投票で「成り済ましは簡単」?SNSで懸念相次ぐ◆有権者の本人確認どう対応?全国の自治体を調査・2026年衆院選

2026年06月15日11時00分

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 異例の短期決戦となった2026年2月の衆院選。SNS上には選挙期間中、別人を装って票を投じる「成り済まし」への懸念が相次いだ。多くの人が疑問視したのは、投票所での本人確認。入場券の発送が遅れ、手ぶらでも投票できると発信される中、自治体は実際、どのように本人確認していたのか。時事通信がアンケート調査した結果、成り済まし対策と法律の間で揺れる、自治体のジレンマが見えてきた。(時事ドットコム取材班 長田陸

【過去の特集▶】時事ドットコム取材班

「成り済まし」言及の投稿、約3万件

 「住所氏名を書くだけ」「身分証の確認もなし」―。X(旧ツイッター)上には、公示日の1月27日から投開票日の2月8日まで、成り済まし投票を懸念する投稿が数多く見られた。

 SNSの分析ツール「ブランドウォッチ」を使い、選挙期間中を対象に「成り済まし投票」といったキーワードが入ったXへの投稿を集計したところ、6月11日時点でリポストも含め約2万9476件に上った。前回の参院選期間中(25年7月3~20日)の7295件を大きく上回った。

 投稿を分析すると、「本人確認」や「身分証明」といった単語が頻出。住所や氏名を伝えるだけで投票できることに疑問を示した内容が目立った。

 こうした投稿の背景には、各地で多発した投票所入場券の発送遅れがあるとみられる。高市早苗首相による突然の解散表明で、準備が間に合わない自治体が続出。「手ぶらでも投票できる」と積極的に呼び掛けたことが、懸念につながった可能性がある。

二重投票で逮捕者も

 衆院選では実際、期日前投票で二重投票したとして公職選挙法違反(詐偽投票)の疑いで、東京都内の男が逮捕、起訴された。男は1度目の投票を済ませた後、別の投票所を訪問。係員から投票済みと指摘されても「まだ投票していない」と主張し、再度投票。また、SNSに「成り済ましは簡単」「ばんばん投票しよう」などと投稿していたとされる。

 投票に当たり、公選法は有権者の住所や氏名が記載された選挙人名簿を確認するよう求めているが、具体的な確認方法までは指示していない。その対応は自治体の判断に委ねられており、とりわけ今回の衆院選のように入場券が届かない場合、どのように対応したのかが重要になる。

 こうした状況を受け、時事通信は都道府県庁所在地と政令市の選挙管理委員会(計52市区、東京都は都庁がある新宿区)を対象に、投票所での本人確認方法についてアンケートを実施。3月中旬~4月上旬にメールなどで回答を得た。

自治体8割「口頭や宣誓書での確認、優先」

 2月の衆院選で行った本人確認について、身分証提示の有無を軸に選択肢を用意。最も近い対応を選んでもらったところ、全体の81%に当たる42市が「入場券がない場合、口頭や宣誓書等での申告内容(住所・氏名等)と名簿との照合を優先し、身分証の提示を必須で求めなかった」と回答した。

 一方、7市(13%)は「入場券を持参していない場合は、原則として提示を求めた」。残る3市区は、入場券がない場合、期日前投票では宣誓書で確認、投票日は身分証の提示を求めたなどと自由記述で回答した。「入場券の有無に関わらず、すべての人に身分証の提示を求めた」を選択した自治体はゼロだった。

「投票機会に差つけたくない」「作業が煩雑」

 なぜ多くの自治体が、口頭などの自己申告を優先したのか。42市に理由を三つまで選んでもらったところ、最も多かったのは「身分証を所持している人と、していない人の間で投票機会に差をつけたくないため」(37市)だった。

 次に多かったのは「確認作業に伴う対応が煩雑になったり、作業時間が長くなったりするため」「本人の申告(住所・氏名・生年月日等)と名簿の照合で、本人確認の正確性は十分に確保できると考えているため」で、それぞれ21市。「投票手続きのハードルを上げることによる投票率の低下を避けるため」は10市だった。

 「その他」では、「リスクを冒してまで成り済ますメリットがなく、実行される可能性が低いため」との回答もあった。

 では、仮に口頭や宣誓書などによる自己申告が登録情報と一致しない、もしくは疑わしい場合の対応はどうか。42市のうち「身分証の提示を求めた」のが18市。一方、11市は「身分証の提示は求めず、他の聞き取りなどで対応した」。別の13市は「身分証の提示と聞き取りを併用した」や「事例がなかった」などだった。

