05【呪われた道順】



 説明:Microsoftが提供するチャットAI「copilot(コパイロット)」には、フィクション・チェッカーというデータ分析機能が搭載されています。これは、ネット上に書き込まれた文章が、事実か創作かを、高い精度で判別出来るアナリティクス機能です。

 文章を入力すると、膨大なビックデーターを参照し、その文中に見られる「創作特有の具体性を欠いた表現」や、逆に「創作特有の具体的過ぎる表現」、「他の創作物との類似性」や「リアリティを演出しようという意図」、「心理学的に矛盾した蓋然性の低い感情描写」や「思い出しながらではなく、考えながら執筆していると思われる文面」など、318項目に及ぶ作為を検出し、「フィクションである可能性、〇〇%」、ないしは「〇〇%の割合でフィクションが含まれている」といった解析結果を表示してくれます。

 但し、統合失調症や偏執病に罹患されている方が書き記した“書き手が事実だと思い込んでいる妄想”なども「フィクションである可能性、0%」と表示される場合がある為、必ずしも、解析結果が正確という訳ではありません。


 今回は、私が十年以上掛けて収集した“書き手が実際に経験したという体”の恐い話、数百話の中から、解析の結果「フィクションである可能性、0%」と判別された作品、即ち、狭義での「本当にあった怖い話」を一つ、ご紹介します。







 出典【mixiコミュニティ 怪談図書館 トピック「みんなの怖い話 part2」】




 ≪Riona♪@9月からアメリカ! さんの投稿 2011年7月10日≫



 六年程前、私が中学二年生の時に経験した話です。

 多分、これを書いたら、同じ学区の人であれば、直ぐにどこの話をしているのか判ると思います。

 私の通学路では、禁止された道順があります。

 いわくつきの場所がある、ですとか、不審者が出没する危険な通りがある、といった類の、ここを通らない様にしましょう、立ち入らない様にしましょう、という話ではありません。

 “この道順で歩いては行けない”という、特定の道順が禁止されていたんです。

 その道順は、A神社前 ⇒ B通り ⇒ C十字路 ⇒ D十字路です。

 その逆の道順は良いんです。

 A神社前⇒ B通り ⇒ E十字路 ⇒D十字路、でも良いですし、A神社前 ⇒ F公園 ⇒ G橋 ⇒ C十字路 ⇒ D十字路でも良いんです。

 とにかくダメなのは、A神社前 ⇒ B通り ⇒ C十字路 ⇒ D十字路の道順なんです。

 その道順を歩く事だけは、何があってもダメだと中学に上がった最初のホームルームで先生に説明されました。親に見せる様にと渡されたプリントにも「くれぐれもお子さんが、A神社前 ⇒ B通り ⇒ C十字路 ⇒ D十字路の道順を歩かない様に、保護者の皆様からもご指導ください」といった内容が書かれていましたし、全校集会でも定期的に、教頭先生から、その話をされました。

 当時、私の担任だった五〇代の先生も、この中学出身だそうで、先生が子供の頃にはもう既に、この道順は禁止されていたそうです。

 私は、そもそもこの道順を歩く人なんて、果たして本当にいるのだろうか?と疑問に思っていました。

 と言うのも、どこへ行くにしてもこの道順は矛盾していて、A神社前の十字路を右折も左折もせず、そのまま直進すれば、三分も掛からずD十字路に差し掛かるので、わざわざA神社前から複数回の右折と左折を繰り返して、あみだクジの様にジグザグに十五分以上掛けて、D十字路に行くなど、どう考えても時間の無駄に思えたからです。

