[篤寛]居酒屋あつや。・4
このシリーズB(或いはM)がLしてる感じがあまりしないのですがそれでも篤寛と言い張ります。
今回のゲストは七(名前だけ)としょーこさんです。篤の妹さんのことに触れつつ過去また捏造してます。
いつもコメント、スタンプ、いいね、ブクマありがとうございます。励みになります。少しでも楽しんでいただけるようなものが書きたいです。
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(蒸すな。…美味いビールと何かさっぱりとした肉にサラダがたっぷり食べたい)
この国特有のジメジメとした夏本番前の暑さに、日車はもう辟易していた。
事務所のエアコンがしかも壊れてしまって、修理も予約待ちなので今は扇風機一人一台で使っている。
そもそもエアコンが使えようとも二十八度設定だから、腕をまくってもネクタイを緩めても汗がじわりと出てくる。一人しかいない部下は女性だから尚更可哀想だ。
この暑さと時折混じる冷えで身体を早くも壊しそうであった。
早く帰らせてやりたいが難しい案件を抱えている。
そもそも日車は、部下曰く難しくない案件など今まで抱えたことはないというのだが……。
と言うわけで、今夜は久々の居酒屋あつやである。
今夜は梅雨空でジメジメした雨が降る中、少々暑さはマシになったかと思いながら、その店の暖簾をくぐった。
日下部は、元気の良いような怠いような半々の声音で客を迎えると、それが日車と分かり相好を崩し、「日車さん! 久しぶりだなあ! こっちこっち!」と空いてる席へ手招きする。
もはや定位置と化したそこは、気のせいか日車がいつ来ても良いように空けてあるような気がした。
日車は、いやそんなことは自惚だろうと、日下部が示してくれたいつもの席へ座る。
そこで日車は逡巡した。
(この間五条と夏油という男二人が自由に頼んでいた。私もアレがやりたい。…許されるだろうか……)
「日下部さん、ビールが欲しい。あと、…さっぱりと肉が食べたいのだが……。それと野菜をたくさん摂りたい。…可能か?」
「ん〜、じゃ、アレやってみましょうかねぇ。あとサラダは良いのが今ありますよ? たっぷり野菜取れるやつ」
「言ってみるものだな」
「ハハ! あんたの頼みはなんだか聞いてやりたいねぇ。サラダはすぐ出来るから取り敢えずビール飲んでてよ」
「ありがとう」
そう言って暫くして出されたのは、刻みたての色鮮やかな生野菜が山盛りだった。
一点なんの変哲もない生野菜を、日下部は「まあ食べてみてよ」と頬杖つきつつニヤリと笑う。
何故かそれに心臓がドキリと高鳴りつつ、それに何故心臓がいきなり高鳴ったのだろうかと、日車が不審に思いながら一口サラダを食べると広がる不思議な塩気とさらりとした食感。
美味いが、食べたことがない塩気がするし、何やら奥が深い味わいがする。
「日下部さん。なんだ? これは」
「山盛り生野菜サラダをコンビー◯ハッシュとマヨネーズ混ぜたもので和えただけなんですよこれが。お手軽なのに美味いでしょ?」
「美味い。ビールが進む」
「たまに七海っていう元教え子から貰うんですよ。あいついきなり国内とか海外の暑いところ行くんで。今付き合ってる恋人と結婚したらいつか治安の良いところに移住したいとか言ってましたね。まあ、これ買ったところは行くとこ行くとなかなか怖いらしいですけどね。あ、それオムレツに入れても美味いしパスタに和えても美味いんですよ。某大手通販でも扱ってるんで常備食にどうです?」
「探してみよう。…ビールは……」
チラリと日下部を上目で見てもう一杯ビールを飲もうとした日車だったが、目線だけでダメですと言われてしまい、しょぼくれながらもビールの最後の一滴をサラダの最後の一口と共に飲み干した。
その頃には肉料理は出来ていたようで、直ぐに持ってきてもらえた。
出てきたのは、ネギの散らしてある豚バラ肉を茹でたもので、上からタレがかかっている。
醤油の香りと生姜の香りがして、確かにさっぱりしていそうだ。
「いただきます」
