「じつは僕と妻は高校時代の同級生です」日本代表・森保一監督が明かした“結婚生活”「“パチンコ好き”だった」アマチュア選手を変えた妻の存在
森保一監督というと、マジメで優しそう――そんなイメージがある。だが、それだけでは世界で勝てない。5月28日発売の書籍『逆転監督 森保一』(著:木崎伸也)は、2年半以上の徹底取材と複数回の本人インタビューから、森保監督の“したたかな勝負師”としての顔に迫った一冊だ。発売1週間で3刷重版が決まり、早くも話題になっている。今回はその中から、森保監督の結婚生活のエピソードを紹介する。【全2回の前編/後編も公開中】 【貴重写真】「やんちゃそうな」高校時代~18歳の森保監督、貴重なマツダ時代&「筋肉がスゴい」20代の森保さんなどすべて見る(20枚超) ◆◆◆ 名君の陰に賢妻あり――。戦国時代の大名に関する格言だが、サッカー界の監督についても同じことが言えるだろう。 日本代表を率いる森保一も、この格言が当てはまるひとりだ。『ぽいち 森保一自伝』の中で、妻・由美子にこんな感謝の言葉を捧げている。 「高校時代といえば、今の自分を語る上でも避けて通れない人が一人いる。これは極めて個人的な話なのだが、やはり自分のこれまでの人生を振り返った時、絶対に欠かせない存在の人だけに、少しだけ触れさせてもらいたい。その人とは僕の妻のことである。実は僕と妻は高校時代の同級生なのだ。しかも、名字が同じ森保なのである。 (中略)妻にはさまざまな面でサポートしてもらいとても感謝している。この場を借りて、改めて感謝したい」 2人の出会いは長崎日大高校の特待生試験だった。森保がサッカー推薦だったのに対し、彼女は陸上推薦。県の100メートル記録を持っていただけでなく、容姿も端麗で、地元で有名な存在だった。入学後は同じクラスになり、高2の終わりに正式に付き合い始めた。そして1990年、マツダ入団4年目に結婚する。
「“ぽゆみちゃん”とマツダ同期で遊んだ」
森保が妻に救われたエピソードは挙げたら切りがないと思われるが、代表例は社会人1年目、森保がホームシックにかかったときに大阪から駆けつけてくれたことだろう。 1987年春、高校を卒業した森保はマツダに入団して広島に、彼女はホテルの仕事に就いて大阪に住み始めた。休日を利用して、たびたび広島に遊びに来てくれたという。 マツダ同期入団の利重忍(現在・広島市の飲食店「BAR GAJA」店主)は、よく一緒に遊んだメンバーのひとりだった。 「僕らは由美子さんのことを『ぽゆみちゃん』と呼んでいたんですよ。『ぽ』はもちろん『ぽいち』の頭文字です。ぽゆみちゃんは本当にしっかりしていて、森保を支えていた。彼女がいなかったら、ほんまに森保はどうなっていたかと思いますね(笑)。 ぽゆみちゃんが来ると、同期みんなで遊びに行くのが常でした。宮島の近くにあった遊園地やプールによく行きましたよ。 みんな運転が好きだったので、ドライブにもよく出かけました。呉の向こうに野呂山というところがあって、ワインディングロードの名所なんですよ」 ちなみに森保が車を買ったのは同期より少し遅かった。 「当然みんなマツダ車で、僕はローンを組んですぐに安い車種を買ったんですが、森保はしっかりお金を貯めてから黒のRX-7(スポーツカー)を買っていました。性格が出ますよね。 2年目に彼女が職場を広島空港近くのホテルに移したことで、2人は頻繁に会えるようになった。森保が呼び寄せたんです」 ◆ そして、20代の森保がパチンコをやめる後押しをしたのも彼女だったと言われている。 <続く>
(「誰も知らない森保一」木崎伸也 = 文)
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