 以前、その疑問を先生にぶつけた事があるのですが、先生によれば、このおかしなルートを通っていた、と言うよりも通らざるを得なかった人々が実際にいたそうなのです。

 それは、新聞配達の子供です。

 今では信じられない話ですが、昔は、小中学生くらいの子供が、朝早くに起きて、学校へ行く前に新聞配達のバイトをしていたそうなんです。

 そして、この、A神社前 ⇒ B通り ⇒ C十字路 ⇒ D十字路という道順は、当時の子供たちの新聞配達のルートになっていたと言うのです。

 そして、先生がまだ小学校低学年だった頃に、例の配達ルートを担当していた子供たちが、相次いで失踪するという事件が起きたそうなんです。

 最初は、その地区に、子供を狙った変質者がいるのではないかと警察が大規模な捜査を行ったそうなのですが、それらしい人は見つからず、また、子供たちの代わりに、そのルートを担当した大人の配達員も次々と失踪した事から、町の人々はいよいよ神隠しだと気味悪がり始めたそうなのです。

 その地区では以前から、保険のセールスマンや、ヤクルトの販売員さん、宗教の勧誘をする人などが頻繁にいなくなり、そのまま行方不明になってしまうという事件が多発していたそうで、その事と子供たちの失踪に何か関連があるのでは?と町の人々が騒ぎ始め、そして誰かが、「これはもしかして、道順のせいなのでは?」と口にしたのだと言います。

 「その地区で消えた人々は皆、新聞配達の子供達の様に、A神社前 ⇒ B通り ⇒ C十字路 ⇒ D十字路という道順を通ってしまったのではないか?この道順は呪われていて、そのせいでみんな神隠しにあってしまったのではないか?」

 誰かが口にした、そんな突拍子も無い憶測のせいで、町全体がある種の集団ヒステリーの様な状態に陥り、それ以来、この地区では、例の道順を禁止とし、それが今でも風習として続いているというのです。

 オカルトや心霊に懐疑的だった先生は半信半疑、と言うよりも、三信七疑くらいの口調で私にその事を教えてくれましたが、でも最後に「子供が消えたのも本当だし、大勢の人たちがいなくなったのも本当だから、呪われているかどうかは置いといて、リオナさんも例の道順は歩かないようにね。この間も近所の高校生が二人、行方不明になってしまったけど、例の道順を面白半分で歩いたんじゃないかって言われてるから」と釘を刺されました。

 その道順を歩いたら行方不明になる、と言うのは分かりましたが、具体的に何が起こるのかを知っている人は誰もいません。

 同級生の中には、「私は、その道順を実際に歩いたから知ってるんだけど、千と千尋の神隠しみたいな神様の世界に迷い込んじゃうんだよ!私は神様と仲良くなって、帰り道を教えて貰えたから帰って来れたんだけどね!」ですとか「俺がその道順を歩いたら、UFOがやって来て、拉致られそうになったんだよ。ビビったわー」ですとか、「あの道順は時空の歪みで天然のタイムマシンなんだよ!俺が歩いた時は未来の世界にタイムスリップしたわ!サイボーグのババアがロボット犬の散歩してたのにはたまげたね!いやマジで!」ですとか中々にエキセントリックな体験談を面白可笑しく語り、みんなを楽しませてくれる人達もいましたが、実際の所、あの道順を歩いてしまったら、その先に何が待ち受けているのかを知っているのは、きっとこの世には一人しかいません。




 それは私です。

 恐らく私だけが、あの道順の恐ろしい真実を知っています。

 何故なら私は、実際にあの道順を歩いてしまった事があるからです。

 悪ふざけや肝試し感覚で歩いた訳ではありません。ある意味事故の様なものだったと思います。

 





 あの日は、夕方五時頃に部活が終わり、五時十分くらいにA神社前の十字路に着いたのですが、その日はD十字路に続く真っ直ぐの道が、工事をしていたので通れなかったんです。

 仕方が無いので、他のルートで帰ろうと、十字路を右折したのですが、この時、私は意図的に、ある道を避けていました。

 例の道順ではありません。

 私がどうしても通りたくなかった道は、愛犬ルルとの散歩コースです。

 あの日は、ルルが亡くなってから、まだ一週間も経っていませんでしたから、ルルとの思い出がいっぱい詰まった散歩コースを、私はどうしても歩く事が出来なかったんです。

 ルルは、私が産まれる前から我が家にいて、亡くなったのは、十九歳でしたから、柴犬にしたら、凄く長生きだったと思います。

 私からしたら、ルルは、生まれた時からずっと一緒にいる、家族の様な存在、ではなく、本当に大切な家族そのものでした。

 ルルはきっと、私の事を妹だと思っていたんじゃないかな、と思います。

 その証拠に、ルルは普段はとっても優しくて大人しい犬でしたが、私との散歩中、男の人が通り掛かると、「ワンワン!ワンワン!」と思いっ切り、吠えるんです。オモチャで遊んで欲しい時や、おやつをおねだりする時、撫でて欲しい時の鳴き声とは全然違う、ちょっと怖いくらいの声で「ワンワン!」って吠えるんです。

