commit
媚薬ぜんぶ飲まないと出られない部屋にぶち込まれた二人の話
決戦後🐯くん成人済 高専術師ifの🌻さん前提です
xに載せたものを改訂したものですが、設定上の粗が目立ちますのでなんでも読める方だけどうぞ
- 16
- 15
- 173
commit
「ここは……」
無菌室のように真っ白い部屋。モデルルームにしては人が暮らす温かみは見つからない。
「え、日車?」
「……起きたか、すまない緊急事態だ」
「え、なにまさか呪霊の仕業?」
先ほど虎杖より先に目を覚ました俺は、突然の事態によって、結界術の何某かに巻き込まれている事はおおよその感覚で理解できた。
だが、問題は目を覚まして飛び込んできた光景が虎杖の寝顔であった事だ。同じベッドに横たわるようにお互いの身体が並んでいた。
早急に虎杖の首に脈を当てる。とく、とくと心臓が正常に動いていることに俺は、心底ほっとした。一息ついて、状況を整理する。真っ白い部屋の据え置きの白いテーブルの上に、おおよそ人が含む色ではないショッキングピンクのアンプルが十本並べられている。そして、モニター画面に文字が写っている。電車の掲示板によく似ていた。それを、見つけた虎杖の顔から血の気が引く。
「…媚薬を全部飲み切らないと出られない部屋あ⁈」
虎杖の素っ頓狂な声が、白い部屋に反響する。この部屋を作った者を呪わずにはいられなかった。はくはくと口を動かし、俺を見遣る虎杖に、どう声をかけばいいかわからず日車は頭が痛くなる。
「…っざけやがって、」
怒りで震える虎杖が呪力を纏った拳で、思い切り壁を殴る。それをどれだけ繰り返したかわからないが。握った拳が力無く行き場をなくした。
「くっっそ……!こんだけやっても……!」
虎杖の息が上がり始めるという事は相当な強度がある。
「落ち着け、虎杖。俺が既に試して、君ほどの膂力があっても破壊できないという事は結界術の基礎が働いている」
「……内側の強度が高いぶん、外からが弱い?」
「そうだ」
ここに連れてきたのが何者かは知らないが、
おおよそ性質の悪い呪詛師だろう。それか、個人的に俺に恨みを持つ者か。どちらにせよ悪趣味なのは変わらない。
「……つまり、救援が外から破壊するまで待てってこと?」
「生存のリスクを上げたいなら、そう考えるのが妥当だ。」
しかし、首謀者がそんなに生温いはずがない。
「くそ……つーか、これ本当に媚薬ってやつ?」
素手で触ろうとする虎杖の手首を掴む。
「! 待て! 何が仕掛けてあるかわからないだろう」
「……あ、そっか、ごめん。俺は、毒が効き辛いから。軽率だったわ」
「いや……俺の方こそすまない」
虎杖の安全を焦るあまり日車は、子供を叱るようなきつい口調になってしまう。
ぱっと虎杖の腕を離して、ハンカチを取り出す。布越しにアンプルの液体が揺れている。天井のライト越しにも、濁ったところは見当たらない。
「……なあ、やっぱさ、俺がこれ飲んじゃだめかな」
「君は……」
「あ、タンマ違くて。毒の強度なら、日車より俺のが高いと思う。それに解毒なら、日車が、俺に反転回してくれれば飲みきれないかな」
「……だめだ。リスクが高い」
「うん。でも、それで解決するわけじゃないから」
どこまでも真っ直ぐな提案に俺は、心底歯噛みをする。
「……くそ、不調が出たらすぐに言え」
「うん、頼むよ日車」
一本目を、手に取る虎杖が、ぱきんとアンプルの首を折る。ごくんと喉を鳴らして、飲み切る。反転の呪力を即座に動かせるように待機する。
「……どうだ」
「んー…なんかほんとに毒?ってかんじ。甘いけど、ビタミン剤って味」
今聞きたいのは、レビュー評価ではないのだが、ひとまず即効性はないと判断した。
「うん、まあこの調子ならあと九本行けるかな。」
ん、と喉を鳴らして、虎杖は、同じ動作を繰り返す。
「負担が酷ければ、吐かせる」
「おう、わかってるって」
ぱきん、ぱきん、と規則正しく細いアンプルの首を折っては、飲む。
連絡ツールは取り上げられているものの、
幸い、腕時計は取り上げてはいなかった。
飲み始めて、三十分を過ぎたところで、虎杖に変化が出る。
「——」
「虎杖、平気か」
顔が火照っている。虎杖が飲んだのは、五本目。発汗があって、頬が紅潮し始めた。
「——あ?、うん、へいき」
そうは言うものの、息が少し早い。
「反転を回す、いたど——」
腕を掴むと、虎杖の体が大きく震える。ふーっと、息が上がっている。
「っごめ、……できるだけ、ゆっくり」
「…わかった、努める」
呪力を回す、息が荒い虎杖が心なしか僅かに汗が引く。
「大丈夫だ。……大丈夫だからな」
