誤解、後に団円
ことねの誕生日はまだまだ終わらない、後夜祭です!
また、私が藤田ことねの誕生日のフライングをしてしまったことの禊を美鈴にも一緒にやってもらいました!
まだまだ踊り狂えます!
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大型連休を前にして、どこか浮かれた空気が漂っている。昨日祝日を挟んでしまったことがやる気の減衰を加速させる。「ふわぁ」と思わず欠伸が出てしまうことを、誰が咎められるだろうか。
平時であればこんな日はお昼寝日和だと自主休校を決め込んでいるだろう。それでも、今日はサボれないだけの理由があった。4月30日、そう。藤田ことねさんの誕生日を祝うために。
メッセージを入れれば良いのかもしれないが、それだと味気なく感じてしまう。むしろ、わたしが直接祝った方が驚きも増すだろう。彼女はどんな顔をするのだろうか。驚く顔、喜ぶ顔、笑う顔。
思いを馳せると、わたしの口角が上がっていることに気がついた。誰にも見られていないか、慌てて口元を隠す。生憎、自意識過剰だったようで誰からも指摘を受けることはなかった。
昼休みを見計らい教室を抜ける。2年1組の教室の前に行くと、まりちゃんから声を掛けられる。いや、これはよろしくない。これではまるでわたしが藤田さんの誕生日を祝いたくてしょうがない、そんな風に捉えられてしまうかもしれない。
自意識としてはそれを強くは否定しない。しかし、それを他の人、特にまりちゃんに気が付かれるのは不思議と面白くはない。
昼休みは諦め、次の機会を窺うことにする。ならばこの時間はまりちゃんと楽しくお話することもやぶさかではない。
まりちゃんは特に疑うことなくわたしとの会話に花を咲かせてくれた。そういう素直なところはまりちゃんの美徳だろう。
「そういえば美鈴、聞いてよ。咲季ってば酷くてさ。昨日ことねの誕生会をやったのにケーキを少ししか食べたらダメって言うの」
はて、わたしの聞き間違いでしょうか。それとも昨日が祝日だからそれに合わせて行ったのでしょうか。藤田さんの誕生会が昨日、ですか。
浮かんだ疑問が汗になって背中から吹き出る。シャツが湿る嫌な感覚がある。だとしても、それを気にしていられないくらいに頭の中の違和感が叫んでいる。
ぴしりと表情筋が乱れないように仮面を貼り付ける。カラカラになった喉から絞り出した声で最低限の質問を行う。
「藤田さんは昨日が誕生日だったのでしょうか⋯⋯?」
「そうだよ。あれ、美鈴知らなかったの?」
側頭部が殴られたようにグラリと衝撃を受ける。一周回って温度の下がった思考は次の一手を模索する。いくつかのパターンを浮かべた上で、その全てが失敗したと主張している。せめて連絡の1つでも入れていれば⋯⋯。無駄にサプライズに拘った結果、取り返しのつかない事態にまで発展してしまった。
息の仕方を忘れていたようで、苦しさが込み上げてきた。上手く息を吸えないので、小さく息を吐くと、反動で息を吸う。
「どうしたの、美鈴。すごい体調悪そうだよ!」
「ちょっと急に頭が痛くなってしまって⋯⋯、ちょっと保健室に行ってきます」
「大丈夫? ついて行こうか?」
「いえ⋯⋯、半分サボりみたいなものなので問題ないです」
言い切って1組の教室から離れる。ちらっと藤田さんの横顔が見えてまた苦しくなる。実際問題、これは保健室に行っても解決するようなことではない。それどころか保健室の常連になっているクラスメイトに出くわす可能性がある。考えた結果中庭のお昼寝スポットに歩を向ける。最近は使うことも少なくなったそこだが、だからこそ他の人にバレる可能性も少ないだろう。