 きっと、自分はお姉ちゃんだから、妹を守ってあげなくちゃって、思ってたんだと思います。

 この日は、そんなルルが亡くなってから、まだ一週間しか経っていなかったんです。

 ルルとの散歩コースを歩いたら、ルルとの思い出がフラッシュバックして、もうルルがいないという現実を、ルルと遊ぶ事も、一緒にお昼寝する事も、お風呂に入れてあげる事も、タオルやクッションで引っ張りっこをする事も、あのムニムニの頬っぺたを触る事も、頭を撫でてあげる事も、あの子が私の手や顔を舐めてくれる事も、二人で一緒にお散歩する事も、全部もう、全部無いんだという事実を、受け止めなくてはならない気がして、だから、私は、避けて通ったんです。

 ルルとの散歩コースを、私一人で歩きたくなかったんです。

 ただ、この時は本当に気付いていなかったのですが、ルルとの散歩コースをことごとく全て避けて通ってしまうと、恐ろしい偶然なのですが、例の道順になるんです。

 本来なら、A神社前の十字路を直進して、そのままD十字路を通り帰るのですが、先程も書いた通り、この日は道が塞がっていましたから、私はそのままB通りへと進み、ルルの大好きだった公園、ルルがお友達のワンちゃんとよくじゃれ合った川沿いの道、ルルの事を可愛い可愛いと撫でてくれる住職さんのいるお寺、その全てを避け、C十字路へと出て、そのままD十字路に入りました。

 D十字路を歩いている最中に、ようやく、あれ?今もしかして、例の道順を歩いてしまったんじゃ?と気付きましたが、別にこの段階では何も起きなかったので、特に気にせず、私はそのまま歩き続けました。

 いや、今にして思えば、もうこの段階で始まっていたのかも知れません。

 空が紫色でしたから。

 D十字路を抜けて、私は一本道と呼ばれる場所に出ました。

 そこは、道の左右に大きな田んぼがある道で、車二台がギリギリすれ違える程の道幅があり、長さは二〇〇メートル程です。

 田んぼの向こうに広がる紫色の空と鉄塔を横目に見ながら、一本道を歩いていると、百メートルくらい先に人影が見えました。

 その後ろ姿を見た時は、髪が腰ぐらいまで伸びていたので女性だと思ったのですが、身長が百八〇センチくらいあったので、もしかしたら髪の長い男の人かも?とも思いました。

 上下ともに真っ黒い服を着ていて、その人の歩みがゆっくりなのか、それとも私が早足だったのかは分かりませんが、その人との距離がどんどん縮まっていきました。

 その距離が縮まる理由、その異様さに気付いたのは、その人との距離が五十メートル程になった時でした。

 その人は、後ろ向きに歩いていたんです。

 後ろを向いたまま、こちらに向かって来ていたんです。

 だからどんどん距離が縮まっていたんです。

 その事に気付いた時、一瞬、かなりゾクッとしましたが、でも、もしかしたら、何かそういうエクササイズなのかも?と思い、私は、その人にぶつからない様に、道の左端に寄ろうとしました。

 すると、その人も、道の左端に寄って来たんです。

 このままじゃぶつかってしまうと思った私は、急いで反対の右端に寄りました。

 するとまたです。

 またもその人は、まるで私の動きに合わせるかの様に、どんどんと右側に寄って来たんです。

 まるでこちらが見えているかの様な動きで、今度はゾクッとする程度じゃ収まらない、強烈な悪寒が走りました。

 風にたなびく、不気味な後ろ髪のその奥に、もしも目がついていたらどうしよう、そしてそれと目があってしまったらどうしようという恐怖を覚え、私はその人の後頭部から意識的に視線を逸らしました。

