[篤寛]灯った熱。・居酒屋あつや。・11[現パロ]
一旦距離を置こうとする寛といきなり腹括る篤のお話。いつまでもウジウジさせとくわけにもいかないので一思いに攻め込みました。
※今回恋愛要素しかないというほど恋愛要素濃いぃので苦手な方は避けて下さい。※
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日車は最近の日下部や仕事や自身に対する醜態さに嘆悔いていた。
この間も迷子になったばかりかご飯や風呂や寝床までお世話になってしまい、まして迎えに来させてしまったという迷惑極まりないことまでしている。
一人の人間、少なくとも大の大人がすることではない。
日車は自分にも他人にも厳しい為に、余計にそう思った。
そうとはいえ、仕事は相も変わらず依頼人のために身を粉にして親身になって働かなければならないし、そうすべきだと思っている。
それが日車の善性の一部であり、また部下からは性癖とさえ元上司に愚痴られている日車の日車たるところだ。
弱きを助けて強きをくじくではないが、人間の弱い部分を常に見つめてそれを愛しく思い、掬うのが自分の真の役目であり人生だと日車は本気で信じている。
だからもっと日下部と距離を置かねばと、全く勘違い甚だしく誰にも良い面がない決断をしてしまうその頑固さとも弱さとも呼べるそれを、日車は見て見ないふりをした。
よって暫くあの店には行っていない。
日下部と距離を置かねばどうにかなってしまいそうだった。
自分が自分でなくなり、どこまでも日下部の温かさに甘えてしまいそうだった。
だからこそ、日車はこれではいかんとあの店と距離を置いていたのだが、そのことでそろそろ精神的に悲鳴をあげそうである。
それにいち早く気づいたのが日車自身ではなく部下の清水だというのだから末期だ。
今夜にでも会いに行って土下座して謝るなりして和解してこいと、部下が上司の私生活に口を出すなどと言うことをさせてしまうまでになった。
もう逃げられない。
そう。日車は距離を置くといって実のところ日下部に対する自身の主に気持ちの問題から逃げている。
これは現在進行形だ。
しかしこれ以上は無理そうだと日車は仕方なく今夜あの店へ行くことを決意した。
ただ、このもやとした気持ちの正体をそのまま知らせるわけではないし、そもそも受け取ってもらおうなどとも思っていない。
この感情に蓋をして、鍵を閉めて鎖でぐるぐるに巻いて、心の中の海の奥深くに錨を下ろして沈めるくらいのことを考えている。
日車の選択肢に日下部と共に笑って過ごす未来がそれしかなかった。
日下部と感情のまま向き合うと、自分が自分でなくなってしまう気がしたのだ。
確かにこの想いは不治の病だと、部下の前でうっかりため息をついたらため息をつきたいのはこっちですよ! と叱られてしまう。
まあそんな訳で、今夜、日車は久方ぶりにあの店へ行くことにしたのだった。
裏路地を迷わぬように、日下部から教えてもらった目印に通りに進んでいくと、程なくして居酒屋あつやの暖簾が見えてきた。
暖簾をくぐってドアを開けると、パッと日下部が日車の方を見て、ホッとしたような顔をする。
そして相変わらずの笑顔に戻り、「日車さん! こっちこっち!」と以前の通りに席に通される。
いつもの席は今夜もポツリと空いていた。
自分が行かなかった間もこの席はずっと空白だったのだろうかなどと思うと、日車はかなり申し訳ない気持ちになる。
しかしそれを振り払い、「今夜は魚の気分だ」と真正面でにこにこ笑う日下部に伝えると、日下部の笑顔は一段と輝き、少なくとも日車には輝いて見えた、「はいよ! んじゃま、ビールと〜……はい、これ食べててね〜」といつものポテトサラダとビールを出され、そのことになんだか安心した。
(日下部さんはなんとも思っていない)
チクリと刺した胸の痛みはこの際無視だ。
いただきますをして、先ずはビールを流し込んでからポテトサラダを食べ始める。
今日の果物はなんだろうかと、いつもよりも甘さのあるポテトサラダを食べながら、日車は日下部の働く姿を見た。
背筋がしゃんと伸びていて、かつどっしりと地面を踏んでいるのが分かる。
すり足と良い地にひたりと着いた足と良い、師匠や先生と呼ばれていたし何か武道でもやっているのかと、日車は気になったが距離を縮めてはならないと自戒してお口チャックした。
日下部が他の客に愛想よく笑って料理を出し、また戻ってきて「今度はこれね」と目の前に何か茶色いものが乗った皿が置かれる。
食べてみればあん肝だった。
脂の乗った濃厚な味は冬ならではだろう。
(魚のレバーだな)
そんなことを思いながら、柚子の皮と一緒にあん肝を食べビールを飲んだ。
そうしてちょうど食べ終えた時、ことん、ことんと料理が置かれる。
「はいよ! 今夜はタラのムニエル! あ、ご飯と味噌汁がおかわり自由なのは変わらんからね」
「ありがとう。…日下部さん、…」
そこで日車は言葉を切った。
この間は迷惑をかけてすまなかった?