法律に規定なく「深く追求できない」

 アンケートの自由記述欄には、成り済ましへの懸念や課題が多数寄せられた。コメントから浮かぶのは、法律の明確な指示がない中で本人確認することの難しさだ。

 入場券がない場合、口頭や宣誓書などでの確認を優先した42市のうち、熊本は「『成り済まし投票は容易』という投稿がSNSにあり、模倣する者も現れるのではないか」と懸念を寄せつつ、「公選法に記載がない以上、本人確認を深く追及できない」と回答した。

 このほか、「本人確認に関する問い合わせや苦情等が増えており、対応に苦慮している」(仙台)、「自治体間で対応が異なることへの理解を市民から得にくい」(相模原)との声もあった。

 身分証を求めた那覇も「運用が異なると、公平な投票機会の確保という観点から問題が生じる」と指摘。「全国的に統一した運用を国より示していただく必要がある」と訴えた。

自治体の要望に総務省は

 那覇のように、国に「統一的なルールを求める」意見は複数あり、「自治体独自の対応のみで対策を講じることには限界がある」(前橋)、「自治体の判断に委ねるだけでなく、一定の考え方や対応の在り方について、国で整理・検討されることが望ましい」(山形)といった記述が見られた。

 こうした声を国はどう受け止めるのか。総務省選挙部の担当者は、取材に「身分証を持っていない人の投票を拒否できるのかなど、選挙権の行使に関わる内容だ」と説明。「(国会の)各党各会派で議論してもらうべきこと」との見解を示した。

 ただ、選挙のたびに、不正防止の観点から身分証の提示を求めるよう各選管に通知しており、強制力はないものの「適切な本人確認の徹底を引き続き要請していく」とした。

専門家「身分証の提示を求めざるを得ない」

 成り済ましへの懸念や対策の限界が指摘されながら、明確な方針が示されない投票所の本人確認。選挙制度に詳しい河村和徳・拓殖大教授(政治学)にアンケート結果を示し、本人確認はどうあるべきか、見解を聞いた。

 投票所の本人確認について、河村教授は「公平にやらないと、選挙の信頼性が揺らいでしまう」と説明。「1票差で当落が決まるような事態になった場合、不正を疑われたり、投票のやり直しに発展したりすることになりかねない」と懸念を示した。

 さらに今後は認知症の人による意図しない二重投票や、口頭で住所氏名を言わせることによる個人情報の漏えいリスクも想定されるとし、「身分証の提示を求めざるを得ないのではないか。持ってこない人には本人確認できないとして、毅然(きぜん)と断らないと問題が起こり得る」と話した。

 身分証の提示を求める場合、持っていない人への対応が課題になる。河村教授は「住民票や印鑑証明など代替手段がある」とする一方、社会のデジタル化やネット投票の普及なども見据えつつ「どうしたら身分証を持ってもらえるか」という視点も重要になると話す。

 マイナンバーカードなどは国家が国民を管理するといった否定的な意見もあるが、「行政手続きの効率化や本人確認の利便性といったメリットも大きい」と河村教授。仮に入場券が届かない事態になっても、マイナカードとひも付ければ、本人確認できると提案する。すでに出入国管理やマイナ保険証で顔認証を活用する例もあり、「選挙だけでなく社会全体のデジタル戦略という大きな枠組みの中で、どうしていくかを考えるべきだ」と語った。

「投票のしやすさ」から「厳格さ」への揺り戻しも

 身分証を求めない運用は、本人確認の厳格さよりも投票のしやすさを優先しているようにもみえるが、そこには歴史的な経緯があるという。いわく、戦後直後に相次いだ選挙不正を受けて高度経済成長期に厳格化が進んだが、1990年以降に状況が一転。「投票率低下が問題になり、期日前投票の導入など『投票しやすい』方向にかじが切られた」という。

 ただ、地域のコミュニティが狭く、顔見知りが多かった時代と比べると現在は顔パスが通用しなくなっている上、ネットの普及により悪質な投稿が増えていると説明。「投票率や投票の権利は重要だが、守るべき厳格さもある。そのバランスが問われている」と語る。

 河村教授は、こうした状況に対応するため選挙制度の見直しが必要としつつも、「日本に改革を主導する主体がいないことが一番の問題だ」と指摘。自治体は国にルール作りなどを求めるが、「国(総務省など)には選挙制度を変える権限がないため、国会議員に任せるしかない」という。

 しかし、選挙改革は議員にとって自らの当落に直結するだけに、「議論がしにくく、結果として改革が進まない構造になっている」と説く。「そうした事態を避けるため、利害に関係しない有識者らが集まり、選挙制度を考え直すべきではないか」と訴えた。

長田陸(時事ドットコム取材班)

 2019年入社。経済部、宇都宮支局を経て、23年7月から時事ドットコム取材班。生活の中で、ふと疑問に感じたことや気になったテーマを取材で深掘りします。モットーは「真面目なニュースを分かりやすく」。面白いと思って読んでもらえる記事を目指します。

 趣味は映画鑑賞とモダニズム建築巡りなど。栃木県出身。

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