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一粒のエアレンデル/Novel by たいちゃん

一粒のエアレンデル

3,513 character(s)7 mins

篤寛の馴れ初め話。
淡々とした日常の中で少しずつ近づく二人。

※日→虎のドデカ感情を前提としています
(ドデカ感情はドデカ感情です そうとしか言えない 引っかかる方は何卒ブラウザバックいただけると幸いです)

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1.

 宅呑みの回数が両手を超えた日、「もういいか」と思って鍵の在処を教えた。
 そこのポストの中に入ってるんで、まあウチに来たくなったら適当に使ってください。俺がいようがいまいが別に気にしなくて良いんで、と告げると、目の前の男は盛大に眉をひそめた。
「何もかもが不用心だな。今時信じられない」
「ごつい男の一人暮らしで、何を警戒することもねえだろうよ」
「盗難被害の発生件数は馬鹿にできないぞ」
「空き巣に入られるより、鍵を失くす可能性の方が俺にとっちゃデカいんでね」
「家主のいない間に俺が良からぬことをする可能性は?」
「それこそ一番有り得ねえな」
 挙げられた懸念点をことごとく鼻で笑い飛ばせば、日車は納得がいかなそうな顔で黙り込み、それでもやがて静かに頷いた。
 最初から予想はしていたが、本心から自由に使えと伝えたところで直ぐ様遠慮が抜ける訳もなく。何の連絡も寄越さず、日車が初めて"無断で"俺の部屋に泊まっていったのは、二人で過ごした時間が両手足の数を追い抜いてからさらにしばらく経った頃だった。


「何だこりゃ」
 その日家に帰ると、テーブルの上に飴袋が数個ほど置かれているのが目に入った。そのどれもが、己が好んで食べている味のもの。自分で買ってきた覚えはない、こんなオヤジの住む家にサンタが来るはずもないとくれば、思い当たる節なんぞたったひとつだけだった。
 尻ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、メッセージアプリを開いて、猫耳の加工が施された日車の写真が映るアイコン(虎杖にやられたらしい)を選ぶ。家に来たのか。余計な気を遣わなくて良い。嬉しかった。思い浮かぶ言葉はいくつもあって、それでも結局、「美味かった」とだけ送った。
 半日後、返ってきたのは俺と同じくたった一言の御礼の言葉。それ以来、飴袋は日車の来訪を知らせる合図になった。


2.

 今夜の日車は随分と上機嫌だった。理由は聞かなくともわかる。明日が虎杖の誕生日だからだ。
 虎杖の誕生を祝うのは、日車が何週間も前から向き合っていた最重要任務だった。
 プレゼント代の相場はいくらだ、何個までなら許されるのか、20も歳上の知人男性から贈られても気持ち悪くない品とは、いやいっそモノじゃなくてコトの方が良いのか?飯に連れて行くとか。会う度に切羽詰まった死にそうな面で相談されれば放っておく気にもなれず、共に頭を抱えた回数は数え切れない。


 日車は再び間違えることを恐れていた。己の在るべき姿を常に探していた。とりわけ虎杖に対しては、彼という理想のかたちを、若く青い魂の中に灯る輝きを、今度こそ正しく愛そうと必死だった。文字通り命を懸けて、彼の純真を守らんとしていた。あの子供を穢すこと、あるいは穢されることは、日車の世界では絶対に許されない罪だった。
 虎杖の高潔さも、日車や周囲の面々が彼に惹かれて止まない理由も、今となっては確かに理解できるが。正誤の葛藤を遥か昔に手放して、不正解を厭わない大人に成りきった俺にとっては、日車の足掻きの方がよほど目に痛かった。


 そんな風に大の男二人が右往左往した挙げ句、最終的に行き着いたちょっと良い店の焼肉食べ放題券を、虎杖は大喜びで受け取った。映えだのセンスだの、その他何もかもを投げ捨てた無難にも程があるチョイスだが、もう知ったこっちゃない。本人が喜んだなら無問題だ。
 券は二人一組になっていて、虎杖は当然のようにそれを日車と一緒に使うと言った。そうしてXデーも遂に前日に迫った今日、前夜祭と称して二人は店に繰り出してきたという話だった。ただでさえ食べ盛りの学生、それが虎杖ともなれば、さぞかし盛大な宴だったに違いない。