 道路から畑に出てしまう事になりますが、私は更に右側に寄り、これ以上はもう田んぼに落ちてしまう、という道と田んぼのギリギリのラインを歩きました。

 そして、その人とすれ違いました。

 肩や肘がぶつかってしまうんじゃないか、というくらいの、こぶし一つ分程の間隔も無い、互いの体温を感じられる程の近さで、すれ違いました。

 その人に何かされるんじゃないか、という恐怖も当然ありましたが、それよりも何よりも、その人に後ろから見られるという事の方が嫌で嫌で、たまらなく怖かったので、走ろうかな、どうしようかなと、迷いながら、そのまま一本道を進んで行くと、ある事に気が付きました。

 どんなに歩いても、その人の足音が、遠くならないのです。

 今さっきすれ違ったのですから、その人の足音が遠のいていって、もうとっくに聞こえなくなっても良い頃なのに、いつまで経っても、その人の足音が、私の後ろから聞こえてくるのです。

 すれ違った、あの瞬間から、まさか私の後をつけ始めたの?

 恐怖のあまり、私は思わず、振り返りました。

 そこには、後ろ姿がありました。

 さっきの人の、さっき見た、あの後ろ姿が、私の真後ろにあったのです。

 その人はすれ違った後、再び、後ろを向いて、私の後を付けて来ていたんです。

 迷いが吹っ切れました。

 走って逃げなきゃ、そう思う前に、身体が勝手に、全速力で走り出していました。

 私は当時、バスケ部に所属していたのですが、ポイントガードという試合中一番動き回るし一番声を出すポジションにいたので、体力には自信がありました。それに、毎日体育館を全力ダッシュで十周していましたし、五十メートル走も男子を含めて学年で一番早かったので、スピードにもかなりの自信がありました。

 一本道を抜けると、直ぐに住宅街へと差し掛かるのですが、「あの人が家までつけてくるかも」「家の場所を知られたくない」と、そう思ったので、わざと回り道をして、その上で振り切ってやろうと思いました。

 もうその頃にはトップスピードに達していて、住宅街を全速力で駆け抜けていきました。

 そして、目の前にカーブミラーがあったので、ふと、その鏡に目をやると、いました。

 振り切れてなんかいませんでした。

 後ろ向きのまま、筆舌に尽くしがたい程に気持ちの悪い動きで、あの長い髪を振り乱しながら、私の後をつけて来ていたんです。

 まるで頭から氷水を掛けられたかの様に、全身の体温が、本当に一瞬で、下がるのを感じました。

 血の気が引く、とは、あの感覚の事なのかも知れません。

 私は、教科書やお弁当が入っているリュックも、部活用のバッグも、とにかく邪魔になる荷物を全てその場に捨てて、更にスピードを上げて、走り続けました。

 走って、走って、走り続けました。

 何かが自分の後を追いかけて来るという恐怖は、思考を全て塗りつぶす程に強いのだと思います。

 さっきまで、「あれに家の場所を知られたくない、家に付く前にまいてやる」と、そう思っていたのに、もう頭の中は「早く家に帰りたい」でいっぱいでした。

 恐怖もそうですが、この時はもう本当に、今すぐ家に帰りたいという感情だけが私の頭を支配していました。

 結果として私は、一切スピードを落とす事無く、そしてアレに追いつかれる事も無く、どうにか自宅に辿り着きました。

 もしかしたら、途中で振り切っていたかも知れませんが、それを確認する勇気も余裕も、この時はありませんでしたから、家に着いて、急いでドアを開け、間髪入れずに物凄い勢いでバタン!とドアを閉めました。

