俺の恋人の様子がおかしい①
タイトルは出オチです。
篤寛同棲シリーズ7話目
とある会話をきっかけにホームセンターに行ってお買い物デートのお話。そして同棲してるのに未だ名字で呼び合う彼らがようやく進展します。
未読の方は1話目から読んで頂くのがおすすめです
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novel/series/15837950
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最近、俺の恋人の様子がおかしい。いや、最近と言っても昨日あたりからだ。
「……チレコドン…ハリー……」
「…オトンナ…カカリオイデス……」
「ティランジア…チャぺウェンシス……チュリフォフミス……ふふ……」
そう、俺の恋人、日車はずーーーっとスマホで何かを見ながら謎の呪文を唱えている。先日仕事が早く終わり、外も梅雨だからかあいにくの天気。やることもなく夜に雨が窓を叩く音を聞きながらあの世界的有名な魔法学校シリーズの映画を一から見始めた。ソファでだらだらとくっつきながらつまみと酒を片手に観ていたら意外と二人でハマってしまった。その後たまにふざけて劇中に出た呪文を言い合う、みたいなやり取りをしたが、これは、こんな呪文は出てきただろうか。しかもたまにニヤけている。……流石に気になる、気になりすぎて俺はついに覚悟を決めて聞くことにした。ソファに座る後ろに近づく。そもそも背後にいることすらも気づいていないようだ。
「……何見てんの、日車……」
「!??ッ、びっくりした…驚かさないでくれ、日下部……」
いや、なんかずっと最近変なの唱えてるけど何呟いてんの?と聞けばうーんと考えてこれか、という顔で答えた。
「ああ、これだこれ、珍奇植物というものだ」
んー?と見せられたスマートフォンの画面を覗けば「世界の珍奇植物特集」という動画を見ていたらしい。インテリアが好きな彼からしたら理想の植物が多いらしいが世話がかなり手がかかり、そもそも日本の気候に合わないものが多いらしく、夢のまた夢だそうだ。
「そういえば……引っ越した後の朝、日下部は家庭菜園したいと言っていたな。そろそろ買いに行くか?」
「あー、確かになぁ……よく覚えてたな」
「当たり前だ。あとは君の部屋もそろそろ作りたいだろ、DIYの収納棚。家具を揃える時は付き合ってもらったし今度は俺が君に付き合う番だ」
え、いいのか!?と興奮のあまり大きな声が出てしまい日車はビクッとしてしまった。こんなにも表立って興奮するのは我ながら珍しい。いつもはのんびり、面倒ごとは避けたい、ひょうひょうとしているところもあると自負している。だが恋人と趣味のことになると彼の本心が出やすくなってしまう。
「……いいのか、本当に。俺今テンション上がってる、やっと部屋いじっていいのか」
「明日なら二人とも休みだから朝イチからホームセンターに行けるだろう、今日は夜だし、せめて部屋のサイズでも測るか」
ほら、行くぞ。とリビングの棚からメジャーを日車は探して俺の部屋に向かった。一瞬見えた横顔はなぜか嬉しそうに見えるのは恋人フィルターがかかっているからか、実は自分もホームセンターで欲しがってた植物がないか見に行きたいのか、それは本人にしかわからない。だが明日のデートが確定したのは心が躍る。日下部、測らないのか?と声が聞こえれば行きますよー、と声をあげて自室へ向かった。
◆◇◆
「……でっか。こんなホームセンターあったか?」
「思ったより規模が大きいな、迷子になるなよ」
いくつだと思ってんだよ、と突っ込めばくすくすと笑われた。梅雨シーズンにも関わらずこの日は奇跡的に晴れた。今日も大荷物の買い物になると見越して日下部の車でこの東京都内の超大型店舗のホームセンターまで二人で足を伸ばした。朝なのに人気の店舗、かつ世間では休日だからか人が多い。
日下部のDIY関連はおそらく荷物が多くなる、と見越して先に植物系から見て回ることにした。大型のカートを持ってきたがなぜか日下部がカートを押す姿が面白くなり吹き出していると何笑ってんだ、という顔でムッとしていた。ホームセンターも楽しいが、今度はあの大きい会員制の倉庫型の店舗に行こう、その時またカートでも引っ張ってもらおうと彼に伝えると新しいデートプランに機嫌を直して行くぞ、と大人しく歩き始めた。
初めは家庭菜園。この時期、六月は夏野菜を育て始めるのに適した季節らしい。野菜の苗のコーナーに行けばさまざまな野菜があったがもう育てたいのが決まっていたようでスムーズに取っていく。
「きゅうり、枝豆、ミニトマト……か」
「そ、なんかこの辺がいいかなぁと思って。料理もしやすいし」