「今日は良い日だった」
 ウチに来てから冗談抜きに100回は吐いたんじゃないかという台詞をまた呟いて、日車は缶ビールを煽った。いつになく緩んだ頬に、抑えきれない幸福が滲んでいる。本当に嬉しかったんだろう。虎杖の誕生日を祝えたこと、祝わせてもらえたこと、彼をきっと間違えずに愛せたこと、その全部が。
「良かったな」
 腕を伸ばして乱暴に頭をかき撫ぜたが、特に抵抗もされず微笑まれただけだった。いつもなら、俺相手に子供扱いは止せ、と顔を顰めて手を払われる。つくづく虎杖効果は凄まじい。
「今日は良い日だった。明日はもっと素晴らしい日になるだろうな」
「高専の連中でパーティーか何かやるんだったっけか。毎度毎度マメなこった。あんたも参加すんのか?」
「いや。話は聞いているが、今晩彼を独占させてもらったんだ。これ以上出しゃばるつもりはない」
「別に来たら来たで普通に喜ぶと思うけどな。ま、連日祝われても気ィ遣うタイプか、虎杖は」
「君もそう思うだろう。だから行かない。……良いんだ、本当に」
 満足気に細められた目の奥に、ほんの僅かに切なさが過るのを見た。余計なことを言った、と思った。お前と過ごした今日があるから、明日がより「素晴らしく」なるんじゃねえの。次いで口にしかけた言葉は、ビールと一緒に無理矢理呑み下した。
 高専の方角に向かって心中でひっそり祈る。誕生日おめでとう。俺が言えた義理じゃないのは百も承知だが、精々長生きしてやってくれ。


3.
 
 一級最強だ何だと持て囃されたところで、俺は所詮弱者側の人間でしかない。永遠に。この世界に足を踏み入れた瞬間からずっと、嫌と言う気力すら残らないほどに繰り返し突きつけられてきたその事実を改めて思い知った。
 全治3ヶ月。家入が全力で回した反転のサポートがあってこれなので、元の惨状は推して知るべしだ。五体満足なのが奇跡と断じられる有り様だった。
 流石に今回ばかりは洒落にならないと聞かされていたのか、病室を訪れる生徒や弟子達は揃いも揃って神妙な面持ちで、こちらの調子が狂いそうになった。平時は死に損ないだのしぶといオッサンだのと散々に言ってくる奴等だが、そういう線引は意外にもしっかりできている──できるようになってしまった。
 他人に言われるまでもなく、生き汚い人間の自覚はある。それの何が悪いとも思う。涙に濡れた三輪の両手が、ベッドに横たわる俺の手を包むように握ってきた時、何が何でも生きようとした己の選択をこの先決して悔いるまいと覚悟した。紙一重の縁にしがみつくための努力を、俺はこれからも重ね続ける。大体にして、仮にそう願ったところで、潔く散る資格など今更ある訳もないのだし。
 それから退院する日まで、大も子も問わず、見知った顔の連中がかわるがわる見舞いにやって来た。その中に日車の姿が混ざっていたことは一度も無かった。


「先生が無事で本当に良かった。日車も凄く心配してたよ」
「そーかよ」
「そうだよ。前から思ってたけどさ、実は仲良いよね、二人とも。日車があんなに心細そうにしてるところ、俺始めて見たかも」
「マジか? ……ハ、そりゃめでたいな」  
「?? 何で? あ、日車に心配されて嬉しいのか」
「オブラートって言葉知ってる?」


4.
 
 入院中、伊地知を通して留守宅の清掃サービスを使ってみたが、知らない人間を部屋にあげる抵抗感は思ったよりも大きく、結局一度きりしか頼まなかった。家中に充満するだろう埃臭さを想像するとうんざりしたものの、嫌なものは嫌なのでやむを得ない。自分という男は一体いつの間に、こんな繊細な性質になっていたんだろうか。
 一日を掃除に捧げる決意を携え、3ヶ月ぶりに帰った我が家は、予想に反して嘘みたいな清潔さだった。床に目立った埃は無く、水回りも全て綺麗に磨かれている。定期的に換気もされていたらしい、部屋中にすっきりとした空気が流れていた。
 家主が不在の中、では誰が代わりを努めたのか。机の上に山と積まれた飴の袋が答えだった。


 俺達はどこもかしこも遠すぎて、だから俺は、俺という人間を正しく愛せていると伝えることは、日車にとってさしたる報いにはならないと思っていた。日車の臓腑に渦巻く自己嫌悪を拭う、その一片にもなりやしないと信じていた。 

 本当はそんなことはないのかもしれない。
 もう少しくらい言葉にしても良いのかもしれない。

 いつの日かたったひとりのために死ぬ男に、俺はお前のためにも生き抜く男だと告げることさえ、もしかしたら間違いにはならないのかもしれない。


 メッセージアプリを開き、相変わらず馬鹿みたいな猫耳が貼り付いたアイコンをタップする。快気祝いを強請る言葉を送ったのと同時、玄関先から鍵の開く音がした。

Comments

  • 夕音
    May 18, 2024
  • 小夜双☆スカィWeb
    May 18, 2024
  • narrプロフ必読1\1加筆。

    徐々に縮まっていく二人の仲に喜ぶべきなのに、何故か切なくて刹那が見えて感情が揺さぶられ泣きそうになりました。ありがとうございますm(_ _)m

    May 18, 2024
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