夏子の部屋 ゲスト:プロフィギュアスケーター・浅田真央 〜後編〜 どうやったら強くなれますか?

夜な夜な世界中の著名人が訪れる、1日1組の完全紹介制フレンチレストラン〈été〉。オーナーシェフの庄司夏子さんは、女性が少数派とされる料理業界で24歳にして独立し、2022年にはアジアの最優秀女性シェフ賞を受賞した。2025年には〈ティファニー 銀座〉で〈Blue Box Café by Natsuko Shoji〉をオープン。世界的なブランドとの協業という新たな舞台で、さらなる挑戦を進めている。そんな彼女が、シンパシーを感じる人物に会いに行く連載もいよいよ最終回。

今回はプロフィギュアスケーター・浅田真央さんとの対談後編をお届け。競い合う日々を経て、浅田さんは指導者として、庄司さんは世界的ブランドのレストランを率いるディレクターとして、それぞれの場所で次の世代に向き合っている。強さとは何か。いいチームはどうやって築くのか。異なるフィールドを歩んできたふたりが、これからを語り合う。

photo: Yu Inohara / text: Mariko Uramoto

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誰かの言葉が、私を支えている

庄司夏子

真央さんの凜とした強さはどうやってつくられているんですか?

浅田真央

私は小さいときに姉と一緒にスケートを始めて、ずっと負け続けていたんです。その悔しさがあったから、強くなりたいという気持ちが大きくなりました。あとは、純粋にスケートが好きで、もっと上手になりたいと思っていたから、厳しい練習も乗り越えられた気がします。そして、選手時代は皆さんの応援や期待が力にもなりました。

なっちゃんが頑張れる理由はなんですか?

庄司

私はお客様の存在が大きいです。24歳から自分で店をやっているので、お客様はみんな目上の方で、たくさん励ましてもらいました。あるお客様に「夏子さんが若くしてお店を始めてくれたおかげで、私は死ぬまであなたの料理を食べられる」と言っていただいたことがあって。その言葉が支えの一つにもなっています。

浅田

素敵なエピソード。

庄司

真央さんにも、心に刻まれている言葉はありますか?

浅田

私にとっては母の言葉がそうですね。5歳でスケートを始めるきっかけを与えてくれたのも、人生の方向を示してくれたのも母でした。「やめたければやめてもいい。でも、自分で決めたことはやりなさい」と言われてきて、その言葉があったからこそ、フィギュアスケートにすべてを捧げることができたのだと思います。

また、「人のために何かできる人間になりなさい」という母の言葉も、私の活動の軸になっています。なっちゃんは、この連載を通じて多くの出会いがあったと思うけれど、印象に残っている言葉はありますか?

庄司

いろんな人にお話を聞いて、それぞれ思い出深いのですが、一つ挙げるとしたら、田名網敬一先生の言葉ですね。

実は取材をした数カ月後に亡くなられてしまったんですが、87歳まで現役を貫き、毎日散歩する以外、アトリエで正座しながらずっと作品を描いていらっしゃったんです。ちょうど〈国立新美術館〉で大規模個展をされる前のタイミングで、会場の模型を見せてくださったんですが、「こんなもんか、僕は」とおっしゃったんです。

田名網さんは大谷翔平さんの大ファンなんですが、「大谷さんに比べたら僕なんてまだまだ」なんておっしゃるんですよ……!あれだけの作品を残しても、自分に全く甘んじていない。そのストイックな姿勢に、クリエイターとしてのあり方を学ばせていただいた気がします。真央さんにもそういう存在はいますか?

浅田

浜崎あゆみさんですね。私は中学生のときに初めて浜崎さんのライブに行って、その時、「自分もいつかこんなふうに人を魅了するショーをつくりたい」と夢をもらいました。

今も第一線で走り続けていらっしゃるので、その背中を見ながら私も頑張ろうと思えています。

諦めなかった、という結果でしかない

庄司

真央さんは悩むことはありますか?

浅田

ないかもしれません。でも、考えることはあります。どうやったら生徒に思いが伝わるかなとか。

なっちゃんはどうですか?悩み、ありますか?