漬物だろ、冷やし中華、酒のつまみ、昼の弁当にもトマト入れれるしと呟いている料理担当の日下部の顔は嬉しそうだった。賛同すればカートに苗を入れ、追加でプランター、土、支柱に底石も揃える。その後隣にあった観葉植物のコーナーにも行く。ガラス張りだが緑に囲まれ、梅雨の時期というのに不快な湿度を感じずマイナスイオンが溢れているかのように涼しく感じた。「ないとは思うんだ、ないとは」と無意識に言いながらこの間見ていた珍奇植物をそわそわと探すがかなりレアなものらしく、やはりないと肩を落とす。先日見せてもらった植物の写真を思い出してみた。「まずは育てやすいのからにしたらいいじゃん、それか似たような見た目のやつ。ほら、あれとか?」と言いながら指を刺せば日車はその鉢を取って眺めた。
「……これは、ふふ。君に似てるな」
アデニウム……か、ごつごつしていて、幹がしっかりしていて地に足ついてる感じが。葉っぱも君の頭みたいだな、と鉢に書いて品種名を読み上げて呟いていた。俺にしかわからないようにニヤニヤしている。これは確定だ、名前はアツヤにする、とカートの中に押し込まれた。
「……枯れたらどうすんの、俺死んじゃったことになるけど」
「……まぁ、その時はニ号を迎えよう」
愛人かよ、と思ったが言葉を引っ込めた。これが愛おしい恋人との円満の秘訣。そうだそうだと自分に言い聞かせる。
他の植物を見ていると大きな葉の物があった。室内の空気を循環させるように大型の扇風機がいくつか置いてあったが、その風を受けてゆらゆらと葉が揺れていた。茎の部分はしなやかだが大きな緑の葉は張っていて、だがところどころ大きく割れていて、その左右対称のようで時折そうでない、言葉にしづらい美しさ。普段植物に興味のない日下部が足を止めてしまった。商品名を読み上げる。
「モンステラ……ねぇ。なんか見たことあるなこれ」
「それか、この間渋谷の店に行った時あったぞ。よくオシャレな店舗や部屋に飾ってあるやつだ」
ふーん…と呟き、気づけばひょい、と持ち上げてカートに入れてしまった。じゃあ俺はひろみ、って名前つけよ。と言いながら。
「……君もか、俺への仕返しか?」
「いや、なんか葉もツヤがあって綺麗だし、スタイリッシュな感じがぽいなーって思って。あとインテリア好きならこういうの本当は欲しかったろ?」
印象が自分に似ていると言われたことに照れたのか、欲しかったのが図星だったのか不明だが視線を合わせない。あ"、あぁと恥ずかしそうに返事が返ってきた。素直になればいいのに〜と小突けば足を踏まれた。残念なことに俺は今日サンダル、レザー系の靴を履いた彼の攻撃は効果抜群だった。本当は大声を出してやりたいところだったが日下部篤也、三十七歳。立派な大人なので必死に抑えた。この猫のようにころころと機嫌が変わる恋人を憎くも愛おしく思ってしまうんだから恋人フィルターは恐ろしい。……まぁそんなフィルターはなくても可愛いが。一旦会計して車に荷物を置いてから資材コーナーに行くんだろ?と歩き出す恋人の背中には不機嫌か、照れ隠しかゆらゆらと動く黒い猫のしっぽが見えた気がしたが錯覚だろう。目を擦ればそれは見えなくなっていた。へーへー、と返事して一度会計へ向かった。
「資材コーナー行く前に買い忘れた、観葉植物の受け皿。取ってくるから待っててくれ」
ベランダで育てるからいらないんじゃないの?といえば俺は家の中派だ、と言いながら先ほどのコーナーにさっと戻って返ってきた。同じ植物の商品の鉢を参考にサイズが合いそうなものを見繕ってきたらしい。先ほどあんなやりとりをしたから選ぶのを忘れた、今回買い物を二回に分けてよかったと小言を言われた。なんだかんだ許してくれるのも好きですけど?といえばまた頬を染める。ツンデレなのか、ちょろいのか。あえて何も言わないことにした。
資材コーナーでは事前に買いたいものはすでに調査済み。自室のサイズを測っていたので案外スムーズに買えた。縦の2×4の板を数本、物を置く場所になる奥行きのある板を複数、棚受けのパーツ、天井と床を固定するパーツ、レールにネジ。キーホルダーやリュック、小物を下げるための大きな有効ボードも追加した。木材は今住んでいる部屋と同じで暗めの木目、パーツはアイアンのブラックで統一。工具は昔から使っていた物があったためそれを使うことにした。
◆◇◆
帰宅後、全ての買い物の荷物を自宅へ二人で手分けして運ぶ。資材コーナーで買ったものは日下部の部屋に、植物系は全てリビングに運んだ。買ってきた観葉植物を取り出す。鉢に貼り付けるためにマスキングテープで油性ペンで名前を書いていれば背後からあのさぁ、という言葉が聞こえた。
「……そういや気になってたんだけど、俺たちって名前でいつ呼び合う?」
お前さん次第なんだけど、と言われれば持っていた油性ペンを動かす手が止まり、視線が泳いでしまった。日下部はもういつでも名前で呼ぶ準備はできているらしい。一年前にもその提案をされた時「まだ心の準備ができていない、その、待ってて欲しい」と彼に反射で言ってしまった。本当は俺も、名前で呼び合いたかったのに。
