うろん
オンリー開催おめでとうございます。
そして参加された皆様お疲れ様でした。
※球体関節人形の表現があります。
※戦闘描写があります。
苦手な方はご注意ください。
分かる方には分かると思うので白状しておきますが、作中に出てくる呪具にはモデルがあります。
DOLL ZONEさんのThe Demon Egg
Miracle DOLLさんの白烨 眠り目のヘッド
参考にさせていただきました。
お嫌いでなければ宜しくお願いします。
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X県XX市──。
古くから避暑地として人気のこの高原がバブルの頃には誰もが憧れるリゾート地として一躍脚光を浴び、国内外を問わず富裕層達がこぞって土地を買い漁り、競うように贅を極めた豪邸を築き上げたのは今は昔の話。今や過去の栄華は鳴りを潜め、残された自然美と投げ売り同然の寂れた建物が目立つ閑かな別荘地帯となっている。そこから更に山を奥深く分け入った所に本日の目的地があった。
車を下りるなり首の後ろを湿った手で撫でられたような、薄気味悪い気配を感じて思わず立ち止まる。しかしどれだけ見渡してみても今し方通って来た一本の林道がある以外、周囲には鬱蒼と木々が生い茂っているばかりで、人は疎か鳥獣の姿すらすぐには発見出来ない。直立不動となった日車の背に顔面から突っ込んだ虎杖は、赤らんだ鼻を押さえながら再び後部座席のシートへと尻を沈めた。
「ぶっふ……、何、日車…どしたの」
「あぁ…いや、すまない。何か視線のようなものを感じた気がしたんだが、気のせいだったようだ。大丈夫か?」
腰より少し上の辺りに衝撃を覚え、つい反射的に振り返って手を伸ばした。
しまったと思った時には既に視線が搗ち合った所で、ただ真っ直ぐにこちらへ注がれる眼差しに狼狽えた日車は、咄嗟に足元を睨んだ。その様子に困ったように笑いながら、虎杖は伸ばされた手を取ってようやく車を下りた。
高専へ匿名の通報があったのは一昨日の事だという。
通報内容はと言えば、山中にある廃ホテルに呪詛師が棲み着いてしまい、警察では手の施しようがないから術師を派遣して至急追い払って欲しいというものだったらしい。秘匿事項をさも当然のように扱う内容から当初はイタズラ目的か罠を疑われていたようだが、実際に警察官が二人消息を絶った事で事態は一変、遅れて向かわせた窓からの連絡も途絶えてしまえばいよいよ情報のない中術師をぶつけるしかなくなってしまったというわけだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、呪詛師相手ならば領域展開によって一方的なアドバンテージを取れるであろう日車と、宿儺の術式をその身に刻み込み、高いポテンシャルと持ち前の不屈の精神で敵を圧倒する虎杖の二人だった。
呪術師として求められる正しい立ち回りと自身の出来る事、やるべき事については日車もようやく身に染み付いて来た所だ。いざとなればこの身を呈して若い命を──。そう考えた所で思考を見抜いたかのような補助監督の声が木賊色のネクタイを緩める日車を鋭く窘めた。
「くれぐれも無理をせず、まずは状況確認に徹して下さい。無理に交戦する必要はありません。必要に応じて態勢を立て直しましょう。良いですか?もう一度言いますよ、くれぐれも、無、茶、は、せ、ず!」
「そんなに言わなくたって日車だってちゃんと分かってるって、心配しなくて大丈夫だよ。な?日車」
「……何故俺にだけ言うんだ、君の方こそ無茶は…」
「俺?俺はそんな無謀な事…」
「お二人に言ってるんですよ!!」