庄司

あります。でも、悩むというのは、自分のキャパシティーを超えることをやろうとしているからだと思ってて。新しい挑戦には悩みはつきものかなと。

浅田

そうかもしれないですね。次のフェーズに進むための試行錯誤というか。

庄司

そうした積み重ねの中で、「ここ一番」という本番には、きちんと力を発揮しないといけない。真央さんが大舞台で力を出し切るための秘訣はありますか?

浅田

諦めないことに尽きると思います。何度も、何度も、失敗を繰り返して、ようやく一つの成功をつかめることもあれば、練習であれほど完璧だったのに本番で失敗してしまうこともある。それでも、投げ出さない。

もし、結果が伴わなかったとしても、そこに至るまでの過程を全力でやり抜いたという手応えがあれば、後悔は残りません。その「やり尽くした」という積み重ねが、本番での強さにつながっていくのだと思います。

庄司

世間の人は成功したところだけを見るから、ずっと成功しているように思うかもしれないけれど、実際は1回の成功の裏に何百回、何千回もの失敗がある。私なんて毎日ほぼなにかしら失敗しています。

浅田

なっちゃんは毎日ステージがあるのと同じですよね。そう考えると、私にはとてもできません!(笑)。

違いを受け入れて、前に進む

庄司

真央さんは指導者として日々生徒に向き合い、私は〈été〉からさらに規模を拡大してスタッフを抱えてチームを率いるというフェーズに変わりました。スタッフに物事を委ねる場面も多くなったと思いますが、プレイヤー時代とはまた違った大変さを感じることはありませんか?

浅田

指導は私一人では絶対にできないので、同じアカデミーコーチに助けてもらい、学ばせてもらっていることが多いです。なので、信頼できるいいチームづくりが大事だなと感じています。

庄司

いいチームはどうやってつくれると思いますか?

浅田

信頼でき、妥協せずに何事も一生懸命目標に向かって取り組める人に出会えるといいですよね。そういうところを自分が見極められたらいいのかなと。

庄司

私も料理業界を変えたいという夢を達成するには絶対に仲間が必要ですが、最近は自分と同じ熱量を他人に求めるのはエゴでしかなく、そんな権利はないと考えるようになりました。

私は限界を超えて120%くらいを仕事に注ぎたいタイプだけど、スタッフの中には推し活や趣味も大切にしたいから、仕事は40%程度の力でバランスを取りたいという人もいる。

全員が自分と同じように仕事に身を捧げられるわけではないとわかって、それぞれのスタッフの人生におけるプライオリティを尊重するようになったんです。

浅田

自分と同じ熱量を求めない。

庄司

そうです。私の元へ来てくれたスタッフとはそれぞれの苦手なところをみんなで助け合いながら、目標を達成できたらいいのかなと。

あとは、私自身スタッフとのコミュニケーションも気をつけています。タスクを課せられることがうれしいという人もいれば、褒めた方がやる気になってくれる人もいる。

だから、私、「すごい!」としっかり評価を口に出して、まっすぐに伝えるように心がけたり、その人に合わせて慎重に接し方を判断しています。

浅田

私のスケート指導も同じです。その子の得意・不得意を見極めながら、一人ひとりにふさわしいメニューを考え、言葉の掛け方を選んでいます。

庄司

最後に伺いたいのですが、真央さんにとって、成功って何ですか?

浅田

選手時代はジャンプが成功したとか、そういうことはありましたけど、自分の人生で何を成功とするかということは考えてこなかったかもしれません。成功というよりも、目標に向かって突き進んできた感じですね。

なので、今の目標は、世界を目指せる子どもたちを育てること。今年4月に試合があり、金メダルを取った生徒もいて、「木下MAOアカデミー」初年度のスタートとしてはすごくいい成績だったので、これからも変わらず、丁寧に実直に、愛を持って育てていきたいです。

なっちゃんにとっての成功は?

庄司

料理人を目指す人が、少しでも増えてくれたらうれしいです。この連載も、自分がシェフでなければ実現できなかったと思います。

本当に話を聞きたい相手にゲストと本音で語り合い、その人の芯に触れられる。だって、こうして真央さんと対談できるなんてすごいことじゃないですか!こういう部分も含めて、料理人という仕事に夢を感じてもらえるきっかけになればと思っています。

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