「あー、その。さっきホームセンターで植物に名前をつけていたのを見てちょーっと嫉妬したというか、なんというか、情けねぇよな俺……」
植物相手にいい歳こいたおっさんが恥ずかしいよな、と頭をかきながら自室へ立ち去ろうとする。ここを逃したらもう機会は来ないかもしれない。使っていた油性ペンの蓋をせずそのまま机に置き、すぐに立ち上がり彼の手首を思わずぱし!っと掴んでしまった。
「うおっ!?ど、どうした」
「いや、名前で呼び合わないか、……っ、前にも提案されたのに、恥ずかしくて素直に答えられなかった、すまない」
彼の顔が見れず視線を逸らしながら伝える。お互いの想いは包み隠さず伝え合う。そう決めていたのに。やはり、恋人の前ではこういったことを伝えるのは下手くそになってしまう。引かれていないか、不安だった。目をぎゅっと瞑っていると無言で抱き寄せられ頭をぽんぽんと撫でられた。
「わかった。やっとだなぁ……寛見」
「ん……っ、すまなかった。ずっと待たせてたな、篤也」
背中に手を回せばあたたかい。ひろみ、寛見、いい名前だよなぁと何度も呼び直される。なんだがむず痒いが幸福とはこのためにある言葉なのかと思った。君もいい名前だろ、篤也、と返せば……おう、と照れ隠しの短い返事が返ってきた。
「……やっとできた、これこんなに時間かかるのか。手伝ってくれてありがとな、寛見」
「いや、俺は作業のフォローしかしてないが完成してよかったな、くさか……あ、篤也」
名前まだ呼び慣れてないもんな、慣れるまで無理すんなよ、と少しにやけながら言われた。無事に自室の収納が完成したようで篤也は疲れを見せつつもご機嫌だ。棚は連結されているが大きく分けて縦に二つ、タイプが分かれている。左の棚は上段はテントや寝袋をまとめている。二段目の棚は空いていた。三段目はアウトドアや釣り雑誌、仕事で使えるような書籍。下段はキャンプや釣り関連の収納。右の棚は仕切りはなく一番下の段だけ棚板がつけられている。背面は有孔ボードとなっておりここには釣り竿をかけておくスペースとリュックやキャンプギアを下げて管理できるようにしていた。ずっとこういった作りにしたかったらしく、頭の中に設計図があるかのように作業しながらテキパキと組み立てていった。手伝ってくれてありがとうなんて言われたが手伝ったのは彼が脚立に登って作業している時に支えたことと棚に並べるディスプレイを手伝っただけだ。
「……なぁ篤也、そういえばこの空いてるスペース、二段目は何を置くんだ?」
「あー、そこはですねえ……」
クローゼットから黒に透明なフレームに何か挟んだものとノート、透明で木製の蓋のついた瓶など色々持ってきた。
「これ覚えてるか?引っ越しの時寛見が俺の部屋で見ちゃった思い出で残してたやつ…」
「ああ、あのノートか。……ん、まさかまとめたのか?」
持ってきたものをよく見せて貰えば黒フレームに透明な板が付けられたものには二人の写真がいくつかと初デートのレシート、旅行先で買ったステッカーや一度だけテーマパークでふざけてとったプリクラなどが入っていた。
「ってプリクラ…これよく残ってたな……今見ると恥ずかしいな」
俺の部屋だしいいじゃん、思い出思い出と下唇をほんの少し出して照れながら残りはこっちのノートにまとめてる、と見せてくれた。めんどくさがりなところもある彼だが丁寧に、これまでの思い出がまとめられていて驚いた。なんだかこれ以上見たら恥ずかしくなりそうなので酒で酔っ払った時に二人で見返そうとぱたん、と閉じた。瓶の中は二人でノリで回したカプセルトイの景品の数々、旅行先で買ったキーホルダーなどがぎゅうぎゅうに入っていた。
「これは……商業施設で探し回ったやつじゃないか。この、目つきの悪い犬のフィギュアが篤也みたいだって思って……懐かしいな」
「それを言ったらこっちのジト目の黒猫も寛見そっくりじゃん。二つ揃うまで沢山回したよな」
被ったものはコーチをしてる部活の生徒たちにあげたら喜ばれたのもいい思い出だった。そう浸っている彼をよそに瓶の蓋を開けて犬と猫のフィギュアを取り出した。これも飾るぞ、と言えばなにを思ったのかにやける顔を抑えていた。二人でニ段目を飾り付け、離れて全体を見れば圧巻だった。
「うお……すっげぇ……インテリアって楽しいのな、寛見」
「まさかこんなにすごくなるとはな、実はセンスがいいのかもな、篤也は」
実はってなんだよ、とちょっかいを出せばリビングに足早に逃げられた。日が沈みかけ涼しくなり最後にベランダで二人で苗を植え替えれば一日は終わっていた。
二人にとっては何気ない日常だが、互いを呼ぶ時は名前で呼び合うという、大きな一歩を踏み出した一日となった。