コープス・リバイバー
カクテル言葉をモチーフにした飲酒話。本文の一番最後に一覧で載せています。
分かる人にしか分からない熱烈な愛の告白って、いいですよね~!!
(5/16表紙画像を変更しました)
表紙画像⇒illust/90465337/利用ツール(装丁カフェさま)⇒https://pirirara.com/
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高専では定期的に大人組の飲み会が開かれている。それは過労に過労を重ねている補助監督たちのガス抜きの場であり、呪術師たちの情報交換の場であり、役所がお上にいることによる予算の使いきりの場でもある。
俺も日車も酒はしっかり飲める方なので、都合がつけば参加するようにしていた。特に俺は今の立場が学長代理というのもあって、どうしても物理的に参加できない場合を除けば予定はこじ開けるようにしている。
それでも大の大人がわいわい騒いで日頃のストレスを発散していくのは、悪くないと続けていた。
その日は、若手女子の補助監督を連れて新田がやってきたあたりから普段とは違った。
新田によれば、彼女が最近プライベートでトラブルに巻き込まれているという。話をしっかり聞くと、どうにも呪術師としての知識よりも必要な知識がありそうで、俺は即座に店員に掛け合って小さめの個室を追加で確保する。二人を荷物ごと部屋に押し込むと、次いで部屋の隅でちびちび日本酒を傾けていた日車の背中にそっと近寄った。
あまり不自然にならないよう肩を叩いて、そっと部屋を出るように促す。廊下まで出たところで事のあらましを話すと、声もなく頷いた日車が個室の中に静かに消えていった。
結局その日、最終的にお開きにする直前になるまで、日車は戻ってこれなかった。俺も気にはかかったが変に大っぴらにしてしまうのはよくないだろう、とあえて大部屋側の空気をコントロールしていたところはある。
それでも戻ってきた日車は、俺と目が合うと一度頷いたから、ある程度話を進めることはできたのだろう。
知らず知らず緊張をしていたようで、一度大きく深呼吸してようやく気付く。酒が、足りていない。
外でたむろする参加者達を解散させ、会計を済ませて出ると、店の外には日車以外は残っていなかった。店の前でぼんやりと掲示されたメニューを見ている横顔に声をかける。
「悪かったな、面倒見させた」
「構わない、彼女たちも有意義だったと言ってくれた」
「そりゃ良かった」
「ああ。……まだ良ければ、飲み直さないか。できればゆっくり、酒を嗜みたい」
「了解、支払いは俺持ちで……いや、このあたりなら、ちょっといつもと趣向を変えるか」
無論、ここは自分が出すつもりでいたが、ふと頭によぎった店のことを思い出して顎に手を当てる。
どこでもいいか、と聞けば小さく頷いて見せたから、俺はまだ握りしめたままだった領収書をコートのポケットに突っ込んで歩き出した。
コートとジャケットを脱いで、シャツを腕まくりする。丁寧に手を洗って置かれた酒瓶をチェックしていると、背中側から感心したようなトーンの声がかかった。
「……様になっているな」
「若い頃たまに奢ってもらうかわりに手伝ってたんだよ。今でも顔出すと手伝えってうるさくてな……まあ今日はそれに乗っかったわけだけど」
雑居ビルの一角に居を構えるバーは、いつも閑古鳥が鳴いている。それもそうで窓の一人が夜の街の監視のカムフラージュも兼ねた道楽でやっている店だ。
呪術師が時々ふらりと飲みに来る以外で客を見たことがなく、だからこそゆっくり酒を飲むには悪くない環境だった。
とはいえ俺の顔を見た時点で夜回りにいくだのなんだの、適当な理由をつけて出ていったオーナーには何をやっているんだかと溜息が出る。
もしかしたら呪術師同士の密談があると思われたのかもしれないけれど、それにしたって片割れをカウンター内に当たり前のように招くのはいかがなものか。