いや寧ろありがとうか?
それとも君のことが……いやいや違うだろう!
「どうした? 日車さん」
「あ、ああ。その、…今夜のポテトサラダは何が入っていたんだ?」
「ああ! 気づいてくれたのか! あれね、柿が入ってんですよ。美味かったでしょ? それとも口に合わなかった?」
「いや、美味かった」
「そりゃ良かった! それ食べ終わったらデザートもあるからね〜」
日車は日下部の背中を見送り、そっとため息を吐いた。
(なんとか誤魔化されてくれた……しかし……)
「難しいものだな」
日車が呟いたのを、日下部は知らず他の客を相手に料理を出して笑っている。
日車の唇がへの字に曲がり、眉間に皺が寄った。
気づかないままタラのムニエルを一口食べる。
バジルで臭みが取れていて、この時期だからか程よく脂が乗っていた。
しかしレモンによりそれほどくどくない。
美味いはずなのに、もやもやが取れずに日車はいかんいかんと頭を振った。
折角作ってくれた料理を美味しく食べないのは失礼に当たる。
今は料理に集中することにして、食べ進めたのだった。
ちょうど食べ終えた頃、日下部が顔を出して「どうでしたか?」とにこにこ聞いてくる。
罪な人だなどと柄にもないことを思いつつ、日車はなんということはないという顔を作って「美味かった」と答える。
しかし、日下部は日車の普段と違う、いや、暫く来なかったその前辺りから見せるようになった日車の様子が気になり、「不味かったですかね?」と眉尻を下げた。
まるで主人に叱られた犬みたいだと日車はなんだか可愛く思えてしまい、思わずフフ、と笑う。
それに日下部が情けない表情そのままに、「笑わないでくださいよ」などとがくりと肩を落とした。
これはまずいと流石に思った日車がなんとか日下部のご機嫌をとるべく話の水を向けると、段々と日下部も機嫌を直していつもの調子に戻ってくれる。
(あの顔を見て良いのは私だけだ)
そう思ってしまうのにそれを隠すからいけないのだと思うも、隠さなかったらもしかしたら店さえ来れなくなって二度と日下部に会えなくなるかもしれない。
だから、日車は気持ちに蓋をして沈める。
そして、まるでぬるま湯のように居心地の良い場所と相手を独り占め出来たらいいなと願いながら、出来ぬもどかしさに震えるような激情をまた隠すといった具合になるだろうと予測した。
全く不毛だと、日車はこっそりとまた本日何度目かのため息をつく。
そんな日車の気持ちを知ってか知らずか、知られたらもちろんまずいのだがそれはそれとして、日下部が一度奥へ引っ込んで何か持ってきた。
そういえばデザートがあると言っていた気がする。
なんだろうと日車がことんと置かれたガラスの皿を覗き込めば、オレンジ色と薄黄色のアイスだった。
「それ、熟れ過ぎた柿とレモンのシャーベット。食べてみてくださいよ」
「いただこう」
柿はあの突き出しのポテトサラダにも入っっていたと言っていたなと、日車は早速食べにかかる。
柿のシャーベットはもやもやを甘く包んで鎮めてくれて、レモンのシャーベットは心の澱を一掃して爽やかな気持ちにさせてくれた。
この勢いのまま告白したらなどと思うも、日車はそのシャーベットで結局は満足してしまう。
日下部は目を細めてそんな日車を見て、心の中である想いを抱いた。
それは日車と出会い付き合ううちにふわふわとはあったものの、それはどうよと待ったをかけていたもので、決まった形にしていなかった。
しかし、日車の体たらくを見て、もう放置は出来ないなと腹を括ったのである。
日下部はくしゃりと日車の頭を撫でて髪型を崩すと、カラリと笑って「不景気な面してっと俺みたいなやつに食べられちゃいますよよ」と言ってのけた。
それに日車は一瞬固まり、いや、一瞬どころか数秒動けなくなり、俯いたまま日下部が髪の毛をくしゃりと撫でるままにさせる。
「日下部さん、シャーベットのおかわりを貰えないだろうか」
「お安いことだ。だかな、逃げるのはよろしくないなぁ?」
「ッ、しかし」
「ま、取り敢えず、今度、店でも家の方でも良いから、あんたが来た時にあるものを渡すから、それまでに腹括れとまでは言っておきますよ」
つまりは全て日車次第ということだ。
日車がぐぅぅと頭を抱えて呻くと、日下部は大層楽しげに笑いながら奥へと消えてしまう。
どうやら、おかわりのシャーベットだけでは日車に灯った熱はおさまりそうにない。