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【篤寛篤】たまたまバーで出会った篤也がわりと有名なモデルだった/Novel by じゃこめし

【篤寛篤】たまたまバーで出会った篤也がわりと有名なモデルだった

6,782 character(s)13 mins

バチバチに着飾ってハイブランドのバカデカ広告に載ってる篤也が見たかった。

この篤也は多分国内外問わず好みの男をつまみ食いしてるタイプ。

男に困って無いけど何故か寛見には奥手になるといいよ〜。

ベッドインまで時間かかっちゃって「こんなはずじゃ…」って首捻るといいよ〜。

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その夜そのバーを訪れたのは気まぐれと偶然。普段は行かないエリアで仕事の関係者と会食をして、タクシーを拾おうと大通りに向かって歩いている時に見かけたビルの看板。深紅の背景に金文字の洒落た文字に、珍しく一杯飲んで帰ろうかと足を向けたのだ。いつもは事務所で遅くまで仕事をしてそのまま真っ直ぐ帰宅、シャワーを浴びてビールで適当なつまみを流し込みながら資料を眺めて寝落ちして翌朝出社、毎日その繰り返し。しかしここらは滅多に訪れないし、明日は打ち合わせなどの人に会うような予定も無いし、たまにはいいかとエレベーターに乗り込んだ。重厚そうな扉を開けると店内は程よい明るさで、ゆったりとしたジャズが流れていた。

「いらっしゃいませ」

口髭を生やした壮年のバーテンダーの低い声に促されて店内へ足を進める。五つしか無いカウンターのスツールの左側の二席には良い雰囲気のカップル、一つ席を空けて背が高く体格の良い男性が座っていた。どうしようかと一瞬迷って歩みを止めると、バーテンダーが掌で右端の席を指したのでそれに従う事にした。正面のカウンターを何気無く眺めながら腰を下ろそうとして、ふいに肩が左の男性に触れた。

「ッ、失礼」

ぶつかったという程でも無いが慌てて左を向いて、そうして初めて男性の顔を見た。黒縁のボストン眼鏡をかけた短髪の同年代だが、眼鏡越しでも分かる程その顔が整っている。酒の席では少し肩が触れただけで激昂するような酔っ払いも居るが、彼はそんな心配が無さそうで安心した。謝意を伝える為に軽く頭を下げると、何故か彼は意外とでも言いたげに片眉を上げ薄く微笑んで一言「いえ」と返した。

「スコッチを」

「かしこまりました」

「初めて見る顔だな」

会食相手に付き合ってビールを飲んだ後だったのでスコッチを注文した所で、左から声がかかった。声をかけられるとは思っていなかったので少し戸惑いながら、「ええ。普段はこの辺りへは来ないので…今日はたまたま」と返す。

「へえ、仕事帰り?」

「はい。…そちらは、ここへはよく?」

「ああ、マスターが知り合いでね。それにここは静かに飲めて好きなんだ」

だったら自分に話しかけない方がいいんじゃ、なんて無粋な返しはしない。目の前に置かれたグラスを持ち上げてちらりと左に視線をずらすと、彼はグラスを弄びながら穏やかな顔をこちらに向けていた。

「飲むのはいつもそれ?」

「こういった店では。家ではもっぱらビールですが」

「あんまり外では飲まないのか?」

「そうですね…普段は仕事ばかりで。今日は近くで会食をした帰りなんです」

「そうなんだ」

ぽつりぽつり。スローペースの会話は途切れる事なく、グラスが空になる頃には肩から力も抜けて口調も緩み、笑みが溢れるようになっていた。

「同じ物を」

「俺にも同じ物を」

一杯だけ飲んで帰るつもりが、彼とまだ話していたくてつい次を頼む。彼も次を重ねたのは同じ気持ちだからだろうか、なんて浮ついた事を考えるのは多少なりともアルコールが入ってるせいに違い無い。それから取り止めのない会話が続いたが、名前とか、職業とか、普段行動しているエリアとか、そういう事はお互い触れなかった。元からそういう顔付きなのか緩く口角を上げて親しげに話してくれてはいるが、一線を越えさせない空気を感じていた。ただ自分を値踏みするように見つめる眼鏡越しの瞳を見て、もしかするとストレートじゃないかもしれない、とは思った。小さく流れるジャズに乗って届く耳に心地良い低い声を聞きながら会話と酒が進み、二杯目が空いた所でちらと時計を確認した。ここからタクシーを拾って帰ってシャワーを浴びるならそろそろ出ないと明日が辛いなと考えていると、それを見透かしたように彼が「そろそろ?」と短く言った。

