同じ棲家と書いてなんと読む
A.同棲だよ
タイトルの棲家は(すみか)と読みます。
同棲する時は彼らはどんなことを話すのだろう、と勝手に妄想していたものを書いてみました。
これまで年齢指定のものしか書いておらず、気を抜いたら大変なことになるためかなり時間がかかってしまいました。
ゆるく楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。
のんびりシリーズでちまちま書いていきたいです(願望
感想をいただけるととても励みになります♡
マシュマロ↓
https://marshmallow-qa.com/j4x755g103e9ek6?t=a5mlDv&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
- 75
- 86
- 1,614
〔3LDK、風呂トイレ別、駐車場付き〕
信号待ちの中、不動産屋の窓に貼られた賃貸紹介に目が惹かれ足を止める。内装の写真が床がウォールナット素材の様な暗い木目に壁がクリーム色のリビング、近代的なIHが2つ備え付けられたカウンターキッチン、白を基調とした風呂場と3枚掲載されており日当たり良好、ペット可、パントリーあり。
条件は良好、家賃は...まあまあなお値段、ここは東京、それなりのお値段は致し方なし。駅からは徒歩15分、いい歳をした自分たちには軽めの運動として許容範囲。しかも駐車場付きときた。うちはそれぞれ1台ずつ持っているから2台停めることができるかもし決まれば問い合わせなければ、などと1人でぐるぐると考えていると信号が青に変わったメロディが耳に届く。
使うかはわからないが張り紙を手早くスマホに撮影する。スーパーで買った2人分の食料品の重さを感じながら足早に恋人の家へ向かう。こんな歳になって賃貸情報に目が引かれるなんて。
彼は日下部篤也、37歳。只今恋人との同棲を夢見る男である。
慣れた道を歩けば彼が暮らすタワーマンションが見えてきた。初めの頃はドラマで見るようなタワマンにビビり散らかし、彼の後ろを緊張しながらエントランスに足を踏み入れたのを今も昨日のことのように覚えている。
恋人の部屋の階数へエレベーターで向かう。降りれば真っ直ぐ彼の部屋へと進み、付き合って半年の頃に貰った合鍵を捻ればかちゃん、と音がして開ければ恋人の家の香りがふわっと鼻を掠める。扉の音に気づいたのかスリッパとフローリングがぱたぱたと擦れる音がしてリビングから玄関に恋人が迎えにきた。
「おかえり、日下部」
「おう、ただいま。日車」
いまから夕飯作るから待ってろ、と伝え靴を脱ぎリビングへ向かう。1週間に一度はどちらかの家に向かい、夕飯を共にするのが二人の決まりとなっていた。今日は日車が仕事が早く片付いたということでお邪魔して料理を振る舞うことにした。
彼の部屋はタワマンの一室ということもあり一通りの調理機能がついたキッチンが備え付けられている。体にやさしいものが食べたいというリクエストを事前に受けていたので和食であっさりしたものを作る。炊飯は事前にしてくれていたようで炊けるまで残り20分、今日の献立は白米に豆腐とわかめの味噌汁とほっけの焼き魚、ほうれん草のおひたしにする。
スーツのジャケットを脱ぎ、彼の家に置きっぱなしにしていた自分用のデニム生地のエプロンをワイシャツの上に身につけ、腕を捲りよし、と気合を入れて調理を開始する。
ここに住み始めてからほぼ未使用と聞いていたグリルを開け、網に魚が張り付かずパリッと仕上がるよう、予熱を2分ほど加える。このグリルは両面焼きが可能なため予熱が終われば買ってきた旬のほっけを二つ入れ、様子を見ながら6分から9分焼く。
その間に鍋に水を入れ顆粒だしを入れる。具材は一口サイズに切った豆腐と油揚げ、わかめとシンプルなものがなんだかんだこういうものが一番美味い。手際よく加熱し、火を止めて味噌を溶かし弱火にかければ完了。
