私はエンジニアになってから何度も「マネージャー向きですね」と言われてきた。
理由もなんとなく分かる。問題を整理するのが好きだし、複雑な状況を構造化するのも好きだし、人の認識を揃えるのも好きだからだ。
技術的な課題が絡み合っている状況を見ると、まずは図にしたり論点を書き出したりしたくなる。
そういう振る舞いをすると、「それってマネージャーの仕事ですよね」と言われてきたし、実際にマネージャーになってみたこともあった。
そして時には、もっと直接的に「技術の人じゃないね」と言われたこともあった。
当時の私は、その言葉を半分受け入れていた。 でもずっと違和感も持っていた。
私はマネージャーになりたいわけではなかった
誤解のないように言うと、マネージャーという仕事を否定したいわけではない。実際に優れたマネージャーにもたくさん出会ってきた。ただ、自分がやりたいこととは少し違った。
私は人事評価に強い興味があるわけではないし、組織図を考えたいわけでもないし、採用や予算管理をやりたいわけでもない。
一方で、システムがなぜ複雑になったのか。なぜ障害が起きたのか。なぜチームが同じ問題を繰り返しているのか。そういうことは気になる。気になって仕方がない。
だから私はずっと不思議だった。私は本当にマネージャー向きなのだろうか。
コードを書くのが一番得意なわけでもなかった
私はコードを書くのが嫌いではない。でも、世の中にはもっと速く、もっと深く、もっと美しくコードを書く人がいる。
そういう人たちを見ながら、「自分は本当に優秀なエンジニアなのだろうか」と思うこともあった。キャリアの初期には特にそうだった。
エンジニアの価値はコードを書くことで決まる。どこかでそう思っていたし、そういう空気を感じることもあった。
だから、コードを書くのが一番得意ではない。でもマネージャーになりたいわけでもない。その間で長いこと居場所が分からなかった。
AIは私の仕事を奪わなかった
AIが登場したとき、最初は少し焦った。コードを書くのが速い。しかもかなり速い。これから何が価値になるのだろうと思った。
ところが実際に使い始めると、予想とは違うことが起きた。
私の仕事は減らなかった。むしろ増えた。
コードを書く時間が短くなった分、何を作るべきか。どこにリスクがあるのか。なぜこの問題が起きたのか。どうすれば同じ失敗を防げるのか。そういうことを考える時間が増えた。
そして気づいた。私は以前から、その仕事をしていたのだ。
それは本当にマネジメントなのか
ここで改めて考える。
問題を整理すること。複雑さを減らすこと。技術的な意思決定を支援すること。将来のリスクを見つけること。システムをより良い方向に導くこと。
これらは本当にマネジメントなのだろうか。
もちろん一部は重なる。しかし私は最近、それらの多くは技術そのものなのではないかと思っている。
コードを書くことだけが技術ではない。
設計も、運用も、障害対応も、複雑な状況を整理することも技術だ。
AIによってコード生成のコストが下がった今、そのことが以前より見えやすくなった気がする。
やっと説明できるようになった
AIによって新しい能力が手に入ったわけではない。私がやっていたことは昔から変わっていない。
「マネージャー向きですね」と言われるたびに感じていた違和感。
そして「技術の人じゃないね」と言われるたびに感じていた居心地の悪さ。
その理由を、私は長い間うまく説明できなかった。
でも今なら少しだけ分かる気がする。
私はマネージャーになりたかったわけではない。コードを書くことから逃げたかったわけでもない。
ただ、複雑なものを理解して、少しでも単純にしたかったのだ。そしてそれもまた、エンジニアリングなのだと思う。