この時、次のように解釈できます。関西ローカルは、正史と偽史が同時に走ってきた土地と解釈できます。偽史は作られた時には偽史ですが、未来の我々は、その偽史のナラティブも確かに受け継いでいるのです。 それが事実であり、それが全てなのです。作ることを否定することは、過去の営為の否定でしょう。