 そして鍵を掛け、チェーンをしたのですが、この時、息も絶え絶えになりながら、ある異変に気が付きました。

 家の中が真っ暗なのです。

 この時間は絶対、家に誰かいるはずですし、仮にもしいなかったとしても、その場合は戸締りをして出て行くはずですが、私がドアを開けた時、鍵は掛かっていませんでした。

 それに、私の家のはずなのに、他人の家の匂いがするし、家族の靴やサンダルが一足も転がっていないんです。

 真っ暗闇にも目が慣れて、玄関を見渡すと、その瞬間、本当に心臓が止まるかと思いました。

 壁や天井に、おびただしい数のセミと蛾がとまっていたのです。

 まるで夏の夜の自販機の様でした。

 声を上げたり、物音を立てたら、蝉と蛾が一斉に飛び掛かって来るかも知れないと、そう思ったので、この時、私は身動き一つ取れませんでした。

 その時、おもむろに視線を地面にやると、そこには、大量の小銭が落ちていました。

 どうしてこんなに小銭が落ちている?どうして蝉と蛾が大量発生してる?どうして家の中は真っ暗?

 頭の中はもう疑問符でいっぱいです。

 余りにも訳が分からな過ぎて、泣きたくなりました。

 この不可解な状況に対する違和感が恐怖に変わろうとしていた、丁度その時、階段から音がしました。

 我が家は玄関の目の前に二階へと続く階段があるのですが、そこから足音がしたので、私は蝉と蛾を刺激しない様に小さな声で、「お母さん?」と言って振り返りました。

 多分この時、頭では分かっていたんです。

 ここは私の家じゃないって。私の家そっくりだけど、私の家じゃない。

 だからこの家には、お母さんどころか、家族の誰もいるはずがないって、多分、頭では分かっていたんです。

 けど、お母さんであって欲しい、家族の誰かであって欲しいという願望から、「お母さん?」と、震える声でそう言って、私はゆっくりと振り返ったのです。

 勿論、そこにいたのは、お母さんじゃありませんでしたし、家族の誰でもありませんでした。

 知らない人の後ろ姿が、そこにありました。

 さっきの人とはまた別の、髪の短い、後ろ向きの人です。

 私は玄関のチェーンを急いで外し、家の外に飛び出しました。

 幸いな事に、私を追って来ていた、髪の長い人はいませんでした。

 空は淡く神秘的な紫色から、悪趣味で不気味な濃い紫に変わっていて、私は、そんな紫色の夕日に染められた住宅街を、全速力で走りました。

 走りながら私は、色んな家の窓から、沢山の人がこちらを覗いている事に気が付きました。

 いえ、違いますね。正確に言えば、真っ暗な家の窓から、後頭部がこちらに向けられている事に、気が付いたんです。

 裏手の通りに向かうと、そこには、後ろ向きの人達が大勢佇んでいました。

 みんな、壁や生垣、木や電柱に顔面をピッタリとくっつけていて、その光景の余りの異様さに、私は直ぐ様、引き返しました。

 普段、コンビニへ行く時などに通る道にも向かいましたが、その道も絶対通れませんでした。

 そこには、身長四メートル以上の巨大な後ろ向きの人が三人、手を繋いで、紫色の空を見上げて、ぼぉーっと立っていたんです。

 あそこだけは絶対に通れません。絶対に無理です。

 私は再び引き返しました。

 この段階になって、私はようやく気が付きました。

 まず間違いなくここは、私の住む町ではありません。

 私の住む町そっくりの、後ろ向きの人達の棲み家なんです。

 あの道順は、彼らの棲み家への入り口だったんです。

 その事実に気付いてしまった私は、恐怖で心臓がどんどんと小さくなっていき、内側から身体が冷えていくの感じながらも、それと同時に、凄く冷静だったの覚えています。

 私はこの時、「例の道順を逆に進めば、もしかしたら、元いた世界に帰れるかも知れない」「逆の道順はこの世界の出口になっているかも知れない」と、そう考えていたので、どのルートでD十字路まで戻るかを、頭の中の拙い地図を必死に何度も確認しながら走っていました。

 その道中、よく遊びに行く友達の家の前を通ったのですが、そこは本来、綺麗な真っ白い家なのに、私の顔よりも大きな蛾の大群に群がられ、真っ黒になっていました。それを見た時、ああ、ここは本当に人間が来てはいけない場所なんだと、何故か強く実感したのを覚えています。他の場面でも実感出来そうなものですが、蛾に群がられた友達の家が、私にその実感を与えたのです。