ほうれん草も食べやすいサイズに切り、茹でてアクをとり、最後に醤油洗いをして味をしめる。
料理はオブラートに包まずに申し上げると得意ではないこの家の家主が二人で食事をするにあたり、様々な店舗に足を運び選んだ食器を日下部は取り出し、盛り付ける。視線を感じ、振り返れば洗濯物を几帳面に畳み、片付ける日車がこちらを期待の眼差しで見ていた。
「どうしてもうまそうな香りがしてな」
「そりゃよかった。もうすぐできるから運ぶのを手伝ってくれ」
二人でダイニングテーブルに並べ準備を済ませ、椅子に腰掛ければ向かい合って手をぱちん、と合わせていただきます、と夕飯を食べ始めた。
箸でほぐせば旬で脂の乗ったほっけがほろほろと湯気をあげて溢れる。何度も恋人には作った料理を食べてもらっているが毎回反応が気になってしまう。箸でゆっくりと口元に運び、咀嚼する彼の顔をどきどきと見つめていれば、
「やはり君の作るご飯はうまいな」
と口角を上げて、さらに箸が進んでいた。
ほっと胸を撫で下ろすと、先ほどからBGM程度に流していたテレビの内容が耳に入った。
「今日の特集は同棲を始めたカップルにインタビューします!新生活シーズンも落ち着いた5月、街行くカップルさんにあんなことやこんなことを聞いてみましょう!」
ピタ、と動きが止まってしまった。これは、今の自分には刺さる、どうしようか、いま言い出すタイミングか。これを逃したらもう言えない気がする。一人で脳内会議を繰り返しながら味噌汁の茶碗を持った手をそのままにしていると日車がテレビを見ながら呟いた。
「同棲、か。日下部は興味あるか」
「えっ、え"!?」
思わぬ言葉に茶碗から手を離しそうになり、慌ててテーブルに置いた。同棲に?興味あるか???いま本当に彼の口から出た言葉は合っているか?ばくばくと鼓動が耳に、脳にまで響く。深呼吸をして答える。
「あ、ありますけど…」
「そうか、実はこのマンションの更新時期がそろそろでな。いつ言い出そうかと悩んでいたが今このタイミングがベストと思って聞いてみた」
そう言葉にしながらちら、といつのまにか同棲特集が終わっているバラエティ番組に目を向ける。
「考えてたこと一緒じゃん…俺から言おうと思ってたのに…」
「ふ、似たもの同士だな。俺たちは」
食事が終わったら話し合うか、これからの俺たちについて。そう告げてられて短く返事をして少し冷めた夕飯をかき込む。
これからの同棲について、本当に実現するかもしれない。夢見心地で味のしない味噌汁を日下部は啜った。
食事を作ってもらった方が片付ける、という二人の間でできた家事のルールの元、日車が食器を洗う。その間に食事中に使用した調味料を片付け、ダイニングテーブルを拭いて先に席についた。
洗い終わった。待たせたなとノートパソコンを持ってきて向かいに座る。これから同棲について話し合うなんて、そわそわしていると日車はあの有名なスライド式のプレゼンテーションソフトを立ち上げた。こちらに画面を向けると「同棲について」と表題がついていた。
「さて、これから俺と君が同棲するにあたって会議を行うわけだが…」
「ちょ、日車!?これなに?ついていけないんですけど」
「君に近々説明するにあたり、以前から仕事の合間に作っていた」
こちらの方がわかりやすいだろ、とエンターキーを押しながら真顔で説明する恋人。忘れていた、彼は時折こんな状態だったのを。話したい内容はまとめてある、と告げアジェンダを見せてきた。
•過去に同棲の経験があるか
•なぜ同棲をするか
•住むならどんな家がいいか
•家事の分担•金銭面
•二人のルール
おお、結構ガチガチに固めてきてるのね。上から一つずつ話し合うことにした。パチ、とエンターキーを押して各ページに項目ごとに分けてメモを取ってくれるようだ。
「単刀直入に聞く。日下部は同棲はしたことがあるか」
「あ〜、そうだな。20代後半に半年だけ、でも結局あっちがキレて解消した」
「……理由は」
頭を捻るが最後は一方的に怒鳴られていたのを覚えている。確か、あれかと記憶を蘇らせる?