しかもご丁寧に扉が閉まったあと小さくかたりと音がしたから、店の表の札をクローズにしたに違いない。
これは戻ってこないだろうという予測を立てて、くるりと身体を反転させる。日車は慣れた様子でスツールに腰かけて、緩く手を組んでいる。
物珍しいのだろうなと分かるくらいの、不躾一歩手前の視線が俺を上から下まで見ているから、なんだかいたたまれなくて話を振った。
「ここ連れてきといてアレだけど、日車、バーとか行くタイプか?」
「弁護士時代はたまにな。人と話をするときに静かで酒を飲める場所、と思うとバーが最適だと判断して使っていたこともある」
「あーありそう。ちなみに飲めねえモノある?」
「特にないな」
「りょーかい。んじゃまずは一杯、乾杯といこうや」
ブランデーとスイート・ベルモット、氷をミキシンググラスで混ぜ合わせる。グラスに注いでチェリーを沈め、片方を日車の目の前にスライドさせた。
「キャロル。マンハッタンのブランデー版だな」
「ほう、初めて見るな」
「まあ普通はマンハッタンだろうな。なんでもいけるっていうからブランデーにしたが、もし無理そうなら言えよ」
グラスはぶつけず、そっと持ち上げることで乾杯の代わりにする。口に含むとベルモットの香りがふわりと漂った。ブランデーの深みのある味が舌の上を転がって、思った以上に手が覚えているな、と自分自身に感心する。
カウンターの向こうの日車は、一口そっと口をつけて、軽く目を見張った後に表情を緩めてこちらを見た。
「ああ、美味い」
「そんな気はしてたが、お前結構イケる口だよな。ちなみに二杯目以降のリクエストは?」
「本当は色々リクエストしようかと思ってたんだが、君の方が知識がありそうだ。お任せの方が良い気がしてきた」
「こりゃ責任重大だな。わかった、好き勝手作るわ」
酒を嗜みたいというリクエストを叶えるべく、二杯目をどうしようかとアルコールの瓶を漁る。任せられたからには定番のものより少し凝ったものを出してやりたかった。
とはいえ、自分も本業ではないからそこまで専門的なものは作れないし、材料がなければそもそも作れない。
次の方向性に悩みながら冷蔵庫の中を見ていると、普段よりとろりと溶けたような色を乗せた声がかかる。
「日下部」
「あ? うわっ、俺悩みすぎだわ、もう飲み切る感じか? ちょっと待てよ……んーと、チェイサー代わりにちょいさっぱり目のいくか」
目についたオレンジジュースを引っ張り出し、グラスに氷を放り込む。オレンジジュースとテキーラを注いで軽くステアし、仕上げにグレナデンシロップを沈めた。
日車は俺の手元を興味深げに眺めながら、グラスに残ったキャロルを最後の一口流し込む。こくり、と喉が鳴ったのがカウンター越しに見える。
空のグラスを回収して、代わりに見た目は可愛らしい仕上がりのグラスを日車に押しやった。
「テキーラサンライズか?」
「ご名答。まあ作ってたの見てりゃ、これは流石に分かるか」
ごつい男が作るには少しばかり可愛い酒にはなるものの、味は甘すぎず飲みやすい一品だから許してもらえるだろう。頭を回さなくても作れるもので時間稼ぎをするようにして、迷った挙句にかなり色物に近い瓶を引っ張り出してくる。
そもそもこんな寂れた店で誰が頼むんだと思うくらいオーダーされづらいだろう中身なのに、量が減っているのは恐らくオーナーが自分で飲んでいるんだろう。
瓶の中のライムグリーンをミキシンググラスに入れて、ドライジンも注ぎ込む。ぐるりと数回ステアして、冷蔵庫の中から冷えたカクテルグラスを出してグラスをそっと満たした。
本来は少し甘めで少し弱いものを使うけれども、日車相手であればこちらの癖のあるリキュールの方が合うのではないかと思う。
「これは流石にわかんねえだろ」
「知らないな……スパイスのような香りがするが?」
「アラスカっていってな。かなりアルコール度数が高くてパンチが強いから、あんまり一気に飲むんじゃねえぞ」
