凡夫曰く、
天才だと一線を引かれることに辟易していた日車と、そんなことは露も知らない虎杖の話。
ほとんど+だけど、この先×になる可能性のある2人。
前作は別CPですが、閲覧いいねブックマークいただき、大変励みになりました。ありがとうございました。
久しぶりに話を書いていますが、自分の頭に浮かんだエピソードを形にするというのはやはり楽しいものですね。
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『寛見は天才だよな』
死ぬほど聞いた言葉だった。死ぬほど聞いた結果、死んだのは心だったのだと思う。
物心ついた頃から、机に向かうことも、活字を読んで理解することも苦ではなかった。両親は週末になると様々な場所に俺を連れて出掛けて行ったし、その中には文化施設も多くあった。そういった生活経験の豊かさが知識の習得や体系化の助けとなって勉学の理解を進めるのだと知ったのは、おそらく中学の頃だっただろうか。
おそらく恵まれたといっていい環境、努力をすることも惜しまなかった。と思う、多分。何せ、やるべきことをやる労力を努力とも大して思わなかったから。
そうして育った結果、周りは俺のことを天才だと言って一線を引いた。時に羨望の眼差しを向けて、時に嫉妬と憎悪を滲ませながら。
気付けば、そうして独りになっていた。
「え゛っ、日車って反転術式使えるの?!」
「いや、使えるというより、使えるようにならざるを得なかったというか……」
「何言ってんだ、虎杖。こいつ空間を面で捉えた2段ジャンプすら習得したぞ」
「は??」
高専からの術師にならないかという誘いを蹴って地元に戻った1ヶ月前。出頭したにも関わらず、絶対になり得ない不起訴処分を受けたのは半月前だ。どういう因果か、結局俺は呪術高専に蜻蛉返りする羽目になった。
分かっていた。司法などというものは大きな力の前では無力に等しい。俺自身、その事実に辟易した頃に術式が発現し、術式の力を使って司法に反する行為をした。呪術による殺人を司法に訴えたところで、結局のところは国家権力の大義の前に事実は捻じ曲げられる。法廷で裁かれる立場に立つことすら許されず、挙句に裁判官の真似事のような術式で呪霊を祓うことを生業とさせられた。
もはや諦念だ。もう、それが、俺にとっての罰なのだと思うことにした。
だから、眩い閃光で己のまなこを灼いた少年が側にいる環境に置かれることもまた、同じく罰なのだと。
「俺だって乙骨センパイにマンツーで入れ替え修業つけてもらって、やっとこ反転術式習得したってのに……」
道場で運動着姿の虎杖は、膝に手を付いて項垂れた。その姿を日下部は腕を組んで見下ろす。
「とりあえず虎杖は日車の呪力操作とその応用を手合わせで学べ。んで日車、オマエは虎杖から体術的な実践経験と……あとしぶとさを学んでこい。簡単に死のうと思うな。楽に死なせてなんかくれんから逆にしんどいぞ、この世界は。泥臭くても生き残るための術を盗め」
日下部はそう言い残し、「おっす!」という虎杖の声に右手をひらつかせて応えながら道場を後にした。
その姿を見送った虎杖は、すぐさまこちらに視線を寄越す。
道場の格子窓からは燦々と日が差し込む。明るい世界で正面からこちらを見据える視線に耐えきれずに視線を落とした。畳のいぐさの流れを無意味に目でなぞる。
「虎杖、分かるだろう。俺は突如術式が発現したと思ったら、すぐに死滅回游に参加させられたんだ。受肉型の術師はすぐに俺のような覚醒型術師を狙ってポイントを取りに来た。……生き残る術が必要だった。反転術式だって宿儺に腕を切り落とされ、促されたからできるようになったものだ。だから、」
「日車はさ、」
口早に言い訳じみた言葉を重ねているところに、覆い被さるように響くよく通る虎杖の声。
『天才だよな』
続く言葉が聞こえるようだった。
皆、そう言って離れていった。
結果的に独りになった。
何も人に囲まれていたいわけではない。ひとりは静かでいい。だが、何者にも干渉されない生活は無味乾燥で、これから先も天涯孤独なのだと突き付けられるような日々だった。
頼む、君だけはそんなことを言ってくれるな。“天才”だなんて、そんな身勝手に世界を別つような言葉をどうか。
「すげーけど、でも俺だって負けんから」
「……は?」
咄嗟に顔を上げた。
視線の先、茶化すでもなく戯けるでもなく、真っ直ぐにこちらを射抜く少年がいた。
「……そういうのは、やめてくれ」
思ったより低い声が出た。
「エェ、なんで? 俺が生意気言ったから気に食わない?」
虎杖は素直に首を傾げる。
「……面倒だ」
短く吐き捨てるように言ってから、視線を床に逸らした。畳のいぐさを目で追う。さっきと同じはずのそれが、妙に落ち着かない。
心臓がうるさい。
やめてほしい理由なんて、いくらでも後付けできる。
張り合われるのは非効率だとか、無駄だとか。
そういう理屈はいくらでも並べられる。
だが、それが本当ではないことくらい、自分が一番よく分かっていた。
顔を挙げてみると、面倒だと言われた虎杖は面を食らって絶句していた。
年端も行かない少年を傷つけたのだと理解して、ずっとうるさかった心臓がひときわ大きな音を立てる。顔を手で覆って天を仰いだ。
それから知らずに詰めていた息を吐く。
細く長く。
「冗談だ」
「オマエ、今の絶対冗談じゃねぇだろ」
間髪入れずに返してきた虎杖は、構えを取った。それから当然のようにこちらを呼ぶ。
「来いよ、日車」
意図せず口角が上がったのが自分でも分かった。
戦闘にわくわくするようなタチではない。こんな世界とは無縁でいたかった。相手を殴れば、そのたびに倫理観が歪む気がする。血潮の香りには気分が悪くなった。生きるための仕方のない防衛本能。だが。
今だけは、そのどれもがどうでもよかった。
「……随分と偉そうだな」
ガベルを軽く振る。手の内に収まる重みを確かめるように。
「年上だぞ、俺は」
「知ってるよ。だからって遠慮はしねぇけど」
即答だった。間髪入れないその返しに、思わず息が漏れる。
やはり、面倒だ。
距離を取ったはずなのに、踏み込んでくる。
線を引いたはずなのに、平気で越えてくる。
そのくせ、こちらを特別扱いするでもなく、ただ対等に立とうとする。
鬱陶しい。だが、嫌いではない、と思った。
「後悔するなよ」
「何を今更。しねぇって」
踏み込む。
畳を蹴る音がやけに軽い。振り下ろしたガベルは、虎杖に紙一重で避けられた。軽く舌打ちしている間に避けた着地を蹴った勢いで懐に入ってくる。
速いが、見える。
拳が頬を掠めた。痛みはない。それでも確かに触れた感触が残る。
その距離の近さに、一瞬だけ思考が止まった。
——こんな距離に、誰かを置いたのはいつ以来だ。
すぐに身体が動いた。反射で腕を払い、間合いを取り直して柄を伸ばしたガベルを振ったが、手応えはない。
「危ねぇな!」
「今のは手加減した」
「ウソつけ!」
声が弾む。自分でも驚くほどに。胸の奥が、わずかに熱い。理由は考えなかった。
考えたところで、どうせ碌な言葉にはならないから。
「……続けるぞ」
「応!」
道場を後にする前に残された日下部の言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。
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- ふてーきApr 9th