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陰謀論を信じる合理性と、自分が心理学者を目指すきっかけ

割引あり

 よく見ているYouTubeチャンネルに『ゆる天文学ラジオ』がある。文字通り天文学に関するトピックを緩く話すラジオなのだが、このチャンネルは定期的に陰謀論を取り上げる。直近 (いうほど直近ではなくなってしまったが) では、重力が7秒だけ消えるという珍妙な陰謀論を取り上げていた。

 なお、この陰謀論の詳細をここで取り上げることはしないので、興味がある人はぜひ動画を見てほしい。

 7秒だけ重力が消えるという意味不明な陰謀論を信じるのは、あまりにも非合理的に思える。だが、動画をみていると、実はそうではないのではないかという考えにも至った。陰謀論を信じるのは、一定の合理性がある。

 今回は陰謀論を信じる人々の思考回路を考えつつ、そもそも合理的とは何か、合理性とは何かという議論から自分が心理学者を目指したきっかけまでさかのぼりたい。

陰謀論の合理性

7秒だけだから……

 まず、陰謀論を信じるのは実は非合理的ではないのでは? という提言をしたい。その例として先の7秒間無重力陰謀論を俎上にあげよう。

 この陰謀論は、ある特定の日時に地球が7秒だけ無重力になると主張する。そのため、陰謀論を信じる人々はこの7秒に備えて様々な努力をすることになる。ひとえに、我が身を守るためだ。

 これは随分と馬鹿らしい行為に見える。なにせ、7秒だけ重力が消えるなどと言うことはあり得ないからだ。陰謀論の信奉者は、「客観的には」あり得ない行為に対応する間抜けな人々となる。

 だが、この世には絶対はない。全ての分野を知り尽くすこともできない。天体物理学という自身にとっては未知の分野に属する現象が、傍目から見てあり得なさそうに思えても本当に起こらないと果たして断言できるだろうか。これは結構難しい。

 いや、仮に自分が詳しくない分野だとしてもその道の専門家の主張を信じればいいじゃないかと言う人もいるだろう。それはその通りだ。だが、「自分よりもっと詳しい誰かを信じる」というその行為は、陰謀論を流布する他人を信じることと本質的に何が違うだろうか。自分が詳しくないのだから、他者の主張の信頼性も究極的には判断できない。

 そして厄介なことに、陰謀論を流布する人々の中には、本来であれば相応に信頼できるはずの立場やキャリアを持つ人物もいる。かつて「ガン放置理論」を提唱し、多数のガン患者を死に追いやった近藤誠が正真正銘本物の医者であったように。

 こうなると、陰謀論の否定は存外薄氷の上を歩くようなものだということがわかる。

 さて、7秒間無重力陰謀論が絶対にありえないとは言えないことがわかった。とはいえ、確率的に極めて低そうなこともまだわかる。問題は、その極めて低い確率は、ひとたび起きれば大惨事を招くということだ。

 ここで人々はふと考える。無重力は7秒間だけだ。7秒さえ耐えれば少なくとも自分は生き残れる。7秒だけか……ならまぁ……念のために備えておくか……。

 かくして、人々は7秒間だけ無重力になるというその時間に備え、食料品を買い込んだり部屋に閉じこもったりするのだった。

 対象が陰謀論だとまだ馬鹿に見えるかもしれない。しかし、極めて小さい確率だが破滅的な事象に対し念のため備えるという行為は我々も日常的に行っており、その多くは非合理的だと嘲笑されない。最たる例が個人の住宅にセキュリティを契約することである。窃盗は日本で最も多い犯罪のひとつだが、それでも一度も被害に遭わずに生涯を終える人の方が多いだろう。しかし、我々はこぞってセコムやらアルソックやらと契約を交わす。ごく低確率だが破滅的な被害が怖いから、念のためにそうするのだ。

 2001年に児童8人が命を奪われる事件があった大阪教育大付属池田小学校で5月25日、不審者の侵入を想定した訓練が行われ、教員ら約30人が参加し、保護者約20人が見学した。
 訓練は年間5回実施しており、今年度2回目となる今回の訓練は、「担任に不満を持ち、教員へ詰め寄ってきた保護者とその知人」や「刃物を持って暴れる不審者」への対応を想定した。