「そうだな、明日も仕事だから」

「そっか…」

声がどこか残念そうに聞こえるのは自分に都合の良い幻聴だろうか。カードケースからカードを出して会計を済ませながら、彼に名刺を渡そうかどうか悩んだ。彼がストレートかゲイかは分からない。どうこうなりたいとまではまだ考えないが、少なくともこれっきりにするには惜しい程度には彼に好感を抱いていた。しかし名前も知らない初対面の相手に酒の場で名刺を渡すのは、自分の職業柄戸惑われた。かといって番号を渡すのはあからさまだろうか…。表情に出さずに迷ってる内に会計は済まされ、バーテンダーが「ありがとうございました、またお待ちしてます」と頭を下げる。とりあえずスツールから降りて上着を手にしながら彼の方へ向いた。

「今日はありがとう、おかげで楽しい時間だった」

「こちらこそ。こんな楽しい夜は久しぶりだった」

「あ…」

ポケットの中でスマホを握りしめながら、何て言おうかと口を開閉させた。
また会えるだろうか?
番号を聞いてもいいか?
俺の番号を伝えておいてもいいか?
どれを選んだとして、目の前の笑顔が曇ってしまう想像をすると一歩が踏み出せない。そんな俺のポケットに入ったままの右手をちらりと見てから、彼はにっこり笑ってひらりと手を振った。

「たまにここで飲んでるから、また会えると嬉しい」

「ッ、ああ、そうだな…また。おやすみ」

「おやすみ」

緩やかな拒絶か、意気地無しへの気遣いか、はたまた社交辞令か。とにかく今日はもう帰れと言われたようで、大人しく別れを告げて店を後にした。タクシーを拾い家に帰る頃には酔いも覚め、熱いシャワーを頭から浴びながら考えるのはついさっきまで隣に居た彼の事ばかり。耳に残る低い声、笑うと目尻に現れるシワ、大きな声こそ上げないもののくしゃりと笑う顔、それに…自分を見つめる瞳。…ああ、失敗した。やはり玉砕したとしても連絡先を聞くべきだった。あんなにもタイプの顔と体の男、きっともうお目にかかれない。いや、もちろん見た目だけじゃない。思考回路が似てるのか初対面だというのに会話に困らず、返ってくる言葉は頭の良さを感じて、話していてまるで古くからの知り合いのような居心地の良さがあった。

「せめて名前だけでも聞けば良かった…」

ベッドに横になっても彼の事ばかり考え、悶々としたままろくに眠れず朝を迎えた。出社して早々清水に「昨日深酒でもしました?いつも以上に顔色悪いですよ」などと言われ、今日人と会う予定が無くて本当に良かったと思った。仕事中は目の前の事に集中しているのでまだいいが、ふと手を止めた時、食事をしている時、移動している時、どうしても脳裏から彼が離れない。こんなに彼が気になっているんだ、またあの店に会いに行ってみようか。…いや、去り際のセリフが本心か分からない。もしまた会えても同じように笑顔で話してくれるか分からないし、そもそも彼はあそこを「静かに飲める場所」だと言っていた。だというのに自分が待ち構えていて図々しくも隣で話しかけたりしたら迷惑じゃないか。そんな事を考えると再度あの店へ足を運ぶ事が躊躇われ(そもそも時間が取れなかった)、そのまま数日が経過した。外出したついでに関係者へ贈る菓子折りを買いに百貨店へ出向いた。清水には「そんなの私が行きますから!」と言われたが、どうせ外へ出るついでだ。雑用ばかり押し付けるのも申し訳無いしたまには自分で行くよとあまり縁の無いデパ地下で贈り物を選び、そのまま配送の手配も済ませる。たまには事務所のメンバーへ労いの品をといくつか菓子を購入し、紙袋片手にタクシー乗り場へ向かう為に百貨店の周りを歩いて、ふとウィンドウに目をやってあまりの衝撃に紙袋を落とした。

「………えっ」

ピカピカに磨かれたガラスの向こう、誰でも知ってるハイブランドの広告。シックな黒のシャツを着て腕時計を強調するように右手で頬杖を付くようなポーズのモデルの男性。細められた瞳はフィルターの向こうを刺すような鋭い視線で、男女問わずドキリとするような精悍な顔。見覚えのある顔の、見た事無い表情。あの夜の彼だった。

