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小話まとめ/Novel by 和禄

小話まとめ

9,095 character(s)18 mins

1:眠れない夜を共有する小話
2:酒の勢いで関係性を定めてしまう小話
3:夜釣りに行ったふたりが理想郷について話す小話(R8.06.04 追加)

/2は本編終了5年後設定ですが、特段それが大きく関係する話ではありません。

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『ドリップ・オン・ドリップ』

「寝れねぇのか」
 教職寮の共用スペースで、珈琲豆をフィルターに入れていると、後ろから声がかかった。くあり、と欠伸を漏らした彼はキッチン横の棚から青いマグカップを取り出した。
「ん」
「今からか?」
「お前だって飲むんでしょうよ」
「構わないが。寝られなくなるぞ」
 一杯分が入ったフィルターの上からさらさらと豆を追加する。彼はその様子を満足気に眺めたあと、薄型テレビの前に置かれたソファに腰掛けた。
 とぽとぽ、こふこふ、とドリップ音が聞こえる。ソファに座ったままの男はテレビもつけずに、自室から持ってきたのであろう、次の任務先の資料を斜め読みしていた。俺はキッチンの前に立ったまま、珈琲の匂いを時折吸い込みながら、ただ時間が流れゆくのを待った。
「寝れねぇの」
 資料から目線をあげぬまま、彼が言う。先の回答をしていなかったことに気づいて、ああ、と返した。
「いつものことなんだ。瞼を閉じると、フラッシュバックしてしまう」
「過去のこと?」
「ああ」
「難儀だねぇ、お前も」
 資料をローテーブルに置いた彼は、ソファを軽く叩きながら、俺をみた。コーヒーマシンをみると、二人分になったからか、抽出完了までにまだ時間がありそうだ。促された通りに、俺は彼の横に座った。
「いつから」
 腰を据えた途端、間髪入れずに彼が訊ねる。
「君に高専へと誘われてから、一ヶ月が過ぎたあたりだろうか」
「もう二ヶ月も前からかよ。どうして言わなかった」
「言ったらどうにかしてくれたのか」
「首根っこ掴んで、病院行きだったね」
「俺のことを犬猫かなにかと勘違いしていないか」
 大して変わりゃしねぇだろ。喉元で笑った彼は、俺の目元を親指で擦る。胼胝がある彼の指で隈をなぞられると、少し擽ったくて、反射的に目を閉じた。
「こんなん拵えてるくせに、珈琲なんて飲むんじゃないよ」
「カフェインを摂るのが弁護士時代からの癖になっているんだ。寝ないで資料整理をすることだってザラだったからな」
「徹夜する仕事がねぇからって、カフェイン摂取の習慣だけ残すやつがあるか」
 目元にあった指が離れて、俺の眉間をぐりぐりと押される。眼精疲労も相まってか、激痛だ。閉じていた目をぎゅう、と硬く瞑ると、目の前にいるであろう彼がついに声に出して笑う。

 こふ、こふ、と、湯気の音だけになったマシンから、二杯分の珈琲――彼に言われて、俺の方は半分ほどしか入っていない――を両手に持って、ソファで舟を漕ぎかけている彼の前に置いた。ことん、という音で目が覚めたのか、しかし微睡みが浮かぶ目でマグカップを持って、ひとくち含んだ。彼に倣って、俺も飲む。眠れなくなるから、と、これまた彼の指示でホットミルクを混ぜられたカフェオレだ。酸味があるモカで淹れられた珈琲と相性が抜群だった。
 ふたくちほど飲み終わるまで、俺たちは無言のままだった。フレッシュを二つ、砂糖を一杯いれた彼の珈琲は、本来俺が飲むはずだった分を含んでいたのにも関わらず、既に三分の一ほどまで減っている。俺は中身を横目でみてから、自分のマグカップに口をつけた。
「今度からは、二杯つくって待ってろよ」
 沈黙を破ったかと思えば、主語がない。なんのこと、と聞くのは野暮だ。
「君は随分と眠たそうだが」
「ああ? そりゃあね。すっげぇ眠い。俺もお前も、いい歳なんだから、普通は眠くなるもんなんだよ」
「であれば、俺に付き合ってくれなくて結構だ」
「誰がお前に付き合うって言ったよ。俺は珈琲を二杯つくっておけっつったの」
「誰の分だ」
「俺の分に決まってんじゃん」
「だから、何故」
 底に溜まっているであろう砂糖を溶かすように、手元でくるくるとマグカップを回してから、残りを飲み干した男は、ごっそーさん、とキッチンへ立つ。俺は半分以下になったカフェオレを持ちながら、彼の姿を目で追った。返答はない。彼の真似をして飲み干したあと、同様にキッチンへと向かう。俺が手にしていたカップを奪って洗い始める彼を横で見詰めていると、気まずそうな表情でこちらを一瞥したあと、泡だらけの手で水を止める。
「視線が痛いんですけど」
「質問への返答を待っている」
「あー、はいはい。お前はそういう奴だったよ」
 きゅ、とスポンジで二人分のカップを撫でて、再び水を流す。大きな手で丁寧に中や飲み口を洗い流したあと、キッチン横の水切りかごへ置いた。
 かごに置かれたコップを、備え付けのディッシュクロスで拭き取って、食器棚へ入れる。ふたつぶん。俺が頻繁に使うせいで、隣同士になることは滅多になかった彼のマグカップを真横に置いてみた。違和感がある。
「美味かったから」
 棚を見ながら惚けていた俺の後ろから、小さく低音が聞こえた。
「すまない。もう一度言ってくれ」
「だから、珈琲が美味かったから。それでいいだろ、理由なんて」
「……俺に気を遣うことへの照れ隠しが、それか。余程こっ恥ずかしいと思うんだが」
「うるせっ。いいから寝ろって」
 俺の背中越しに、開いたままだった食器棚の戸を乱暴に閉めて、踵を返す。手もろくに拭いていなかったんだろう、戸には水滴がついていた。ローテーブルに置いたままの資料を纏めているのであろう彼もそれに漸く気づいたのか、ああ、もう、と誰に対してかもわからない悪態が聞こえる。

 静かだった。誰もいない深夜のこの場所で、ドリップ音だけを聴きながら、過去の血腥い記憶を思い出す時間は、俺にとっては一種の瞑想のようなものだった。しかし、明日からは、気を落ち着けるような時間では無くなってしまう。それだというのに、笑いが込み上げてきてくるのは、何故なのだろう。
 彼に表情が見えないよう、口角を上げる。勘のいい彼は、少しだけ肩を震わせた俺の後ろ姿を認めて、寝ろって言ってんだろ、と語調強めに声をかける。
 目を閉じる。きっと部屋に戻ってからはまた寝付けないまま、瞼の裏に過去を写し続けるだろう。でも今だけは、コップを洗いながら言い訳を思案する彼の横顔を貼り付けて、見ないことにしてしまおう。
 振り返って、彼をみる。俺の顔を見た途端、目を大きく見開いて、その後、眉間に皺を寄せたまま、大仰に頭をかいた。おかしくなって、俺は目を細めたまま彼のように喉元で、くっ、と笑ってやった。

「おやすみ。また明日、ここで待っている」
 
〈了〉

Comments

  • ぼ!

    めちゃくちゃ良い距離感の2人でときめき沢山のまま読みました。公開してくださってありがとうございます。

    Jun 3rd
  • 暗黒焼き

    大好きです 読んで良かった

    May 25th
  • シナ
    May 24th
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