行為:被告が、原告の動画ファイル(mp4)をBitTorrentを通じてアップロードし、ダウンロード可能な状態に置いた
タイムスタンプは令和4年11月14日午後6時07分20秒。原告は、ファイルに割り当てられたハッシュ値によってアップロードされた作品を特定したうえで、調査会社を通じてIPアドレスを調査し、プロバイダに対する発信者情報開示手続を経て、最終的に被告を特定しています。
原告が求めたのは、損害の一部である140万円及び遅延損害金(年3%)でした。
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2. 被告の反論──「プロバイダから連絡が来た時点で削除した」
被告は主に損害額の算定方法を争いました。ポイントは2つです。
1. 損害額の算定に使われているダウンロード回数は、トラッカーサイトからの引用にすぎず、推測の域を出ず根拠に乏しい
1. プロバイダから連絡が来た時点でトレントソフトを削除し、利用を停止したのだから、それ以降の期間まで「アップロード可能な期間」として損害額を算定するのは適当でない
直感的には「もうやめたんだから、やめた後の分まで責任を負うのはおかしい」という主張で、相手方からしばしば持ち出される論理です。
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「削除したから以降は対象外」という主張は認められない
被告が争った損害額について、裁判所は、
> プロバイダから連絡が来た時点でトレントソフトを削除し利用を停止したため、それ以降の期間をアップロード可能な期間であったとして損害額を算定するのは適当でない
という被告の主張について、本件全証拠によっても被告の主張する事実は認められないとして退けました。
この結論の背景には、原告側が示した次の論理があります。
- 共同不法行為(民法719条1項前段)の成立には、行為が同時に行われる必要はない
- BitTorrentでは、被告がアップロードしたピース(ファイルの断片)は確かにネットワーク上に存在しており、被告が自分の端末上のソフトやファイルを削除しただけでは、ネットワーク上に流通させた影響を除去しきったことにはならない
つまり、自分の手元から消しても、すでに「ばらまかれた」断片は他のユーザーの間で生き続けます。BitTorrentは、ダウンロードした者が同時にアップローダーになり、アップローダーが増殖していく仕組みであるからこそ、「やめたから終わり」とはならないわけです。
(3) 損害額・調査費用・弁護士費用
損害額の算定の考え方は次のとおりです。
|項目 |内容 |
|-------------|------------------------------------|
|ダウンロード販売価格 |980円 |
|ダウンロード回数の差分 |25,395回 − 19,604回 = 5,791回 |
|販売元が得られる比率 |52% |
|著作権侵害による損害 |980円 × 5,791回 × 52% = 295万1,093円|
|発信者特定のための調査費用|80万円(IP調査60万円+ISP開示手続20万円) |
|弁護士費用 |37万5,109円(本件と相当因果関係のある額として認定) |
発信者特定の調査費用については、判決は最高裁昭和48年6月7日判決を引きつつ、不法行為と相当因果関係のある範囲の損害として認められると整理しています。手続の専門性ゆえに権利者本人による調査が困難である以上、調査費用も侵害行為と相当因果関係のある損害だ、という考え方です。
これらを合計した実損害は140万円を大きく上回りますが、原告はあくまでその一部である140万円を請求していたため、裁判所はこれを全部認容しました。
なお原告は、仮に被告の主張(連絡が来た令和5年1月24日時点で止めた)を前提にしても、その時点でのダウンロード回数21,347回から試算すると損害合計は185万7,055円となり、140万円しか請求していない本件の正当性は明らかだ、とも主張していました。どちらの前提に立っても140万円は十分に下回る、という二段構えの組み立てです。
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4. この判決から学べること
権利者の側にとって
- 「削除した/利用をやめた」という反論は、BitTorrentの仕組み(ピースがネットワーク上に残り続ける/ダウンロード者が自動的にアップローダーになる)を踏まえて反論すれば崩せる
- 損害額は「価格 × ダウンロード回数の差分 × 販売元取得比率」で立論でき、調査費用・弁護士費用も相当因果関係のある損害として上乗せできる
- 一部請求の形にしておくことで、損害額の前提が多少動いても請求額が十分に支えられる「余裕」を確保できる
利用者(侵害してしまった側)にとって
- 「もうやめた」は、すでにネットワーク上に流通させた断片の影響を消すものではないため、損害論の決定打にはならない
- 発信者情報開示を経て特定された段階では、本体価格の何十倍・何百倍もの損害賠償が問題になり得る
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まとめ
BitTorrentによる著作権侵害は、「ダウンロードしただけ」では済まず、ダウンロードと同時にアップローダーになっているという仕組みそのものが責任の根拠になります。本判決は、「ソフトを消したから以降は関係ない」という直感的な反論が、共同不法行為とネットワークの実態の前では通らないことを、簡潔に示した一例といえます。


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