「なん……」

動揺からデカい広告のあちこちに視線をうろつかせていると、ふいに肩に手が置かれた。

「ねえ、あなた」

「ッ!!」

「あら、びっくりした。ねえあなた、落としてるわよ」

「あ、あぁ…ありがとうございます」

品の良い初老の女性に言われて、慌てて紙袋を持ち上げた。中を覗いて中身が無事な事を確認してほっと息を吐き、もう一度恐る恐る広告を見上げる。…間違い無い、絶対に彼だ。彼に双子の兄弟でも居ない限り、ここまで似た人間は居ないだろう。ブランドの名前をしっかり確認してからタクシーに乗り込み、すぐにスマホで検索した。

名前はアツヤ。国内外で主に広告モデルをやっていて、年齢を含むプロフィールは非公開。SNSはやっておらず、ファンの情報によると30代半ばで都内在住。独身のようだが女性との目撃談があまりにも少ないので、ゲイではないかとの噂有り。

得られた情報はそれだけ。名前は本名かどうか分からないが、ゲイかもしれないという一文に期待しそうになった自分をすぐに律した。こんなデリケートな情報をネットの噂なんかで決めつけるのはあまりに愚かだ。一旦気持ちを落ち着ける為に流れる景色に目をやって、それから画像欄をタップした。ずらりと並ぶ画像に、もう一度視線を外へ向けた。

「………かっこよすぎないか」

ぽつりと溢した言葉は小さすぎて運転手に聞こえなかったのが幸いだ。国内外問わず洗練されたブランドの広告らしきそれらの画像はどれもハイセンスで、あの夜見た穏やかな顔とは違ってこれでもかと色気に溢れている。夢中になって指を動かしていて、上半身裸の画像が出てきて思わずスマホを放り投げそうになった。

「ッ…!!!」

声にならない悲鳴をあげて一度スマホを伏せる。はあふうと乱れる呼吸を整えて、薄目で画面を覗き込む。シャワールームのような所で上から水を被りながら、ジーンズに上半身裸の彼が髪をかきあげている。耳にかかる髪の長さや顔付きを見るにどうやら少し昔の画像のようだ。今より若干幼い顔と鍛えられた見事な肉体。割れた腹筋に流れる水に、いけない物を見てるようで急いでスマホの画面を消した。ちゃんとした広告であってこうしてネットで検索したら普通に出てくるのだから、見てはいけないなんて事は無いのだろうが、彼に好意を持ってる自分が見るのは良くない気がした。高鳴る心臓を落ち着けようとゆっくり呼吸しながら、あの夜連絡先を渡さなくて正解だったと確信した。こんな、ハイブランドの広告塔をするようなグローバルなモデル相手に一般人の自分がナンパじみた事をしなくて良かったと。普段から彼と同じくらい綺麗な顔をしたモデル達と居るんだから、きっと鼻で笑われるか迷惑だと冷たい目で見られるか…とにかく、恥をかく事になっただろう。淡い恋心は花開く前に枯れたが、だが良い思い出にはなった。芸能方面には疎いがこんな有名人…いや、彼が有名だろうがなんだろうが構わないが、とにかく彼と一晩共に飲めただけで良い経験だったじゃないか。綺麗な思い出として胸にしまって、もうあの店には行かない、それでいい。自分を慰めるようにそう心中で繰り返した。

…だというのに、あの衝撃から更に数日後、俺はまたあの店があるビルの前に立っていた。綺麗な思い出だと胸にしまうどころか、日に日に頭の中は彼…アツヤでいっぱいになってしまった。アツヤの事を考えないようにしようとすればするほど仕事中でもアツヤの顔がちらつき、気になるならいっそ気の済むまでこの綺麗な顔を見てやろうと帰宅後ベッドに横になりながらアツヤの画像を検索した。…ベッドで見たのが良くなかった。セクシーな画像に股間が反応してしまって、あの夜の穏やかな笑顔とのギャップに脳がぐちゃぐちゃになってアツヤで抜いてしまった。その後の自己嫌悪といったら。そういった用途で無いプロフェッショナルな、ある意味アートとも言える広告の画像で自慰をしてしまった罪悪感で死にたくなった。最悪だ、俺はもう二度とアツヤに合わす顔が無い。そう思って死人のような顔で出社したら、ぎょっとした清水に「病院行った方がいいんじゃないですか?」と心配された。これはいけない、仕事にも影響が出てきているし、どうにかしよう。そう思ってまたここへ来た。こんなにアツヤの事で振り回されているのに、あの夜から一週間しか経って居なかった。