「いただこう。……っ、これは、確かに強い……だが、香りの割に味には飲みやすいか……?」
口に含んだ途端に目を丸くしたのは予想の内で、けれど瞬いた後にすぐ二口目まで行ったのは予想外だった。人を選ぶものを作っているのは自分だけれど、無理に付き合わせていたら悪いなと思っていたから、これは悪くない反応だなと少し気持ちが上向く。
思えば強い酒ばかり出しているけれど、酔い潰そうとは思っていないのだ。下心はあるが、そういうジャンルとは別の下心なだけで。
空いたグラスを片付けて、自分用にはグランド・スラムを適当に作る。甘い酒はあまり好きではないけれど、今はこれが飲みたい気分だった。
ショートカクテルとはいえ一気飲みはあまり洒落ていない飲み方だが、どうせ自分が作ったものだと気にせず一気に呷る。そのまま日車の方に顔を向けた。
「流石に立て続けには出さねえけど、次の準備だけしとこうかと思ってる。あと一杯くらいはいけそうか?」
「大丈夫だ」
「んじゃ、ブランデーベースであと一杯」
ブランデーとスイート・ベルモットまではキャロルと同じ、そこにカルヴァドスをプラスしてミキシンググラスで混ぜる。
俺の手元を眺めつつ、時々スマートフォンに目をやっている日車の頬はさすがに赤く染まっていて、これが本当に最後だろうなと理解できた。
アラスカのグラスが空いたところで、一度冷えた水を出してやる。一緒にレモンピールを添えて、最後の一杯を完成させた。
「コープス・リバイバーっつって、名前はちょっと物騒だけど味は保証するし、キャロルがいけたならこれもいけるだろ」
「君のセレクトに任せているのは俺だ、気にするな。キャロルが美味かったから、きっとこちらも俺好みだ」
少し合間が空くかと思いきや、こちらにも日車はすぐに口をつける。アラスカよりは甘口な酒だが、それでも度数は高いから、一気に飲んでしまわないかと心配で洗い物をしながらちらちら視線を送った。
流石に酔いが回り始めている自覚があるのか、ゆるゆるとグラスの中身を減らしている日車が、残りはあと一口と言ったところで口を開く。
「最後に一杯だけ、リクエストをしてもいいか? 作っているところが見たい。飲むのは君が飲んでほしいのだが……」
「構わねえけど、俺の力量で作れないものだったら遠慮なく断るぜ」
「多分作れるだろう。……XYZは、できるか?」
「XYZ、そんな珍しい……ぇあ? ちょっと待て、まさかお前」
「文明の利器というのは良いものだと思わないか?」
日車の手にはスマートフォンが握られている。画面はウェブ検索となっていて、つまるところ、意図を汲まれていたということだ。
気付かれないだろうというつもりで選んでいた杯に意味を見出されてしまい、流石に動揺が止まらない。逆に言ってしまえば、最後のリクエストは日車からの回答という意味にとっても良いのだろう。
「君の気持ちは全て俺が飲み干した。君も俺の気持ちを飲み干すべきだろう?」
ホワイトラム、コアントロー、レモンジュースは流石に出来合いのものを使う。シェイカーに入れてシェイクして、ふたを外したシェイカーと冷えたグラスを日車の方に押しやった。
「そこまで言うなら、お前からもらっても?」
「わかった」
見様見真似のはずなのに、グラスに注ぎこむ姿は既に様になっているように映る。そっとグラスが俺の方に押しやられ返して、爽やかなレモンイエローが俺の目の前に鎮座した。
日車が最後の一口を残していたコープス・リバイバーのグラスを持ち上げるものだから、俺もXYZのグラスを同じく持ち上げた。
「君の愛に」
「お前の愛に」
マナー違反だとはわかっていても、小さくグラスをぶつけ合った。
◇◇◇◇◇◇
キャロル:この想いを君に捧げる
テキーラ・サンライズ:熱烈な恋
アラスカ:偽りなき心
グランド・スラム:二人だけの秘密
コープス・リバイバー:死んでもあなたと
XYZ:永遠にあなたのもの