発狂して今にもハンドルに額を打ち付けてしまいそうな補助監督に怯みつつ二人揃って了承を示すと、いよいよ廃ホテルの前へと並び立った。ご武運を──。その言葉を最後に黒く垂れ込めた帳によって外界と空間が隔てられる。
朽ちた二階建ての洋館は、闇を纏って不気味な程ひっそりと聳え立つ木々の合間に佇んでいた。
全面に見事なレリーフが施された門扉の如き重厚な扉は、上部の蝶番が外れ大きく傾いだ状態でやっと引っ掛かっている。その片方をそっと退かした所で鼻先を掠めていく黴の臭いに日車は思わずうっ、と小さく呻き、口許を掌で覆い隠した。その横をすり抜けて先陣を切った虎杖の目から下は、制服からはみ出したパーカーの首元へと埋められている。遅れて入館を果たせば其処はかつてオーナーのこだわりに満ちた、手の込んだエントランスホールであった事が容易に想像出来る造りだった。
館内は全体的にひやりとして薄暗く、重苦しい程の静寂に包まれていて、在りし日の華やかさをすっかり忘れてしまったかのようだった。吹き抜けの先にあるドーム型のガラスの天井からは壊れたシャンデリアが今にも落下しそうな状態で垂れ下がっていて、足元には剥がれた石膏ボードがそこかしこに散乱している。ドームに嵌め込まれたガラスをよく見てみれば、格子状に区切られたフレーム部分を残してほとんどが割れて落ちてしまっていた。とても快適に歩行出来る状態ではない。何より──。
「これは…」
「うん、正直ナメてたっつーか…、呪霊も多少潜んでそうだけど、呪力を持った人間が予想よりかなりの数潜伏してんね」
虎杖の言う通り館内へ一歩足を踏み入れただけで既に陰鬱とした呪力が満ちているのが分かる。その割に生きた人間の気配が一つもないのが気味が悪くて仕方が無かったのだが。それでも彼は気にならないのか躊躇なく先へ進む。その背中を見失わないよう、日車も足早に後を追った。
左手側には朽ちたソファが点々と打ち捨てられたラウンジがあり、逆側にはかつてロビーを華々しく飾っていたであろうサモトラケのニケが倒れて片翼となった状態で放置されている。その後ろには動作不能のエレベーターがあるらしい。中央のフロントカウンターを囲うように左右からアール階段が伸びていて、エントランスをぐるりと一周するように中二階のような廻廊がある。そして一階に五部屋、二階に五部屋の計十室の客室扉が壁面に等間隔で並んでいる。扉と扉の間には名だたる芸術家による絵画や彫刻等の作品のレプリカが飾られていた。
「二階まであるし、別れて見て回る?」
「あぁ…、では俺は二階へ行こう」
「オッケー、ヤバそうだったら俺に構わず逃げてな?」
「君もな」
軽く手を上げた虎杖を見送って、日車も足を踏み出した。
歩む度にガラスを踏み締める音がして、隠密行動については早々に諦める。階段を上りきった所で左右を確認すると、先に部屋数の一つ少ない右側から見て回る事に決めた。左手にガベルを握ってまずは手前の客室扉の前へと立つ。ドアノブへと手を掛けた瞬間、轟音と共に木製の扉ごと弾き飛ばされて日車の身体は宙を舞った。
二階から一階へと叩き付けられる間というのは時間にすればほんの一瞬だ。その一瞬で上手く衝撃を逃すよう緻密な呪力操作を行いつつ辛うじて受け身を取ったものの、身体中に割れたガラスが突き立てられている感覚がある。隣に落下した扉が粉々に砕けて飛び散るのには目もくれず、今さっき上ったばかりの階段を見上げる形で身体を起こすと鼻腔から温かな鮮血が滴り落ちて行った。
「日車…大丈夫か!?」
「あぁ…、何とか」
慌てて駆け寄って来た虎杖に一瞥をくれてから立ち上がると、日車は目立つ鼻をぐいと拭った。何か爆発したらしい、そう呑気に語り掛けながら再び階上を見上げた次の瞬間、二人の目の前に広がった光景は安っぽいB級映画の世界のようだった。