ベンチに座り、お日様のぽかぽか陽気を受け取る。今日はお昼寝日和。なのに、目を閉じても一向に眠気は訪れず、思考がぐるぐると駆け巡る。なぜそんなことに、かすかに覚えている記憶。たしか昔まりちゃんに⋯⋯、いえ、これは止めておこう。人のせい、特にまりちゃんのせいには、わたしがしたくありません。
だとしたら悪いのは全部藤田さんのせいにすることに決めた。許しませんよ、藤田ことね。⋯⋯いえ、謝らないといけないのはこちらの方なのですが。そう、謝らないといけない。
⋯⋯何故謝らないといけないのだろうか。わたしと藤田さんはそこまで深い関係だっただろうか。「違う」と小さく零した。では何故、ここまで焦っているのだろうか。藤田さんなんてどうでも良いはずなのに。それも小さく「違う」と零した。
あの人の顔が浮かぶくらいには、わたしは心を許していることも確かだ。
それならばわたしが行うべきことは⋯⋯。そこまで考えて立ち上がる。時計を確認すると午後の授業の真っ盛りだ。もう一度腰を下ろす。頭を使ったら疲れました。少しだけお昼寝しましょう。今日はお昼寝日和。次はゆっくりと意識を手放した。
目が覚めると、空がみかん色になっていた。午後の授業をサボってしまった。心苦しさは特にない。さあ、藤田さんを探しに行く。取り敢えずまりちゃんに居場所を知っているか確認する。
まぁ、レッスン室で自主トレをしているかもしれない。ならば行き先は決まった。教室を経由してカバンを回収する。中にあるプレゼントを見て、薄く微笑む。
落ち着きを取り戻したわたしは自然体。廊下を歩く際も我が道を行くの体現者のように。顔色を窺いながら行動を変えるのは、わたしは好きではないんですよね。
レッスン室の重たい扉を開けると、今まさにダンスを踊っている最中だった。イヤホンをしているからか、それとも極度に集中しているからなのか。鏡には映っているが、こちらに気がついている様子はない。
藤田さんの死角を移動するようにして、すみっこからダンスを眺める。ライブで見せる可愛らしさとは違い、真剣そのもの。その姿も良いことではあるだろうが、藤田さんの思うアイドル像と違うことも理解出来る。
わたしは好ましく思いますけどね。その気持ちは誰にも伝えることはないだろうけど。勿論藤田さん自身にも。
このまま彼女の荷物にプレゼントを混ぜて去ればいい。そうすれば誕生日祝いが遅れたことも指摘されずに済む。そして、藤田さんとわたしはこれからも程々の交友関係を築くことが出来る。
だとして、それでは面白くありませんよね?
わざわざ一曲踊り切るのを待ってから声を掛ける。向こうにとっては意識外の出来事だったようで、素っ頓狂な声を上げていた。理解が進む前に畳み掛けることとする。
「これ⋯⋯、誕生日プレゼントです。おめでとうございます」
「え、わざわざありがとう!」
「いえ⋯⋯、昨日渡さなくてすみません⋯⋯」
「いやいや、美鈴ちゃんが祝ってくれるとは思ってなかったよ」
喜んでくれたみたいで、一先ず胸を撫で下ろす。それでも、わたしが祝わないと思われていたのは心外です。実際昨日なんのアクションも起こしていないから強く言い返すことは出来ないが。それでも、眉の下がったような笑顔、「違う」と藤田さんに聞こえないように零す。そんな表情を見たかったわけではない。
「藤田さんを直接祝いたくて来ちゃいました⋯⋯。ずらしたおかげで藤田さんを独占できますよね⋯⋯?」
そう言って微笑みかけると、りんごのように真っ赤になって。えぇ、そういう顔を見たかったんです。
満足した。このまま本当に独占しても良いが、レッスンの邪魔をするのは本望ではない。なにより、巻き込まれたくないというのが一番の本音だ。
そこそこに立ち去ると、胸の前に両拳が自然に移動する。どうやら、わたしは喜んでいたようだ。
「ふんふんふーん」、鼻歌を交えながら廊下を歩く。足取りは軽い。
その姿を倉本さんと篠澤さんに見つかりからかわれるのは、また別の話。