気休めにしかならないが、虎杖に声をかけ続けて反転を回す。しかし、呪力での治りが遅い。強度の高い媚薬の可能性がある。アンプルの首を折り、既に揮発していてもおかしくないのに、毒に耐性のない俺が、空気に触れて影響を受けていないところを見ると、経口摂取のみで効能が強く出るタイプと察した。媚薬の成分について考察し始めるところで、虎杖が、震える手で六本目に手を伸ばす。
「虎杖」
見るからに発汗が酷い。ここまでにしておくべきだ、と判断する。幾ら宿儺の器として猛毒に耐性があろうと、頑丈な虎杖が、ここまでになる程だ。これ以上はどうなるかわからない。虎杖の命には変えられない。
「止めんな、日車」
キッと鋭い視線で日車を見る。自身にとって、太陽を象徴するような虎杖の瞳は、熱を持ちながら非情だった。野生動物が警戒に喉を鳴らすように、時折唸りながら、声を慎重に出す。
「っ——ここまで、きた……から、俺に任して」
澱みない双眸に、苦々しい気持ちになる。いつもそうだ。眩い程の意志を持ち、擲つ事をできずにいる虎杖の性分を今は、少しだけ恨めしく思う。
「……わかった。だが、少し、体制を整えろ」
目が覚めた時にあったベッドに、虎杖を誘導する。
「横たえてもいい、座っているだけでも」
虎杖のために距離をとって誘導する。
「こっちだ…虎杖」
ふらつく虎杖の身体が、柔らかいベッドのスプリングを軋ませた。テーブルにある残り四本のアンプルを雑に握り、なんとか飲もうとする。
虎杖の横に、腰かけて反転を回そうとする。
すると、座った途端に虎杖の肩がびくりと跳ねる。
「…?虎杖、どうし——」
「動かんで」
聞いたこともないような彼からの低い声がでている。歯を食いしばって、口の端が切れそうになっている。
「頼む、動かんで」
「っ……わかった」
こくりと日車は頷いて、虎杖はアンプルを、飲み干す。一つ、一つ、とアンプルが空になる。手が痙攣して、覚束ないながらも最後の一本を飲み干す。
「はっ……は……げほっ……ぅ」
荒く息をしていた虎杖の呼吸が、十本目を飲んだあたりから、静かになる。反転を回し続けてどうにか毒と拮抗した兆しかと思っていた。
「虎杖——」
虎杖に声をかけた瞬間、飲み切ったアンプルが、音を立てて床に散乱し、割れる。
ぎしりとスプリングが悲鳴をあげた。虎杖が、俺を白い寝台に押し倒している。握りこんだ虎杖の手にアンプルの破片が突き刺さっており皮膚が破れ、血が滴る。上腕を縫い止められ、咄嗟の判断に遅れる。見上げている虎杖の顔が欲情を物語っていて、思わず見惚れていた。
「虎杖」
静かに、声をかける。ギリギリと縄できつく締めたように腕の血管が圧迫されている。骨が軋みそうだ。
「……ごめ……ひぐ……るま」
興奮をすんでの理性で逼迫しながら、虎杖は、最後まで、俺のことを傷つけてなるものかと謝罪の言葉を述べる。
「……君のせいではない」
ぐっと虎杖の顔が歪む。かけられた慈悲に資格がないと拒む彼の刻まれた顔の傷痕が何よりも物語っていた。
ああ、やはり君はそういう奴だ。だからこそ。
「君のせいだけには、しない」
俺は、するりと胸元から、ショッキングピンクのアンプルを取り出す。
「え」
きつく締めていた虎杖の腕から力が抜ける。
想定外の事態に虎杖の脳が理解を拒んだ。
お題は、全部の媚薬を飲むことだ。
ぱきんと音が立てて、俺は、自身が隠し持っていた十一本目の媚薬を飲み込む。赤い舌に薬液を絡ませて、喉仏を上下させた。
それが、虎杖の理性に、終わりを告げさせると承知で。
「……え……な、んで……」
虎杖の悲鳴に近い声が聞こえる。虎杖より先に目が覚めたとき。ハンカチで包んで一つ胸元に入れておいた。おおよそ、虎杖がこうするだろうという事はよく想像がついた。彼の、自己を犠牲にする高潔な魂に魅入られた自分が何より理解していたからだ。だが、それと同時に、彼にとって一番、残酷な選択肢となるだろう。
「すまない、虎杖」
ふっ、ふっと浅い息が聞こえる。虎杖の掻いた汗が、溢れ落ち、口に入って、塩辛い。心なしか日車の脈も早くなっていた。身体中から耐え難い熱が集まり、何とも醜い欲望が、疼き始める。これにあれだけ耐えたのかとこんな状況でありながら、俺は、虎杖に感心を覚えていた。日車は、優しく怯えさせないように虎杖に語りかける。
「君になら壊されてもいい」
ガチャリと施錠の解けた音がする。
神聖なものを己で穢すような、背徳が漂っていた。禁欲的な気配は、もうどこにもなく、日車は、虎杖にとっての口実を、情け容赦なく与えた。虎杖一人の罪にはしないために。これほど惨く扇情的な献身を、虎杖は、生きてきて知ることはなかった。ただ、日車寛見という男に出会うまでは。