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癒合/Novel by むに

癒合

4,606 character(s)9 mins

パンダと日下部と日車の何か。このあと篤寛になるのでタグをつけておきます。
※原作(人外魔境新宿決戦まで)のネタバレあり。
※アニメで狂って5年ぶりに小説を書いたオタクの習作です。お手柔らかに……

\お試しでウェボを置いてみることにしました/26.04.24
たくさんお読みいただき、諸々のリアクションまでありがとうございます。ご感想などいただけると大変励みになります!よろしければ何卒~~~
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 いかにも日下部が目をかけそうなヤツだなあ。俺から見た日車の第一印象は、確かそんな感じだった。俯きがちな視線はなんだか危うくて、どこにいても居心地が悪そうな佇まいは放っておけない。だから日下部に「おいパンダ。日車のことよく見といてくれ」と声をかけられたとき、「やっぱりな」と腑に落ちたことを覚えている。
「別にいいけど、一応聞いとく。何でだ?」
「わかんねーか? アイツが妙な気おこさねーようにだよ」
 日車の術式は今後の切り札になる。その日の気分でうっかり死んでもらっちゃあ困るからな──デカい図体を丸め、俺と目を合わせ声を顰める日下部の表情からは緊張感が伝わってきた。ある日突然光を奪われ、何度も命を絶とうとした妹のことを思い出しているのかもしれない。
「くれぐれも、俺からの指示だってバレねーようにな」
 そう言いながら俺の頭に置かれそうになった手は宙をさまよい、不自然な軌道でスラックスのポケットに納まる。いま日下部の脳裏によぎったのが誰かなんて、正直どうだっていい。大切な人であればあるほど、不在によって喪失が際立つのは当然だ。俺はそんなことより、文字通り「ちっぽけ」な存在になってしまった今でも役割をもらえる事実が嬉しかった。日下部は優しい男だ。もしかすると、俺を気遣って新しい役目を与えてくれたのかもしれない。「んじゃ、よろしく頼むぜー」と屈伸かたがた立ち上がった日下部の、広い背中が大人たちの輪に加わるまで見届けた。

