可愛いひとー2ー
篤寛2話目です。大分もだもだしてきました!無自覚に恋してる感じの日車さんを書くのはとても楽しい。今回のMVPは清水ちゃんです。
この話はくっつくところまで書ききって、その後の話を書き下ろしとした薄い本を6月に出したいという希望。順調に進めばの話ですが…。
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「少し出てくる」
今週末に予定されている裁判の弁論資料に大方の区切りがついたタイミングで席を立ち、机に置いていたスマホをスーツのポケットに入れながら自席で大量の資料と格闘している清水に声をかければ、「分かりました」でも「いってらっしゃい」でも「行先は?」でもなく、「また餡虎ですかぁ?」と返された。
「今週三回目ですよ?ていうか昨日も行ってましたよね?粒あんのおまんじゅう買ってきてたじゃないですか。あれまだお菓子ボックスに残ってますよ?その前に買ってきてたどら焼きも。まずそっちを消費してから新しいの買いに行ったらどうです?」
「在庫は俺も確認している。だが昨日、餡虎の店主が今日から期間限定の豆大福を店頭に出すと言っていたんだ。期間限定で数量も限られていると言っていたから完売する前に買っておこうと思ってな」
「豆大福なんか消費期限超短いじゃないですか!確かに限定ってワードには心惹かれますが、今日から販売開始なんですよね?絶対来週も売ってるんですからとりあえず今あるどら焼きとおまんじゅうが少なくなってからでいいんじゃないですか?」
「だが今日日下部が来るかもしれない」
「…ッスゥ――――」
俺の顔を凝視しながら妙な音を発した清水に「何だそれは」と意図を問えば、「それはこっちのセリフですよ!」とキレられた。
「来るかもしれない、じゃないんですよ!聞いたらいいじゃないですか、日下部さんに直接!今日はこっちに顔出せそうか?って。何の為のスマホですか!使ってくださいよ、文明の利器を!日車さんが暇で暇でしょうがないって言うんならそういう今日来るかな?どうかな?っていう片思いの男子との遭遇を期待する女子高生ムーブみたいなのもまあ自由ですよ。でも日車さんめっちゃくちゃ忙しいじゃないですか。来るかどうかも定かじゃない日下部さんの為に餡虎行くよりも、その時間を自分のお昼ご飯食べる時間にあててくださいよ。私知ってるんですからね、日車さんがずっとカロリーメイトでお昼ご飯済ませてるの」
菓子を買いに行くだけだったはずが、最終的には耳の痛い説教に挿げ変わったのは何故なのだろう。途中の「片思いの男子との遭遇を期待する女子高生ムーブ」という例えも良く分からなかった。清水こそ、休憩が足りていないのではないだろうか。
「俺が昼飯を栄養補助食品で済ませるのは今に始まったことではないだろう?最近は餡虎の菓子を食って糖分を摂取できている分、脳疲労は逆に軽減されているぞ。清水も疲れているなら少し休憩を取れ。どら焼き食うか?」
「いりません!私来週健康診断なんですから!それより、日下部さんに連絡!LINEして来るかどうか確認してから買いに行って下さい」
「日下部のLINEは知らないが」
「嘘でしょ?!日車さんそんななのに?!」
「そんな…?」
「あ、いいっす。LINE交換してないならメールでいいですよ。電話番号で送るやつ。ていうか日車さんと日下部さん結構仲いいのに今まで連絡とかどうしてたんですか?」
日下部の電話番号を呼び出し、短い文を打ち込みながらそういえば…と考える。
「俺から日下部に連絡を取ったことは無いな。大抵連絡を寄越すのは日下部の方からで、それもプライベートのスマホの番号じゃなく、事務所の固定電話宛だった。そう考えると俺から日下部への連絡はこれが初めてということになるな」
「マジですか。あ~…だったら今日日下部さん絶対来ますね」
来るだろう、でも来ると思う、でもなく「絶対来る」と断定して言う清水に首を傾げる。
「だったら、とは何にかかってるんだ?今俺が答えた中に日下部が来ると断定できる要素があったか?」
「これだから無自覚さんは…いえ、こっちの話です。あのですね、そこそこ仲良くしてるのに今まで一回も自分から連絡を寄越さなかった相手から今日来られるか?みたいな連絡が来たら何かあったのかな?って気になるもんですよ。しかも日車さんは今絶賛時の人で、色んな意味で気を付けないといけないんですから。因みに、メール何て送ったんですか?」