 この時、全速力で走っているのですから当然、体力的にも辛いのですが、でも何より一番辛いのは、心でした。

 ここには私の知っている人は誰もいない、だから誰も私を助けてくれないし、誰も私を見つけてくれないという事実が、ゆっくり、ゆっくりと私の心に圧し掛かって、息も苦しいけど、心もどんどん苦しくなっていきました。

 以前ここに来てしまった人達は、その後、どうなってしまったんだろう、とも考えましたが、これは本当に危険な考え事です。恐ろしく悲惨な想像だけが頭をよぎるので、これは本当にダメです。この事を考えだすと、見る見るうちに心が削られ蝕まれ、ただでさえ苦しい息が、余計に苦しくなります。なので私は「その人たちは、まだこの世界のどこかにいて、みんなでサバイバルをしているのかも知れない。そして私を見つけ出して、助けてくれるかも知れない」ですとか、「今私が経験している状況と、全く同じ状況を経験をした人達がいるんだ。その人達も怖かっただろうし、くじけそうになっただろうけど、それでも、きっと最後まで諦めず一生懸命頑張ったはずだ。だから私も頑張るんだ」ですとか、そういったポジティブな方向に考えを巡らせる様に意識しました。

 小1からバスケをやってて良かったなと心からそう思います。多分、こういう思考は、バスケを通して培われたものだと思うので。

 私はその後も、後ろ向きの人がいない通り、もしくは、壁に張り付ている後ろ向きの人しかいない通りだけを選んで進み続けました。

 何軒ものアパートが立ち並ぶ通りを走っている時、突然、ピーンポーンパーンポーンという、町内放送のチャイムが大音量で流れたかと思えば、ミイイイイイイイ、ミイイイイイイ、ミミミミミミイイイイイイイイイイと、音割れしたセミの鳴き声が町中に放送され始め、もしかして、これから何か、とんでもなく恐ろしい事が始まるんじゃないかと、猛烈に嫌な予感がしましたが、特に何も起こりませんでした。あれは一体何だったのでしょうか。

 それから私は、住宅街をグルグルと、あるいはジグザグと走り回り、どうにか一本道の所まで辿り着きました。

 この悪夢の様な経験が始まった、あの一本道に、どうにか戻って来れたんです。

 ここに辿り着くまでの間に、何人もの後ろ向きの人が私の後を付いてきましたが、最初に出くわした髪の長い人ほど早くはなかったので、簡単に距離を離す事が出来ました。

 一本道の先には誰もおらず、ここに来るまでに全力で走り続けていた私は、流石にもう体力の限界だったので、走るフォームにはなっているものの、歩いているのとほぼ変わらない速度で、一本道を進んで行きました。

 一本道の真ん中くらいまで来た頃でしょうか。

 私は、終わった、と、そう思いました。

 この“悪夢の様な体験”が終わった、と言う意味ではありません。

 “私が”終わったという意味です。

 彼らは透明になる力を持っているのか、あるいは瞬間移動する力を持っているのか分かりませんが、大勢の後ろ向きの人達が、本当に一瞬で、私の目の前に、突如として姿を現したのです。

