四辺
日車と綺羅羅がドーナツを食す「円環」novel/27735570の後日談。(本作単体でもお読みいただけます)一方の日下部と秤は……的な話。屈強な男ども、惚れた相手の話をしろー!
※原作最終回後、日車が高専預かりの呪術師としてこき使われている世界線です。
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ランチタイムの繁華街。一人で訪れたチェーンのカツ丼屋はほぼ満席だった。コの字型のカウンターの奥に空いている二席を見つける。食券を買い店員に手渡し、お世辞にも広くはない店内を縫って席に着いた。昼メシどきに座れただけマシだが、混雑のせいで提供に時間がかかりそうだ。実際、「早さ」で名を馳せた系列店のはずが着席してから5分は経っている。こういうときは10分待ち、15分待ちも覚悟しておいたほうがいいだろう。そんなことを考えていると、俺の隣、すなわち最後の空席もすぐに埋まった。ラスト1席に滑り込んできた豪運の持ち主は──
「うわっ、休みの日にオッサンの顔なんか見たくねえんだけど」
呪術高専4年。この春、なんとか進級を果たした秤金次だった。
「店内もれなくオッサンだろ。店選びからやり直せ」
複数の客と店員にジロリと一瞥された気もするが、スルーだスルー。どう見ても事実だろうが。そんなことより。
「星は? 一緒じゃねーの?」
「いま向かいのスタジオでタトゥー彫ってもらってる」
「送迎とはまあ健気なこって」
お互い尻に敷かれてんなあ……と苦労を分かち合いたい気持ちもなくはない。とはいえ、こちとら極秘で職場恋愛中の身だ。言えるわけがない台詞は、お冷やと一緒にまとめて流し込む。俺がグラスを置いたところで、秤が「そういやさあ」と口を開いた。
「あんたの恋人、こないだ綺羅羅とサシでメシ食ったらしいけど何か聞いてる?」
「……は? いつ?」
何も聞いてねえ。あいつと星がサシ飯? 一体どういう組み合わせだよ。
「へぇ……あんた、綺羅羅の知り合いと付き合ってんのな」
「…………クソガキ。一丁前にカマかけてんじゃねーよ」
畜生。空腹で頭が回っていなかったせいだ。誤魔化しきれないボロが出て、これ見よがしに舌を打つ。
「大人を揶揄いやがって」
「拗ねてんのか? 大人げねー」
予想が大当たりして喜ぶ秤の表情は年相応で、うんざりもしたが安心もする。それにしたって。
「何でバレてんだよ……」
「あいにく『熱』には人一倍敏感なもんで」
「他のヤツらも気付いてっかな……」
「どうだろうな。俺にはわかりやすかったけど」
秤らしからぬ歯切れの悪い返答が気になり、さらに深く掘り下げてみる。
「何か違和感でもあったか?」
「いや……違和感っつーより、身に覚えが……あったから……?」
「………………………っあ゛~~~」
思い出した。コイツらも、俺たちと似たようなスタートだった。先に惚れたのも秤、告ったのも秤。交際がはじまった当初、星が嬉しそうに吹聴して回っていた。意外だったが秤も否定しなかったので、当時を知る学生、教員、窓たち全員の共通認識だ。
「あの人の、どんなボールを投げても、どんなコースに打っても響かねー感じ。入学したばっかの綺羅羅にそっくりだと思った」
確かに、思い返せば似ていたかもしれない。星は今でこそアッパーで秤にメロメロなギャルだが、入学当初はダウナーでミステリアスな雰囲気を纏う少年だった。
「押しても引いてもビクともしねえ山を動かしてみたい。どうすりゃ動くんだって。アレコレ躍起になってるうちに、沼に片足突っ込んでたな〜……ってのを、あんた見てたら思い出した」
加えて「自分じゃわかんなかったけど、はたから見ると必死の野郎ってのは結構キツいもんがあるな」だと? 黙って聞いてりゃ、さっきから言葉のナイフでグサグサと刺してくれるじゃねーか。
「……で? 結局なにが言いてえんだ。オッサンの恋愛を笑いてーの?」
「俺は熱を馬鹿にしたりしねえよ。ただ純粋に、懐かしくなっただけ」
純粋だぁ? お前と真逆の位置にある単語じゃねーか。なんて笑い飛ばしたかったのに、心の底から感慨深そうに言うので茶化せなくなる。それはそうと。
「……お前ら、誰にも言ってくれるなよ」
「じゃあ取引しよーぜ」
「あ?」
「そっちの要求をのむに値する対価をくれって言ってんの」
金銭の支払いなら、付き合いの長い姉弟のせいで慣れている。だけど、秤の言う「価値」は恐らく金品に限った話ではない。
「……具体的には?」
「綺羅羅に渡すお土産ちょうだい♡」
「あいつが喜ぶ手土産なんざ持ってねーよ」
「いやいや、あるだろ。でけえのが」
「あぁ?」
「恋バナだよ、こ・い・ば・な!」
最悪だ。その手の情報を開示するくらいなら、幾らか払ったほうがまだ傷は浅い。しかし、そうは問屋……もとい胴元が卸さないことも重々承知している。
「何個でもいいぜ。惚れたキッカケとか、相手のどこが好きとか」
「……マジで他言無用だからな」
目いっぱい凄んで釘を刺すと、秤は両手を頬にあて「うんうん♡」と乙女のように頷いた。やめろ、気色が悪い。
あ〜っと……先週の夜、あいつ突然ドーナツを大量に買ってきたんだよ。そういう奇行はたまにあるけど、基本的に大抵のことは何でも出来るヤツだと思ってたワケ。だけど所謂スイーツ的なもんには慣れてねえのか、こぼさず食べるのが苦手っぽくてよぉ。丸っこくて全体的に粉砂糖が振ってある、小洒落たクリームパンみてーのがあんだろ。昔からある定番の、エンゼルなんちゃらだっけ? あれを口ん中いっぱいに頬張ったらケツから白いのが垂れてきて、咥えたまんま困ってるあいつと目があったときは……何ちゅーかこう、クるもんがあったな。
さすがに気恥ずかしい。目の前にあるソースの小瓶に視線を固定したまま、一息に話し終える。恐る恐る秤を見ると、白目を剥いて固まっていた。え、なに、死んだ? なんなら、他の客の箸も止まっている気がする。有線の店内BGMまでちょうどよくフェードアウトしてんじゃねーよ。
「おい、なんだこの空気。勘弁してくれ」
「勘弁してほしいのはこっちだよ! 昼間っから教え子に猥談かますとかセクハラだろ?!」
「はぁ?! 別に猥談聞かせたつもりねーよ!」
どうやらエピソードの選択をミスったらしい。訴えられたらどうしよう。あいつに弁護してもらえねーかな。もらえねーよな。泣いていいかな。心の中でめそめそ嘆く俺をよそに、秤がニヤけたツラで距離を詰めてくる。
「ていうか、先生たちもヤることヤってんだな~?」
「…………黙秘する」
「はは! 語彙まで似てくるとか恥ずかしくねーのかよ」
「んだとコラ、人のこと言えんのか?!」
こいつ、なんか今日やけに突っかかってくるなあ。この感じ、もしかして……
「お前、Wデートでもしてーの?」
「キモッ! 発想が古すぎて引くわ! したくもねーし、するわけねーだろ」
とかなんとか言って、きっとこの男は星が本気で求めれば拒めない。俺も、あいつが心から望むことなら断れないだろう。
秤との舌戦が落ち着くと同時。タイミングを図ったかのように運ばれてきた定食は案の定、ほとんど味がしなかった。