「普通に…今日はこっちに来る予定はあるか、と。―――だが清水の言う通りならまずい文面だ。暗に今日ここへ来ることを日下部に要請したことになる。清水、この送ったメールの送信取り消しはできないのか?」
「LINEなら取り消し機能ありますけど、ショートメールはできないですね。まあでも大丈夫ですって」
何を根拠に…と反論をしようとしたが、それより先に手元で鳴ったピロン、という電子音がそれを遮った。
「おっ、返信早~い。日車さん、日下部さん何て?」
デスクチェアを回転させ、身体ごと俺の方に向き直った清水が返信者は日下部だと断定して聞いてくる。忙しい彼がこんなに早く俺のメールに気付くものだろうかと清水の言葉を疑いながらスマホのロックを解除して今さっき受信したメールを確認してみると、清水の言う通り差出人は日下部だった。短く『17時頃行く』とだけ書かれている。
「ほら~やっぱり日下部さんだったでしょ?」
「……俺は何も言ってないだろう?」
「そんなの聞かなくても分かります。で、何時頃来られるんですか?」
「……17時頃だと書いてある」
「17時…あれ?日車さん16時に川田商事の訪問予定入ってませんでしたっけ?あ、ほら。やっぱり」
清水がほら、と指差した月予定を書き込むホワイトボードの今日の欄には、俺のネームマグネットと共に『16時 川田商事労使トラブル相談』と書き込まれている。
「ああ、そうだな」
「そうだなって…川田商事ってここから電車で三十分はかかりますよ?あそこの社長さん雑談好きで脱線も多いですし。16時アポだったら絶対17時に帰社できないじゃないですか」
どうするんです?と指差したホワイトボードと俺を交互に見比べて清水はそう言うが、別にどうすることもない。
「ああ、帰社は早くても18時過ぎだろうな。だから日下部がここに来たら清水から菓子を渡してやってくれるか」
「ファ――――――ッッッ」
俺の応えに清水は勢いよく背凭れへ上半身を倒し、顔を仰向かせて二度目の妙な奇声を発した。
「おい―――」
大丈夫か?と声をかけようとしたが、それより先に勢い良く立ち上がった清水の「日車さん!!」という大声に遮られ、口を噤んだ。
「あのですね!我々弁護士も大概ブラックな労働環境ですが、警察はその更に上をいってて刑事事件を担当してる捜査一課なんか労働基準法は死んでるっていう話です。で、日下部さんはそこの警部補なわけです。忙しくないわけが無いのは日車さんもご承知ですよね?」
「勿論だ」
何を今更、と若干呆れて返せば、清水はツカツカと俺の方に歩み寄って来て、上向かせた両手のひらを上下させながら俺を見上げ、「ですよね?!」とキレ気味に同意してきた。
「そんなクッソ忙しい日下部さんがわざわざお菓子を受け取りに来るだけなんてことあると思います?無いですよ!200%無い!日車さん、とぼけてるわけじゃなく、本気で分かってないみたいだから教えてあげますけど、日下部さんはこのタイミングで日車さんから初めて連絡が来たのを《何かがあったから》と捉えているはずです。今まで一度も自分から連絡を寄越さなかった相手がメールしてくるなんてよっぽどのことがあったんだ、って。だから、超絶忙しい中無理くり予定と時間を調整して「来る」って言ってるんです。なのにいざ来てみたら肝心の日車さんはいなくて「日車さんはいませんが、お菓子どうぞ」なんて言って私が豆大福差し出したりしたらどうなると思います?血の雨が降りますって」
言われてハッとした。確かに、俺の身辺を気にしていた日下部ならあのメールで《何かがあった》と考えるのは自然なことかもしれない。慌ててスマホを操作し、『先程のメールは気にしないでくれ。何もないから来なくても大丈夫だ』と訂正メールを送ったのだが、すぐにまたピロン、と通知音が響き、ただ四文字『待ってろ』とだけ送られてきた。
「まずい…」
怒った日下部に俺が殴られようがどうしようがそれは別にどうでもいい。勘違いをさせるような軽率な行動をとった俺が全面的に悪いのだから。そうではなく、俺よりも遥かに忙しい日下部の貴重な時間を無駄に使わせてしまうことの方が問題だ。どうにかして日下部の来訪を止める術は無いかとスマホ画面に表示された『日下部篤也』と『待ってろ』の文字を凝視していると、「じゃあ、こうしましょうよ」と清水が解決案を提示してきた。
