イスラム式のお墓参りのイメージイラスト(Getty image)
イスラム式のお墓参りのイメージイラスト(Getty image)

需要と供給のギャップ

 イスラム教では、死後の「復活」のために肉体が必要となるため、遺体を焼く火葬は忌避され、土葬が行われる。

 一方で、日本では土葬を受け入れる環境が極めて限られている。土葬は墓地埋葬法で認められているが、火葬の割合が99.9%。土葬を受け入れる墓地は全国に10カ所程度しかない。こうしたことから、土葬をめぐる衝突が各地で起きているのだ。

 宮城県では、土葬墓地を巡る計画が頓挫した。県は、労働力不足を補うためイスラム教徒を中心とした外国人材を受け入れるのに伴い土葬墓地の整備を検討した。ところが、24年10月に村井嘉浩知事が整備方針を表明すると、県には「水質に影響が出る」「外国人が増えると治安が悪化する」など、2千件近い意見がメールや電話で殺到。25年9月、村井知事は計画を白紙撤回した。

 今は火葬が主流の日本だが、歴史をさかのぼれば、日本もかつては土葬が行われていた。

 墓と葬送に詳しい、茨城キリスト教大学名誉教授の森謙二氏は、「日本では歴史的には長く土葬が主流だった」と言う。

「古代や平安時代は、土葬を含む遺体遺棄ともいえるような埋葬習俗が一般的でした。それが9世紀になると、貴族階級が仏教の影響で火葬を受け入れ始めます」

 近世になると、儒教的な「親を焼くのはよくない」という考え方から、再び土葬へ揺り戻しが起きた。やがて明治に入ると国家神道の影響で「火葬禁止令」が出されたが、都市化や墓地不足、公衆衛生などの観点から再び火葬が推進されるようになった。

「昭和10(1935)年ごろには火葬の数が土葬を逆転し、以降『火葬が当たり前』になりました」(森氏)

 しかしなぜ、かつて主流だった土葬に、日本人は強い抵抗感を抱くのか。

 森氏は、死体への「穢れ意識」が関係していると指摘する。

 日本では古くから、死は「ケガレ(穢れ)」を伴うものと考えられてきた。遺体に触れた人は一定期間、祭礼や共同体行事に参加できなかったり、死者を扱う仕事が忌避されたりすることがあった。

 墓地も集落の外側につくられることが多く、「死」と「生活空間」を分離する傾向があった。

「昭和以降に火葬が常識化したのは、土葬が『衛生面で不安』という拒否感とつながっていると考えられます」(同)

日本人が抱く「見慣れない」拒否感

 さらに、「遺体を土に埋めると水質が汚染される」という類いの話は昔からあったという。

「しかし、適切に管理された墓地であれば、衛生上の問題が生じる心配はありません。そもそも土葬された遺体は時間がたてば腸内細菌と土壌微生物により分解され、土に還ります」(同)

 弔うとは、残された者と故人の尊厳を守るための営みでもある。

「土葬を望む人は国籍や民族、宗教を問わず、心置きなく眠っていただきたい」

 京都府南山城村の高麗寺。同寺の代表役員の崔炳潤(さい・へいじゅん)さん(85)は言う。

 人里離れた標高500メートルほどの山中にあるこの寺は、2022年から土葬を受け入れている。広大な墓地はイスラム教、キリスト教、仏教とそれ以外の宗教別に分かれているが、土葬を望むのは日本人が最も多く、二十数体埋葬されているという。

 これまで反対の声は特になかったが、1カ月ほど前から村役場に抗議電話が届くようになった。きっかけは、国道沿いに設置した看板の「火葬土葬出来ます」の文言がSNSで拡散され、「これを阻止しないと大変なことになるぞ」などと投稿されたことだ、と崔さんは語る。SNSの拡散を契機に、「土葬には反対」「水質環境が不安」などの声が村役場に届くようになったという。

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