ギシギシと音を立てて右へ左へと身体を揺らしながら、人型の何かがそぞろ歩いて来る。その数は五十を優に超えるだろう。これらが人だと言えない理由は明確で、例えば先頭に立って階段を下りてくる個体は右手首から先は恐らく本物の人間の手首だ。腐敗が進み、一部が白骨化しているが節榑立った男の手首だと判別出来る。しかしそれ以外の部分は明らかに造り物だった。ギリシャ彫刻のように美しく繊細なシルエット、キャスト製の白く滑らかな肌、すり鉢状に奥まった瞳孔と高いドームにより追視可能なグラスアイ。関節に当たる部分には球体のパーツが噛ませられていてそれなりに可動域がある事が見て取れる。これを例にしてパーツの一部に本物の人体を使用した人形が大量に。まるでゾンビのように大挙して押し寄せて来るのだ。
「うげぇ……何アレ?」
「……何だろうな、人形のように見えるが」
分かりきった事を言う日車に対して虎杖は年相応に不服そうな顔をして見せたが、ここは知らんふりをした。まずはこの笑えないウォーキング・デッドを片付ける事が先決だ。
人形相手では領域展開はまず使えないだろう。そう判断すると共に持ち手を長く伸ばしたガベルを振り抜いて先頭の人形を打ち据えてみると、見た目に反して鋼鉄を叩いたかのような硬い感触がまずは伝わった。嫌な痺れが腕を駆け上がって行く。追って反響するような音が響いて腹の中は空洞である事が窺えた。胸部と腰部の継ぎ目を滑らかにしならせながら吹き飛んだ人形は、フロントカウンターへと派手に衝突してから瓦礫の散乱した床の上へ崩折れる。その際に頭部が何処かへ飛んでしまったのか、先程まで美しいかんばせを携えていた首から上には元はS字型をしていたであろう金具だけがひしゃげて残っていた。やはりボディはやたらと硬いらしく、全力で打ったにも関わらず割れたり砕けたりといった様子は見受けられない。しばらくはもがくように右手を動かしていたが、中を通ったテンションゴムが腹の中で切れてしまえば再び立ち上がる事は出来ないようだった。
「虎杖、身体の中を通っているゴム紐を絶ち切るんだ!腹の継ぎ目を狙え!」
「了解!」
倒しても、倒しても、新たな人形が無限に湧いてくるような錯覚を覚える。
人形の動き自体はとても鈍く、二人の敵にはなり得ない。しかしいくら倒しても無尽蔵に新たな人形が出てくるとなると、その物量は地味に体力を削っていく。次第に築かれるバラバラになった人形の山に足を取られ、倒れないよう後ろへ飛ぼうとした時だった──。
「日車!!」
「なっ…!?」
何かが脚に縋り付きグラリと視界が揺れた。程なくして倒れた人形の山へと後頭部を強かに打ち付ける。脳が揺れる衝撃に頭を抱えるようにして背を丸めると、上半身だけになった人形がその脚へと纏わりついているのが見えた。
「大丈夫か?」
一直線に駆け寄って来て上半身だけのそれを思い切り蹴飛ばしながら虎杖が問う。宙に浮かぶ造り物の身体。しかし本物の人体を使用したと思しき左手首だけは最後まで日車の脚首にしがみついたままなかなか離れてくれなかった。腐って剥けた皮膚がずるりと滑る感覚が酷く不快で、引き剥がそうとそれに続く造り物の上腕を蹴ってみれば手首の付け根からフック状の金具が見えた。
──そうか、この人形は。
手首を目掛けてガベルを振るう。テンションゴムが切れるとようやく縋り付く力が無力化されて、崩れた上半身のパーツはバラバラになって足元に積み上がった。
「どうやら腕と脚には別々のゴムが通っているようだ。動きを完全に止めるには両方のゴムを断たなければいけないらしい」
立ち上がりながらそう言うと、虎杖も頷く。
「にしても…、流石に数多過ぎねぇ?最初は新しいのが無限湧きしてんのかなって思ってたけどさ、違うよな。壊した先からパーツを集めて新しく身体を組み直してる」
