漫画は読者を、とりわけ若い人を救うものでなければいけない。そして平和を伝えるものでなければいけない。残酷なシーンはいけないなどという意味ではない。いくらでも残酷なことが起きうる世界で生きていることを漫画から知り救われることもあるし、自分と同じ痛みを抱えて死んでいく救われないストーリーから、それはあってはならないことだというメッセージを受け取ることもある。いずれにせよ知性に裏付けられた技術が必要だ。理念は尊大なくらいがいい。ひとりの筆では大したことなどできないのは事実だが、漫画家みんなが尊大な理念のもと腕を磨いていけばいいし、実際にそれが夢物語ではないと言える稀有な業界だと思ってきた。もちろん全体を見渡すことなど不可能なくらい市場が広大になっている以上、こういう考え方が漫画家の総意であるわけもないことは承知している。出版社もまた然り。だからといって、平和な世に漫画を読んでくれる人たちがいてこそ成立する営みであるにもかかわらず(またはそうでないとしても)業界全体から理念や倫理が失われていくとしたら耐え難いことだし、ましてそれ以前の話として、漫画家という立場と年長者の優位性を利用してひとりの人間を痛めつけ尊厳を奪い、しかもその加害者である漫画家を出版社が守るようなことなど断じてあってはならない。でもそのあってはならないことが起きていたと知った今、自分がすべきはそれが決して許されることではないと口をきわめて訴えることであると思う。今回報道されている件について、出版社の対応など具体的なことがさらにわかるのはこれからになるだろう。でもこの業界の端にいる者として、今の段階で言えることはここに置いておこうと思う。まず第一に、長い間苦しみ今も痛みの最中にある被害当事者の方が、どうか今少しでも安心できる状況にあってほしいということと、大人として、また漫画家として、ずっと手が届かなかったことが、とても悔しいということ。そして加害者を守り被害者に圧力をかけた編集部に対して、深い失望と軽蔑を感じているということ。加害者本人に関しては怒りでも軽蔑でもまったく足りず、渡すに値する言葉もない。こうした性犯罪を真っ当に問題化して裁くことをしないこの国に対しても、ずっと怒っている。あと何回、こうした地獄が繰り返されるのだろう、繰り返させてはいけないと思う。
私はこの20年ずっと女性の痛みについて描いていて、描ける限りはずっとそうしていくと思う。男と女で、人間に優劣をつけてきた構造とそこから絶えず作り出される痛みを可視化して、ここに痛みがあると言っていきたい。その構造がある限り、最後のひとりが自由になるまで、と言っても私の寿命のうちでは実現できないだろうけれど、あなたはあなたのために怒っていいんだよと言っていきたい。理念は尊大なくらいがいい。作品ですることは変わらない。その上で、こうしたことがあった時に沈黙せずに言葉を発していきたい。