 日下部と密談を交わした翌朝。いつもより早く目が覚めた気がして時計を見ると、案の定2つの針は5時台を指し示していた。冬の日の出にはまだ遠く、かといって二度寝するのも微妙な時間。こういうときは、観念して早起きするに限る。みんなが起き出す前に、散歩のついでに日車の気配でも探っておくことにした。
 前よりも覚束ない嗅覚を頼りに、まずは屋内を練り歩く。待機ロビー、食堂、職員室。日車の臭跡から普段の行動を嗅ぎ取る。数日前に合流したばかりだからか、動線はそこまでパターン化されていないように感じた。屋外の道場と体育館も見ておこう。階段を降りてエントランスに目を向ける。すると、そこにはソファーへ腰掛けた日車がいた。ガラス越しの空高く輝く星々から目を背け、何の面白みもない床一点を見つめている。その静けさと不動は美術館に展示されている彫刻のようだったが、実際には20人以上を殺している危険人物だ。そういう意味では、鹿紫雲と同類じゃねーか。ヤバいヤバい、なんか急に怖くなってきた。いったん見なかったことにしようと、踵を返そうとしたとき。夜空を大きな雲が流れ、闇との境目が曖昧になった輪郭から「君は、」と声が届く。
「確か2年の……パンダ、だったか」
「……パンダ以外の何に見えるよ」
 想定外の接触に跳ねる鼓動を手懐けつつ返すと、「フッ」と小さな笑みが響いた。へー意外、コイツも笑ったりするんだ……いやいや、そうじゃなくて!
「何してんだよ、こんな時間に」
「……それはお互いさまだろう」
 再び雲が移ろい、細い月明かりに照らされた日車の顔つきは酷いものだった。蒼白い肌にぽっかり空いた洞のように黒い瞳。おそらく日下部が「妙な気を起こして今にも死にそう」と判断したであろう表情で、俺を見つめてくる。日車から話しかけてきたくせに、会話を続けようとする努力は感じられない。だからといって、あんな状態の日車を置いて立ち去るのが得策でないことくらい俺にもわかる。困り果てた挙句、俺の口から飛び出したのは自分でも予想外のひとことだった。
「あんた、パンダ撫でたことあるか?」
 バカの質問にもほどがある。自分の浅はかさを呪いそうになる直前、日車が答えた。
「……ない」
 バカ真面目にもほどがある。「ぬいぐるみなら、あるかもしれない……」なんて情報も、あとから付け足すほど重要じゃないだろう。ただ、どんな形であれ道が開かれたなら突き進むのみ。随分と小さくなってしまった歩幅で日車との距離を詰め、スーツ越しの脛をよじ登る。頭上から降ってくる「おい、何をしている」という問いをスルーして、硬い膝の上に落ち着く。
「……アニマルセラピーのつもりか?」
「ああ。必要そうに見えたんで」
 てっきり拒絶されるかと思ったが、その素振りは見せない。かといって、触れてこようともしない。さて、この先どうしたものか。次の出方を伺っていると「俺の両親は……」と、日車がいきなり語り出した。
「あまりアニメを見せたがらない人たちでな。俺もテレビを見るより本を読むほうが好きな子どもだったから、特に不満もなかった。そんな教育方針でも金曜の夜に宮崎作品が放送されると、家族みんなで楽しんだものだ。特に、俺は君によく似た小さいパンダが活躍する物語が好きだったことを思い出した」
 突如はじまった身の上話に呆気に取られたのち、念のため確認する。つまり、俺とお近づきになれて嬉しいってこと? そうだな。 ついでに聞くけど、あんま眠れてなかったりする? ……そうだな。先ほどの思い出話とは打って変わって消え入りそうな声のあと、頭頂部にささやかな温もり。
「あんたの手、柔らかいんだな」
「君の毛並みも柔らかい」
 殺人を重ねた人間の手とは到底思えない。日車のそれは過去に俺の頭を撫でてくれたどの成人男性とも異なる、悲しいくらい内勤男性の手のひらだった。

 その夜を機に、アニマルセラピー兼雑談が毎朝の日課になった。お堅い日車の膝に、可愛いの権化ともいえる俺が乗る。その姿はただただシュールなだけで、特に後ろめたいことはない。ツッコミ待ちともいえる光景は、日車が他の術師と交流するいいフックになった。その延長で、入れ替わり修行のあいだ俺たち高専の人間が日車に呪術の基礎を教えるキッカケにもなった。俺にはさっぱり理解できないが、日車は勉強に打ち込むことで気がまぎれるらしい。そのおかげか、合流した当初に比べて妙な気を起こしたり、うっかり死んだりしそうな雰囲気は薄らいでいた。
「日下部の授業が1番わかりやすい」
「そりゃまあ本職だからなー」
 今日もまた日車の腹に背中を預けて世間話に興じていると、思いがけず日下部の名前が出てきてヒヤリとする。そもそも俺が日車に近づいたのは、日下部に頼まれてのことだった。普段なら「本人に言ってやれ。あんたに褒められたらきっと喜ぶ」と言いたいところ、墓穴を掘らないように堪えて方向転換を図る。
「日車は質問するのも上手いよな。教えてる俺たちまで賢くなった気がする」
「わからないことをそのままにしておけない性分なんだ」
 そう零す日車の表情は見えないが、声を聞けばわかる。随分と遠い目をしているに違いない。
 大勢の人間を殺した日車と、たった一人の親を殺された俺。まさみちについて何も知らない日車の存在は、正直ありがたかった。相手に変な気を遣わせる心配がない。日車も同様に、人間じゃない俺と過ごす時間が息抜きになっていればいい。お互いがお互いを癒し合う時間の心地よさ。それを過信した俺は、すっかり気が抜けていた。