「確か、入籍しないなら出てけ、と追い出されたな」
相手は結婚に焦っていたようで同棲すれば結婚できると思っていたらしい。何も考えずに同棲をしてしまった自分も幼かったと彼女のことを考えて後々反省したのを思い出した。
「……なるほどな、若気の至りか」
「へーへー、そうですね。日車は?」
「ない。俺の性格であると思うか?」
……確かに。彼は仕事も忙しく、なにより付き合ってから分かったのは性格がかなり細かいこと、たまに訳のわからないハメの外し方をすること。これについてくる人はなかなかいないだろう、俺以外は……。
カタカタと滑らかなタイピングで今の内容をまとめてくれていたらしい。俺の同棲失敗エピソードまで細かく書くのはやめてくれと思ったが気の済むまで書かせてやることにした。
次は同棲をする理由について。日車はこれについてぼそ、と話し出した。
「先に俺から言っておく。先ほどマンションの更新が、とは言ったがあれは建前に過ぎない」
「……と、言うと?」
「君と一緒にいる時間がもっと欲しい。こんな子供じみた理由だが構わないか?」
眩しい、真っ直ぐすぎる。あんた最高だよ、と椅子から立ち上がりそうになるのを膝をぎゅううとつねり必死に抑えた。
彼が以前、日下部の部屋で泥酔して溢していた本音を思い出す。
「……君と同じ墓に入りたい。叶わない夢かもしれないが…」
その時の彼と今の彼が重なり自分も本音をぶつけたくなった。
「なるほどな、俺も恋人として、家族としてそばにいたい、だから同棲したい。あんたはそれでいいか?」
議事録を作成しようとタイピングをし続けていた手をピタ、と止めて顔を真っ赤にする日車を見て日下部はにやけが止まらなかった。お互いこういったストレートな感情のぶつけ合いにとても弱い。いい年の大人だからか誤魔化してしまうことも多いが遊びの恋愛ではなく、2人で最後の恋愛にしたいと話して付き合った、だからこそ素直になる時は素直に。これが二人の暗黙の決まりであった。
照れくさそうにぱち、ぱちと入力を終え、ぱたんとノートPCを閉じ休憩しようと水をマグカップに注いで持ってきてくれた。ひんやりとした水が先ほど愛おしさと恥ずかしさでショートしそうになった二人の頭に落ち着きを取り戻させる。
次は住む家について、これについては日下部が先陣を切った。
「これなんだが、今日ここにくる前に気になる物件を見つけてて」
スマホで撮影した物件情報の張り紙をテーブルにコト、と置いて見せれば、液晶画面を触り親指と人差し指でズームし、熱心に日車が読み込む。全体的に悪くない、インテリアを置くなら…こうか、パントリーもあるなんて、日下部にしては…と小さく独り言を呟いているが、ぶっちゃけ丸聞こえだ。
彼はインテリアのこだわりが強く、衣食住の中では圧倒的に住が一位、次いで衣、最後に食となっている。自分は彼の順位を丸ごとひっくり返しているため、案外相性がいい。
「……日下部、ここの内見予約はできるか?」
「あー、多分いける、ちょっと待ってろ。その間にメモまとめといてくれるか?」
マップアプリで今日見かけた張り紙の不動産屋を検索すれば店舗の情報が出てきた。内見予約はこちら!というリンクボタンをタップすればチャットアプリに繋がり必要情報を入力する。すぐにピロンと通知が来て明日の昼から内見予約ができた。夜にも予約できるなんて、発展した文明に感謝で頭が上がらない。
家事の分担については二人の意見は一致していた。料理が得意な日下部、掃除が得意な日車、残りの洗濯などの家事は二人で協力して行う。金銭面に関してはそれぞれ働いているため折半でいいか、となった。が、