日車も気付いてんだろ?そう言って虎杖は向かい来る人形の腕を取り、思い切り胴を蹴りつけて腕を通るゴムを引き千切った。階段脇の柱へ勢い良く打ち付けられ、バラバラと腕を落としながら崩れ落ちたその人形をよく見れば、右脚は股関節まで、左脚は膝下まで、それに下腹部と頭が生身の人間のもので組み上げられている。今まで倒した中にも二、三箇所程度は本物という個体ならばいくつかあったが、ここまでパーツが揃っている個体は他にない。
半分人間のようなそれは柱を支えにして立ち上がると、両肩の穴から呪力で出来た糸を伸ばし始めた。糸は無数に散らばる残骸の上を自由に這うと、両の手首と左前腕を拾い集め、足りない所は造り物で補って胴体に立派な両腕を生やして見せた。そしてくるりと具合を確かめるように手首を回した次の瞬間、今までとは比べ物にならない速度で飛び掛かって来た。
歪な呪力を纏った拳が虎杖に肉迫する。今までとはまるで違う行動パターンに多少驚きつつも、即座の判断力で手首を取り相手の勢いを殺さずに利用して頭突きをお見舞いする辺り、彼は呪術師として生きる中で戦闘行為に慣れ切ってしまったのだろう。物騒なものだと内心嘆きながら、日車は再びバラバラにされる半人間を眺めた。
虎杖は年不相応に落ち着いた声色で続ける。
「コイツら、自分の身体を完成させようとしてるっつーか、敢えて俺達にバラバラにさせるように動いてるよな?遺体を傷付けるみたいでかなり気が引けるんだけどさ、多分だけど…造り物の所には硬くて傷一つ付けらんねーのに生身の部分は簡単に壊せるんよ。それってさぁ…、つまりそういう事だろ?」
日車は足元に転がる左手首を見下ろした。黒く変色した薬指にはシルバーのリングが嵌められている。
虎杖が無機質な人形の中から唯一、人の名残を選んで破壊する姿を想像して胃の腑が引き攣るような感覚を覚える。襲う軽い目眩を隠すように背を向けると、退路を開く事に専念してガベルを構えた。
「…一時撤退しよう。最終的に遺体の損壊は致し方ないとして、ここへ来て随分と経つが未だ元凶の特定には至らない。この人形達も、ある程度本来の身体を取り戻せば術式も使いかねないようだし、その場合この数は厄介だ」
「でも、俺達が出たらコイツら外出ていっちまわないかな。片付けた方が良くない?」
「出る気があるなら俺達が此処へ来る前にとっくに出ているだろう。恐らく、出られないが正しい」
言うなり日車は、目の前に立ちはだかった人形の攻撃を躱しつつ、拾った上腕を出口へ向かって投げ付けた。入って来る時に邪魔だった為に壊れた扉は横へ退けてある。しかしぽかりと口を開いたそこから腕が外へと出る事はなかった。
見えない壁に阻まれて跳ね返る腕を顎で示すと虎杖はようやく納得して駆け出した。
一足先に虎杖が館の外へと飛び出して、日車もそれに続かんと荒れ果てた床を蹴る。
あとほんの一歩で出口に届くという所で、何かが左手首に巻き付いた。
「日車!?」
虎杖の悲痛な声が名前を呼ぶ。
何事が起こったのか分からずに手元へと視線を落とすと、攻撃を躱したあの人形から伸びた呪力の糸が自身の左手首に幾重にも絡み付いて食い込んでいるのが見えた。
突然強く引かれて肩関節を脱臼したのが分かる。踏ん張ろうと足に力を込めてみるも、地層のように積もった塵埃の上へ落ちた自分の血で靴裏が滑ってどうにもダメそうだ。
戻って来た虎杖が糸を切ろうと必死になって引っ張る度にその振動が日車の肉を切り裂いて更に深く糸を進ませる。
「ぐッ…、……行け、応援を…!」
「っ…、分かった!」
激痛に呻きながら虎杖に離脱を促すと、彼は唇を噛み締めながら再び外へと駆け出して行った。