 決戦が数日後に迫ったある朝。いつもと変わらない構図で日車と過ごしていたときのこと。
「よく考えてみたんだが、俺は君を独占している気がする。他の者にもセラピーを施さなくていいのか?」
 トンチンカンな質問に聞こえるが、日車の言うことはわからんでもなかった。大勝負を前に、みんな平気なふりでストレスを抱えているのではないか。それなら……と仮定した上での提案だろう。しかし、前提から間違っている。だいたい、俺はセラピーアニマルでもなんでもない。日車の膝から勢いよく飛び降り、面と向かって言ってやる。
「頼まれたってやんねーよ! 日下部が大事にしたいヤツのこと、俺も大事にしたくてやってるだけ!」
「日下部が……?」
 あっ、やべ。言っちゃった……。ここから何とか挽回できる策はないかと日車の様子を伺うと、もともと下がり気味の眉がこれ以上ないほど下がりきっている。え、なに。どうした?
「実は先日、日下部と二人で話す機会があったんだが……」
 黙っていてすまない。そう言って、小さく頭を垂れる日車の耳の縁が赤い。なかなか俺と目が合わないまま、話を続ける。
「日下部に、その……『おまえに死なれたら困る』と言われた」
 それは俺だってそうだ。日車を失うのは嫌だ。道徳的な意味でも、戦力的な意味でも。ただ、先ほどから日車の様子がおかしい。日下部の言葉に、俺が持つ意味以外の文脈が乗っていた可能性があるんじゃないか。
「え~っと……念のため聞くんだけど、それはどのくらいの距離感でしたやりとり?」
 なんていうか、ムリなら答えなくていい。俺が投げた配慮という名のボールは、日車の誠意という名のバットで大きな弧を描き場外へ飛んで行った。
「……毎朝、君と話すときくらいの距離感で」
 これはもう、明らかに「そういうこと」じゃないのか。俺の知らないところで、日下部と日車が「そういうこと」になっているんじゃないのか。担任の色恋沙汰は、さすがに聞きたくないかもしれない。いや、でも、どうする? とイマジナリークラスメイトたちに脳内で意見を聞こうとする俺を、日車が「それから」と遮る。
「『面倒くさいのは御免だから、目を伏せてばかりいないで前を向いて生きろ』と……」
 パンダ、「面倒くさい」とはどういう意味だろう。何か知っているなら教えてほしい。ようやく目が合った日車は、久しぶりに「妙な気を起こしてうっかり死んでしまいそうな男」のツラをしていた。そして俺は「担任の決め台詞に解説を求められる生徒」という地獄のような役割を預かっている。とはいえ最初から日下部とつながっていたのは俺のほうだ。幾ばくか罪悪感がある手前、日車を無下にはできない。「これはあくまで俺個人の考えなんだけど」と前置きした上で、野暮にならないギリギリのラインを攻めることにした。
「日下部が『面倒くさい』って感じるのは、相手……ようは日車に対してじゃなくて『なにかと世話を焼きたくなる日下部自身』に対してじゃねーかな……と思ってる」
 思考を整理しながら、慎重に言葉を選んで伝える。だってこんなの……日下部が世話を焼きたくなる前に、日車に自力で歩けって言ってるようなもんだよな? じゃないと、日下部が面倒くさい男になる。それくらい、日車のことを……
「つまりあんた、めちゃくちゃ大切にされてんだよ」
 そう日車に告げると、喜色を浮かべるかと思いきや実際にはその真逆だった。
「……仮にそうだとして、言葉があまりに足りていないとは思わないか?」
「知らねーよ。日下部に直接言ってくれ。わからないことをそのままにしておけない性分なんだろ?」
 ていうか日下部のヤツ、「一線を超えずに日車の相手をする自信がないから俺に任せた」ってこと? それはそれで、ちょっとムカつくかも。
「そうだな。尋問の腕には覚えがある」
 内心で腹を立てる俺以上に、日車がしっかり「怒れる男」の面構えになっていて安心する。その調子で、ブチのめしてこい。決戦の前に痴話喧嘩で死ぬなよ~!

 日下部と日車、相性がいい2つの魂。一緒なら、きっと何だってうまくいく。

Comments

  • Apr 14th
  • ミッキー
    Apr 4th
  • tkayo

    パンダ、ナイスです!大人達より大人♪

    Apr 1st
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