「…家賃なんだが、俺の方が多く払ってもいいか」
ぎく、と背中に汗が垂れる。彼は弁護士、自分はジムでトレーナーをしつつ、たまに高校や道場の剣道のコーチをしている。給料面では日車の方が高いのは一目瞭然。自分の方が年上なのになんと情けない。申し訳なさでしおしおと沈んでいるとふーっとため息をつき、伝え方が悪かった、と付け加え言葉を続ける。
「俺が忙しい時は家のことまで手が回らなくなる。だから代わりにその時は色々と頼みたい。君には沢山助けられると思うからそんな顔をするな」
ひ、日車先生〜!と嘘泣きで抱きつこうとするとげし、げしっと足を蹴られる。家賃を多く払ってもらう代わりに彼が忙しい時は日下部が家の事を担当し、他の費用は話し合い二人で分担、もしくは折半する項目をまとめた。
最後は2人のルールについて。
ルール、と言っても書き始めたらキリがないがお互いが明記したいくらい重要なものをここでは決める。
すでに2人の中で暗黙だが成り立っているルールが一つある。それは仕事が終わって帰宅する時、メッセージアプリで今から帰る、という旨の連絡を必ず送ること。日下部はメッセージで、日車はスタンプで毎日送り合う。どちらがやろうと言ったわけではないがこれが習慣となっていた。
「これは一つ目のルールでいいか」
「まぁ2人のルーティンになってるし、いいんじゃねぇか」
最後のプレゼンページにカタカタと打ち込む音が響く。
「あ、俺からいいか?」
「いいぞ、日下部」
「もし飲み会がある時は前日までに共有、とかどうだ?」
これは確かに、料理担当の日下部らしいと納得の空気が流れた。過去の同棲で彼女のために料理を作って待っていたにも関わらず、連絡なしで飲み会に行きべろべろに泥酔して翌朝帰ってきたのを思い出した。
料理を作って待っている立場を考えてみろ!と喧嘩になった嫌な記憶を思い出し、流石に日車はそんなことはしないと思ったが無意識に自分が行なってしまう可能性もあるのでルールに追加した。
「……最後に俺からも一ついいか。喧嘩しても絶対に別れる、と言うのは口にしないでほしい」
カッとなって突発的に出るのはとても傷つく、本気で別れるなら時間をとって話したいとのこと。切ないのか、恥ずかしいのかしゅんと目を合わせないよう少し猫背になっている。
「…そんなことするわけないだろ、付き合う時に言っただろ。コレが最後の恋愛だって」
「……分かってはいるが、念のためだ」
この先なにが起こるかわからないしな、と小さく付け加える。せっかく楽しい同棲の話をしているのに暗く終わりたくない、そう思いなにか、何か前向きな感じで終わらせたい、そう考え捻り出した答えが口から出た。
「……追加で、喧嘩してもその日に絶対仲直りするってのは?そうすれば別れるなんて言葉は出てこないだろ」
「……ッははっ、君らしいな」
必死な恋人に思わず吹き出し、2人は笑い合った。
暗くなったリビングのダイニングテーブルに手書きのメモがあった。そこには壁に貼る用として2人のルールがメモされていた。
・帰宅時は連絡(メッセージもしくはスタンプ)
・飲み会に行く時は前日までに共有
・喧嘩をしたらその日に仲直り(NGワード:別れる)
翌日予約した内見に行き、似た条件の物件をいくつか回ったがやはり日下部が見つけた部屋に申し込み無事審査が通った。2人は喜び、新たな生活に向け準備を始めた。
──ただしこの時はまだ知らなかった。日下部の趣味の道具の量に日車が断捨離しようと暴れ、一方日下部は日車の姑クラスの細かさに苛立ちを募らせることを。