「…今日でケリをつける」

揺れそうになる決意を、あえて口にして気持ちを固める。今日店に行って、アツヤに会えたら連絡先を聞く、もしくは渡す。アツヤの顔が歪んだらすかさず名刺を差し出して「怪しい者じゃない、何か困った事があれば連絡をと思って」とビジネスを装う。そうすれば職業柄そこまで邪険にはされないだろう。…という、希望的観測だ。アツヤがストレートかゲイかも分からないし振られるのは構わないが、気味が悪いというような顔を向けられたら立ち直れそうに無い。それで、アツヤに会えなかったら…。彼とは縁が無かったときっぱり諦める。そもそも住む世界が違いすぎる。そんなスイッチを切り替えるように諦めるなんて出来やしないだろうが、少なくとももうここには来ない。そうでないとアツヤにとってこの店はオアシスのようだと言っていたのに、自分のような男がストーカーの如く店に通い詰めていては迷惑になる。チャンスは今日一回、店の雰囲気にもよるが、出来れば閉店まで粘る。ネクタイを締め直してあの夜と同じように重い扉を開いた。

「……!!」

あの夜と同じ、明かりを絞った店内に流れる音楽、同じバーテンダー、そしてあの夜と同じ席に…アツヤは居た。店内には客はアツヤだけだった。

「どうも、こんばんは」

「…こんばんは」

震えそうになる声を何とか押さえて一言そう返す。アツヤはバーテンダーに「ビール、二人とも」と勝手に俺の分も注文する。まさか来て早々会えるなんて思ってなくて、頭が真っ白になってしまった。言おうとしていた言葉が一つも出てこず入り口で突っ立ってる俺に、アツヤが笑ってスツールを引いて着席を促した。顎先で頷いてぎこちない動きで側へ寄る。あ、今日は眼鏡が無い。腰を下ろしながらちらちらと顔を盗み見ると、気付いたのかアツヤが「あれは伊達。かけたりかけなかったりしてる」と胸ポケットに刺した眼鏡を見せるようにこちらへ体を向けた。

「…その反応、どっかで俺の事見つけてくれた?」

頬杖を付くポーズに、「まさにそういう君を見た」と返して置かれたグラスを手に取る。二人とも、口には運ばず手の中でグラスを弄んだ。お互い探り合うような少しの間の後、アツヤがにこりと笑って少しだけこちらに身を乗り出す。

「なあ、名前教えてよ」

「…名前?俺の?」

「だってアンタは俺の名前知ってるだろう、不公平だ」

わざとらしく拗ねたような顔は最近散々見てる画像での男らしい顔とまるで違って、ギャップにくらくらした。まだ一滴も飲んでないのに。

「アツヤって、本名なのか」

「そうだよ」

「…日車寛見だ」

アツヤは意外そうに少し目を見開いてから「日下部篤也」とフルネームを返してきたので、焦って「いいのか?」とこんな一般人相手にフルネームを教えていいのかと声をひそめると、篤也はおかしそうに笑う。

「寛見は名乗ったのに俺はダメなの?」

当たり前のように名前を呼ばれて心臓が跳ねた。でも自分だってさっき篤也を名前で呼んだような…。まあいいか。

「今は仕事中でも何でもない、ただの日下部篤也だから」

「そうか…」

「乾杯しようよ」

「乾杯?何に」

「再会に」

誘われるままにグラスを軽く合わせて、ようやく口を付けた。喉を通る液体に、今飲んだらすぐ酔ってしまいそうだ、いや、いっそ酔った方が話しやすいだろうか。そんな事を考えて一瞬飛んだ思考は、篤也の声で引き戻された。

「…一週間か、結構時間かかったね」

「何がだ?」

「あの日の帰り際の寛見の顔に、きっとまた会いに来ると思って毎晩待ってた。…一週間、毎日。誰かに待ち伏せされた事はあっても待ち伏せしたのは初めてだ」

「!!」

その言葉と照れたように笑う蕩けた顔に、これは絶対勘違いじゃないと確信する。酔ってしまう前にとスマホを取り出すと画面を操作して篤也に向けた。

「篤也、君の番号が知りたい」

新規の入力画面を表示して渡したスマホを、篤也は今までで一番の笑顔で受け取ってくれた。

「そのセリフが聞きたくて一週間ここで待ってた」

Comments

  • 筆芽

    キャプションに激しく同意ですいつかこの続きが更新されますよう全力待機させてください

    Mar 27th
  • なべ
    Jan 7th
  • ユージ
    Jan 2nd
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