付属池田小で不審者侵入想定訓練 教員ら30人参加「リアルな訓練」

 少し前には、「大阪池田小事件」のあった学校で避難訓練が行われたという報道もあった。報道によれば年5回も実施しているようだが、アメリカで言うところのスクールシューティングじみた事件は日本でほとんど起きておらず、一見するとこれだけ訓練にリソースを割くのは非合理的に見える。しかし、この訓練を馬鹿にする者はいない。事件が起こるのはごく低確率だが、起きたときの酷さをよく知っているからだ。

 7秒間の無重力に備えることは、これらの対策と何が違うだろうか。唯一異なるのは、事件事故は低確率でも起きうるのに対し、7秒間の無重力は「客観的には」起こりえないということだけだ。しかし、先にも述べたように、その絶対性は薄氷の上にある脆いものに過ぎない。そして、低確率な事象が自分の生涯で一度も起きないなら、それは絶対に起きないのと結果的に変わりはない。

合理的な範囲で対策する

 7秒間無重力陰謀論は、無重力になるのが7秒だけというのもミソだ。7秒だけ何とかするための対策は極めて小さなコストで行える。これが地球の滅亡なら対策はこうはいかない。

 仮に、7秒間無重力陰謀論をちょっとだけ信じている、絶対にありえないとは断言できないと思っている人がいたとしよう。彼はこの陰謀論に、僅かな努力で対処することができる。7秒だけ無重力になると言われるその日に有給休暇でも取って家に引きこもればいい。仮病でもいい。やることはたったそれだけだ。

 対策でもっとも勇気がいることは、その対策の必要性を周囲に説明することだ。もし地球が滅亡するという陰謀論なら、皆にそのことを訴えすべてを投げ出して安全な場所に避難しなければならないが、そうすることで頭のいかれた変人だと思われるリスクも負うことになる。一方、7秒だけならそのリスクはない。誰しも1日家に引きこもって休むことなんていくらでもあるからだ。黙って閉じこもり、何も起こらなければ何食わぬ顔で出てくればいい。

 1日家に引きこもるという対策は、他の面から見ても合理的だ。どうせ有休を消化しなければいけないなら、それをたまたま地球が7秒間無重力になる日に当てたってかまわないだろう。休む日がそこになるだけで、なんの損もしていないことになる。陰謀論を信じて対応するという行為は一見すると非合理的だが、その行為だけを取り出せばさほどでもないということもある。

 よく似た現象に、社会的不安が高まった際の買い占め騒動がある。スーパーから様々な品物が消えると、多くの人は山のように品物を積んで持ち帰る人 (なぜか大半のイメージが老人か主婦) を想像する。

 そういう人も皆無ではないだろうが、実態は異なる。実際には、「念のためちょっと多めに買っておこう」という大多数の人々の行動が積み重なって在庫が払底するにすぎない。仮に店の在庫が需要の1.5倍なら、大量に買い占める客が存在する間でもなく、全員がいつもの1.5倍だけ買おうとしただけで終わる。いつもならラップ1本でいい人のうち半数が念のため2本買っておくか……と思っただけで在庫は消える。

 ラップを例にとったが、念のために2本買っておく程度の行動は合理的な範疇を逸脱しない。余分な1本くらい戸棚に入れておけば済むからだ。大量に買って家がラップやらトイレットペーパーで溢れかえるということにはならない。

 だから、在庫の払底の多くはあくまで合理的な人々によって生じている。社会不安によって購買行動を変化させるのは非合理的に見えるが、ちょっとだけ多めに買うという行動だけを取り出せば実はさほどでもない。

合理性、その曖昧さ

人間はみんなアホ

 「理系」な人々は勘違いしがちなことだが、「合理的」という概念は存外多義的である。

 かくいう私も、子供の頃は「合理性」が唯一絶対のものであり、人間が目指すべき最上位の目的であると考えていた。

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