「川田商事の労使トラブルの相談には私が行ってきます。あそこ、元々私が担当してたんで社長の考えとかは把握してますし。これって継続案件じゃなくて今回が初回相談ですよね?だったら今日は事実確認と先方の意向を聞き取りして持ち帰るだけになるでしょうからボス弁が出るまでも無いですよ。で、代わりと言っては何ですが、日車さんは私が行くようになってる窃盗事件の接見に行ってもらっていいですか?例の新宿の案件です。日車さんにも資料目通ししてもらってるやつなんで内容は頭に入ってますよね?時間は13時からです。これなら日車さんは確実に17時までにはここに戻って来られるから問題ないですよね?超ナイスな提案じゃないですか?」
ピースした腕を突き出して「どうですか?」と聞いてくる清水の提案は確かに、最悪を回避することはできる。唇に指を触れさせ、様々なことを天秤にかけて―――最終的に頷いた。
「清水が構わないなら確かにそれが最善だと思う。ただし、ひとつ条件追加だ。清水は川田商事の訪問後直帰すること。あそこから君の自宅まで電車で二駅ほどだっただろう?わざわざ帰社してまた引き返す必要はない」
「えっ、いいんですか?そんな条件追加なら全然喜んで!じゃあ今日の予定はチェンジってことで。あ、餡虎には気分転換がてら私が行ってきますから日車さんは接見に行く準備して下さい。え~っと、限定の豆大福でしたよね?いくつ買ってきます?」
「ああ、悪いな。数は…そうだな、四つ買ってきてくれるか」
「私と日車さんが一つ、日下部さんが二つの計算ですか?」
「そうだ」
「あ~…もし構わなければ私の分はわらび餅に変更したいんですけど…」
そういえば清水は来週健康診断だと言っていた。確かに、豆大福よりわらび餅の方が罪悪感は少ないだろう。
「なら豆大福三つとわらび餅で。もし他にも食いたいものがあれば買ってくるといい」
財布から一万円を取り出し清水に差し出せば、清水はそれを自分の財布にではなく会社の買い出し用の透明ポーチに入れた。小さなことだが、そういうところにも彼女の真面目さが出ていて良いと思う。
「気を付けてな」
「YES、BOSS!じゃあ、いってきまーす」
右手を額に翳し敬礼の真似事をして出て行った清水を見送り、一息吐いて手の中のスマホに視線を落とす。受信メールボックスの一番上に表示されている『日下部篤也』をタップすれば、たった四つだけしかない短いやり取りが表示された。
11:10 『お疲れ様。今日はこっちに来る予定はあるか』
11:12 『お疲れさん。たぶん17時頃には行ける』
11:22 『先程のメールは気にしないでくれ。何もないから来なくても大丈夫だ』
11:23 『待ってろ』
一度目を通せば十分なたった二往復の文面に何度も視線を巡らせている内に、最後の『待ってろ』というメールに一応何か返しておいた方がいいかもしれないと思い至り、新しいメッセージ欄をタップして文字を打ち込んでいく。入力しては消す、を数度繰り返し、ようやく打ち込み終わったその短い文章をまた何度も読み返してから送信ボタンをタップした。
11:45 『分かった。待っている』
シュポッという音と共に吹き出しが五つになったということは、この文面が日下部の端末にも届いてしまったという証拠だ。そうすると何故だかやたら落ち着かない気持ちになってきた。
ついさっき清水から送信取り消しはできないと教えられたものの、何か他に方法があるかもしれないと検索バーに「ショートメール 取り消し 方法」と入力して検索を掛けようとしたのと同時に、ピロンと新しい通知が届いた。
一瞬見えた差出人は『日下部篤也』。
すぐに検索画面を消し受信メールを確認すると、新たに六つ目の吹き出しが追加されている。
11:45 『おう』
俺のメールから一分も経たずに返された、たった二文字だけのそれを見た瞬間、思わずふ、と笑ってしまった。ぶっきらぼうに見えてその実律儀な彼らしくて。
(こういうのをマメというんだろうな…)
自分にはない彼の美点に感心しつつ、そのマメさが自分に対しても発揮されるという発見に何とも言えないむず痒さを感じる。
(仕事以外でもこうして関わることが多くなれば、もっとそういったことに気付くことができるだろうか―――)
俄かに湧き上がってきた期待のような何かを胸に、返された二文字を繰り返し目で辿った。