 引き返さなきゃ。

 そう思って直ぐに振り返ると、後方にも大勢います。

 左右の田んぼにも、まるでカカシの様に、大勢の人たちが、私に背中を向けて、佇んでいました。

 私を取り囲む様にして、百人以上が、私に背を向け、笑っていました。

 笑い声はしませんでしたが、肩が震えていたので分かりました。

 あれは、恐怖と絶望のあまり立ち尽くしている私を、この世界から逃げ出せると本気で信じていた私を、嘲笑っていたんだと思います。

 そして彼らは、ゆっくりとですが、一斉に振り返ろうとしました。

 私は、この時、彼らの顔を見てはいけないと思い、咄嗟に目を瞑り、その場に膝をつき、うずくまりました。

 彼らの顔を見たら、本当にこの世界から帰れなくなると、何故か私は本能的にそう確信したんです。

 彼らは私に顔を見せる為に、私を絶対に帰さない為に、ここに集まったのだと、確信めいて理解出来たんです。

 彼らを正面から見てはいけません。何があっても見てはいけないんです。

 私は目を閉じ、うずくまったまま、彼らに許しを請いました。

 ここに来てしまってごめんなさい、と。本当にわざとじゃないんです、どうか私を元いた場所に帰してください、と。

 ここに来てしまってごめんなさい、本当にごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と、何度も、何度も、何度も何度も、心の底から謝りました。

 そして、お願いしたんです。

 許してください、もう二度とここには来ません、だからもう許してください、お願いします、許してください、お願いします、許してください、許してください。

 彼らの返事は、


「ウウウウウアアアエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 でした。

 私は直ぐに耳を塞ぎましたが、無駄でした。

 あの声は遮断出来ません。

 あれはこの世で一番恐ろしい声でした。

 人間が何に一番を恐怖を感じるのか、今なら分かります。

 目に見えるものではありません。何らかの恐ろしい状況でも、痛みや死でも、ましてや人でもありません。

 音です。

 人間が最も恐怖を感じるのは音なんです。

 断言出来ます。

 人間は視覚的な情報よりも、身体的な苦痛よりも、遥かに、耳で聞こえるものに恐怖を感じるんです。

 この世で彼らの声以上に、恐ろしいものは存在しないんです。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

 もう死んでしまいたかったです。

 これ以上この恐ろしい声を聴くくらいなら、もういっそ死んでしまいたいと、本気でそう思いました。

 もうこの声を聴かないで済むのなら、殺してくれて構わないと、早く殺して欲しいと、心の底から願いました。

 今にして思えば、あれ程までの恐怖を感じていたら、それこそ、いずれは本当に死んでいたでしょう。

 人間が感じられる恐怖の許容量、その限界値の様なものを遥かに上回っていましたから、恐らくショック死か、それとも心臓麻痺かは分かりませんが、まず間違いなく確実に死んでいたはずです。

「エエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアエエエエエエエエエエエエエ」

 彼らの声がより一層大きく、恐ろしくなるのが分かりました。

 もう終わりでした。

 私は一生に家に帰れないんだと思いました。

 家族にも友達にも、もう会えないんだと確信しました。

 ここで死ぬんだと、理解しました。

 早く終わりにして欲しいと、願いました。

 彼らの声が、更に大きく、更に恐ろしくなった、その時でした。



 犬の声でした。

 どこからか、犬の声がしたんです。

 聞き間違えじゃありません。

 確かにどこからか、けたたましく吠える、犬の鳴き声が聞こえて来たんです。

 「ワン!ワン!ワン!」と犬の吠える声が、確かに聞こえ、そして、こちらに凄い勢いで近付いて来たんです。


「ワン!ワン!ワン!」


 それは、ルルの声でした。

 ルルが散歩中、見知らぬ男の人に向かって吠える声。

 聞き間違えるはずがありません。

 確かに、あれは、ルルの声です。

 オモチャで遊んで欲しい時や、おやつをおねだりする時、撫でて欲しい時の声とは全然違う、ちょっと怖いくらいの、ルルの声。

 私を、守ろうとする時の、ルルの声でした。

 私はこの時、恐怖で立ち上がる事も、目を開ける事も出来ませんでしたが、それでも、私には分かります。

 ルルが来たんです。


 

 彼らは突然現れたルルに腹を立てた様で、あの恐ろしい声を更に禍々しくさせ、「エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」と、ルルを追い立てようと威嚇しているのが分かりました。

 けれど、彼らの恐ろしい声よりも、ルルの吠える声の方が、何倍も、何十倍も、ずっと、ずっと大きくて、まるで野外フェスの巨大なスピーカーから発せられている様でした。

 ルルが吠える度に、地に伏しうずくまる私の身体が、微かに縦揺れしたのを覚えています。

 間も無くして、ルルの吠える声が、より一層、更に大きく、強く、激しくなってゆき、彼らの声を、いよいよ完全にかき消す程の、雷鳴の様な鳴き声を轟かせました。

 彼らは、どうやらルルの声に気圧された様で、次第に、狼狽える様な、怯える様な、ふためいている様な、そんな、「ぁぁあぁぁあぁあああぁあ」という情けない声に変わっていきました。