「召し上がれ」
一口食べるなり生姜がガツンときた。
そして豚バラの油が生姜の辛味を包んでサラッと食べられる。
白米が面白いほど進んだ。
我も忘れてがっついていると、ククっと笑い声が降ってくる。
なんだと日車が思いながら上目遣いに見上げれば、日車がガツガツと食べる様子を楽しそうに嬉しそうに見てニヤニヤと笑う日下部と目が合った。
しまったという顔をして、なんでもないようにそっぽを向いた日下部へ、日車は「これはどう言う料理なんだ?」と問いかける。
笑われたことに少し腹も立ったがそれよりもその笑顔が見れたことが嬉しかった。
「それは豚バラ肉の涎どり風です。これを鶏胸肉にして、タレに豆板醤とニンニクと唐辛子を入れたら涎どりになるんですよ。因みに豚肉の茹で汁をタレに混ぜるのがミソ」
「なるほど」
教えてもらったところで作り方など分からないが、最後の一節をコソッと耳打ちされたのが共犯者めいて面映くて、日車はそっと微笑んだ。
これだからこの店はやめられないのだ。
味噌汁は今日はワカメだった。
一口飲むと、いつもの合わせ味噌の味がしてホッとする。
それに日下部がポツリと話し出した。
「うちはワカメはワカメだけなんですよ」
「ほう。こだわりがあるんだな」
「いや、母方のばあちゃんがなんでもゴテゴテ入れる人だったんで妹が嫌がりましてね」
「なるほど。妹さんは……すまない。そんな顔をさせるつもりは無かった」
あまりにも日下部が苦々しく痛々しい顔を一瞬したので、日車は慌てて口をつぐんだが、出た言葉は戻らない。
「いやいや、これは、その、…すんませんね、気を使わしちまって。生きてはいるんですけどね。会えないんですわ」
日下部は日車に気を使って笑う。
日車はそれに「そうか……」としか言えず、弁護士として時に独壇場になることもあるのにこんな時に限ってと、自身を情けなく思ったのだった。
「ところで日下部さん」
「なんですかい?」
「これは?」
「あちらの方からです」
半分に切られたメロンを見つめて日下部へ問えば、返ってきた応え。
日下部に半笑いで手で示された先にいたのは、妙齢の見ず知らずの女性である。
「…彼女のテーブルにある酒瓶は……?」
「あー……、あいつも俺の元教え子で家入です。…あいつは酒ばっか飲んでますねぇ。ザルどころかわっぱですよわっぱ。カパカパ開けちゃって顔色変わったところ見たことありませんもん」
「なるほど。…それとこのメロンが一体なんの関係があるんだ?」
「それは、その、…まあ、良いじゃあないですか! メロン食べきれなかったらつつみますけど?」
「ああ、流石に半分は……」
と、日下部が引っ込み日車が会計をしようと立とうとしたところだった。
件の家入という女性が、日車のところへ来てにまあと笑う。
ぞわりと日車の背筋に悪寒が走った。
身の危険を感じたのだ。
「日下部さんに『お気に入り』が出来たようだと知り私も手土産をと思ったんだが、まさかのまさか。しかも半分渡すほどとはな。もう紹介はされてますでしょうが、家入です」
「あ、ああ。日車だ」
ここで不審に思いつつも名刺交換するのが、責任ある立場の人間特有のものか。
「外科医か」
「外来も受け付けているしなんなら救急でもどうぞ」
「なるべく会いたくはないな」
「まあ、夜道には気をつけてください」
中々に怖い言葉を残して会計をすることなく帰っていった家入を見送ると、ちょうどそこへ何やら急いだ様子の日下部がやってきて、ラップで包んでビニール袋に入れられたメロンを持ってきた。
「あの女性は会計をしなかったが。捕まえた方が良かったか?」
「その前に何か言われませんでした?!」
「…。いいや?」
思わずニヤリと笑ってしまった日車を見て、赤くなったり青くなったりする日下部だったが、メロンに罪は無しとばかりに日車へ五百円と交換のように手渡す。
今夜も五百円ポッキリで、ビールとセットと付け合わせを食べさせてもらった日車は、メロンを片手に背中を気にしつつ足元も見つつも、昔聞いた洋楽を思い出しながら歌って帰ったのだった。