 それでもルルは吠えるのをやめません。

 恐らくは散り散りになって、逃げ惑っているであろう彼らを、地面を震わす程の唸り声でがなり立て、どこまでも追い掛け回しているのが、周囲の音から窺い知る事が出来ました。

 やがて、遠ざかっていく彼らの声が、完全に聞こえなくなり、辺りは穏やかな静けさに満たされていきました。

 私の身体から、恐怖がスゥーッと引いていくのを感じましたが、それでも、まだ、私はうずくまったままでいました。

 三分くらい、ただひたすらに、聞き耳を立てていました。




「わんわん!」

 

 直ぐそこから、ルルの声が聞こえました。

 それは、先程までの雷鳴の様な唸り声ではなく、普通の声。

 ご飯を残さず食べた時や、大人しくお風呂に入れた時、遠くに投げたボールを空中でガブッ!とキャッチして取って来れた時の、ルルが誇らしい時に聞かせてくれる、あの可愛い声でした。


「わんわんわん!」


 ルルはリオナのお姉ちゃんだから、リオナの事、ちゃんと守ったよ!あいつらはルルが追い払ったよ!

 そう言っていたのかも知れません。

 ルルが、私の手をぺろぺろと舐めているのが分かりました。

 「もう大丈夫だよ」と、そう言われている気がして、私はそっと、目を開けました。




「ルル?」




 そこは、A神社前の十字路でした。

 ルルの姿はありませんでした。

 空の色は、優しいオレンジ色に戻っていて、住宅街で捨てたはずのリュックとバッグも、手元にありました。

 私は、戻って来れました。

 ルルのおかげで、元の世界に帰って来れたんです。

 私はゆっくりと立ち上がり、辺りを何度も、キョロキョロ、キョロキョロ見渡しました。

 何度も、何度も見渡しました。

 そして、私は膝から崩れ落ち、泣き叫びました。

 夕空を仰いで、赤ん坊の様に泣いて、泣いて、ひたすら泣きました。

 元の世界に帰って来れた安心感から、ではありません。

 ルルがいなかったからです。

 ルルが戻って来たと思ったのに、また一緒にいられると思ったのに、ルルがいなかったから、それが悲しくて、泣いたんです。

 不思議ですよね。さっきまで、あれほど恐ろしい目に遭っていたのに、生きて帰ってこられたという喜びよりも、この時は、ルルがいないという悲しみの方が、ずっと、ずぅーっと大きかったんです。

「ルルに会いたいよ。会いたいよルル」

 何度もそう叫んで、泣き続けました。

 ひぐらしの鳴き声と、私の泣く声だけが、あの十字路に響き渡っていました。






 これが、あの道順を歩いた時の、私の体験の全てです。

 にわかにどころか、ちっとも現実味の無い話ですから、信じて貰えないかも知れませんが、別にそれでも構いません。誰に話しても、きっと信じて貰えないだろうな~と思っていたので、今日まで、家族以外の誰かにこの話をした事はありませんし、それに家族でさえ、お母さんとおばあちゃんと弟は信じてくれましたけど、お父さんとお兄ちゃんは「悪い夢を見ただけじゃないの~」とか言って信じてくれませんでしたから(笑)

 ただ、今日はルルの命日だったので、どうしても書きたかったんです。

 誰かに伝えたかったんです。

 ルルが私を助けてくれたんだって。

 ルルは私の自慢のお姉ちゃんなんだって。

 どうしても、誰かに知って欲しかったんです。

 今も天国から、私の事を見守ってくれているのかな。

 そうだと良いな、ルル。


 ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。

 以上、私が六年前に経験した、呪われた道順を歩いた時の話……いえ、違いますね。

 ルルが私を守ってくれた時の、お話でした。


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